01.とりあえず、思い出す
拝啓、橘時計店のみなさま方。お元気ですか?
長女の生三です。
私も、今のところは元気です。
お気楽・ご気楽・能天気が身上の現役高校2年生です。進路先もまだ決まってません。
自慢の栗色の髪の毛(地毛)も、やや人よりも育っている胸も健在です。
現在私は、クラスメイトの男子梶本鉄くんによって、
最近はやりの、いわゆる異世界(厳密には違うらしいけど、聞いている限りだとだいたい同じだと思うので良いでしょう。)であるここ、
"交錯点"
と呼ばれる不思議な砂漠に連れてこられました。
空は明るいけれど太陽も月もないし、暑くも寒くもない。
重力とか空気とか、そういうのもちゃんとあるみたい。
明るさも温度も一日中ずーっと同じだから余計に時間感覚がないな。気温だけは丁度いい具合です。
あれから…えーと、何日でしょう?
体感的には、2日か3日たってるんじゃないかな。わからんな。
…とにかく、その位は経っているとしましょう。2,3日です。
時計屋の娘が時計を持ってないなんて!と、おじいちゃんやお父さんに怒られるかもしれない。
だがまって、落ち着いて聞いてほしい。
私は普段、ちゃんと腕時計を常に着用しています。
ですが、梶本くんに連れてこられたのは、体育の授業終わりの直後です。
髪は左に向けて一つにしばり、体操服の上から上下ジャージを着て運動靴という、これ以上ない体育の授業での正装。
普通運動するときは時計、外すよね?邪魔だし、汗で張り付くし。
当然、スマホも持ち込んでません。
ほら、私は何一つ悪くない!イェイ!
…。
はい、すみません。事の起こりはですね。
2月頭に控える校外マラソン大会…の練習に向けた、授業時間まるまる使った校外マラソン。
運動場で友達たちと楽しいお喋りをしながらだらだらと校舎に戻る途中でした。
その時、ふと私の前に一人のクラスメイトが立ちはだかったんです。
梶本鉄くん。
それまで一度も話したことがないどころか、他の誰かと話している様子も見たことのなかった梶本くん。
そんな彼に突如一人だけ呼び止められたおかげで「告白か!?」と仲間には茶化され、囃したてられ、ひとり緊張する中誰もいなくなった運動場で何が起こるかと思えば。
突然の暗転。
――――気が付けば、砂漠のど真ん中にいました。
意味が分からないよね。
しかも、梶本くんの姿もない。
代わりに灰色のローブを着た全身赤タイツ(のっぺらぼうようなフェイスマスクで顔面を覆っていてフェイスマスクを上下二つに分断しました、といった感じ。素顔がまったくわからない)で長い斧を持った動く人形に拘束され、体を引きずられていたんです。
何を言っているのか、よくわからないと思います。
だって自分で言ってても、未だにさっぱりわからなかったんだもの。
私を引きずっていた…赤タイツの性別不明な人形みたいなそれ…は、目が覚めたことに気が付いた私の拘束を解いて丁寧に起こしてくれた後
「すみません、橘さん。俺が梶本です。このような事に巻き込んでしまってすみません」
と謝ってきました。彼(?)が梶本くんでした。
梶本くんの唐突な自己紹介によって『巻き込んだ』というのなら恐らく何かしらの目的があって私をこの交錯点に連れてきたんだろう、という推測も立ちます。
でも、丁重に扱う気があるらしいならなぜ引きずったのか…?運ぶならせめて、抱えるなりなんなりしてくれても良いんじゃない…?
ご丁寧に布かなにかで頭を覆われ、手足は縛られ、さながら死刑囚の引き回しのようだったんだけど。
ジャージ姿の死刑囚。現代じゃ絶対にお目に掛かれないね!
と、いうわけで、改めて簡潔に言いますと、
授業の終わりに、突然クラスの男子に異世界に連れてこられたという訳です。
しかもそのクラスメイトは人間じゃありませんでした!
更には異世界って言っても、眩しくなく暑くもないけど一面広がる空と砂漠です。
本当に、砂漠と空だけ。
もうね。
ここまでくると『どうしよう』とかそういうネガティブな感情は私の中でぶっ飛びました。
一応梶本くんともコミュニケーションはきちんと取れますし、なんならめちゃくちゃ紳士的で優しいですし、事あるごとに気にかけてくれています。
あ、因みに、ここの砂、食べられるんですよ。
血と塩と砂糖を混ぜた味がするけど。
お母さん、娘は今異世界で砂食べて生きてます。
異世界ってすごい!
とりあえず、ここまでが私の思い出せる…異世界転移のいきさつでした。
実は数年前に1話分だけ書いた漫画のリテイクです。分かりづらい箇所が多々あると思いますが、ご容赦ください。
※元漫画は下記URLにて掲載中です。
https://kuronamacontinued.web.fc2.com/rep01.html