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11.星くずの中に浮かぶ月

目が覚めると、全身が動かなかった。

お腹に鈍い痛みが走る。

「っ…たた…」

『インジケーター』の管理者"5164"。

あの人形にやられて、知らない間にどこかに連れていかれたらしい。

私、攫われすぎじゃない?モテ期?…やなんだけど。

それよりも。

「梶本くん…?」

呼んでみたが、反応はない。一緒にはいないのか、それとも近くに居て動いていないのか。

一緒では、ないんだろうな。そんな気がする。

辺りを見回す。真っ暗で、何も見えない。頭も背中も手足も柔らかい感触に包まれている。

呼吸は…できる。かろうじて。息苦しさの中でも、どうにかできることを探す。

手のひらだけは動かせるので、手慰みにぶよぶよとした圧迫感を楽しむ。

んー、ちょっとくせになる感触。…というより、やけに馴染みがある感触?

「…もしかして、これ…くず?」

そう、くずだ。くずの、皮。つまり?

「ここは…」

動かないくずが沢山。

でもって、その中に私も混ざっている。

まさか。

「…くずかごの、中…?」


―人間が落ちたら、大変なことになる。

―どーん!ってなる


デリリウムちゃんの言葉が脳裏によぎり、背筋が凍る。

落ちたらって…やっぱりくずかごの事を指していたんだろうなー。

どーん!って何?爆発するの?

この状況、どーん!待ちってこと?

待って待って待って待って、怖すぎるんだけど。


「だれかー!!だれか、助けてーー!!!」


叫んでみても、返事はない。

心の中で梶本くんを思い描く。


ちょっと自信がなくて

不器用で

いっつも損な役回り

でも、

すごく優しくて

すごく楽しい

とっても頼もしい、機械人形。


…梶本くんは、無事だろうか。

機械人形だから、きっと杖で刺されたくらいで死にはしないだろうけれど。

部品が壊れたりして、動けなくなっているかもしれない。

少なくとも、歯車だったり、接続機関が壊れたのは間違いないだろう。

自分じゃ、修理できないかもしれない。

インジケーターめ。覚えられない数字のくせして、なんて奴だ。

梶本くんが何をしたっていうんだ。

私をくずかごに入れて、どうしようっていうんだ。

『レトログラード』の管理人形の話も、結局できなかったし。


…それにしても、真っ暗だ。

くずの皮が上に被さっているんだろうけど。

動くに動けなくて、じれったい。

「せめて、この上にかぶさっている皮だけでもどかせられたら…」

「それ、じゃま?」

「じゃまー。このままじゃ動けないよ」

「まってて」

「ありがとー」

やったぜ。助かった!


…って、誰だ?今の。


普通に誰かと会話していた。聞いたことのない声。

混乱をよそに、視界が晴れる。

ぶよぶよしたクッションのようなくずの皮が、頭上からどけられた。

徐々に視界が慣れてくると、目の前に見慣れた灰色ローブが現れる。

ただし、そのローブの主は初めてみる人形。

ちっちゃい、小学校低学年くらいの見た目をした幼い女の子だ。

幼女が、興味深そうにこっちをじっと見つめていた。

星の夢よりも幼いくらいの見た目で、小動物のよう。

星の夢とはまた違ったあどけなさがあって、可愛らしい。

「えっと…ありがとう?」

「ん」

真顔で、じっと見つめられる。吸い込まれそうな綺麗な目をしている。

「だれ?」

「…おみ。人間です。…あなた…も、…管理者なの?」

灰色ローブということだし、管理者の一人で間違いなさそう。タイツの色は、藤色。


「ん。…『ムーンフェイズ』のセレン」

「ムーンフェイズ…」


ムーンフェイズ。

複数のディスクを回転させて、"絵"で月齢を表示する複雑機構。

勿論、月の形だけでなく海の満ち引きを表すということもあり、海で働く人々の道しるべにもなる。

見た目にお洒落なだけじゃなく、(限定的ではあるけど)きちんと機能的な機構だ。

このムーンフェイズがあると文字盤が華やかに映えるので、デザインだけの"なんちゃってムーンフェイズ時計"も市場に数多く出回っている。

実際いいよね…なんていうか…うん。素敵なのよ。気になる人は、お近くの時計店へ。

勿論クロノグラフやレトログラードみたいな機械!航空機みたい!って感じのも格好良いけど。


そしてだんだんお馴染みになってきた希少金属名。

セレンは光電池やカメラの露出計に使われる鉱物。確か、名前も月由来。


「…でも、交錯点に月も海もないよね?」

どこまで行っても一面砂漠の交錯点。星が巡っていても、太陽も月もない。

座標で管理しているなら、最も仕事として意味をなさないだろうムーンフェイズ。

セレンちゃんはこくり、と頷いた。か、可愛い…。

「セレンは…くずかごを見てる。満月になるまで」

なるほど。

つまり、くずかごの中身を管理する機械人形。

新月(何もない状態)から始まり、

満月(いっぱいの状態)になるまで。

そういうことかー。

「ねえ、満月になると、星の夢ができるの?」

うーうん、とセレンちゃんが首を横にふる。か、可愛い…。

「満月になったら、くずがどんどんまざって、ちいさくなる。一番ちいさくなると"ほしのゆめ"になる。そしたらセレンが"ほしのゆめ"をおそらにとばしてあげる」

流れ的にはちゃんと月齢どおり、満月の状態から新月の状態にまで戻るらしい。

「じゃあ、星の夢を作っているのは、セレンちゃんなんだ?」

それだけ聞いていると、なんとも夢のあるかわいらしいお仕事。

ちっちゃな女の子がそんなお仕事をするというのが、まるで絵本のようでなおさら可愛らしい。

「人間…。でもおみ、からだがある…どうして?」

「ええと…梶本くん…じゃなかった、リピーターの…カジモド…が、私を交錯点に連れてきたの。星の夢…あの女の子の星の夢に言われたらしいんだけど…わかる?」

セレンちゃんは、またこくりと頷く。分かってくれた。よかった。

「人間はくずかごにいれちゃだめ。だから、でて?」

おや。セレンちゃんにもどうして私がここにいるか、という理由は知らないらしい。

インジケーターのような、星の夢の手先ではないのか。

「うん、私もそうしたいんだけどね。どうやって出たらいいのかな?」

「ん…、つれてく」

小さな手を差し出される。それを掴むと、ぐい、と、引っ張り上げられた。

流石、小さな見た目をしていたも管理人形。力が強い。

「ありがとうね。セレンちゃんのおかげで助かったよ」

「ん」

少しだけ顔を赤らめて、嬉しそうにしている。何この機械人形、めちゃくちゃかわいい。持って帰りたい。

…とりあえず、くずかごの出入り口を目指して歩きだす。

歩きながら周囲を見回すと、くずかごの構造が大体理解できた。

底が一番狭い、円錐を逆さまにした形。アリジゴクの巣よりもっと鋭角。

壁にはらせん状に幅2メートルほどのスロープが出来ていて、円錐の内側をぐるりと回っている。

スロープをのぼって、出入り口を目指す。

上に行くほど広がっているのでくずかごは下まで見渡せるのだが、現状このくずかごには容積の約3分の1ほどがくずで満たされている。

私たちはその3分の1階層からスタート、という感じだ。

くず、動いている個体もいれば微動だにしない個体もいる。

くずかごに入るくずは生死問わずなのだろうか。

なんだか、不憫。ただでさえ雑に扱われているような気がするのに。…主に、管理者たちに。

「動いてるのもいるけど…大丈夫?」

「ん」

セレンちゃんがまたこくり、と頷く。この反応見たさに質問している自分がいる…かもしれない。

「ねえ、くずかごにはどうして人が入っちゃいけないの?」

「…ん…と。」

説明しづらいのだろう、懸命に頭を捻っている。あーその必死に考えてる感じ、可愛いなー!

何やっても可愛いな!この子!なんだろう、すごく母性本能を擽られる。ぎゅってしたい。

「あふれる…」

溢れる?…くずかごが?

「どうやって?私、めちゃくちゃ小さいよ?」

「ん…」

口下手なセレンちゃんが頑張って話してくれた内容を要約すると、以下の通り。


・くずかごに人間(精神体)が入ると、くずがそれを飲み込む。

・人間の夢はくずよりも複雑で、強くて、大きい力があるから、飲み込んだくずが膨れ上がる。

・周囲のくずも巻き込んで、どんどん膨れ上がる。

・くずかごが一杯になっても、縮むことなく溢れて大きくなる。

・てにおえない。


以上。て、てにおえないのか…。

おそらく、ベリリウムちゃんの言っていた「どーん!ってなる」っていうのは、

どーん!と大きくなる…ということのようだ。

…爆発じゃなくてよかったけど、結果的に私、食べられる寸前だったってことだよね?

うおお、恐ろしや。

「もしそうなっちゃったら、どうするの?」

「みんなで、がんばってたおす…」

おお?なんだか巨大怪獣を倒す戦隊ものの話みたいになってきたぞ。

そもそも、暴れだすくずを鎮めるのも管理者の仕事のうちらしいけれど。

管理者たちが各々武器を持ち歩いているのは、そういう理由だと梶本くんに教わったのを思いだす。

実際これまで星の夢に作為的につくられたくず以外にも、自然発生するくずたちを梶本くんは鎮めていた。


そういったくずたちは、『過ぎた願い』を抱えているのだという。

自分で許容できない願いを持って生まれたくずは、自身を制御できずに暴走する。

何でそんなもの持って生まれたかな。いや、夢を持つのはいいことだと思うけど。

「セレンちゃんも、一緒に倒すの?」

「ん」

セレンちゃんは得意げに頷いて、弓矢を取り出した。折り畳み式。

丁寧に、腰に矢筒も下げていた。ローブ…なんでも仕舞えて便利ね。

なるほど、(セレネー)だけに弓矢か。

そういえば、ベリリウムちゃんは何を持っていたんだろう?見た感じ、手ぶらだったけど。

あの子もくず退治するんだろうか。ああいう子に限って、実はすんごく強かったりして。

「…あれ?そういえば、私たち今くずかごにいるんだよね?…私、くずに食べられてないけど…」

「からだがあると食べるのに時間がかかる」

…。なるほど。

「物理的な意味でか…」

体があったから、間一髪助かったのかもしれない。

ふと、先導していたセレンちゃんが足を止めて出入り口を見つめた。

「…」

「どうしたの?」

「だれか、くる…」

セレンちゃんのいう、誰か、というのは間違いなく、管理者の誰かだろう。

インジケーターか?追ってきたのか?

もしくは、梶本くんが助けに来てくれたのだろうか。

できれば後者であって欲しいところだけど。

それでも梶本くんならきっと来てくれる、という期待を込めて空を見る。


「まあ、何処へ行くの?おみ。ここが貴女の目的地(ゴール)でしょう?」


しかし、私の予想は見事に外れた。

ふわふわとした星の色の髪に、白いドレス。

あどけない笑顔。


星の夢が、目の前に浮いていた。

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