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03・気になる二人

 


「それで、その失踪した娘を捜せと?」

「端的に言うとそうなる。が、実際はかなり面倒な事になるだろう」

「どういうこと?」



 あの歳の離れた恋人らしき二人は、向かい合った席でしきりに何かを話している。会話はかなり弾んでいる。遅刻に目くじらを立てて、言い争いになってはいない。待ちぼうけをくらったが、仲がいいことだ。



「当主は娘は失踪したのではなく、殺されたと断言している」

「……面倒どころじゃないじゃない。それこそ警察の領分よ」

「確かに、それは警察の仕事だが、彼らだって伯爵家にただいたずらに居座るわけには行かない。呼んでもらっても長居は出来ない以上、その彼等が滞在できる理由が必要だ」

「失踪調査依頼だけでは足りないと?」

「足りないね。一番確実なのは……」

「その娘を『発見』すること」

「正解」



 この場合の発見は、生きている状態をさしてはいない。保護と発見の違いと同じだ。保護は生きている、発見は死んでいる。これに無事発見と、無事がつくと発見でも生存者の扱いになる。

 ジャックは言った、『発見』で正解だと。つまり伯爵は死んでいる可能性が高いことを分かっていて、なおかつ、屋敷にいる人間が殺したと見越している。だから警察を介入させたい。だが呼ぶには足りないのだ。警察を介入させたくても、明確な事件性が立証できなければ意味がない。呼んでもすぐに帰られたら、犯人を逃がしてしまうから。

 ……だから、ジャックに依頼をしてきた。立証するための証拠となる、娘の『遺体』を見つけてくれと。



「……相変わらず思うのだけど、食事をするときにする話じゃないと思うのよ」

「気分が悪くなってきたのかい?」

「滅入ってきたわ」

「君は実に素直だね」

「それじゃ、メイド失格よ」

「仕事のときに顔に出なければ問題ない」

「最低」

「よく言われる」



 クスクス笑って、ジャックはキャロルを見る。他のメイドにもこの仕打ちをしているのだろうかと思うと、この上司に付いて行っていいのかと、時たま本気で悩む。こういった捻くれた部分がなければ、割といい上司なのだろうと思うのだが……。

 ……いろいろ考えたが、日頃の行いと相殺されてプラマイゼロだった。



「つまり、今回はフィールドワークってことね。誰と組むの。さすがにシャルマン伯爵に関係のある場所を探すとなると、一人じゃ無理」

「その必要はない」

「どういうこと」

「彼の有名な探偵が言っていた。『死体は、必ず表に出たがる性癖を持っている』と」



 ジャックの言っていることが、いまいちつかめない。怪訝な顔で見返すキャロルに、ジャックは含んだような笑みを向ける。



「伯爵家の令嬢という荷物を持ったまま、王都を出るのはまず不可能だろう。夜すら活動している街だ、目撃者は出る。犯罪組織を使ったのなら、大元にたどり着けずとも、警察が痕跡を必ず見つけている」

「……まさかっ!? まだ屋敷に――!?」

「その可能性がある」



 あの、紫陽花が咲き誇る屋敷。その敷地のどこかに、ひっそりとその娘は眠っているのか。



「キャロル、今回の君の仕事だ。君はアーガスト男爵家から、庭園公開の期間中に手伝いに来たメイドとして、シャルマン伯爵家へ行く。そこで、伯爵の娘がいるであろう場所の手がかりを見つけてくれ」

「分かったわ、紹介状は用意されているのよね?」

「それは当然」

「ならいいわ。いつから?」

「庭園が公開される十日前になるから、来月頭だ。伯爵と家令、それと執事に家政頭が事実を知っているが、手を――」

「手伝いは不要。関係を疑われるのは仕事にとってはマイナス、以上」



 潜り込むのに、一部の理解者だけいればいい。だが、そこから先に係わられると却って邪魔になる。不義や関係を疑われれば、面倒どころではない事態に陥って犯人探しどころではなくなるのだから。

 きっぱりとキャロルが言えば、ジャックはその笑みを深める。



「さすがだ。使用人の鑑のようだね」

「嫌味を言うなら危険手当を増やしてちょうだい」

「考えておこう」



 新しいグラスを頼もうと軽く手を上げたジャックに気付いたウエイターが、二人の傍にやってくる。そして小さな声で、注文を問う言葉ではないことを口にした。



「オーナー。あちらのお二人のお客様なのですが、男性のお客様に少々問題が」

「何かあったのかい? 料理の不満か、それともお相手の愚痴かい?」



 ジャックは皮肉っぽく笑いながらウエイターに問う。

 その言葉にウエイターは首を横に振った。



「男性のお客様ですが、庭園にありました鈴蘭を勝手に摘み採ってしまいまして……」

「ああ、あのブーケか」

「はい」

「勝手に採るって、あれ、事前に用意したものじゃなかったの?」



 非難めいた声になってしまったのは仕方がない。あの庭園は、ジャックが拘って作ったものだ。手入れだって逐一指示をしているし、季節ごとの花を楽しめるように、植え替えの時期まで年間で計画しているものだ。

 そこから勝手に、しかも小さいものとはいえブーケになるほど摘んでくるとか。



「非常識な男ね」

「キャロル、表情が険悪だ」

「あら、ごめんなさい。つい本音が」



 殊勝な声音でしゃべっているが、キャロルはすっかりあの男に対して軽蔑の眼差しを向けている。待たせた令嬢に謝罪の花は、まあ、許せる。が、買ったものや野に咲く花ではなく、私有地からもぎ取ってくるは立派な犯罪である。



「あちらのご令嬢は? 誰だか分かったのかい?」



 ウエイターはワインリストを開いてジャックに見せながら続けた。



「トンプソン男爵家のご令嬢です。聞かれる前にお答えしますが、あちらの男性はグレイブ伯爵家の次男で……一応の婚約者です」

「ああ、あの新興貴族か。ずいぶんと歳が離れているな」



 家名に覚えがあったらしい。ジャックは訳知り顔で、あの二人を見る。あの緑の瞳に、いくばかりかの好奇心がちらつき始めたのにキャロルは気付いた。



「男爵はかなりの借金を抱えている、との噂があったな。借金返済を兄に頼む代わりに、婿入りさせろということかな? たしかトンプソンは男爵家とはいえ、四代続いた家だろう」

「はい。でしたが、事次第によっては今代限りではないかと、ちらほら耳にしております」



 楽しげな二人の席が、キャロルには急に不穏なものに見えてきた。今はニコニコと話している二人は、腹の内ではどんな思いでいるのだろうか?

 言いたくはないが、あの令嬢と男では婚約者というよりは親子に見えるほどだ。今の話を聞いてしまえば、政略結婚が当たり前にある貴族間の婚約とはいえ、借金の形で売りに出されたように見えてしまう。



「返済の目処が立たない限り止めるのは無意味、だな」

「そうなります。……それとですが、西に構える二号店で、あちらの子息が別の女性と会っているのを確認しています」

「はあっ!?」



 思わずぽかんとウエイターを見上げてしまった。あの二人から見えない位置で良かった。

 ウエイターはキャロルの言いたいことと、混乱と疑問が分かっているらしい。やや渋い表情で口を開いた。



「相手の女性は子爵家の次女でした。随分前から、……あちらの令嬢と婚約される前から逢瀬重ねているほど、親密な様子です」

「なにそれ!? 二股っ!?」

「キャロル、落ち着きなさい」

「だ、だって……っ!」



 いやだって、もう明らかな二股でしょ! こっちの令嬢と婚約しておきながら、別な令嬢と密会とか、詐欺じゃない! そうね、あの男は貴族子息の皮を被った結婚詐欺師よ!

 心中憤懣やるせない。そう鼻息荒く、小声でジャックにまくし立てる。



「向こうとは?」

「婚約はしておりません。ですがウエイトレスが、祝福する振りをして聞きだしたところ、程なくして爵位を得る予定で、それから結婚するそうです」

「それ普通に乗っ取り、しかもやり方が下種。自分で爵位取れっての」

「キャロル、令嬢がそんな言葉遣いをしてはいけないよ」



 こんなときでもジャックは、静かに諭してくる。分かってはいるが、つい地が出てしまった。それくらい悪感情に火をつけたということだ。もはや嫌悪感だ。

 そのウエイトレスに聞いた話から想像すると、ぞっとするような悪意の塊があの笑顔の中に多分に含まれていることになるのだから。



()っちゃいましょう、ジャック」

「……だからキャロル、落ち着きなさい」



 主に社会的抹殺を。じっとりと、キャロルがジャックを見つめる目が据わっているのが分かる。

 呆れたようにジャックが息を吐くと、ウエイター兼自分の情報収集員に礼を告げる。今度はロゼワインを注文した。



「腹が立つのは分かるけど、実行してはいけないよ。()るのは時期をきちんと見ないと」



 諭すように言ってはいるが、ジャックもなかなか酷い言い分であった。


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