魔王、魔剣を掴む
王城、その謁見の間へとやってきた暁たち四人。暁以外は既に面識があるのだろう、王様は暁にだけ目を向けている。
「……貴様が最後の勇者か」
「そうなるな」
暁は王様の態度に違和感を覚えながらも、適当に返す。
特に礼儀を払うこともなく、そのせいで周りの兵やシモンの醸し出す雰囲気が剣呑なものになるが、暁は気に留めない。
暁の主張として、世界を救うために呼びだされたのだからどちらが偉いかなど議論する余地なし、だ。そもそも彼ら四人は古の英雄の魂の継承者。そこから見ても、どちらが上かなどはっきりしている。
「……貴様は一体誰の、継承者だ?」
「魔王アウローラ。魔界を平定したのが評価されたらしいな」
暁の発言に、王様はあからさまに嫌な顔を浮かべた。他、周りも同様だ。
その反応に暁は特に憤ることもない。それが当然だとも思い、アウローラの記憶からすれば順当だと判断できる。
王様もどうせシモンから誰の魂を継承しているか聞いているくせに、と悪態をつく。聞きたくないならば聞かなければいいのに、と。
そう思う中で、暁は視線を巡らせる。彼らの中に、表情を変えていないものを見つけるためだ。そういう人物こそ、現状をきちんと理解しているだろうからだ。
「……二人、いや三人か」
小声で、結果に呻く。これではまともに動けそうもない。他にも別の思惑の者も見つけたために、さらに頭が痛む。
「貴様の到着が遅れたために、魔族の侵攻が続いておる。この責任をどう取るつもりだ」
「いや俺の責任じゃねえし……大体、そんな切迫した状況なら俺待つ必要あったか?」
「もしやとは思うが、魔王として魔族の援助をしているのではないか?」
「被害妄想が過ぎる……何、だったらあんたは今にでも殺されるーとか思ってるわけ?」
兵士が一斉に武器を構えた。シモンも腰に佩いた剣に手を掛ける。その動作にクロエが杖を握り締めて縮こまり、ジークハルトは額を押さえた。
周りが戦闘態勢に入る。それでも暁は平然と、怯えた様子など一切なく立っていた。
「何をしているのですか? 死にたいのですか」
「そうじゃねぇけど、言い返したくもなるだろ」
外套を纏ったまま一人、場違いを感じながらも暁の隣のテレサは小声で問いかけた。
暁もテレサの方へは向かず、しかし機嫌の悪い声音で返した。
「粋がるな小童。魔族風情が調子に乗るな」
「黙れ老害。そうやって魔族をすべて敵に回すから今の状況になっているのではないのか?」
王様に対抗するように、暁もアウローラとしての雰囲気を醸し出す。
場が緊張で満たされていく。一触即発の中で、カツンと甲高い音が響いた。
それは大理石の床を、杖で叩いたためになった音だ。その杖の主は、クロエではない。
「王よ、少し落ち着きなさい」
扉を開いて現れたのは、多くのヒューマンを連れた巫女だった。
「おお、巫女様。これは申し訳ありません」
巫女の登場で、武器を構えた兵士たちもゆっくりと構えを解いた。ただ、シモンは身構えは解いたが、剣に手はかけたままだ。
暁は巫女へと視線を向ける。その後ろに、台車に乗せられた武具が見える。
「……ふぅん」
皆が巫女に注目する中、暁は口端を吊り上げる。
巫女が王様の前へと出ると、彼女の後ろの一人が台車をさらにその前へと運ぶ。
「勇者の皆さま、アカツキ様は初めまして。巫女を襲名しておりますレティシアと申します」
そういって頭を下げるレティシア。だが、クロエはその様子にビクッと震え、ジークハルトの背後に回り込んだ。
暁とシモンが妙な反応をするクロエに視線を向ける。クロエを背後に隠したまま、ジークハルトが気にするなと手を振る。
「クロエ……ジャンヌとその当時の巫女は敵対していたらしくての。この反応も許してやってくれ」
「構いません。その記憶も、きちんと継承しておりますので」
レティシアも気にしていないので、暁たちも気にしないように前へ向き直る。
レティシアは自身の前に置かれた台車を手で示し、暁たちへと言葉をかける。
「こちらにあるのは皆さんを呼び出すために用いたものです。勇者様たちの継承した英雄たちの使っていた武具です」
そして左から順に指し示していく。
「こちらはオットー様が使っていた宝具ファーブニル。拳を中心とした全身鎧です。次にローラン様が使っていた聖剣デュランダル。絶対に折れないと言われているものです。次にジャンヌ様が使っていた聖杖ケルキオン。魔術の効果を増大させることができます。そしてアウローラ様の使っていた魔剣アロンダイト。聖剣殺し、と呼ばれているものです」
説明を終えたレティシアは顔を上げ、暁たちを見渡す。
「これらをお返しいたします」
そう告げるが、暁とジークハルトの表情は険しい。
いくら返してくれるからといっても、オットーの使っていた宝具ファーブニルは陵墓に埋められていたはずのものだ。掘り返されて持ち出されていたのでは、必要だったからといっても納得できるようなものでもない。
そして、それ以上に暁は、アウローラは納得できない。
「……あの、何をなさるつもりですか?」
「問い質す」
テレサがつま先で床を叩く暁を不審に思い、訊いてみたが予想と違わない答えだ。
そしてレティシアについていたヒューマンたちがそれぞれの武具を手にしようとする。
動いたのは、二人だ。
暁とジークハルトが、闘気を纏い目にも止まらぬ速さで飛び出した。
二人の武具を手にしようとしていたヒューマンよりも早く、自分の武具を掴み取る。
ジークハルトはそれで止まった。だが暁は止まらない。
手にしたアロンダイトを躊躇なく引き抜くと、レティシアの首元寸前で止めた。その勢いで生まれた風に、レティシアの髪が揺れる。
「貴様――ッ!」
「動くな。首が飛ぶぞ」
王様が叫び、兵士が身構えようとする。しかしそれを制止するように暁がドスの利いた声音で場を制圧した。
「……アカツキ」
「ジークハルトも。容赦するなとアウローラが叫んでいる」
暁は空いている左手の親指で、自分の頭を軽くつつく。
ジークハルトも思うところはあるのか、いつもなら止めるのだろうが今回は口出ししない。同じ気持ちが少なからずあるのだろう。
「アカツキッ!」
シモンが叫んだ。暁は返事も反応もせず、ただ冷徹にアロンダイトとレティシアの首の隙間を埋めた。レティシアの額に冷や汗が流れた。
シモンも、ほんの少しの隙があれば押さえつける自信はある。しかし暁はその隙すら見せようとはしない。
歴代の巫女の記憶を引き継いでいるとはいえ、やはり目の前の死に平然としてはいられないようだ。
だが、そんな彼女を気に掛けることもなく、暁は口を開いた。
「問おう。どうしてアロンダイトがここにある?」
「……それは」
「どうして魔界へ渡った? それは、貴様ら人間にとって禁忌のはずだが」
「…………」
「俺としては、アウローラとしてはなんら構わない。だが、貴様らがゲートを閉じろと言ったのだぞ? 身勝手が過ぎる。それでも貴様らは、貴様は俺に助けを乞うか」
「……はい」
「そもそも。アウローラの死因の一つに、アロンダイトの盗難があげられる。貴様らにとって五百年以上戦場をともにした剣が、どれだけ心の拠り所になるか……理解してもらおうなど思わぬが、想像程度はして欲しいところだ」
「……申し訳ありません。しかし」
「過程がどうあれ、今ここにアロンダイトがある。その理由、答えてみせよ」
暁の睨みが一層鋭くなる。
レティシアはその睨みから逃げないよう、必死に見返していた。唇が震え、それでも何とか言葉を紡ごうとした。
「――つーのが、アウローラの主張」
一変、暁が表情を弛緩させてアロンダイトを引くと、肩に担いだ。
ため息を吐き出しながら、それでも納得はできない顔でレティシアをもう一度見直す。
「俺は別にアウローラじゃないし、だから俺は百歩譲って、あんたが土下座して謝るってんなら、許してやろう。魔族と戦うとしよう」
へラッと笑いながら、最悪な要求をした。
当然周りは騒然とする。ヒューマンにとって、巫女は王様以上の存在だ。神とまではいかないが、代行者と呼ばれるほどである。
だからこそ、暁は見極める。現状を、どれだけの危機が迫っているのかを。
巫女自身ヒューマンからの絶大な信仰を得ていることを理解している。ゆえにそう易々と頭を下げるようなことはできないのだ。
「…………」
レティシアは暁を見返す。顔は笑っていても、彼の目に冗談などの類は見られない。それを理解した。
周りも動こうにも、暁は未だにアロンダイトを肩に担いだままだ。そのまま振り下ろせば、巫女一人くらい簡単に葬ることができるだろう。そのために動けない。
「さあ、ベルはもう少し物わかりが良かったぜ?」
アウローラ当時の巫女の名前を出す。当然、良い方に物わかりが良かったわけではない。
アウローラが同様の要求をしたとき、ベルはきっぱりと断り、そのために魔族とヒューマンの国交は成らなかったと言っても良い。
その決断を残念だと思うものの、ベルのはっきりとした態度にはアウローラも好感を持てた。
皆が見守る中、レティシアが動く。その挙動は――
「アカツキ、もうよかろう」
背後からジークハルトに呼び止められ、レティシアも止まる。
暁は肩越しに振り返り、頷いた。
「そーだな。もういいや面倒くせぇし」
担いでいたアロンダイトを下ろし、鞘へと戻す。それを腰に差しながら、ジークハルトの元まで戻る。
「それで、お主はどうするつもりじゃ?」
「どうも何も。最初から決まってる、て言った筈だが」
「そうか。それはよかった」
暁はレティシアの膝がわずかに震えたのを見た。それはジークハルトも同様だろう。ジークハルトも見極め、止めてくれると信じていたからこそ、暁はレティシアに無茶ぶりをした。
ただ、それが誰しもに伝わるわけではない。今この場にいるヒューマンはもちろんのこと、シモンも同じだ。
周りの暁を見る目が、険しいものになる。
その様子を楽しむように暁は睥睨し、王様へと視線を直した。
「で? もう勝手にしていいのか?」
「貴様を野放しにできるはずがなかろう」
「ごもっとも。でも首輪を付けられるとでも?」
自分の首をつつきながら、不敵に笑って見せる。
魔王に首輪など不可能だ。どんな高度な奴隷の首輪を用いたところで、彼の魔術知識の前ではゴミに等しい。
杖がある今、魔王を繋ぎ止めることなど不可能だ。
「……ならば貴様は勝手にせよ」
「お、マジで?」
「ただし国からの保護は一切無し。良いな?」
「……あん?」
「魔族と戦う際の仲間、資金、その他諸々自分で用意せよ」
「……おぉう」
暁の表情が一気に苦いものへと変わる。
「わかったら出て行け」
「あー、じゃあその前に質問」
「……なんだ」
暁はいくつか問いを思い浮かべながら、一つずつ整理していく。
「俺はタダ働きか?」
「成果を上げたならば相応の報酬をくれてやる」
「仲間って言ったが、勇者ローランのように旅に出ろと?」
「本当は呼びたくはないが、これから約一か月後に魔族が占領した領地の奪還を行う予定だ」
「それには呼ばれる、と。仲間の意味……まぁいい。役割は?」
「勇者殿同士で決めてもらう」
「ふむ……じゃあ、仲間はどこで集めればいい?」
「どこでも勝手に集めよ。ただし違法などすれば勇者といえど牢獄に行ってもらう」
「んじゃ最後。俺の仲間にあんたは口出しするか?」
「そのようなことはせん」
その返しに暁の目が光る。
「ならば俺が王族を誘おうが口説こうが、そいつらの意志があれば仲間にしていい、というわけだな?」
「ふざけるなッ! 貴様のような奴を会わせるものかッ!」
「オーケー。なら向こうから来たなら良いわけだ。テレサ、行くぞ」
王様が腰を浮かせながら怒るも、暁は予想していたように軽い調子で返して隣のテレサを呼ぶ。
王様の額に青筋が浮かぶ。しかしそんなもので怯む様な器ではない。王様に背を向けて歩き出そうとした暁にジークハルトが声をかける。
「アカツキ。やろう」
そういってジークハルトが袋を投げ寄越してきた。上手に受け取った袋には、それなりの重量がある。
袋の中には大量の金貨が入っていた。
「ここに着いて初日に手当てとしてもらったものじゃ。儂には多すぎるし、同じ勇者として仲間外れはしとうない」
「そうか。ならありがたくもらっとくよ、ジークハルト」
「ジークでいい。仲間じゃからの」
白い歯を見せて笑ってくるジークハルトに、暁も笑みを返す。
袋を握り締めると、ポケットへと突っ込んだ。
テレサとともに扉の元までやってきた暁は、一度身を反転させて王様たちへと向き直った。
「それでは皆様、泥棒の巫女様に差別の王様、礼儀を知らぬ兵士様に凝り固まったおつむの勇者様、これにて魔王は退散させていただきます」
あてつけるように仰々しいお辞儀をして見せると、ぺろっと舌を出して背を向けた。
その態度に、王様の我慢も限界に達した。
「――貴様は城に出入り禁止だッ!!」