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寂しいウサギのように……【前編】 瞭&遙

大変お待たせ致しました。ランキングクリックお礼小説2か月分です。

今後は体調も考え、不定期更新とさせて頂きますが、忘れた頃にまた短編を作成しようと考えています。

引き続き応援頂けたら幸いです。

「いったいこれは?」

 深夜、と言うよりは殆ど明け方に近い時間帯。

 与えられた任を終え、久し振りに自室に戻った瞭は、眼の前に展開された意外な光景に、言葉も無くただ茫然と見つめる事でしか対応出来ずにいた。

 ――親しい仲間から『いいか、絶対に声を上げて驚くなよ』とは聞いてはいたけれど。

「……それが……これか……」



 一刻も早く屋敷へと、帰路を急く精神に抗うまでもなく従って。

 無理を重ねて戻ってきた身体は(きし)み、倒れこむような勢いで、寝室へと続く扉を開けた。

 灯りを付ける動作すらもどかしく、白い敷き布に覆われた寝台目掛け身を投げ出そうとして、ふっと気付く暗闇の中の微かな息遣い。

「アビなのか?」

 どこから潜り込んだのか。 とにかく潰しては大変だと、近寄った先に見えた、闇に浮かぶ雪のような白い肌。

 華奢な足と腕に続く、見慣れた髪や顔に、知らず眼が釘付けになる。

 誰もいないはずの寝台に、瞭の精神に残った僅かな気力まで奪い去りそうな、遙の無防備な寝顔。

『瞭が帰って来たときの顔がさぞや見物だな』

 ――目的の地へ赴く前に、複数の仲間から聞かされた異口同音。

「……遙? ……どうして貴女がここに?」




 

 それはおよそ三週間前まで遡る出来事に起因する。

『町で起こった原因不明の怪異な現象を、当地に赴いて調査の上、早急に片付けて欲しい』

 熟練者を乞うと切望された時点で、原因不明と伏せられた真実は、確定したも同然だった。 遠方の町からの依頼に、厄介な魔物討伐の可能性を嗅ぎ取って。

「で……お前が行く事にしたのかい?」

「ええ。状況的に私が出ないと先方も納得しないでしょう」

 遙の部屋の居間で、すっかり慣習と化したお茶の時間を優雅に楽しみながら、瞭は事も無げに告げた。

 熟練者を頼む――。 その言葉の持つ響きは難しい。 素人が判断して、明らかに強者と解る為には相当な腕が要求されるからだ。

 任務に最適な仲間に心当たりは有るが、帰館したばかりの者に、重ねた命令は瞭自身が下せなかった。

「ふふっ。瞭で大丈夫かい?」

「……それはどう言う意味です?」

 少しばかり剣呑な眼差しになった瞭に、遙は誤解を解くこともせずに、ふわりと笑う。

 ――お前だって本当はまだ疲れているだろうに――

 瞭が大きな仕事を片付けてから、まだ日は浅い。

 充分に休息を取ったとは言い難い状況下で動く事は、遙としては賛成しかねるのだが。

「……本当に、お前はいくつになっても無茶をするからね」

 手解きをした者が悪かったのか。 瞭は皓と似て、己に無理を重ねる部分が多い。

 何もかも背負って立とうとするところまでがそっくりで、遙は瞭を前に、時に言いようのない不安に襲われる。

「私はお前がとても心配なのだよ」

 面と向かって伝えても逆効果にしかならないから、重ねた言葉に、無理をするなと隠した。

「……大丈夫ですよ、遙」

 ――優しい笑いを浮かべた遙の眼に映る瞭の姿は、きっとどれだけ時が流れても、小さい子供のままなのだろう。

 幼さの目立った少年期から、心身ともに多感な青年期へ。

 人一倍緩やかな成長は、ようやく瞭を庇護される立場から解放し、大人の男へと向かわせ始めていた。

 細いだけの手足は、バランスの良い筋肉がついた手足に。

 遙を見上げていた無垢な眼差しは、いまや様々な感情を込めて見下ろす高さにまでになった。

『……遙、変わらないのは貴女だけで、私はもう子供じゃないんですがね』

 気付かれないように、そっと溜息を一つ。

 遙の度を超した鈍さは、いまに始まった事じゃない。

 一人前の男として意識して貰うには、師匠である皓や恭のように、少しずつ、けれど着実に距離を詰めるしかないのだろう。

『まぁ、下手をしたら師匠達ですら、未だに子供扱いだからな』

 ――俺が子供だと?!――

『恭兄は苦笑を浮かべる程度で済むだろうけど、師匠なら確実に暴れるよな……』

 容易に想像がつく皓の態度。 ある意味子供には違いないかと考えて、瞭は少しばかり口元を(ほころ)ばした。

 唇に浮かんだ小さな笑いに、ほんの少しだけ首を傾げて、遙が問う。

「で、幾日くらいの予定を考えているんだい?」

「大体、一月ほどは見ていますが、状況次第ですからね」

 白く細い指。 優雅な動きでカップを桜色の唇へと運ぶ遙の動作が、一瞬ピタリと止まる。

「一ヶ月……! そんなに長くか?」

 驚いたように見開かれた碧の瞳が、瞭を正面から捉えた後、不安定に揺れて伏せられた。

「ええ。どう見積もっても、その程度はかかるでしょう」

 続けられた言葉に、遙はティーカップに目線を落としたまま、小さな声で「そうか」と呟いた。

 淋しいのだと、言葉よりも雄弁に語る遙の態度に、瞭の秘めた気持ちが微かにざわめいて。

『遙、貴女はいつもそうやって無意識に私を誘う』

 伏せられる長い睫が。 気落ちした華奢な肩が。 震える唇から吐き出された溜息の切なさに、眩暈(めまい)すら覚えそうだ。

『もしかしたら自分は、貴女にとって特別な存在なのか?』と勘違いをさせる遙の態度。

 ――いいか、瞭。遙の傍に居たいなら、変わらぬ笑顔が見たいなら、遙に何も期待するな。

 幼い頃から何度も教えられた言葉に、夢見た淡い期待は潰えたが、まだ時折こうして瞭の胸を鈍く騒がせる。

『毎回の事とはいえ、師匠達って良くこの状態に耐えていたよな』

 皓や恭は、いったいどんな気持ちで『それ』を乗り越えて来たのか。

 二人がいつも驚く程の早業で、依頼を片付けて屋敷へ――遙の元へ帰っていた気持ちが、瞭は現在になってよく解る。

 ――決して自分からは何も求めるなよ――

『ええ。解ってますよ、師匠』

 眼に見えぬ境界線を超えられないのは、精神の弱さ。

 皓と恭が築き上げた三人の絆に、容易に割り込めない立場では無理も無いが、割り切れない想いは絶えず傍らに付き(まと)う。

『焦らなくても時間は無限に有る、でしょう?』

 胸中でいくら繰り返しても、詮無(せんな)い葛藤を打ち棄てて。 瞭は軽い言葉でお茶の席を辞すと、意識を討伐へと切替えた。




 それから三週間足らず。 速攻と言っても過言ではない手際の良さで、難解な依頼を処理し、瞭はひたすら帰路を急いだ。

 倒れそうになる身体を叱咤し、前へ前へと翔け続けた果てに見えた、懐かしい屋敷の外観。

 直ぐにでも遙の部屋へ押しかけたい欲望を、鍛えた自制心で胸底深くに抑え込みながら、瞭は足早に自室へ向かった。


『なのに遙。何故当の貴女がここに?』

 複雑な瞭の気持ちも知らず、大きな寝台で、子供のように小さく丸まって眠る遙の姿。

 良く見れば何処から探し出して来たのか、瞭が普段着る綿の上着を、素肌に直に羽織っただけの無防備さ。 薄い布越しに透けて見える露な姿態に、呆れて言葉が出てこない。

『見物だと言う意味が解ったよ』

 幼い頃、皓や恭が居ない時に限って、何故かいつも決まって遙の寝台で目が覚めた事を、ほろ苦い感情と共に思い出す。

 抱き枕代わりに気軽に攫われる事は、身体が大きくなるにつれ次第に無くなったが、遙が実は極度の寂しがり屋だと言う事を、瞭は誰よりも良く知っていた。

 だから肝心の二人が不在の現在、長期間に亘る仕事は敢えて入れずに避けてきたのだが。

 ――誰も居ない屋敷で、こんなに淋しそうに遙が過ごしているとは、思ってもみなかった。

「……ごめん……遙」

 一人にしてごめん。 淋しい貴女の気持ちに気付いてあげれなくて、本当にごめんよ――

 起こさないように最善の注意を払って、遙の乱れる黒髪に、そっと優しく唇を落とす。

 途端微かな身動ぎを返されて心臓が跳ねるが、それ以上の反応はないようで、瞭は安堵の息を吐いた。

『そっか。そう言えば、遙は寝起きが異様に悪かったっけ』

 とにかく遙には私室へ戻って貰うとするか。 素早く下した判断に、迷いは欠片も無くて。

「遙、起きて?」

 だが遠慮がちにかけた声や、軽く揺すった肩にも、何の反応も返さない遙を前に、瞭は途方に暮れてただ薄暗い天井を仰ぎ見る。

「どうしようかな……」

 疲れた身体にソファーは辛いが、さりとて同じ寝台で仲良く眠る訳にはいかないだろう。

「は・る・か」

 心を鬼にして大きな声で名を呼ぶが、一向に目覚める気配が無い。

「?」


 ――いくら寝起きが悪いとは言え、おかしくはないか?

 大袈裟な動作で寝台の上に掌をつくが、案の定身体を揺らす震動にすら、反応がない。

 巻き上げた空気中に、ふと漂う嗅ぎ覚えの有る甘い匂いを感じて、嫌な予感が背筋を這い上がる。

 慌てて見渡した室内に、有るべき筈の物を必死で探して、瞭の視線が胡乱(うろん)に何度も宙をさまよった。

『無い……って事は』

 遙が深い眠りに落ちた要因となった物は、恐らく布団の中にあるのだろう。

『ごめん遙』

 薄着の遙に心の中で詫びながら、一気に引き剥がした布団の中で。 背を曲げて小さくなって眠る遙の胸に、胎児のように抱かれた物を見つけて、瞭の眼が止まる。

「やっぱり! ……呑んだんだ遙」

 遙が胸に抱えている丸い形をした緑の瓶は、様々な果実をわざと醗酵させる為の遮光瓶だ。

 瞭が好んで口にする果実酒は、どれも口当たりが非常に柔らかく、とても呑み易い甘さだが、醗酵の度合いによっては恐ろしく酔いが廻る代物ばかりだ。

 酒と名の付く物をおよそ一切口にした事の無い遙が大量に呑めば、どうなるか考えるまでもない。

「どうせ甘い匂いにつられたのでしょう、貴女って」

 誘われて、良く中身を確かめもせず口にした遙に、自然と泣き言に近い言葉が漏れる。

 何故か昔から、遙は瞭が口にする物に興味を示し、何度注意をしても、隙を見れば同じ様に口に運んでしまうのだ。

「まったくもう……だからあれほど真似をするなって言ったでしょう?」

 警告を聞こうとしない遙の態度も問題だか、目に付く場所に置いたのも不適切には違いない。

 取り敢えず酒瓶を引き抜こうと、盛大な溜息を吐き出してから、瞭は慎重に遙の胸元へと手を伸ばした。

「う……ん」

 出来るだけ身体に触れないようにと、緩慢に行う作業に少し意識が戻ったのか、遙が小さく抗議の声を上げる。

 が僅かに震えただけの瞼は開きそうにもなく、複雑な想いが瞭の胸を交差する。

「警戒されていないのは、信頼されているからですか? それとも何の意識もされてないから……ですか?」

 返らない答えを知りながら、それでもぽつりと問いかける瞭の声は、夜の闇よりも切ない。

「いつまで経っても、師匠達の次にしか見て貰えない」

 遙の胸を占める、皓と恭の割合が大き過ぎて。 どんなに自己主張を叫んでも、瞭の存在は霞んでしまう。

『――ねぇ遙。いつかはちゃんと、私を見てくれますか?』

 幼い頃によくしたように。 眠る遙の顔に優しく両手を添えてから、そっと頬に小さく口付ける。

『遙』

 胸中に湧き立つほろ苦い想いを振り切って、瞭は意識を無理に切替えると、再び瓶に手をかけた。

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