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俺の姫が尊すぎて辛い。



 俺のお仕えするアデリーナ姫は、この国で一番美しい。


 ほんのり小麦色を帯びた柔らかな焼きたてのパンのような肌も、大変豊かなお身体も、収穫間際の小麦のような黄金の髪も。


 本人は「一応姫だというのにこれはないわよねぇ」とお気にされている鼻の頭から頬に広がるソバカスも、大変好ましい。


 日差しを浴びて領地内を動き回られるアデリーナ様は、大抵のご令嬢がなさらないであろう身の回りのことは全てご自分でなされる。


 曰わく「私よりも華奢な子にコルセットを締めさせるのは可哀想よ」とのご配慮からで、いつもコルセットをされないそのお身体は柔らかな丸みを帯びていた。


 俺は華奢で小柄な女性よりも、アデリーナ様のような……こう、母性の塊のような女性の方が断然好みだ。


 しかも王族であるにも関わらず、それを鼻にかけることのない開けっ広げな物言いと、どんな無礼な発言も「面白いから良いわ」の一言で許される寛大なお心を持っている。


 いついかなる時でも、よく食べ、よく笑い、よく眠る。


 そして――最も重要なのは、誰に対しても分け隔てなどなく大変にお優しいところだ。


 孤児院の慰問には必ずご自身で選ばれた菓子や本を持って訪れ、質素なドレスに子供らが群がっても怒るどころか「あら、皆元気ねぇ!」と頬ずりまでなさる。


 ……そのお姿はまるで豊穣の女神のようだ。


 歳の離れた妹君を大変に可愛がられており、王からも王妃からも寵愛を一心に受けたフェルミーナ様は、大変素直な次女としてのびのびと美しく成長されている。


 この前も、専属騎士の俺がくしゃみをすれば『部屋で一人になりたいから、今日はもう下がって良いわ』と仰られ、俺が同僚と交代して自室に戻れば部屋にはホットワインが用意されていた。


 今日はアデリーナ様の婚約者であるジルベルト王子とのお茶会を予定していたはずなのに、あの糞王子はその約束を反故にしてアデリーナ様の妹君であるフェルミーナ姫との密会を楽しんでいる。


 いくらわが国が取るに足らない小国で“サヴォイ国にある宝は唯一つ。第二王女のフェルミーナ姫のみ”と揶揄されるくらいに何もないからとて、第一王女を放り出して第二王女と堂々と密会とは……。


 わが国と古い付き合いのゴルドー国の第四王子程度に足許を見られるとは、王も不甲斐なさ過ぎでは――と思い至りかけて首を横に振る。


 怒りで剣帯を握る手が震えるが、必死に堪えて一人でお茶を飲む羽目になったアデリーナ様に視線を戻す。


「ねぇ、貴方も一つおあがりなさいな。ジルベルト様から頂いたこのケーキ、頬が落ちるくらい美味しいのよ? いつも苦虫を噛み潰したような貴方も、きっと少しは人好きする表情になるわ」


 視線に気付いたアデリーナ様はそう微笑み、手許のアフタヌーンティーセットからケーキを一つ摘まんで俺を手招いた。


 砂糖の塊のような生クリームをふんだんに使用したケーキはかなりの高カロリーであることが予想される上に、俺は甘い物が好きではない。


 ――が、姫からのお誘いを断れるものか! 


「は、では僭越ながら、頂きます」


 そのふくよかな手から受け取った薄くて華奢なケーキ皿から、生クリームまみれのケーキを一口頬張る。


 一口含んだだけで甘さが脳天に突き刺さり、味覚の一切が失われた気がするがアデリーナ様は「美味しいでしょう?」と 微笑まれた。正直に言ってこのケーキを作った職人を三枚卸にしてやりたい。


 もっと言うならばあの馬鹿王子を三枚卸に……いや、八つ裂きにしてやりたい。もしやあの男はアデリーナ様を高血糖で殺すつもりなのか?


 一般的にケーキというものは、砂糖と生クリームを使えば良いというものでは断じてないだろう。しかし目の前では、キラキラと美しいエメラルドグリーンの瞳が俺の答えを待っているのだ!


「――はい。大変に美味かと」


 ひくつく頬を悟られぬように大仰に頷いて見せれば、アデリーナ様は嬉しそうに「味の好みが合ったようで良かったわ」と、そのふくよかな頬を綻ばせて下さった。味覚はともかく、女神か。


 元々山間部の中にひっそりとあるこのサヴォイ国は、他国の王族がこぞって買い求める高級な茶葉を輩出するくらいしか収入源がなく、山間部なのでそこまで広い農地も作れない。


 なので王族とはいえ子供に専属騎士を付けられるほどに裕福でないのだ。


 そもそもそんなせいか貴族階級がめっぽう少なく、王族の人間も階級云々に緩かった。城の中を歩くその辺の市場にいそうなオッサンが宰相だったりする国だ。


 そんなこの国で俺がこうしてアデリーナ様付きの騎士になれたのも、この方の女神のような采配にあった。


 出逢い方は最悪だった。主に俺のせいだ。


 あれは、もう今から五年前――今日のように春の日差しが温かな昼下がりだった。過去に戻れるとしたら、もっとアデリーナ様がこっそり愛読されている物語のような出逢い方をしてみたかったものなのだが……。


 今よりもまだ少し貧弱な体系だった当時十七歳だったアデリーナ様が、婚約者を見繕いに他国のパーティーにお呼ばれした帰りの街道で、俺が当時の仲間をつれて馬車を襲撃したのが出逢いだった。


 正直に吐けば、まさかあんなショボい馬車に乗った王族がいるとは思わなかったのだ。精々ちょっと小金を持っている商人の馬車くらいかと……。


『おいそこの馬車留まりやがれ! 命が惜しけりゃ、有り金おいて馬車から降りな!!』


 当時の御者には未だにネチネチ言われることがある。勿論、もう何度も酒を奢らせて頂いているが。


 共のほとんどが老人に片足をつっこみかけたへっぴり腰の男ばかりで、俺と当時の仲間は期待外れな馬車を留めたかと渋い表情になったものだったが、馬車の中から御者に頼らずに現れたアデリーナ様を見てさらに驚いた。


『貴方達がこの辺りに現れるという山賊なの? うちの馬車には残念ながら金目の物は何もないのよ。せっかくリスクを背負って襲ってこられたのにごめんなさいね』


 と、無頼の山賊を前にして本当に申し訳無さそうに苦笑されたのだ。


『お詫びと言ってはなんだけれど、ここでリスキーな山賊稼業をするよりも、毎月きちんと給金が出て衣食住が整った職場を紹介するくらいなら出来るわ。勿論今までの前歴も一切関係なし! ここから護衛をして下さるのならその分の給金もお支払するけど、どうかしら?』


 あの時は馬鹿な小娘の滑稽な命乞いだと思い、護衛のフリをして家までついて行ってその後――などと強盗の算段をしていた俺達の前に現れたのは、多少その辺の貴族の邸宅より大きいか? くらいのメルヘンな屋敷だった。

 

 ――あの場でまさか城だなどと気付けるはずがない。


 アデリーナ様は約束通り国王にサラッと『お父様、こちら道中でスカウトしてきた騎士見習いの方々ですわ』と紹介を済ませて、俺の方を振り返ると『それから、この方を私の専属に頂きますわね』とご指名まで下さった。


 あの日以来、俺はアデリーナ様の忠実な騎士である。


 血反吐を吐きそうになりながら何とか覚えた行儀作法も、ひとえにアデリーナ様の『こんなに短期間で覚えられる何て凄いわね!』というお褒めの言葉聞きたさにである。


 しかし残念ながら山賊時代に我流で鍛えた剣だけは、騎士の型を覚えることなく断念してしまった。だから未だに俺の振るう剣は邪道で賤しい構えのままだ。


 けれど、アデリーナ様は仰る。


「『うふふ、ロンバルトはさすが私の騎士だわ』」


 と、んん――?


「は!? も、申し訳ありませんアデリーナ様。少し考え事をしていたものですから……話を聞いておりませんでした……」


 慌てふためくものの、この方に嘘はつけない。だから正直にそう述べると、アデリーナ様は弾かれたように楽しげな笑い声を上げられた。


 扇で口許を隠したりせずに開けっ広げに宙空に放たれるそのお声が、俺の胸を騒がせることなどアデリーナ様は知りもしないのだろう。


「あー、ふふ……よく笑ったわ。安心して、何も大したことなど話してなどいないわ。ただ、急に貴方のことを褒めてみたくなっただけなのよ」


 そんな嬉しいことを仰って、無邪気に笑われる第一王女を前にして……。


 今年の夏、アデリーナ様の二十四歳の誕生日パーティーで正式に顔だけのボンボン王子との婚約発表がなされるだろう。


 それを考えると良い歳をしたオッサンの俺の胸も痛む。


 だがしかし、アデリーナ様が誰に嫁がれようが俺は彼女の専属騎士だ。職務がある限りそのお側を離れることはない。


 しかし、それでも……第二王女のフェルミーナ姫に首ったけの馬鹿王子が、この方の魅力に気付くことが一生こなければ良いのにと――ただの家臣の身でありながら思ってしまう俺なのだった。

 

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