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勇者による作戦会議

「アカツキ」


 いつもの下水道の建設現場へと向かっていた暁は、それを待ち受けていたシモンに呼び止められた。彼の後ろには見張りだろうか、ジークハルトとクロエも一緒にいた。

 暁がシモンへと顔を向けると、彼は鋭く睨みつけながら近づいてきた。


「貴様、王子を騙しているそうだな」

「……人違いです?」

「なぜに疑問形じゃ……」


 シモンの問いに暁はまったく身に覚えはなく、それでも何とか返した言葉にジークハルトが苦笑いを浮かべた。

 暁は後ろのクライヴへと振り向いて首を傾げてみせるが、クライヴも同様に首を傾げてみせた。そしてもう一度シモンへと向き直った暁は、もう一度首を傾げた。


「バカにしているのか!?」

「どっちが」


 胸倉をつかんでくるシモンから顔を逸らしながら、呆れた表情を浮かべる。

 疑われている容疑者と被害者がいるのだから、確認した方が早い。


「クライヴー、俺はお前を騙したっけ?」

「えっ? そんなことはないですけど……剣の指南もしていただいているので、むしろ感謝していますが、どこからそんな話が上がったのでしょうか」

「気にすんな。こういう人種なんだ。叩きたいものは叩ければ理由なんてでっちあげるのよな」


 暁はシモンの拘束から抜け出て距離を取る。

 シモンでは相手にならないと思い、暁はジークハルトへと向く。


「で、用件はそれだけか?」

「いや、まだある。お主、奴隷を持っているそうだの?」

「ああ、それか」


 暁はテレサへと視線を向け、ジークハルトへ戻す。


「儂もさすがに勇者として奴隷はどうかと思うのじゃが」

「なるほど。だが、こいつはまだ奴隷商会には登録されていない、正規の奴隷じゃない……ていう詭弁は使えるけど」

「正規でも非正規でも関係ないと思うが……」

「しかし首輪を外されては困るのですが」


 暁とジークハルトの会話に、当のテレサが口を挟む。しかし、その発言にジークハルトだけでなく暁も少し驚いた表情をしてみせた。

 テレサの発言では、奴隷であることを望んでいるように思える。そういう奴隷もいないこともないとはいえ、エルフではおそらく初めての発言だろう。


「なぜじゃ?」

「この首輪のプロテクトをすべて外したいので。エルフとして途中止めはしたくないです」

「魔術関わると頑固になるな……」


 さすがの暁もテレサのプライドに苦笑いを浮かべた。


「そいつも騙しているんじゃないのか? 魔術で洗脳くらいできるだろう、魔王なんだから」

「その根拠のない言いがかりはやめてはどうですか? とても醜いですよ勇者様。エルフはプライドがとても高く魔術に関しては魔族よりも博識だと自負していますので。もう少しこの世界について勉強した方がいいと思いますよ」

「テレサ怖い。満面の笑みで悪口吐くな怖い。あと魔術については魔族が一番だから」

「は? さすがにそれはありえません。魔族なんて魔力をちょっと多く持っているだけの畜生じゃないですか」

「魔族と魔物を一緒にするなよ? それ魔王に対して喧嘩売ってるよね? お前それ魔界で言ったらミンチになるぞ? むしろミンチにするぞ?」

「私魔界なんて行きませんので」

「そうかそうか連れてってやるよ」

「うふふふふ」

「きひひひひ」

「笑い合うなお主らの方が怖いわアホども王子が引いとる」


 満面の笑みと不気味な笑みが向かい合う。引きつった表情でジークハルトが間に割って入るが、二人は睨むように顔を離そうとしない。

 クライヴが二人からわずかに距離を取るが、一番怖がっているのははるか遠くに逃げてしまったクロエだ。


「とりあえずアカツキ。クロエに土下座でもせえ」

「わかった」


 と本当に膝を折って地面に正座を始めてしまった。それに気づいたクロエが急いで戻ってきた。


「どどど土下座なんてしなくていいですから! 私が怖がりなだけですから! 大丈夫です!」

「そう? ありがと」


 ついていた膝を伸ばして立ち上がる。軽く裾についた砂を払いながら、ジークハルトの方へともう一度向く。


「それで……あ、奴隷か。でもテレサは首輪を外したくないと」

「自分で外すのでお構いなく」

「しかしのぅ……」

「なら、こうしよう」


 暁はまだつけていなかった主の腕輪を取り出した。

 それをクロエへ向けて投げた。慌てて受け取ろうとしたクロエだったが、腕輪は二、三度跳ねて取りこぼしてしまった。

 申し訳なさそうな顔で拾い上げ、暁の方へと顔を向ける。


「これは……」

「主の腕輪。テレサのだけど、クロエに渡しとけば安心だろ?」

「まぁ……妥当なところじゃの」

「えっと……どういうことですか?」

「その腕輪をつけると同じマークが入っている首輪の奴隷の主になれる。あーでもクロエも勇者か……」

「いや大丈夫じゃろう。彼女が首輪を外したがらないのなら、腕輪はどこかに持っておかねばならん。暁が持っておると誤解されるじゃろうし、なればクロエが適任じゃの。それに、やはりまだこちらの世界の人々は信用できん。時代も違うしの」


 ジークハルトの考えに暁も同意する。シモンが何か反対するかと思ったが、そんなこともなく、腕輪をクロエに預けることで収まった。


「んで、俺らまだ仕事があるんだけど、もう行っていい?」

「仕事じゃと?」

「国の庇護があるお前らと違ってこっちはいろいろ下準備がいるんだよ」

「なるほどの……それはすまなんだ。なら最後じゃ。明後日に戦争の作戦会議が開かれる。巫女様からの大事な話もあるとのことじゃ。お主にも参加してもらいたい」

「明後日? ……あーうん。行けたら行く」

「それ行かない人のとりあえず言っとく言葉ですよ」

「だって明後日って一週間後だぜ? 俺の下に大量の人がつくんだぜ!? そこに俺いないって締まらないんだぜ!」


 少し大げさに身振りする暁だが、テレサとクライヴは首を振る。


「いえ、別にあなたがいなくても大丈夫では。あと語尾気持ち悪いです」

「作戦会議の方が大事だと思うのですが……。あとその語尾きついです」

「ウィッス。行ってきまっす。ごめんなさい」


 二人の意見に素直に従う暁。

 そんな彼らにジークハルトもクロエも苦笑いを浮かべる。シモン一人、視線を逸らしていた。


「それではな。今日はこれで失礼する」

「お邪魔してすみません」

「…………」


 ジークハルトとクロエが手を上げる中で、シモンはさっさと歩きだしてしまった。

 シモンの後ろ姿に暁は毒づくように声をかける。


「洗脳されてんのはどっちだよ」

「アカツキ。シモンも王城内では苦労しておるようじゃし」

「苦労ねぇ。王様にお姫様をもらってくれーでしょうに」

「その通りですね……」

「クロエもか……そっちはそっちで大変そうだな」


 クロエにも王族との結婚を迫られているのだろう。


「儂は基本一人で鍛錬じゃからの。王と関われば鈍ってしまうわ」

「ジークは元が第一線で戦った帝王だもんなぁ……暇ならこいつと戦ってくれよ」


 暁はクライヴを指差した。

 突然指差されたクライヴは困惑し、ジークハルトも「ほう」と声を漏らした。


「アカツキと模擬戦でもしたかったのじゃが?」

「今こいつに戦気覚えさせてんだ。それが終わったら相手くらいしてやるけど」

「言ったな? 絶対じゃぞ」

「……まぁ、怪我しない程度には?」

「英雄がぶつかって怪我無しはありえまい! クロエがおるから大丈夫じゃろうに!」


 豪快に笑って見せるジークハルトに、暁は引きつった笑みを浮かべた。

 それで満足したのか、ジークハルトとクロエもようやく王城への帰路に着いた。

 暁はジークハルトとの模擬戦に身震いしながら、テレサとクライヴを伴って建設現場へ向かった。



☆☆☆



 そして明後日。暁は昼前になってようやく王城の前へとやってきていた。

 作戦会議は朝から行われている。完全に遅刻だ。

 だがそんなものを気にする暁ではない。周りすべて敵の王城に行くよりも、味方になってくれる建設現場の人々を優先した結果だ。

 暁は欠伸をかいて頭を掻きながら王城へと入っていく。

 王城は広い空間に誰もおらず、がらんとしていた。その中を適当に歩きながら会議の行われている部屋を探す。

 魔術を使えば簡単に見つけられるはずだが、暁は迷っていることを楽しむように王城内を散策していた。

 鼻歌まで歌い出す暁を止める者はいない。

 長い廊下を歩いていると、脇から女性が現れた。


「あっ、あなた勇者ちゃん?」

「勇者ちゃん?」


 呼ばれなれしない呼び名に、思わず鸚鵡返ししてしまう。

 振り向くと、そこには右側頭部に角の生えた女性が立っていた。

 眼も赤く染まり、その角は紛れもなく魔族のもの。だが、純粋な魔族ならば角がある場合両側につくはずだ。彼女は片側にしかついていない。

 それは容易に想像できる彼女の出生。しかしアウローラの時では想像できないことだ。


「……あんた」

「魔族とヒューマンのハーフよ。珍しいでしょ」


 無邪気に笑いかけてくるが、この世界で彼女のような存在がどんな扱いを受けるかなど、訊くまでもない。

 暁は彼女に対して閉口してしまう。アウローラがこちらに来たせいだろう、と予想できたから。ゲートを繋げたことにより、魔族がこちらへと渡れる期間が少しだがあったのだ。


「何暗い顔してるの。作戦会議はもう始まってるのよ? お姉さんが連れてってあげるわ」

「あ、ああ」


 暁の手を取り、そのハーフの女性は歩き出す。


「わたしの名前はユーリ。よろしくね」

「よろしく。知ってると思うが、俺は赤城暁」

「知ってるわ。よろしくアカちゃん」

「アカちゃん……」

「勇者ちゃんじゃ誰だかわからないでしょ?」

「せめてツキの方にしてくれ。できれば普通に呼んでくれ」

「しょうがないわね……よろしくアカツキちゃん」

「ちゃんを外して欲しいんだが……」


 当然、暁の要望をユーリは受け入れない。

 そのままユーリはずんずんと進んでいくと、その先に扉があった。

 扉の前でユーリは手を離し、待っているように暁へ指示する。彼女は一人で扉を少しだけ開けてすり抜けていく。

 扉の前で待つこと一分ほど。ユーリが顔だけ出すと手招きをした。

 それにしたがって近寄っていく。


「まだ作戦会議の途中よ。よかったわね」

「どこがだ。むしろ終わってた方が良かったよ、王様に会わずに済むから」


 暁の返しに小さく笑いを返すユーリは、そのまま暁を部屋へと入れた。

 そこには地図の広げられた一つの机を囲む、シモンを始め勇者と王様だけでなく、他にも軍の司令官や大臣らしき人、巫女までもいた。

 暁が入ってきたことに、ジークハルトは歓迎の様子をみせるが、シモンや王様は渋い顔をしている。


「遅かったの。まぁ、まだ終わってはおらんが」

「向こうにちょっと顔出したからな。すぐに追っ払われたけど」


 暁が何をしていたかを察し、追い払われた結果にジークハルトは苦笑を浮かべた。

 だが、事情を知らない多数は当然いい顔をしない。


「作戦会議よりも大事なことがあるとはな」

「味方のいないここに出るよりは大事だぜ」


 王様の嫌味に暁は嘆息しながら返す。

 その発言には王様だけでなく、ここに集まっているヒューマン全員が表情を険しくした。が、ジークハルトがすぐに言葉を挟む。


「確かにの。ここにおる連中は、背中を任せられるほどの味方はおらん」

「ジーク、それはどういうことだ。彼らは信用できないというのか?」

「そこまでは言わん。だが頼り切りにはできん。そういうことじゃ」

「何が違う?」

「少なくとも背中を預けたくはない、ということじゃ。お主、シモンは別じゃが」


 ジークハルトは最後を付け足すも、それでフォローにはなっていない。

 またしても場の空気が険悪なものになる。隅でクロエが小さくなるのもお馴染みになってきた。

 その様子をユーリが楽しそうに見ているのに、暁は気付く。どこが楽しそうなのかはわからないが、この空気ではクロエが可哀そうだ。

 暁は場を制するように大きく手を二、三度叩く。


「その辺にしとけ。て俺に言わせるな。言われたくもないだろうに。俺たちは……俺は救うためならたとえ俺を殺した奴とも手を組もう。手段なぞ選ばん。俺の手を弾くかどうかは、貴様ら次第だがな」


 何を救うのか、明確には言わない暁。ここで神様の話を持ち出すつもりもなければ、言う必要もない。その役目は、また別にいるはずなのだ。

 暁の号令に、渋々ながらも従う王様やシモン。ジークハルトもすぐに態度を軟化させた。


「で、どのくらいまで作戦は立ってる?」


 暁はジークハルトの横を選んで、机上の地図が見えるところまで近づく。

 地図には兵や陣に見立てた駒が何個も置かれ、陣形なども形勢されていた。


「今、儂らがおるのがここじゃの。そして魔族の領地はここじゃ」


 ジークハルトは青の大き目の駒が置かれている場所をまず示し、次に赤く塗られた位置を示す。敵の本拠地らしき場所にも赤色の駒が置かれている。


「軍総司令は彼、アルフレッドになっておる」


 王様が、鎧を着こんだ偉丈夫を示す。アルフレッドは暁に対して軽く頭を下げた。

 彼は、暁が初めて王様に謁見した際にもいた、数少ない態度だった者。暁にも敵意をみせなかった人物だ。


「アルフレッドが指揮する部隊が魔族を倒し、道を開ける。そこを通って儂ら勇者が魔族の本拠地を叩く。そこまでは決めたが」

「……は? いや、いやいやいや、待て待て待て」


 ジークハルトの説明に、暁が待ったをかけた。

 その行動に、王様が嫌な顔をする。


「遅れてきて作戦にいちゃもんとは、度胸があるな」

「いやだってお前、うん、その、えっと、……とりあえず頭を疑う」


 上手く言葉にできずに口ごもる暁を、王様やシモンが笑う。だが、そんなものでは動じない。


「あのさ、俺らが、わざわざ俺らを呼んだ意味、考慮してる? 大丈夫?」

「呼んだ意味は考慮しているだろう? 僕らは魔族を倒すために呼ばれたんだから」

「……さじをぶん投げたい。そしてシモンの頭に突き刺したい」

「アカツキ、とりあえずお主の意見を言ってみよ」

「聞く必要などない! 遅れた方が悪いんだ」

「確かにそうじゃ。が、アカツキの意見を聞かずに作戦が失敗したらどうするつもりじゃ? 訊くだけなら金はかからん、幸いまだ時間もある。無視するのは早計じゃ聞いた後でもできる」


 ジークハルトの有無を言わせぬ迫力に、シモンは押し黙る。そして暁へと視線を向け、発言を促した。


「……まず、俺らそれぞれの役割を考えてみよう。シモン、お前は確かに最前線で魔族を倒す役、突撃隊長ってところだろうさ。けど、俺やジークも荒事には慣れてる。ではクロエは? 彼女は回復魔法が使える。完全に後衛の役割だ、前線に出していいわけないし、出せもしない」


 暁の率直な意見にクロエが縮こまる。


「別に悪いことじゃない。クロエにはクロエにしかできない役割があるんだから。んでジークは大帝国を築いた帝王だろう。前線に立ちもしただろうが、多くは指揮の立場だったはず。おそらく大帝国を築いたノウハウは、今の人間にはないはず。そして俺は前線で戦いもしたし指揮もしていた。剣も振っていたし魔術も使える。遊撃ってところだろう」


 整理するぞ、と暁は前置きをする。


「まずシモン。お前は最前線で兵の士気を上げながら、少数精鋭で敵に穴を作る切り込みの役。クロエは後方で怪我人の救護を行う。ジークは総司令官として全体の指揮をすべきだ。俺はどこにでも入る、ワイルドカード。……だと思うんだけど」


 暁の意見は的を射ている。だが、如何せん賛同者が少ない。ジークハルトだけでは到底覆せない。

 王様やシモンも一応納得した顔はしているが、それでも作戦を、指揮官を変えようとは思っていそうにない。

 だが、そこに別の声が出た。


「私も総司令官はジークハルト殿にされた方が良いかと」


 アルフレッドだ。彼は一歩前に出ながらそう主張した。


「かの帝王オットー様は戦争の場数を多く踏んでいるでしょう。それに比べ、私は平和な世の中でのし上がった身、到底及びますまい」

「たとえそうであっても、我々を信用できないと断言した者に指揮権を渡すのは危険である」


 アルフレッドの主張を、王様は聞き入れようとはしない。

 彼らの様子をつまらないと言った顔で眺める暁。やがて見ているのも飽きたのか、地図へと視線を落として自分の作戦を立て始めた。

 アルフレッドと王様の議論にはジークハルト、シモンも参加してより大きなものへと発展しそうになった。それでも無視して作戦を考えていた暁の袖を、クロエが何度も引いた。


「あの、お願いですから止めてくれませんか……?」

「止めてどうなる。俺が入ればまた議論が熱くなるだけだ」

「ですが、放っておくのも……何より、こんなことで時間を潰している暇がわたしたちにはないはずです」

「それを自分で言えたらなぁ」


 暁は地図からクロエへと視線を移す。

 そして議論を繰り広げている者たちへと向けた。だがそこでは止まらず、さらに流れて巫女へと定めた。

 自分では、勇者では、止めることができない。止められる人物はここに一人しかいない。

 どうにかしろ、と目で訴えた。レティシアは一つため息を吐いた。


「皆さま、少し落ち着きください」


 レティシアの声に、アルフレッドと王様はすぐに口を閉じた。

 シモンとジークハルトも彼らに続いて静かになる。


「この国のためを思えば、総司令官はジークハルト様が適任かと。私はそういう人をお呼びいたしましたので」

「巫女様がそうおっしゃるのなら……」


 巫女の意見にアルフレッドも王様もすぐに了承した。

 全員落ち着いたのを見て、暁は体を上げた。


「それで? ジークの作戦は?」

「……そうじゃの。これは領地の奪還を行う戦争じゃ。無用な戦闘を避けるのがベストかの。じゃが敵も好戦的とみると……挟み撃ちをしてさっさと終わらせたいところじゃ」

「兵力はありますが、魔族の戦力を考慮しますと二手に分けるのは厳しいかと」


 ジークハルトの考えに、アルフレッドが進言する。

 魔族は魔力に長けている分、人間よりも強いのが普通だ。二倍の戦力差では、おそらく簡単に埋められてしまう。

 オットーの記憶には魔族との戦争はないのか、ジークハルトは顎に手を当てて考え込む。


「以前の魔族との戦争の記録はあるかの? とりあえず情報が欲しい」


 ジークハルトの要求に、アルフレッドが近くにいた部下に指示を出し、記録を持ってこさせた。


「ジークハルト、挟み撃ちは俺がやろう」

「ふむ。どうするつもりじゃ?」


 記録に目を通し終えたジークハルトに暁が手を挙げた。

 暁は地図を見るように示すと、そこから説明を始める。


「ここに王城だろう? 兵を出すとしたら離れるのが普通だ。んで魔族がこっち。そしたらさ、この大河の近くに陣を展開できるだろう?」

「確かにできるが……そこからどうするつもりじゃ?」

「大河が近くにある。そんで上流には森林がある。この条件で、魔族の後ろに城を作れる」

「城……じゃと?」

「一夜城だからそう上等なもんじゃない。でも、この一戦さえ抜ければもういらないだろうし」


 暁の作戦にジークハルトは考え込む。


「お主に築城の心得はあるのか?」

「ほぼないぜ」

「兵は裂けんと言ったばかりじゃが」

「そうだな」

「……では、どうする?」

「作業員どもを使う。了承も得てきた。築城はクライヴがわかる。解決だな」


 暁の提案に隙はなかった。もともと作業員たちは兵ではないため、兵を裂くわけではない。クライヴも王族であるために、王として必要な教養などはすべて叩き込まれている。

 反対が出るとすれば、王様だ。クライヴを前線に出させてくれるか、確認を取るように暁は視線を向けた。


「好きにすれば良い。あのような恥さらしを今更どうこう言うつもりはない」

「そーかい。ありがとうございます」


 皮肉たっぷりにそう返し、暁はジークハルトへと向き直る。


「これでいいか?」

「構わんが……わかるな?」

「わかってる。問題ない」


 ジークハルトの言わんとすること、暁はきちんと理解していた。それは勇者としての絶対条件。

 ――誰も死なせない。

 勇者としてだけでなくアウローラの記憶を持っているからこそ、暁はより強く決意する。

 そして作戦会議はさらに続く。ジークハルトを中心に、暁の作戦の成功率やシモンの役割、クロエの立ち回りなど、多くは勇者に関してのものだ。

 勇者の動きが大体決まってきたころには、日が沈もうとしていた。兵などの全体としての動きは明日に持ち越すことで話がまとまってきたころ。


「――一段落着きましたでしょうか?」


 今までずっと静観していた巫女から声が上がった。

 その時ようやく暁は巫女からも伝えられることがあることを思い出した。


「おそらく、これからお話することは作戦にも関わってくるでしょう。伝えるのが遅くなってしまい、申し訳ありません」

「おいおい……下手すりゃ一からやり直しか?」

「いえ、そこまではならないと思います。これからお伝えしますは、勇者様たちにとっての切り札となることですので」


 レティシアは暁へにっこりと笑みを返す。その様子をシモンは失笑した。


「切り札とは、また大きく出たの」

「言葉通りのものですので。勇者様たちには、ある一つの能力が授けられています。コーリングと唱えれば行えます」

「能力か……それはどういったものだ?」

「四人のうち一人だけ、継承した魂の英雄へとなること、英雄化が可能です」


 レティシアの言葉に、勇者たちは反応を見せる。暁は逸らしていた視線をレティシアへと向け、ジークハルトは小さく声を漏らす。シモンは驚いたような表情を浮かべ、クロエは喉を鳴らした。

 レティシアはさらに言葉を続ける。


「ただし、むやみに使えるものではございません。時間制限がありますし、一人が使えば次の使用に数週間から一か月以上の期間を必要とします。ですので、使いどころは良く考えてください」


 レティシアの告げたことは、しかし作戦にはあまり重要なことではない。

 暁やジークハルト、シモンが使えばもしかすれば一人で魔族軍を追い払うことが可能かもしれない。しかしそれでは意味がない。次いつ侵攻されるかもわからない状況で、そのようなことはできない。

 時間制限もある。追い払う前に英雄化が解けてしまえば袋叩きに遭い、最悪命を落とすことになる。


「それはクロエが使えばいいや」

「英雄化はクロエに使わせるかの」


 暁とジークハルトの意見が重なった。二人の主張にクロエが驚きの声を上げた。シモンも不満顔だ。

 当然、兵士たちもシモンと同じように二人を睨む様な視線を向けている。

 彼らの反応に、暁もジークハルトも大きくため息を吐いた。


「少しでも被害を抑えるのならば、後衛のクロエに使わせるのが一番じゃ」

「それなら少しでも決着を速めた方が良いに決まっている。クロエは使わない方が良い」

「いやいや、英雄化で戦争勝ったら、その後からこいつらはどうするっての? 勇者に頼り切りとか、俺は絶対に嫌だぞ」

「なら貴様はどこへでも行けばいい。僕は頼り切られても構わない」


 シモンの返答に暁は頭を抱えた。

 どうしてこう、違うのだ。魂は同じ英雄なんじゃないのか。

 英雄にもいろいろあるんだな、と適当な結論に至ったところで、暁は脱力した。


「ジーク。任せる。お家帰りたい」

「お主にお家はなかろうに……まぁ良い。話しはこちらでつけておく」


 ジークハルトが苦笑を浮かべながら言うと、暁は気の抜けた挨拶をしながら部屋を出て行こうとした。しかし、そこに王様から声がかけられた。


「お前に特別に仲間をくれてやる。ブラート大臣からのご厚意だ」


 そういって王様が示したのは、小太りで嫌な笑みを浮かべた男だった。


「そんなこぶた……とりの足手まといいらないですお帰りください」

「彼はブラート大臣だ! 貴様の仲間ではない!」


 激昂する王様に嫌々と首を振る暁へ、苦笑しながら近寄ったのは魔族とヒューマンのハーフ。ユーリだ。


「仲間になるのは私よ、アカツキちゃん」

「……あーはい。よろしく」


 厄介払いかな、と思う一方で、ユーリの身体を観察した。

 女性としても少し小柄な身体だが、ユーリの所作のいたるところにクセが見て取れる。それから推測するに、彼女の武器は長物だと思われる。

 戦力として考慮しても良さそうな感じはするが、詳しいところはまた今度だろう。


「知ってたのか?」

「ええ。だから先にどんな人か見ておこうかと思って」


 暁が問いかけたのは、この王城で初めて会ったときのことだ。

 魔族とヒューマンのハーフが、普通は王城を歩けるわけがない。何かしらの用事があってのことだろうと予測はしていたが、まさか仲間になるとは思わなかった。


「それじゃ、ブラート様。行って参ります」


 ユーリが深々と頭を下げるも、小太りの男は反応を示さないどころか視線も向けようとしない。いつものことなのか、彼女は気にした風もなく暁へと向き直ると彼の手を引いて歩き出してしまう。

 暁は急のことで足をもつれさせながらも、転ばないようについていった。

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