魔王一行遠征中
「つーわけで新しいお仲間です。仲良くしてやれ」
宿へと戻ってきた暁は、まずユーリをテレサとクライヴへ紹介した。
紹介されたユーリは人懐っこい笑みで手を振っているが、テレサもクライヴも反応に困っていた。
暁もどうしたものかと頭を掻いていた。
「えっと……ユーリ、さんは……」
「魔族とヒューマンのハーフよ。よろしくね」
「ハーフですか。エルフに王族に……物好きですね」
「俺が選んだのはお前だけのはずなんだがな」
「何を世迷言を」
「事実なんだが……」
くすくす笑うテレサに、暁は肩を竦めてみせた。
顔を上げた暁は腕を組みながら息を吐き出した。
「作戦について話してきた。勇者の最終手段もある。……が、どうせ上手くいかん」
唐突な暁の宣言に、三人は首を傾げた。
「どうしてでしょうか? 勇者の皆さまがいれば、負けることなど……」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど。残念ながら勇者も一枚岩とはいかないのさ」
「それは当然でしょう。英雄にもいろいろありますし、特にアカツキ様は魔王の継承者です。異端なのは事実ですよ」
「確かにそうだが……一人厄介なのがいる」
暁は気を取り直すように一度両手を打った。
「さて、今日はこんくらいで。女子と男子で別れて寝るとしようか」
「あら? いつものように私に抱き着いて寝ても良いんですよ?」
「事実のねつ造は良くないと思うけど本気にしたらどうするつもりかなテレサ?」
うふふと笑うテレサとそれにきひひと返す暁。クライヴもその光景を何度も見てきたのだろうが、それでも恐ろしさを隠せない様子で冷や汗を流していた。
笑いあう二人を、さらに微笑んで眺めているユーリはひとしきり観察した後、テレサへと声をかけた。
「それじゃテレサちゃん。今日はお姉さんに抱き着いて寝てもいいわよ」
「いえ、別に私が抱き着いているわけではありませんし、そもそも年齢的にもお姉さんは私の方だと思うのですが」
「細かいことなんていいのよ。それに大事なのは心よ。だから私がお姉さん」
「助けてくださいこんな人と一晩も一緒にいると気が狂ってしまいそうです」
「やっぱりテレサちゃんがアカツキちゃんに抱き着く方だったのね」
「ああああああお願いですアカツキ様交代してください」
「元気だなー。クライヴ、俺らはゆっくり寝ようか」
「ええっと……はい、そうですね」
「ちょっと待ってくださいなんでこんな時だけそんな潔いんですかアカツキ様クライヴ様あなたたちいつもならもう少し――」
「それじゃアカツキちゃん、また明日ねぇ」
「あああああああああアカツキ様あああああっ!」
「もう少し素直な経験があったらよかったねー」
普通ならば見ることはできないであろうエルフの尋常ではない取り乱しに、暁はにこにこ笑顔で、クライヴは申し訳なさそうな顔で、四人は二組に分かれて部屋へと入って行った。
部屋のベッドへと飛び込む暁と、隣でゆっくりと腰を下ろしたクライヴ。
「あの、良いんですか? テレサさんを放置で……」
「問題ないだろ。何とかするだろうさ」
枕に顔を押しつけながら、適当に言う暁にクライヴは苦笑を溢す。
「……それで、厄介な人物っていうのは、やはりシモン様ですか?」
クライヴがそう問う。すぐには返事が来ず、クライヴは首を傾げる。
暁が言う厄介な人物は、シモンではないのだろうか? 作戦に支障をきたすほどの実力となれば、人物は限られてくる。
勇者たちの間では、おそらくシモンが一番厄介だと思われているだろう。それは間違いないはずだ。暁もジークハルトも、シモンの扱いには困っているのだから。
勇者ではないとすれば、アルフレッドだろうか。元総司令官であり、現在テクシス王国で一番軍に対して権力を持っているヒューマンだ。それも違うとなると、権力で介入の可能な王様や大臣、高級官僚だろうか。
「俺から言えるのは、面倒臭いのが数人、厄介なのが一人。そんな感じだ」
「はぁ……」
「作戦に支障はないだろう。シモンが血迷ったことさえしなければ。お前は自分のことだけ考えていていいんだぜ」
「……それでいいんですか?」
クライヴの問いに、暁はわずかに顔を向けて反応を見せた。
「僕は確かに弱い。弟に負けるほどに。でも、今はそんな場合ではないはずでは? 一刻も早く、何かできることを――」
「お前に何ができるってんだ?」
暁の冷たい問い返しに、クライヴは言葉を詰まらせた。
「弟に勝てる程度には強くなけりゃ、お前にできることなんて何一つ無いんだ。あったとしてもそれは誰かが代わりにやってくれる。そうだろう?」
「……っ」
「何かしたいと思うのなら、何かしてあげようって思ってくれているなら、まずは強くなれ。そうして弟に勝て。それだけで状況は見違えるほどに変わる」
「……わかりました」
「だから、頼むぞ。……次が正念場だ」
「え……っ?」
クライヴが驚いて暁の方へと顔を向けると、ちょうど背を向けて布団をかぶったところだった。
この状態になった暁は話を聞くことはない。クライヴは暁の最後の言葉を頭の中で何度も繰り返される。それを聞きながら、眠りへとついた。
☆☆☆
「今日はちょっと遠出しようと思います」
ユーリが仲間になって数日、朝食の場で暁はそう切り出した。
彼の前には真面目に話を聞くクライヴ、朝食を頬張るユーリ、目の下にクマを作って首を垂れているテレサがいる。
「……よし、反対はなしだな」
「この状態で何をしろというのですか?」
軽く手を叩いて締めようとした暁に、不機嫌な声で抗議をするテレサ。だが、いつもの気力はない。ユーリとの就寝が相当効いているようだ。
暁はテレサの様子を観察するが、きつく睨むように見てくる彼女からふいと視線を外した。
「そんじゃいつも通り食ったら出発ってことで」
「わかりました」
「了解したわ」
「……はぁ」
クライヴとユーリはやる気のある返事、テレサは諦めたような返事ともため息ともつかない返事をした。
「それで、遠出とはどこまで?」
「軍営都市」
「ぐん、えい……?」
暁の告げた行先に、一番に反応したのはテレサだった。
軍営都市は、暁とテレサが捕まっていた馬車から降りた場所だ。そこへは暁の意見から都市へは入っていない。
テレサはそれだけで眠気は飛んだのか、暁へと鋭い視線を向ける。
「何をしに行くんですか?」
「結果を見に」
「……魔族の勝利でしょう?」
「いやいや。か細い一筋の光明があったかもしれない可能性はなきにしもあらずってことで。それとも、行きたくないのか?」
「当たり前でしょう」
「……んじゃ、そろそろ出ようか」
テレサの反対には無言で却下した暁は、三人が朝食をとり終えたのを見て、腰に手を当てながら宣言した。
クライヴとユーリはすぐに立ち上がるも、テレサ一人ゆっくりとため息混じりに立ち上がった。
軍営都市へとやってきた四人は、その凄惨な状況に立ち尽くしていた。
見渡す限り死体の山。魔族も、人間も。人間の方が多いことから、勝敗は予測できた。
暁の読み通り、軍営都市は魔族の侵攻に耐えきれず、陥落していた。
「……こんなところに来て、どうするつもりですか? まさか、取り返すなんて言いませんよね」
「言わねえよ。けど、ここは攻めるにも防ぐにも重要な拠点だ。まずは、ここを奪還することを考えないとダメだ。……そのはず」
「なんで歯切れ悪いんですか」
「だって俺、作戦に混ぜてもらえないんだもん……」
混ぜてもらえない、というよりは混ざりにいかない、と言った方が正しいか。
それでも、確かに暁の意見はジークハルトが取り上げない限り無視されるのが常だ。そのせいで、参加しようという気が無くなったのかもしれないが。
暁は腰に手を当てながらもう一度周囲を見渡した。
「魔族は都市に入り込んだか。住民と避難民は……逃げられたか微妙だな。中が死屍累々、って可能性は高い」
「覗くの?」
「……どうしようか。悩みどころだが」
「覗かないのなら、どうして来たんですか?」
「魔族が多いだろう?」
テレサの問いに、暁は笑みを浮かべて返す。
そしてその笑みのまま、クライヴへと顔を向ける。彼はその顔を向けられると、表情を引きつらせた。
「えぇ、と……もしかして」
「お前の良い訓練になる」
「いやいやいや! 待ってくださいこれは多すぎません!?」
クライヴの言う通り、訓練にしては魔族の数は多い。都市が魔族に乗っ取られているのだから当たり前なのだが、暁は決して冗談を言っているようには見えない。
「そうだな。確かに多い。だから、四人でちょうどいいだろう?」
暁の言葉に、クライヴだけでなくユーリにテレサも変な声を上げた。
つまり、暁は四人で軍営都市に突っ込もうと言っている。が、当然そんな無謀なことをすれば、軍営都市を落とすほどの兵力がある魔族に返り討ちに遭う。
「もちろんバカみたいに突っ込みはしない。いくらか引っ付けて逃げればいい」
「それ……もし失敗したら全滅しませんか?」
「あははは」
「笑わないで答えてください!」
クライヴの悲痛な叫びも、暁には届かない。
笑いながら暁は歩き出すと、その先は当然魔族だらけの場所だ。
「全員武器を構えとけな」
暁に注意され、それぞれが自分の得物に手を掛けた時。
突然に暁が杖を取り出し、一気に術式を組み上げた。そして流れる動作でそれを叩きつけると、暁を中心にして爆音が響いた。
術式には音の指向性が組み込まれていたため、テレサたちにはあまり被害はなかった。だが、爆音を向けられた魔族たちは耳を手で塞ぎ、完全にこちらに気付いた。
軍営都市の外にいた魔族の多くは暁たちへと向けて駆け出すと、ぐんぐんと近づいてくる。
「ち、ちょっと多すぎませんか!?」
「ほれほれ逃げるぞ」
「逃げる!?」
「当たり前だろ。援軍呼ばれちゃ面倒だろ」
クライヴとテレサの抗議をあしらうように返事をすると、真っ先に駆け始めた。
三人も遅れて彼の後を追い、その場から逃げ出した。
魔族が拠点としていた軍営都市から十分な距離を取った森の中。
不審者を追いかけて迷い込んだ魔族たちは列を組み、その中をさ迷っていた。
魔族の数は数十。不審者は四人。戦力としては多すぎる。その理由はごく簡単、魔族は血気盛んなだけだ。
追ってきた魔族は油断なく周囲を警戒しながら森を進む。
先頭の魔族が進んでいると、突然にその足元が爆発を起こした。それは当然命を狙ったものであり、爆発を受けた魔族の両足は吹き飛んだ。
魔族の縦隊が乱れる。動揺が走り、列からはみ出た者の足元もまた同様に爆発していく。
「そら! かかれ!」
どこからか少年の声が飛ぶ。その直後には木々の枝を揺らす音と、地面をかける音が響いてくる。
まずは縦隊の右側から、青年が姿を現した。彼は腰に差していた剣を抜き放つと、近くにいた魔族を斬りつける。
傷を受けた魔族は、しかし体を少しだけよろめかせただけで態勢を立て直すと、すぐさま反撃してくる。
その攻撃を、今度は質量を持った魔術に防がれた。
がら空きになった魔族の胴へと、青年――クライヴが真一文字に切り裂いた。魔族の上半身と下半身が別離し、ゆっくりと倒れ込んだ。
クライヴは魔族を仕留めたあとすぐに茂みへと戻り、姿を眩ませる。
その反対側では少女――ユーリが応戦していた。
ユーリは魔族の中へと飛び込むと、自分から包囲されに行った。周囲を魔族に囲われ、しかし慌てた様子のないユーリ。さながらいつものことだというような様子で、自然体に構えていた。
魔族が一斉に、ユーリへと襲いかかる。彼女は魔族の攻撃を冷静に見切ると、振るわれる剣、拳を紙一重で避けていく。それと同時に、相手への喉や心臓を狙った必殺の一撃で仕留める。
ユーリの回避が甘くなったところにも、やはり魔術が飛んできては魔族の攻撃を邪魔していた。
ものの数秒で包囲を解いたユーリは、すぐさま茂みへと戻って行った。
「追え! 逃がすな!」
魔族の怒号が飛ぶ。言われずとも魔族たちはクライヴとユーリの後を追い、森の中へと分け入っていく。
魔族の集団はこれで二分された。
ユーリは暁とともに森の中を疾走していた。二人とも森の中はお手の物の様子で、器用に枝を伝って逃げている。
ユーリはしきりに背後を気にしているが、それは追ってくる魔族を懸念しているのではない。別方向へと逃げているクライヴとテレサを心配してのものだ。
「あの二人、大丈夫かしら」
「問題ないだろう。こっちよりは魔族も少ないし、実力は十分だ」
ユーリは、背後の追ってくる魔族を一瞥もせずに少ないと断言する暁に訊く。
「どうしてわかるの?」
「ご存知の通り魔族は血の気が多い。千年も戦争するくらいには筋金入りだ。となれば、今の戦闘からどちらに向かった方が、より楽しい戦闘が行えるか……一目瞭然だろう?」
「……はー。良くわかるわね」
「何せ魔王だったからな。それも成り上がり。幾度の戦場を越えて……ってまぁ、そんな感じで、少ない情報から状況分析するのはお手の物ってね」
小さく笑いながら暁は言う。
そして前へと向き直ると、その先にあるものへと視線を向ける。ユーリもつられてそこへと目を向ける。
「んじゃ、向こうが心配なお姉さんのためにも、さっさと一網打尽して迎えに行くか」
「お願いするわ」
二人は駆ける速さをさらに上げる。目的の場所を少し過ぎたあたりで立ち止まり、後ろを振り返る。
彼らを追ってきていた魔族たちもつられて立ち止まる。
「おやおや? 血気盛んな魔族様らしくないですねぇ。来ないんですか?」
馬鹿にしたような言動で、魔族たちを挑発する。だが、魔族もそこまで馬鹿ではないのか、警戒をした様子で動こうとしない。
「ハッ、安い挑発だ。落とし穴でもあるんだろう? そんな罠に引っ掛かる――」
「引っ掛かってるんだよなぁ」
暁が、片手に持った杖で描き続けていた術式を叩きつけた。
魔族は暁たちの前に落とし穴の罠があると思い込んだ。しかし、暁が張った罠はそんなものではない。
魔術にとって最も弱いところはどこか、と問われた時、魔術師は誰もが答える。
――術式を描いている数秒間だ。
暁は、アウローラは常人ならば数秒の術式も、数瞬で仕上げてしまう。だが、それでも数瞬の隙が生まれるのだ。それは戦いを幾度となく経験した者にとっては必殺の機会。
だからこそ、暁は会話で意識を逸らし、罠というブラフを張り、その数瞬を埋める魔族の隙を作った。
そして発動した魔術は、魔族のいる範囲を綺麗に覆う大きな穴を開ける。
魔族たちはその穴へと、為す術なく悲鳴を上げながら落下して行った。
「魔術がありゃ、事前に掘る必要なんざ皆無。常識だろうに」
魔族が落ちている最中にも杖の動きを止めていなかった暁は、さらに術式を組み上げると容赦なくその術式を叩きつける。
瞬間、穴の中に火が放たれる。穴の中は、まさに地獄絵図。魔族たちの苦痛を訴える絶叫が鳴り止まない。
暁はさらに杖を振ると、術式を叩き、穴に蓋を落とした。
魔族の絶叫は、随分と小さくなった。
「……随分と残酷ね」
「何せ魔王だから」
「魔王なら、なおさら同族でしょ」
「……戦乱渦巻く魔界を、どうやってアウローラは平定したと思う?」
暁の問いに、ユーリは言葉が詰まって返せない。
答えの返ってこないユーリに代わり、暁は自分で答えた。
「刃向う同族の死体を積み上げた。簡単な話だろ」
暁は、何かを振り払うように杖を斜めに薙いだ。
アウローラの記憶が叫ぶ。同族を、仲間を、同胞を殺して進む姿を、叩きつけてくる。それはまったく赤城暁には関係の無い話。
記憶のアウローラは進む。死体の山の合間を。刃向う同族に、賛同してくれる同族を差し向けて。積み重なった山はもう、どちら側の者だったのかすらわからない。
それでも歩きを止めないアウローラに、暁は。
――あんたは何を目指した?
記憶に問いかけても、答えなど返らない。その答えだって、記憶を引き継いだ暁にはわかるはずだ。
それでもなお、自問するように、記憶のアウローラへ問いかけた。
「……そろそろ行こう。ここにいたって、どうしようもない」
暁はユーリにそう告げ、テレサとクライヴを追って彼らが逃げた方角へ走り出した。