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12.狂った機械人形

ふわふわとした髪、白いドレスのあどけない少女はにこりと微笑む。

そっと、私に人差し指を向けた。


―ああ、そうだ。

私は、前にも彼女に、同じように人差し指を向けられた。


夢の中で。




[どうしたの?顔色がよくないわ、おみ。星の夢は心配だわ]

音もなくふわりと。

気が付けば星の夢が眼前まで近づいていた。

「星の夢…どうして、ここに?」

[あら、ここへ連れてくるようカジモドにお願いしたのはあたくしよ?忘れん坊さんなのね]

ころころと鈴が鳴るように笑う。

「梶本くんは…?」

[あら、そういえば一緒ではないのね。あたくしのゲームを無視して、おみを置き去りにして。なんてひどいのかしらね?]

特に気にした様子もなく、ふわりと浮かんでいる。

「梶本くんは、私を置き去りになんてしてない。インジケーターにいきなり刺されて…それで」

[刺されるカジモドがいけないのよ。貴女を守ってあげてね、と星の夢はお願いしたわ]

なんだか、心臓がドキドキする。いやなふうに。

「で、でも、兄弟なんでしょう?兄弟で争いは…」

[ウォルフラムとは争って、あの子には勝ったのでしょう?]

「…それは、そうだけど…」

言い返せない。

なんだろう、この子の言葉は。

とても柔らかい物言いなのに、肺のあたりに突き刺さるような。

[カジモドはゲームに負けたの。だから、この場に居ない。…セレン?]

不意に、星の夢はセレンちゃんに顔を向ける。

[貴女にきちんと言っておかなかった星の夢がいけなかったわ、ごめんなさいね。いい?おみをくずかごから出してはだめよ]

「ん、…でも…」

セレンちゃんは少しだけ、躊躇う動作を見せた。

[いいのよ、わたくしが許すわ。…ねえ、おみ。貴女には少しの間だけ、ここで待っていて欲しいの]

「…ここで?」

この中にいたら、私はくずに飲み込まれてしまうのに?

[ええ、ここで]

有無を言わさぬ笑顔だった。

[本当なら貴女はもっと早くにここへ辿り着いて、もっと簡単に済む話だったのよ]

「簡単…?」

もっと早くに、辿り着いた?

[けれど、カジモドは遠回りをして、わざと時間をかけた]

「えっ…遠回り…?」

もしかして、オアシスが原因?

[あの子は本当に役立たず。わたくしのお願いも聞かなければ、おみに嘘までついて。一体どうしてしまったのかしらね?まるで、人間みたいだと思わない?]

「人間…」

梶本くんが?

それはありえない。私は梶本くんを、文字通りお腹を開いて確認したのだから。

[それとも、人間の持つ電波に当てられて狂ってしまったのかしら?狂った人形は()()()()()なのに]

それは、ベリリウムちゃんの事だろうか?狂っている、というより、不思議ちゃんなだけな気がするけど。

[だからね、おみ。悪い子には罰を与えなければいけないと、星の夢は思うのよ。そうでしょう?使えない管理人形なんてただのがらくた、くずにすぎないもの]

「梶本くんはがらくたなんかじゃ、」

[あら、命令が聞けない機械は不良品でしょう?時計の針が乱れたら修理するだけで済むでしょうね。でも、部品が欠けて、直せなくなってしまったら?捨てるだけでしょう?]

「…!」

屁理屈を言えば、いくらでも言えるだろう。

けれど、それをこの場で言ってもどうしようもないことくらい、理解している。

理解したくないけど。

「私なら、足りない部品を探す。それでも見つからなかったら、部品を作ってやる!こっちはランドセル背負う前からテンプ付けてるんだ!時計屋の娘なめんな!」

…ランドセル背負う前から、っていうのはちょっと盛ったけど。

テンプ(※時計の心臓みたいなもの)取付けさせて貰えたの、5年生になった頃だったし。

細かいことはいいや、と、とりあえず勢いで啖呵を切る。


オアシスで梶本くんをメンテナンスしたのは私だ。

それで何か不具合が起きたとしたら、それは私の責任だ。

梶本くんをがらくた呼ばわりは許せない。


睨みつけてやると、星の夢はきょとん、と、目を丸くしていた。

やがて、思い出したかのように口を開く。

[…足りない部品を?あなたが?…ふふっ、ふふふふっ!]

さも、おかしそうに。頬を膨らませて笑う。

[そう、そうよね、貴女はそうよね、()()()()だもの。ええ、貴女ならきっとそう言うと思ったわ。やっぱり、わたくしは間違っていなかった!]

「は?…くちなし?」

確か、前にもベリリウムちゃんが言っていた…?

「…くちなし?」

同時に、セレンちゃんが口を開く。目をまん丸くしてこっちを見つめていた。

こんな時になんだけど、この子、本当に可愛いな!…毒気が抜かれる。

「くちなしなの…?」

「えっと、セレンちゃん?そのくちなしって、なんなの…?」

驚きすぎてどうしていいかわからない様子のセレンちゃんと、

嬉しそうにはしゃいで飛び回る星の夢。

[教えてさしあげましょうね。だって、それが貴女をここに呼んだ目的ですもの…少し、お話をしましょうか。わたくしがどうして、貴女をここへ呼んだのか]

どきり、とする。何だか、とても嫌な予感がする。



[貴女は機械人形なのよ、おみ]




は?




「何言ってんの…?」

流石に、荒唐無稽がすぎる気がする。

予想していた言葉と違っていて、むしろ心が落ち着いた気さえする。

けれど星の夢は、にこにこと微笑んだままだ。

[橘生三…貴女はどうして、この交錯点に、生身で連れてこられたと思う?]

「それは星の夢、貴女が私を連れてきたんでしょう?梶本くんのおかげで…」

[ええ、そうね…その通りだわ。間違ってはいないのよ。でもね、おみ。貴女は本当に自分の事を解っていない。何故貴女が、この交錯点で生きていられたか。考えたことはないかしら?]

星の夢は嬉しそうに問いかける。


何故、交錯点で生きていられたか?

そんなもの、それこそ梶本くんのおかげだ。

梶本くんが助けてくれなかったら、私はきっと死んでいた。

砂が食べられるとも知らなくて、雲が飲めることも知らないまま、くずに襲われて。


…砂と、雲。


[交錯点で人は生きられない。夢と夢が交じり合う、精神世界が折り重なってできた場所なの。…たまに人が落ちてきたとしても、それは夢から繋がれた精神体。生身で生きていられることなんて、まずないのよ]

「え、でも、そうしたら、管理者たちは…?」

誰が作ったの?どうやって?


[ふん…。その事を説明するには、"製作者"のお話をしないといけないわね。うふふ、丁度良いわ。星の夢が教えてさしあげる]

なんだかんだ言って、星の夢のペースに巻き込まれたような気がしないでもない。

でも、それを聞かないわけにはいかない気がした。


[管理人形ができる以前のお話をしてさしあげましょうね。…ただ無作為に、人が生み出した願望が、その他の願望を食らいつくすだけの、くずたちの世界。彼らは勝手に争いあって、勝手に星の夢となり、星へとなっていった。沢山のくずたちが互いに争い、食べて食べられ。交錯点はそれでよかった]

「それは軽く、梶本くんから教えてもらったことがある」

[では、管理人形ができた理由を教えてさしあげましょうか。これは簡単よ。あるとき、貴女と同じように、生身でこの交錯点へ落ちてきた人間がいたの。それも…誰の手引きもなく、ね]

「…その人が、製作者?」

[そうよ。その人は天才的な時計技師だった。彼の情熱は、時計のその先にあるもの…機械人形(オート・マタ)」に心血を注いでいたわ。時計でもあり、人間でもある機械人形。それを作れるだけの才能があった]

「…」


時計と機械人形。


一見、機械仕掛け以外の共通点はないように思えるかもしれない。

でも実は、その二つは決して無関係じゃない。


"ジャックマールの鐘つき人形"

とよばれる、定刻になると自動的に教会の鐘を鳴らしてくれる"時計人形"。

13世紀、フランスで生み出されたそれが、機械人形の皮切りとなった一体だ。


目に見える形で人と触れ合い、一緒に時代を過ごした初めての自動人形。

ジャックマール人形は人々に愛され、親しまれた。

そして多くの時計職人が、時計と機械人形を作り上げていく事になる。

ジャックマールにも、妻を、子供を、家族をプレゼントされながら。

時計の技術が進歩する傍ら、機械人形も一緒に進歩していった。


まるで、兄弟の様に。


[彼は交錯点に落ち、たった一人で放浪し、たった一人で気が付いたわ。この交錯点の砂が"叶わなかった夢の塵"であることを]

「叶わなかった、夢の塵…?」

[そう。何にでもなることができるのに、何もできない、役立たずの塵芥。彼は来る日も来る日も、食べるものも水もなく、くずに追われ、逃げ続けていた…今にも疲れ果て、餓死しようとしたその時よ。倒れた時に舐めた砂の味が、自分の知っている砂の味ではないことに気が付いたのは]

確かに、あの砂は、見た目は砂だ。けれど、血と塩と砂糖の味がする。

[技師は夢中で砂を貪った。喉を詰まらせ、目の前に流れた雲を吸い込み、水を得た。交錯点で生きる術を、彼は知った…]

はじめから梶本くんに教わった私と違って、その苦しみ、辛さは、想像を絶するだろう。

それがもし私だったら、と、想像したくもない。

[何故、いきなりあの肉だるまが出現するのか。何故、あの肉だるまは自分を襲うのか?一体、どうやって動いているのか。技師はすぐに悟ったわ…全ては、この、"叶えることのできなかった夢の塵"からできていることを]

何故か、手が震える。体中がちくちくする。

[技師は砂を食べながら、来る日も来る日も願ったの。"この砂が集まって肉ができ、自動で動くというのなら、私はこの砂で同じように機械人形(オート・マタ)を作りたい!"]

星の夢はくす、と笑う。

[彼は運が良かったのね。ちょうどその祈りを、近くで流れていた星の夢が受け取った。…断っておくけれど、わたくしのことではないわよ。野良の、意思もなにもない、ただの星の夢。わたくしが生まれる前の話よ]

心が落ち着かない。

聞きたくない。

ぐにゃり、と、足元が揺れる。

「技師の祈りを受け取った星の夢は、天に昇ろうとして…その願いの重さに耐えきれず、そのまま砂の中に落ちたわ。それはとても、とても大きな願いだった。祈りだった。…その時からね。交錯点の砂の中から、より複雑な動きができるようになったくずが現れだしたのは。…そして、生まれてくるくずの中身は、すべて彼の考えていた通りの機械人形となっていたわ」

「たった一人の、技師の祈りで…交錯点の、世界が変わる…?」

「交錯点は夢と願いが入り混じる世界。強い祈りは世界を変える。交錯点は、技師の願いに引っ張られるように世界の成り立ちを変えてしまったわ」

「そんなことが」

「そう。…そして、何となく想像がついていたのではないかしら?」

ふわりと浮かんで、くるりと回る。

「今もなお、その技師は交錯点の中心で、機械人形を作り続けているの」


交錯点の中心。

始まりの管理者。


「…レギュレーター…?」


その言葉に、星の夢は満足そうに微笑む。

「素晴らしいわ、おみ。レギュレーターの存在を知っていたのね」

手を叩いて、賞賛する。

「彼は自分の姿を機械人形に変えて、生き続けている。貴女と同じように、砂と雲の油を食べて!」

砂と雲の油。

梶本くんがいつも体に刺す、あの油。

考えてみれば、私もあれと同じものを口にしている。…形は違えど。


「…ああ、()()になってしまったわね。それでは、おみ。貴女が"願いを叶えられる"事を星の夢は願っているわね。また会いましょう」


ふわりと浮かんで、ほどけていく。小さな星になって、星の夢は飛んで行ってしまった。

気が付くと、いつの間にかセレンちゃんの姿もない。

「え、…あれ?」

あ、と思うその瞬間。


私は再び、暗闇に飲み込まれた。

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