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ヒロインは私じゃないのよ。



 目の前で私の専属騎士であるロンバルトの意識が、またどこか遠い所へいってしまっているみたいだけれど、私は彼のそんな時の険しい表情が大好きなのよね。


 筋肉質でゴーレムのような大きな身体も、岩を削りだしたようながっちりした四角い顎のラインも、上が平らなせいで睨みつけているみたいに見える半眼で灰色の瞳も。


 癖の強い黒髪も、夕方になると綺麗に剃っていた無精髭が目立ってくるところも、物凄く好み。全体的に角張っているところが素敵。腕なんて丸太みたいで、この私ですら易々と持ち上げられそう。


 ――重いと言われるのが怖くてとても言えないけれど。


 野性味に溢れて、男らしくて……とにかく、凄く好き。いつでもお日様の匂いがするところも、こんな体重の私を壊れ物のように扱ってくれるところも。


 ちなみに私が太っているのは誰がどう見たって明らかなのに、ロンバルトだけは常に「アデリーナ様は豊穣の女神、デミレートのようですな」と豪快な笑顔を向けてくれる。


 今年で三十四歳になる私の専属騎士は、こちらの気も知らないで良くそんな風に褒めてくれた。けれどそれだってきっと彼の優しさからくる言葉で、本心からではないわ。


 男性というのは華奢で、フワフワとした微笑みを絶やさない、思わず守って上げたくなっちゃうタイプが好きなのだろう。私も妹や孤児院の子を見ていると、ついつい庇護欲を刺激されてしまうもの。


 ――可愛いは、正義だわ。


 この肉の付きやすい身体をどうにかしようにも……私は水を飲んでも太るお父様譲りの体質で、妹のフェルミーナと同じ食事量なのに体重は倍以上あるのよねー。日中は国の特産品である紅茶畑で、せっせと農作業に勤しんでいるのに不思議。


 多分に何割かは筋肉だと思うのだけれど――お父様を見る限り、私も堅太りしやすい体質みたい。お母様はほっそりとした美人なのに……うぅむ。


 とはいえ、お母様に似ては、ただでさえ人手の足りない紅茶畑の手入れが出来ないからこれでちょうど良いのよね。


 貧乏暇なし、金はなし。


 働かざる者、食うべからず。


 質素倹約がモットーのわが国は、紅茶の国として近隣国から重用されている以外は何の特色もない、はっきり言って辺境地だ。


 紅茶の当たり年にお父様とお母様がハッスルして出来た、歳の離れた可愛い妹。今年十四歳になったフェルミーナは、花も恥じらって枯れ果てるほどの美人さん。


 紅茶色の明るい赤味を帯びた真っ直ぐな髪に、同じ色の綺麗な瞳。紅茶の当たり年の水色は、わが国の至宝に相応しい。


 うちの国に置いておくには惜しい超絶・美少女。もうね、姉である私からしても、どこの大国の王族にもここまでの娘は産まれないだろうと思わせる自慢の子。


 ついついフェルミーナが初めて「おねぇしゃま」と呼んでくれた日に、私専用の紅茶畑で育てた最高級茶葉に“フェルミーナ”という名を冠したオリジナルブランドを作ってしまったくらい可愛い。


 そのせいもあって、先日鮮烈な社交界デビューを飾った(深窓の美姫との噂が先行してた)フェルミーナの呼称は“紅茶姫”である。


 褒めよ、崇めよ――社交界の未婚の若い殿方達は、妹の名前を冠したわが国最高級の紅茶のご注文をお待ちしております。


 もううちの子、本当に天使。フェルミーナが笑ってくれるなら、何だってしてあげるわ。


 目下困っているのはそんな可愛いフェルミーナの心を射止めようと、諸侯からやってくる王位継承権第二以下の王子。うちの子を安く見積もってくれるにもほどがあるわ。


 そんな王子様方が妹と親しくなる足かけにと狙いを定めてくる当て馬が、この見た目のせいで婚期を逃しまっくっている私。妹の婿取りが成功したら、このまま農婦にジョブチェンしようかと思っている。


 私を砂糖で出来ている(物理的に)と思っている人達がやたらと甘い物を贈ってくれるけれど、実は塩辛い物の方が好きなのよね……。


 そりゃ多少は食べるし、嫌いじゃないけど。今日頂いたケーキはジルベルト様には申し訳ないけれど、私にはちょっと甘すぎるわね。


 それに他のご令嬢が好むような甘いジュースよりは命の水……つまりお酒の方が好きだし。濁りのキツいワインじゃない葡萄酒。ワインは飲み口が爽やかすぎてちょっとね……。


 社交の場では綺麗な赤ワインと白ワインが主流だから、葡萄酒は城下町の新茶葉の収穫祭でしかお目にかかれないから残念。その時期にはロンバルトに毎年無理を言ってお忍びに連れて行ってもらうけれど、凄く楽しい。


 アルコール度数の高いお酒とチーズ。この取り合わせは堪らないわよね?


 そんなことを考えながらこうしてロンバルトを見ていると、五年前を思い出す。今では初めて出逢った時のギラギラした感じはなりを潜めてしまったけれど、お仕着せの騎士服が似合わないワイルドさは健在だわ。


 やっぱりなよやかで美しい殿方よりは、これくらい厳つくなければ。美しい殿方に釣り合うのはやっぱり私の妹であるフェルミーナくらいのもの。


 今あの子にお熱を上げているのは確かゴルドー国の第四王子のジルベルト様だったかしら? 妖しい雰囲気の美形で今年十七歳になられる方だ。


 元々は私の婚約者にとお父様が探してきて下さった方だけれど、いくらなんでも行き遅れのふっくらしすぎた私が相手では可哀想過ぎる。


 お父様は私とフェルミーナを同じ様に溺愛し過ぎなきらいがあるので、顔面のバランスを考えていない。勿論、お母様もだ。お二人ともよくジルベルト様と私がお似合いだと仰るので、そろそろ老眼かもしれない。


 しかし私とジルベルト様では田舎者の見栄でしかないこの縁談も、フェルミーナとではオールオッケー! 問題など皆無である。


 何よりジルベルト様は冷たい美貌の持ち主なのに、中身はフェルミーナ並の末っ子気質だ。従ってフェルミーナと並ぶと、おままごと的な可愛らしい恋人同士に見える。


 実際にそれとなく取り持って上げたところ、中々どうして良い雰囲気なのよね。甘い甘いお伽話の恋人同士のように、指先が触れるだけでお互いを意識しているのが丸わかりでとても微笑ましい。


 けれど――長女の私としてはそれでは物足りないのだ。


 フェルミーナに勧められて寝る前に読むようになった恋愛小説も、どうしてもヒーローの補佐役に当たる年上の部下の外伝物を好んで読みふけっている自覚がある。


 二十三歳……今年で二十四歳になる行き遅れがベッドで十代の女の子が好む小説を読んでいることがしれたら……いいえ、それよりもこんな肥え太った姿で王子様に憧れているだなんて知られたら――!


 あ、駄目だわ。もう、恥で死ねる自信がある。


 とはいえ。そろそろ結婚するか諦めるかを決めなければならない歳ではあるわね。姉がなかなか嫁がないないし、婿を取らないとなれば、国の進退を決めかねて可愛いフェルミーナの結婚の足枷になってしまうもの。


 あぁ、だけどこうやってロンバルトを傍に置いておけるのも、私が婿を取るまでの次期後継者候補だからで……。


 正直結婚も後継者問題も、このまま有望株であるフェルミーナに任せてしまいたい。あの子は私のように丈夫ではないけれど賢いから、きっとこの国をより良くしてくれると思うのよね?


 あー、でもそれだとやっぱり結婚する予定のない姉は不良債権だわ。


 もうこのままなし崩しにロンバルトを脅して彼のところに降嫁してしまおうかしら?


 ――なぁんて……。


「せめて私があと二十キロほど軽ければ良かったんだけど……」


 甘ったるいケーキを皿に取り分けながら、一人そうごちた。その呟きすらもその耳には入っていないようで、ロンバルトは手持ち無沙汰気味に時折剣帯を弄りながら私の方に視線を寄越して溜息をついている。


 ――きっと、鍛え上げて一部の隙もないロンバルトにとって、私はのうのうと肥え太った行き遅れの豚姫よね……。


 このままでは、誰の為にも……勿論私自身の為にもならない。だから、私は常々考えていたことがある。


 それは、今年の夏にあるささやかな私の二十四歳の誕生日を祝ってもらうパーティーの席で宣言しようと思っていた。


 入り婿になってくれる王族の婿取りも、降嫁の予定ない私に出来ること。


 それはたった一つだけ――。


 紅茶作りの腕前だけならこの小国きっての無類の才能を誇るこの私が、第一王女の座を退いて本格的に新品種の改良に乗り出すこと!


 他国の紅茶と接ぎ木したり、狭い畑を広げる方法の教えを乞うたり、製法を変えたりしてみれば――まだまだうちの紅茶の可能性は広がるはずだ。


 そして多少無茶な採取旅行も若いうちならまだイケる、はず!! 


 ……と、まぁ、ほぼまだ夢想の域を抜けない案件ではあるけれど、うちにはフェルミーナがいるのだからお父様もお母様も真っ向から否定はしないでしょう。


 今はそれよりもずっと心ここにあらずといったロンバルトの意識をこちらに向ける方が先決かしらね。


 私はもう一人では食べきれそうにないケーキを載せたお皿を持って、ぼんやりしているロンバルトに向かって声をかける。


「ねぇ、貴方も一つおあがりなさいな。ジルベルト様から頂いたこのケーキ、頬が落ちるくらい美味しいのよ? いつも苦虫を噛み潰したような貴方も、きっと少しは人好きする表情になるわ」


 私の言いがかりのような発言にも嫌な顔せず、真剣な表情で頷いてケーキを一口食べてくれる。


「――はい。大変に美味かと」


 ……本当に優しい嘘吐きね。


 甘い物が死ぬほど苦手なのを知らないと思って、そんな見え透いた嘘を吐くこの元・山賊のこの騎士が私はとても、とても好きなのだ。


 私を軽いと嘯く口で、お願い私を愛していると言って? だなんて、言えるはずもない。


 ……それならばと、私も嘘を吐くの。


「味の好みが合ったようで良かったわ」


 目を白黒させて私とケーキを交互にみやるその表情が、好きで好きで、たまらないの。五年前から血の滲むような努力をしてきたロンバルトは、もうどこに行っても恥ずかしくない素晴らしい騎士だわ。


 もう私だけの騎士には勿体ない。


 だから、だからねロンバルト――今年の誕生日パーティーが終わったら、貴方を自由にしてあげる。



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