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線香花火のように。  作者: 鏑木左右太
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始めましてと未来のさよなら

4月10日


部屋いっぱいに目覚まし時計のベル音が鳴り響く。

僕は手探りで音の出所を探し、ようやく目覚まし時計のアラームを止めた。

重たい瞼を開く、時刻は午前7時だ。

10分後のスヌーズが鳴るまで二度寝も考えたが今日はすっぱりと起きることにした。

着ているスウェットを脱ぎ捨て、下ろしたての制服に袖を通すとちょっとした高揚感に苛まれる。

今日から高校生になるのだという実感が改めて湧き上がるようだ。

部屋から出てリビングへ向かうといつものようにテーブルには朝食と姉のメモ書きが置いてあった。

それを横目に僕は洗面所へと向かう。

布のかかった鏡の前で顔洗いながら、久しくまともに見ていない自分の顔ををふと思い浮かべる。

「もう、三年か」

意図していたわけではなかったが不意に言葉として口から溢れていた。

朝食のベーコンエッグと食パンを手早く食した後、仏壇の前で軽く黙祷し玄関へと足を運んだ。

まだ、家を出るには早いがまぁ初日くらい余裕を持って通学するのもいいだろう。

艶がかかったローファーに足を通す。

靴ももちろん下ろしたてだ。

こう新しいものに纏われていると別世界に来たかのような不思議な感覚に陥る気がした。

たかが新しい制服くらいで大仰な感覚を覚えるものだと思うかもしれないが僕が過ごして来たここ三年間を思えばこの感覚は新奇そのものなのだ。


これから通う公立東久世高校から家はそれほど離れた場所にはなく、自転車で10分弱ほどで着く。

受験で訪れて以来のニ度目の通学ルートを僕は

自転車で駆け抜けて行った。

受験の頃よりだいぶ春らしくなったといえばそうなのだが近所であることに変わりはないのですでに見慣れた風景に特に新鮮味を感じることはない。

学校の駐輪場に着くと、聞き慣れた溌剌とした声で僕の名前が呼ばれた。

「キョースケ!」

矢北一だ。

ハジメとは中学からの付き合いで僕とは対照的に活発で社交的で絵に描いたようなリア充高校生だ。

対照的にとは言ったものの勘違いして欲しくはないのだが僕が別に根暗のボッチで内交的人間というわけではない。

断じてだ。

ハジメと対比した場合、僕の性質はそっち側に寄っている、それだけなのだ。

ちなみにキョースケとは僕の名前だ。

名字は左沢、名前は恭介で左沢恭介だ。

今まで初見で僕の名字を読めた人に会ったことがないので先に言っておくとすると左沢であてらさわと読む。

「お前にしては来るのが早いな。」

「そりゃそうさ、今日は華々しい入学式だぜ?早くも来たくはなるさ。

それを言ってしまえばキョースケだってそうだろ?」

「そりゃそーだ。」

「てのはまぁ建前で本当は代表挨拶の準備やら何やらがあるんだよ。」

僕はそうだったなと軽く納得して相槌をうった。

ハジメはとにかく頭が良く、運動神経まで万能でさらに顔立ちも整ってるときてる。

天は物を与え過ぎている、その分の物をもらえなかった人間とこうやって格差ができていのだろうな、とひしひしと感じた。

「お前は中学だけでは飽き足らず高校ですら頂きに立ち続けるつもりか?」

「あはは、何を大仰な。

俺はね、頂きに立つよりもいつだって絶対的強者の前に敗北を喫する人間でありたいと願ってるよ。

人は競い合い、敗北を知るからこそ真に磨かれるものだろう?」

何を言ってるんだこの脳内お花畑は。

それを願っていると言った時点で自身が絶対的な立ち位置にいると言ってるものだろうよ。

まぁただこいつは本気でこういうことを言うやつだ。

そこに悪意や哀れみは一切にない。

さいで。

受け流すように僕はこう答える。

下駄箱に着くと正面に設置されている大きな掲示板にクラス別ごとの名前が書かれた紙が貼られていた。

僕は細々と津々浦々に羅列された固有名詞の中から僕個人の名前を探す。

僕の名前はすんなりと見つかった。

まぁ五十音順で並んでて左沢という名字は見つけられない方が難しいのだが。

自分の名前を見つけてからも掲示板を眺めているとハジメが顔を覗き込みながら話しかけてきた。

「キョースケ何組だった?」

近い。

「Dだ。」

「お、やったな俺もD!」

何がやったなのか全然わからない。

「改めてよろしくな、キョースケ。」

ハジメは満面の笑みを浮かべて僕に言った。

「ああ。」

そう返して2人で1-Dへと足を向けた。

一年生の教室は二階で下駄箱からすぐにある階段を上がった所にずらりと並んでいる。

1-Dは階段を上がってすぐ左手にあった。

ハジメはウキウキした顔で教室の扉に手を掛けた。

「楽しそうだな。」

キョトンとした目で僕を見ながら引き戸の取っ手に手を置いたまま応える。

「そりゃそうさ、新しい出会いと青春の場だぜ?

楽しくないわけないさ。

まぁキョースケにとっては"逆"何だろうけどね。」

そう言うと僕から顔を背け引き戸を開けた。

教室の中にはすでに半数以上の生徒が登校しており、話している生徒も多くいたが戸が開いて中に入ってから一瞬注目がこちらに集まったがすぐに皆視線は元の位置に戻った。

僕とハジメは教室の黒板に張り出された席表を確認しに教壇の方へ向かう。

入学して最初の席順などおおよそ出席番号順で、先程のクラス分けの名簿を見る限り僕の出席番号は堂々の1番であったため窓側か廊下側かの最前列である事の予想はついていた。

個人的には窓際希望だ。

予想は的中しており、席順は窓際から出席番号順で希望通りの窓際席だった。

ハジメは僕のちょうど対角線上の廊下側最後列の席だ。

僕の名字があからは始まり最初であるのと同様にハジメの名字はやから始まり最後であった。

「毎度の事ながら最初はキョースケとは離れ離れだね。」

なんだ、気持ちの悪い。

「そうだな。」

僕は一応返事をする。

「寂しくなったらいつでも俺の席に来てくれていいからな。」

なんだなんだ、気持ちの悪い。

よくジョークを言うやつだがこの手のジョークは甚だ気持ちが悪い。

むしろいつも僕の席まで来るのはハジメの方だ。

なので今度は無視してやった。

ジョークをスルーされてちょっと寂しかったのか、ニヤニヤしていた顔を少し曇らせる。

お互いに自分の席に荷物を置くとハジメはすぐさま僕の席まで駆け寄って来た。

「なんだ、もう寂しくなったのか?」

おそらくこの時の口調は皮肉で満ちていた事であろう。

「予想通りのセリフが飛んで来たよ。」

ハジメは笑いながら応える。

「俺はこれから職員室に行って来るよ。

一言言ってから行こうと思ってね。」

「お前は僕の彼女か。」

スルーされたのが寂しかったと言ったが悔しかったと訂正しておくとしよう。

構ってもらえるまで引っ張って来るとは思わなかった。

「さっさと行ってこいよ。」

僕は顔を合わせず右手をひらつかせてそう言った。

ハジメは僕のそれを見ながら満面の笑みで教室を出ていく。

やれやれだ。

僕は黒板の上にある時計を見る。

時刻は午前8時5分だ。

始業式前のホームルームまであと25分程ある。

さて、何して時間を潰そうか。

周りからは友達同士の会話や初めましての会話がさながらBGMの如く僕の耳から耳へと通り過ぎていく。

本でも持って来ればよかったと少し後悔しながら右肘をつき、頰に手を当てて窓の外を見た。

窓からグラウンドが見えるが誰1人としておらず、中と比べて随分と静かだ。

朝練とかはしないのか?

入学式を特別視するのは教師と一年生だけかと思っていたがそうでもないのか、それとも学校が止めてるのか。

頭の中で質疑応答を繰り広げていると後ろから肩を叩かれた。

僕が振り向くとそこには女の子が立っていた。

僕は目を合わせないで喉元あたりで視線を止める。

「おはよ、友達いないの?」

誰だ。

挨拶の後にいきなり失礼な質問だな。

初対面ながら中々馴れ馴れしい。

そう思いながらも一応礼儀として挨拶をする。

「おはよう。初めまして。

友達は今職員室だ。」

「そうなんだ、暇そうにしてたからさ、ぼっちかと思った。

私、大星花。

後ろの席なの、よろしくね"あてらさわ"くん」

僕は面食らった。

初めてだったからだ、僕の名字を初見で正しく呼んだ人間は。

ぼっちとか失礼なワードを再び使ってきたことなどすっ飛んでしまった。

僕は驚きのあまりよろしくと返すのを忘れてこう答える。

「よく読めたね。」

「漢字得意なんだー。」

漢字の得意不得意の問題なのか疑問に思ったがツッコミを入れるのは控えた。

「そうなんだ。

えっと、よろしく大星さん。」

僕は遅れながらよろしくを返す。

「さんはいらないかな。」

軽く微笑んでそう応えると続けて言う。

「さっきから目、合わせてくれないけど、女の子苦手?

もしかして童貞くん?」

大概に失礼なやつだ。

言葉を発するたびに一言多い。

「あんまり人の目を見るのが好きじゃないんだ。

それと目を合わせないだけで童貞は浅はかじゃないか?

というか大星は違うのか?」

僕の中にカケラほどあるプライドが反抗した。

「私?私はねー、処女だよ。」

ごめんなさい。

僕は童貞です。

あまりにも恥じらいなくハッキリと答える大星に僕は何も言えなくなった。

目を向けたわけではないがおそらく話が聞こえていたのであろう男子生徒の何人かが処女発言に視線をこちらに向けているのがわかった。

数秒間が空いてから僕は口を開く。

「すまん。」

「あはは、何謝ってんのー?」

「いや、なんとなくだ。」

明らかに挙動不審な声で応えたのが自分でもよく分かった。

「変なの。

なんだか仲良くなれそうな気がするよ。」

大星はへらへらと笑う。

黙っていると大星が顔を覗き込んできた。

色々と虚をつかれたことが多く、気が回っていなかったのだろう。

簡単に言うと油断だ。

僕と大星の目が合った。

合ってしまった、と表現したほうが正しいだろう。

幾度か繰り返された会話を経てようやく見た大星の顔の印象は美人だった。

目を合わせずとも何となくの想像はついていたが顔立ちは整っており、まだ15の幼さを残しつつも大抵の人間が美人だと認めるであろう顔をしていた。

先程まで繰り広げられた失礼な問答の数々や処女発言など感じさせない清楚な容姿だ。

人を見かけで判断するのは浅はかと僕は言ったが世間一般論の第一印象が顔立ちを、いでたちを物語っているのだから仕方がない。

しかし、そんな容姿の印象など後からついてきた感想に過ぎない。

僕が大星と目が合った瞬間に感じたのはもっと別の感情でそして動揺だったのだから。


入学式の開会が宣言される。

いくつになってもこの決まったようなテンプレートの言葉の寄せ集めに興味は持てない。

気持ちの込め方の問題なのか聞く側に気持ちが込もっていないのかは定かではないが校長の話や代表挨拶に意味というのを見出せないでいた。

まぁ言わずもがなで後者なのだろうが。

数ヶ月ごとに訪れる話に内容は違えど飽きであったり、慣れを感じているのだろう。

これが僕が15年生きてきた中での流れというやつだ。

とまぁ色々と語ったてみたもののこんなのは建前にしかならない。

僕の心中ではお話を心に受け止める余地などなく他の感情でいっぱいだ。

唯一の興味であったハジメの生徒代表の挨拶でさえ僕の心に横入りする暇さえ与えなかった。


閉会宣言の後、ホームルームを経て午前のうちに下校となった。

帰り支度を整えているとハジメが近寄ってきた。

「キョースケ、この後はどうするんだい?」

「特に予定はないよ。」

「じゃあせっかくだし新しい高校生活を祝って一杯どうかな?」

語弊のある言い方だがちょうどハジメとは話したいことがあったので首を縦に振り承諾する。

「え?なになにあてらさわ君?これからどこかいくの?

私も行きたい!」

後ろで聞いていた大星がいきなり会話に割り込んできた。

僕とハジメは顔を見合わせる。

「キョースケ、ご紹介を願おうか。」

ハジメは不敵な笑みでこちらを見てきた。

明らかにいいネタを見つけたと言わんばかりの企みを持った目だ。

「後ろの席の大星さん。」

「大星花です、よろしくー。

この人があてらさわ君のお友達なのね。

なんだ、本当にぼっちじゃなかったんだね。」

「うるさいよ。」

「矢北一だよ。よろしくね大星さん。」

「今日生徒代表で喋ってた人だよね?

頭いいんだ、見た目チャラそうなのに。」

笑いながら答える大星にハジメは目を丸くした。

大方僕と同じことを思ったのだろう。

「よく言われるよ。

チャラそうにしてるつもりはないんだけどね。」

つもりはないだけだけどな。

僕は心の中でツッコむ。

「しかし、やるもんじゃないかキョースケも。

俺が職員室に行ってる間にこんな可愛い子とお近づきになってるなんてさ。」

「こいつが話しかけてきただけだ。」

「こいつじゃなくて大星だよ。」

大星はまたもや顔を覗き込んできみながらそう言った。

「随分と仲良しじゃないか。

キョースケに友達ができてくれて俺も嬉しいよ。」

だめだ、僕をからかう奴が二倍になった。

反抗精神に無駄を悟り僕はスルーして話題を切り替える。

「で、この後どうするんだ。」

「駅の近くの喫茶のハルサなんてどうだい?

あそこのコーヒーは美味いんだ。」

「じゃあそこにするか。」

僕らはそれぞれカバンを手に取り教室を後にした。

靴を履き替え校門を出ると通学してきた道とは逆の方向へ向かって歩く。

日はまだ高い。

「いやー、入学早々お友達ができてよかったよー。」

大星は楽しそうにそう言った。

少し前を歩きながら進行方向に背を向けて後ろ向きに歩く大星を見ながら僕はなんとも言えない感覚になる。

楽しそうで、笑顔で、生き生きとしたその姿は何がどうして儚くて健気に見えた。

今は僕しか知らないからそう思うのだろう。

きっと偏見だ。

しかしそんな印象を持たずに大星を見ることはできなかった。

なぜなら…

なぜなら、大星はあと四ヶ月程で死ぬのだから。

鏑木左右太です。

文のアラや誤字など目立つ部分もあると思いますが暖かい目で見ていただけたらと思います。

更新は不定期でスローペースになるかもしれませんが完結に向けて頑張って書いていく所存です。


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