13.一方そのころ梶本くんは
「おみが…おみが、"くちなし"?まさか、…本当に?」
『リピーター』の管理者、カジモドは驚きを隠せないでいた。
砂漠の真ん中、座標板の傍で呆然と座っている。
というより、座っているしかできなかった。
目の前で『インジケーター』の管理者、5164が砂を漁っている。
「信号が別物だから気付かないのは無理もない。おれも聞かされてなければ気付きもしなかっただろう」
砂の中を掻いていくと、機械の部品や破片、がらくたが砂と共に現れる。
それを一つ一つ、見分しながら5164は違う、これも違う、と捨てていく。
「有り得ない。くちなしは、」
「何故人間になったかは知らん。だが、間違いなくあれは"不朽"だ。…違うな」
戸惑うカジモドの言葉を遮る。
「おみは…俺たちの事を知らなかった。交錯点の事も」
「"不朽"であることを捨てたのだから、覚えていなくても不思議はなかろう。…違うな」
「ベリリウムがレトログラードを探せと言っていたのは、その為か?…呼び戻すために?」
ベリリウムはおみにそう告げた。
そのことを、おみ本人から聞いている。
「橘生三からもその旨を聞いた。ベリリウムが言うのなら間違いない。む…惜しいな」
5164は機械的に歯車を合わせながら、また捨てていく。
腹に穴が開いたリピーターはもどかしそうに、しきりにあさっての方向を向いている。
「今更追っても間に合わんぞ?そろそろ溢れる頃間だ…ああ、これなら丁度いい」
ぴったり見つけた部品を、カジモドの腹に埋めていく。
「間に合わなくさせたのは、お前が俺の腹に風通しまで良くしたのが原因だ」
「少しやりすぎた事は認める。あの道化がぎゃんぎゃんうるさくするものだから、鬱憤が溜まってな」
その腹いせだ、と5164は造作もなげに言う。
修理されている側のカジモドには返す言葉もなかった。
「どのみち、お前をくずかごに連れて行けば星の夢の怒りを買っただろう。これが円満に処理できる演算結果だ。終わったぞ」
修理が終わってカジモドは体を動かし、調子を確かめる。
「5164…お前の見立てで、おみが無事でいられる確率は?」
「50.0」
「内訳は?」
「橘生三でいられるか、いられないか」
「では、…おみが人間でいられる確率は?」
「計算するまでもないことを聞いてどうする」
「…なら、俺は…」
「お前はくずかごに行くべきではない、カジモド」
今にも走り出しそうなカジモドを、杖でけん制する。
「俺はおみを必ず家に帰すと約束した。おみが"くちなし"なら、俺は彼女に謝らなくてはいけない」
「もう一度言う。お前が向かうべきはくずかごではない」
5164の口調は強かった。
「お前は星の夢の言いなりじゃなかったのか?」
意外そうな顔をして、カジモドは肩をすくめる。
「そうとも。交錯点は全て、星の夢のためにある。それはお前も例外ではないだろう、『リピーター』」
「…そうだった」
忘れてた、とこぼす。
「ありがとう、『インジケーター』」
「行け。お前が無駄にしたせいで、また計算が狂った」
「仰せの通りに。…あ」
突如、風が吹きだした。
「む…」
二体の管理人形の間を突風が突き抜ける。
「はぁ…」
斧を持った管理人形が溜息を吐き。
杖をついた管理人形が空を見上げる。
両手に奇妙な持ち手の剣を携えた空を飛ぶ管理人形、
『トゥールビヨン』の管理人形ウォルフラムが二体を見下ろしていた。
「…これは一体どういう事だ?カジモド」
不快なものを見る眼差しで、ウォルフラムがカジモドを見下げる。
「どういう事…とは?」
「お前はあのおみという人間を、自分でくずかごに連れて行くのではなかったのか?」
「それならもう済んだぞ、タングスくん」
5164はフードの中から怪訝そうな雰囲気を出し、カジモドとウォルフラムを見比べる。
「その呼び名は非常に不快だ!カジモド!私はウォルフラムだと何回言わせる!」
「天丼もすぎると流石にうざったいぞ、タングスくん」
「貴様が素直に私をウォルフラムと呼べば済む話だろう!貴様がその気なら、私は受けて立つぞ!」
「タフだな、お前…」
ふわり、と砂煙を撒いて、ウォルフラムが着地した。
「ウォルフラム」
「ああ…失礼。きちんと会うのは久しぶりだな、5164。どうした?」
カジモドとは比べるまでもなく穏やかな表情で、5164に向き直る。
「その橘生三がくずかごに入った。おれはベリリウムと合流しくずかごへ向かう。お前は先にくずかごへ行き、溢れ出るであろうくずの暴走に対処して欲しい」
ふむ、と少し考えて頷く。
「ああ、構わない。だが…そこの役立たずはどうする気だ?」
姿勢は変えず、剣先をカジモドに向けた。
「お前なら、"役立たず"を一緒に連れて行くか?」
そう5164が告げると、ウォルフラムはにやり、と嬉しそうに口を歪める。
「まさか。…貴様はとことん、使えないくずだな!ええ、カジモド?」
「…」
カジモドは黙ったまま答えず、歩きだす。
「臆病者!結局お前は、何一つできないまま繰り返していくだけの不良品だ!」
「構うな、ウォルフラム。計算が狂う」
「ン、ああ。では、先に向かう。後でな、5164」
走り出し、風に乗るようにして空を飛ぶウォルフラムに、杖を挙げて答える。
「うむ。清々しいまでに真っ直ぐな人形だ」
と、杖を地面に突き刺す。
「何故か単純だからな…思考が」
「お前もあれくらい思考をシンプルにした方が良い。余計な演算を繰り返し過ぎだ」
「もしかして:リピーター」
5164がカジモドの頭部に向かって、鋭く杖を突き付ける。
「腹に穴が開いて思考回路にまで影響がでたか?もう一度刺してやろうか」
カジモドは両手を挙げて、降参の意を示す。
「ただの言葉の検索遊びだ、悪かったって」
「そのくだらん余計な思考回路はどこから繋いだんだ」
「さあ…一度人間になったから、かな」
橘生三を迎えに行くとき。星の夢の力で擬似的に、カジモドは人のガワを被って交錯点から離れた。
「やはり人間は無駄が多すぎる。不愉快だ」
「…」
そういうお前も大分人間っぽいよ、と、言いかけて止める。
そんなことを言い出せば間違いなく、問答無用で頭をかち割られるだろう。
「レニウム」
カジモドは5164に、ローブから何かを取り出して投げつける。
「…なんだ、これは?」
受け取ったそれを不思議そうに見分し、カジモドを見る。
「持っていてくれ」
「質問に答えろ」
「ベリリウムに"観測"して貰えば」
「おい!」
カジモドは再び歩き出す。
くずかごとは別の方向へ。
おみを助けるために、自分が出来る事を果たすために。
繰り返し、鐘を鳴らす。
もしかしたらおみの耳に届くかもしれないから。
いきなり連れてこられて、何が何だかわからないまま星の夢に、追ってくるくずたちに狙われて。
弱音を吐きもせず、いつだって明るく笑って俺を信じてくれていた。
そんな強くて優しい人だけど、流石に今度は不安になっているかもしれない。
だからどうか、聞こえたのなら、安心してほしい。
俺は"何度でも"、貴女に会いに行くから。