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線香花火のように。  作者: 鏑木左右太
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人は意図して間違える

僕には人がいつ死ぬのかが見える力がある。

見えるようになったのは三年前からだ。

人と相対した時、その人と目が合うと脳裏にフラッシュバックの様にカレンダーや新聞などの日付が分かる物が設置された風景が映像として流れ込んでくるのだ。

この映像だけでなぜそれがその人の死ぬ日付になるのかと疑問に思うかもしれないが正直なところこれに関しての確固たる証拠は持ち合わせてはいないので断言できるとまでは言えない。

しかし、僕個人の三年間での経験がそれを物語ってきたのである。

統計とも言っていい。

僕の見た映像と当人の死ぬ日が一致した。

現状で4人、僕はそれを目撃している。

そして、例外はない、確認できた人間で一致しなかった人はいないのだ。

これは先の僕の結論を導くのに十分すぎるほどに十分だ。

この結論に結びついてから僕は人と目を合わすことを拒むようになった。

会う度に、目が合う度にその人間がいつ死ぬのかが分かるというのはやはり気持ちのいいものではないからだ。

しかしながら人間とは無慈悲な生き物で、置かれた環境に身を呈していると慣れる、というか毒されていく。

どんなに目を合わせないことを心掛けていようが見えてしまう時は見えてしまうものだから。

見えたその人の死に最初は逐一と大仰に反応していたのだが今では長生きだとか淡々とした思考や感想として客観的に見ることができるようにはなっていた。

だが、大星の時は違った。

僕にこの力に対する理解が追いついてから始めてのことだった。

15歳の少女がその歳を越えぬまま、あと4ヶ月後に命を落とすことになる、身近な人間にそんな人が居るとは思ってもいなかった。

しかも病院で見かけたならまだしも学校で出会ったいかにも元気で明るい少女にだ。

寿命という選択肢はハナから除外され、病気か事故か、自殺か、他殺か…仮に誰かのために賭した命だとしても15の少女の終わりにはどれも無残でしかない。


時刻はちょうど正午のお昼時、僕ら3人は喫茶ハルサに到着した。

ランチの時間と被ったのもあり店内はかなりの賑わいを見せていた。

あまり大きなお店ではないが最低限の通路を確保した上での席配置がしてあり、少し窮屈ながらもできるだけ多くの人が座れるようになっている。

幸運にも入った時には満席だったが入ってすぐに一組のお客が席を立ったため、ほとんど待つこともなく席に座れた。

店内は少しレトロな雰囲気で店が古くてレトロなのではなく演出として作られたレトロだ。

壁に掛けられた時計やボードもそれを演出するためのいいスパイスとなっている。

カウンター席の目の前には多様なサイフォンが並べられいかにも珈琲のお店という感じだ。

店内にはゆったりとしたクラシックなのかはわからないがピアノやバイオリンの音が奏でるBGMが流れており、ほのかに香る珈琲の香りとマッチしていた。

なるほど、珈琲を飲むにはいい空間だ。

ハジメは無類の珈琲好きでよく一人で出かけては新しいお店を開拓している。

そして気に入った店があるとこうして僕を連れて珈琲を嗜みながら僕にその店の良さをあれこれと話してくるのだ。

色んな店に足を運んでいるだけあってハジメのオススメで僕にハズレが出たことは今だにない。

「意外とすんなりと座れて良かったよ。

ちょうどお昼だしご飯も一緒に済ませちゃおうか。」

「ここの料理のオススメはあるか?」

「ここは品数多かれど俺が常に頼むのはハヤシライス一択だよ!」

ハジメは薬指を立てながらご尊顔でそう答える。

なぜ薬指なのかは敢えて問わない。

きっとツッコミを待っているというのは目に見えてわかったからだ。

「じゃあハヤシライスにする。」

「私もそれで!」

ハジメはまだ指を下ろさなかったが僕も、おそらく察したのであろう大星もそれに触れない。

笑顔のまま上げた薬指を呼び出し用のチンベルの上にそっと下ろすとチンという音が店内に鳴り響いた。

店員は直ぐにお冷やとおしぼりを持って僕らの席まで来てくれた。

これだけの机があってチンベルなのに何処から鳴っているのかよくわかるなと思ったが机の上に何の配膳もされていないのは僕らのテーブルだけで、おそらく水やおしぼりさえも来てないことに対して催促されてると思ったのだろう、店員は見るからに慌てており、到着しての第一声はお待たせ致しましただった。

逆にこういった勘違いをさせてしまうとこちらが申し訳なくなるな。

「ハヤシライスを三つお願いします!

あと、食後にブレンドも三つで!」

ハジメはさっきまでのネタを払拭するかの如く綺麗に一般的な指を三本立てながら言う。

「ブレンドは俺からのサービスだよ。」

「さんきゅー」

僕と大星は口を揃えて言った。

「それでさ、俺がいない間に一体何をきっかけに仲良くなったんだい?お二人さんは。」

いや、それは僕も知りたいところだ。

僕はその問いに対する答えを大星に委ねるかの様に手元のグラスに手を伸ばし、口に運ぶ。

「んー、お互いの性事情についてかな?」

「ごほっ。」

僕は水を吹いた。

テレビやアニメの中でなら頻繁に起こりそうでも現実に実際に同じ立場なら水を吹くほどの誇張した驚きを表すことはないと思っていた。

いい教訓になった、人間は予想外の出来事に対面した時水を口に含んでいると吐き出す。

「誤解を招く言い方をするな!」

ハジメはケタケタと大笑いしている。

「いやー、アハハ、あのキョースケがね、アハハ。」

「いや、だから誤解だと言ってるだろう。」

「誤解ではないよ、現にその話はしたじゃない?」

少し黙っていてくれ。

「少し黙っていてくれ。」

大星に回答を求めた僕が馬鹿だった。

面倒ではあったが僕は僕のイメージの弁解を図る為大星との朝の出来事の経緯を一から説明した。

「あーなるほど、そういう事ね。

キョースケも可愛い女の子を前にすると人並みの男としての本能には勝てないのかと思ったよ。」

ハジメはまだ笑っている。

何だろう、非常に疲れる。

僕は二人に聞こえる大きさで息を吐き出す。

「まぁでもここまでペースを乱されるキョースケを見るのも久々だ。

何となくこうまで詰め寄ってくる大星さんを拒否していない理由がわかった気がするよ。」

僕を見ながらハジメは言う。

それも僕が知りたいところではあったがまた面倒が起こる予感しかしなかったので追求はしない。

「ところで大星さんはどこ中の出身なの?」

「私は隣の県から来てるんだー。

知ってるかな?鷺森中って言うんだけど。」

「鷺森!?鷺森ってあの鷺森かい?」

「何だハジメ知ってるのか?」

「知らないのキョースケ!?

日本でも指折りの超お嬢様学校だよ。」

「そうなのか。」

「まぁ、確かにお嬢様学校だったね。」

照れ臭そうに大星は答える。

「鷺森は確か中高一貫校だったよね?

そのままエスカレーター式に高校に上がらなかったの?」

「親が離婚しちゃって、母に引き取られた私は母の実家があるこっちに引っ越したんだ。」

ハジメはしくじったというあからさまな表情を浮かべる。

「ごめん。」

「あ、いいの、気にしないで!

私は全然気にしてないから!」

大星は笑顔で答える。

大星は自分を偽らない性格なのだろう。

まだ会って数時間しか経ってはいないがそのことに関してこれまでの経緯からはっきりと分かった。

「二人は同じ中学出身なの?」

「そうだよ!

くされ縁ってやつかな。」

「いいなー、私は県が変わっちゃったからね、さすがに同じ中学からこっちの高校に来てる子はいないから羨ましいよ。

正直一人ぼっちにならないか不安だったんだー。」

「お前にもそんな不安があるんだな。」

「だからお前じゃないってばー。」

ムッとした表情を浮かべながら僕を見る。

「まぁまぁ。

キョースケは見た目通りの不器用なんだ。

心を許しもしないやつにそんな失礼はしないよ。

これはキョースケなりの友達としてのアプローチみたいなものだから。」

色々と飛躍しすぎだ。

勝手に人のキャラクターを語るんじゃない。

間違っているとは言わないが言葉に出されるとどうも否定したくなる。

「二言三言多いぞ。」

「ごめんごめん。」

「まぁでも大星さん、これはスキンシップの一環だとして流しておくれよ。」

「ふーん、じゃー許そー。」

ジト目で僕を見た後微笑んでそう言った。

そうこう話していると店員がハヤシライスを配膳して来た。

僕はハヤシライスをスプーンで口に運びながらここのハヤシライスの素晴らしさやうんちくを語るハジメの話を話半分に聞いていた。

混んでいたこともあってかハジメはともかく大星は食事中はあまり口を開くことはなく黙々と食べ進めていた。

もしかしたらお嬢様学校に通っていたのもありマナーを気にしてかもしれないが。

最初に大星の顔を見た時同様口を開かなければお嬢様という言葉がしっくりきそうなほど清楚で上品に見える。

まぁあくまで口を開かなければだ。

ハヤシライスを食べ終えるとハジメが珈琲をと店員に声をかける。

珈琲が運ばれてくるとカップを手に持ったハジメがいきなり音頭を取り始めた。

「じゃ、二人ともこれからの三年間の青春に。」

ハジメはカップを前に突き出す。

よくわからないやつではあるが本当によくわからない。

そういえば一杯どうとかなんとか誘う時に言っていたのを思い出した。

もしかしたらこれを言いたかっただけなのかもしれないな、とそんなことを思う。

僕と大星は合わせてカップを前に差し出した。

「よろしく。」

「よろしくねー!」

ハジメは嬉しそうだった。

ブレンドは本当に美味しかった。

僕好みの少し酸味のある味わいで特にどこのとかどういう入れ方とかが分かるわけではなかったが美味しいというのは分かる。

そこら辺の知識についてはハジメがまたハヤシライスの時と同様に珈琲を片手に語ってくれた。

大星はあまり味が好みでないのか、珈琲自体が好みでないのか最初に二、三口をつけてから砂糖とミルクを大量に入れていた。

「苦いー。」

大星は渋い顔をしながら言う。

「あはは、珈琲あんまり飲まないの大星さん?」

「うん、甘党なんだー。」

「それは申し訳無いことをしたね。」

「ううん、でも甘いカフェオレは好きだよ!」

「キョースケはどうだい?」

「ああ、美味いよ、僕好みだ。」

「それは良かった!

キョースケは絶対に好きだと思ったんだ。」

「それはそれはご明察で。」

三人で同じタイミングで珈琲をすすった。

少し珈琲を嗜んでいる間沈黙が生まれた後僕は気になっていたことを唐突に大星に問う。

「突然でなんなんだが大星、お前なんか持病とか持ってるか?

それかすごい病を今患っていたりとか。」

この質問に対して大星とハジメは目を点にして動きを止めた。

「本当突然。

ないけど、どうしたの?」

数秒の沈黙の後に大星は笑いながら答える。

「いや、ないならいい。」

「キョースケの不器用度は神レベルだね。

話題フリをどう拗らせればその質問に至るのさ。」

ハジメは些か大袈裟が過ぎるアクションをつけて笑う。

「キョースケ君って面白い人なんだねー。」

「うるさい。」

質問するタイミングを間違えたな。

あんまり引っ張られるとボロが出そうだ。

「本当にいつも飽きさせないでいてくれるねキョースケは。

というかキョースケ君?

いつの間に下の名前で呼び合う仲にまでなってたの?」

「呼び合ってない、少なくとも僕は大星と言ってただろう。」

「だってあてらさわくんって言いにくいんだもん。

キョースケ君でいいよね、キョースケ君とハジメ君。」

無邪気に答える大星にハジメは毒気を抜かれたのか僕らをおちょくるをやめた。

僕とハジメは顔を見合わせて薄っすらとした笑顔を大星に向けた。

店内はピークを過ぎたのかいつの間にか落ち着いていてちらほらと空席ができていた。

三人で今度は各々に好きにドリンクを注文し小一時間ほど話し込んでいた。

各々好きにとは言ったものの別の飲み物を頼んだのは大星だけで僕とハジメはブレンドをおかわりしたのだけれども。

時刻は14時半、冷めきった珈琲を飲み干して僕らはハルサを後にする。

特にこの後のことは考えていたわけではなかったので今日はこれで解散となった。

大星は近くに最寄駅があるからとハルサを出てすぐに僕らと別れ駅へと向かった。

僕は自転車を学校に置いたままなのを思い出し、同じく徒歩でここまで来たハジメと一度学校へ戻ることにした。

ハジメはどうやら自転車を持って行かなかったことを不思議に思っていたようだがそのまま徒歩で向かおうとしていたのに合わせて徒歩でついて来てくれたみたいだった。

内面では気づいていたなら言って欲しいきもちもあったが自転車で通学してそのことを忘れたまま徒歩で学校をでた自分の間抜けさに気兼ねして特に指摘することはしなかった。

来るときには真上にいた太陽は西側へ少し降りておりほんの少し来た時よりも街並みが夕方直近の大人しい雰囲気に包まれているような気がした。

学校に着くとお互いに自転車を取り今度は自転車に乗りながら校門をでた。

「大星さん面白い人だね。」

「そうだな。」

「それにしても本当に驚いたよ、キョースケが初対面の人間とあそこまで打ち解けられるなんて。」

それは僕も驚いている。

二度同じことを言われるくらいだからハジメからしても大星との出会いは意外な一面だったのだろう。

「それはそうとしてさ、見たんだろ?

大星さんのこと。

聞かせておくれよキョースケ。」

ハジメは真面目な顔で僕に尋ねた。

「気づいてたのか。」

「そりゃあね。

ハルサで何度か顔を合わせているのを見てるからね。

でも、最初に見たのは入学式の前の俺が居なかった時だろ?」

なるほどな。

あの時、僕の唐突な質問に対して掘り下げなかったのは気を利かせて話題を変えてくれたのか。

相変わらずしたたかなやつだな。

「お前の前で隠し事はできそうにないな。」

少し笑いながらハジメに顔を向ける。

「キョースケが不器用なだけさ。」

ハジメも笑顔で返してきた。

少し間を空けて僕は答える。

「4ヶ月後、8月24日。」

ハジメから笑顔が消える。

「そっか。」

「あんまり、驚かないんだな。」

「驚いてるさ、まぁでもキョースケが病気云々の質問をしてたから何となく早いんだろうなって察しはついてたけど。」

「そうか。」

「キョースケのその力は確実なんだっけ?」

「今のところはそうだな。」

「今のところは、か。

俺は実際にその事象に立ち会ったことがないからいまいちピンとこないんだけどね。

まぁでもキョースケが言うならそうなんだろうね。」

僕だって信じたい訳ではない。

でも過去の経験がそれを裏付けてしまっている以上その事実に対して無視はできない。

ハジメは自転車を止めた。

跨っていた自転車から足を下ろし、自転車を押しながら歩き始める。

僕も同じく自転車から降りた。

しばらく二人で無言のままゆっくりと歩く。

やがて三叉路のある通りに着くと僕は足を止めた。

「なぁ、ハジメ。」

「なんだい?」

「調べてみないか、大星のこと。」

「それは、またなんと言うか意外だね、キョースケにしては。

本気なの?」

「どうなんだろうな。

でもよく分からないのだけど本当に4ヶ月しかないのか、助かる道はないのかそれを知りたいというか、このまま側にいる大星を横目にただ待っているとういうのは良くないんじゃないかって、そう思うんだ。」

本気なのかという問いに随分とあやふやな答えをしてしまった。

良くない、なんて言い回しただの自己満足なのではないだろうか。

大星からしたら影でコソコソと自分の事を調べられ勝手に決めつけられた自身の余命に探りを入れられるというのは些か気分のいいものではないはずだ。

仮に調べたとして結果が変わらなかったら調べた意味というのはあるのだろうか。

手を尽くした意味はあるのだろうか。

大星に嗅ぎ回っている事がバレた場合人間関係すら壊れかけない中で僕が知りたいとか助けたいとか身勝手な感情で動いたとしてそれは正しいことなのだろうか。

きっとこれも欺瞞で自己満足だ。

目の前で死を待つ人間がいてそれをただ何もせずに見ている、それが嫌なだけなのかもしれない。

「本当に不器用だね。」

黙りこくっていた僕にハジメは言う。

「あれこれと考えすぎなんだよね、キョースケは。

どーせ今も俺の本気なのかって質問の返答に自問自答でもしてたんだろ?

良くないって思ったんだよね?ならそれでいいじゃないか。」

「でももし結局助からなかったら、深く関わった事を後悔すると思う。」

「後悔すればいいじゃない。」

「え?」

「関わったって関わらなくたって、助かったって助からなくたってきっとキョースケは後悔をする。

何が良いのか悪いのか、正しいか正しくないかなんて誰にも分からない。

人は間違う、でもその間違いを決めるのは他人であって、自分でもある。

どうせ間違うなら自分の決めた道で間違えて後悔をすればいい。

そこに自分の意思のない間違い程無関心で残酷なものはないと俺は思うよ。」

間違えて後悔すればいい、か。

本当に見透かされているようだとつくづく思う。

迷う必要はもう無さそうだ。

「だからさ、キョースケ。

今回は俺もキョースケの決めた道で一緒に間違ってあげるよ。」

ハジメは笑ってそう言った。

僕は恵まれているな。

心の底からそう思う。

「よろしく頼む。」

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