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魔王とエルフ、首都到着

「な、なんで……効かないんですか……っ」

「あーらら。もう終わりかい。エルフも大したことないのな」


 馬車の腕置きにもたれかかるテレサは、暁のすまし顔をきつく睨みつけた。

 術式を描くには集中力がいる。体内の魔力も消費する。そのどちらも、種族柄でいうならばヒューマンよりも勝っているエルフが、先にばてるなど信じがたいことだ。

 暁はまだまだ余力があるのだろう、杖を上に向けたままゆらゆらと揺らしていた。


「バカ正直に教科書通りじゃ、俺には勝てんよ」

「……あら、教科書も学んでいないような人にそんなこと言われるとは」

「学んでねぇよ。だから柔軟な思考ができるんだぜ?」


 暁の返しに、テレサがくっと歯を噛む。どれだけ言い負かそうとしても、暁は少しも動じないのだ。それがエルフのプライドを傷つけられる要因の一つでもある。


「ほれほれ。急がねぇと首都に着いちまうぞ?」

「やってやりますよ……っ」


 気力を振り絞り、目に闘志を再燃させたテレサが体を起こした。

 そしてテレサが杖を振り、暁も同様に振り下ろす。

 一方的な攻防。ただテレサが攻撃魔術を放とうとし、暁がそれを発動前に打ち消す。テレサしか攻撃しない。たとえどれだけの隙があろうと、暁は打ち消す以外の術式を描こうとしない。

 舐められている。それはわかっているのに、どうしても暁より早く術式を編めない。こんな経験初めてだ。

 エルフとして、その王族として、英才教育を受けてきた。魔術の実力は相当なものだと自負していた。魔王アウローラにも認められるほどに。だというのに、この目の前の平民には手も足も出ない。アウローラが彼を見た時、どんな反応をするだろうか?

 狂喜乱舞するだろうか? 彼しか見なくなるだろうか? ――自分から離れてしまうだろうか?


「お? 速さが上がったな」

「黙りなさい……! もう少し!」

「おーおー。主人に向かってたいそうな口だ」


 暁の言葉など耳に届いていないのか、テレサは鬼の形相で杖を振り続けていた。それを片手間のように制しながら、手綱を捌く。

 そんな光景が小一時間ほど続く。林道を通り抜けている途中、テレサの魔術が妨害されずに発動した。


「やった――」


 歓声を上げるが、テレサの発動した魔術は彼女が思い描いた通りのものではなく、火球へと変更され、軌道も林の中へと入るようにされていた。

 そして攻撃魔術である火球は、林の中で二人の様子を窺っていた魔物へと直撃した。


「熱くなるのもいいけど、周りはちゃんと確認しような?」

「……っ」


 暁の返しにぐうの音も出ないテレサ。

 だが、とも思う。普通のヒューマンに、他人の術式への強制介入、改ざんなどできるのか、と。魔術の得意なエルフですら、そんなことができるものはほとんどいない。

 テレサはその考えを、「だけど」ともう一度ひっくり返した。暁の術式はテレサの描くよりもさらに速い。なれば強制介入も不可能ではない、と。


「固まってる暇あったら杖動かせ。結構いるぞ」

「……わかりました」


 思考の深みにはまりそうになったところで、暁から声が飛んだ。現実へと引き戻されたテレサは周りを確認、魔物が取り囲んでいるのに気付いた。

 人間界に魔物の数は少ない。害獣はいても、魔界に住むはずの魔物は少ないのだ。しかし、魔界から、魔族から侵攻を受けている現在、その魔族の後を追って魔物が入ってくることも多い。

 今、人間界の食物連鎖のピラミッドは崩壊しかけている。


「そういえば、最近になって冒険者という職業ができ始めているそうですね」

「へぇ。こっちとしてはお約束だと思うんだが……記憶からだとそんな職業はなかったか」

「魔物の討伐が主になりますので、多くは傭兵崩れや腕自慢、たまに盗賊なんかも冒険者の登録に来るそうです。任務を受けるには国指定の免許がいるとのことで」

「金に困ったら登録しても面白そうだな」


 二人とも、この程度の数の魔物は相手にもならないようで、気楽に話しながらも杖を振る手は止めず、馬の足も止めず、包囲を崩していた。


「……この馬、魔術にも魔物にも怯みませんね」


 テレサが、何か嫌な予感でもすると言いたげな表情で、そんなことを言った。

 普通の動物であれば、魔力が感知されると身を隠したり、逆に暴れたりするはず。馬であれば魔術の飛び交う中、魔物に包囲されている中、足を止めないことはないはずだ。

 だとすればこの馬は普通ではない。例外の動物であると、そう証明しているものだ。

 考えてみれば最初からおかしな話だ。村人にとって家畜は財産である。馬は遠出の際にも、荷物引きにも重要な役割を果たす。それが置いて行かれているなど、普通はありえない。

 そうすると、この馬は……とテレサは、乗る際に確認しなかった馬の目を覗き込んだ。

 その目は、赤くなっていた。


「半堕ちだな。片目はまだ赤くないから」

「大丈夫なんですか?」


 テレサが危惧しているのは、この馬は一般的には既に魔物認定であるためだ。

 数少ない人間界での魔物、それは動物が魔力を取り込み過ぎてしまうことで認定される。

 動物だけでなく、人間にも個体差で魔力に対する適性が異なる。その適性が高すぎると、体内に有する魔力が増加していく。それを見分けるのは目が手っ取り早い。魔族や魔物と同じように、目が赤くなるのだ。

 そして動物や人間の目が赤くなってしまうことを、この世界では「魔族に堕ちる」と言われている。

 暁が見つけた馬は、片目だけが赤に染まっていたので、半分魔物になっているとして半堕ちと言われ、そう呼んだのだ。魔族に堕ちた動物は殺処分されるため、村に置いて行かれたのだろう。


「問題ない。堕ちた動物と魔物を一緒にするな。人間も同様だ。魔力保有量が増えただけで本能から身体まで何も変わらん。それをわからん馬鹿な人間どもが……」


 手は止めず、しかし暁は愚痴をこぼした。アウローラとしての記憶が、魔族に堕ちた人間や動物を差別する人々を許せないのだ。

 アウローラが友好を結ぶために、そのことを説明したところで、それをわかってもらえた人は限りなく少ない。魔族とは何もかも違うというのに。


「……今はとりあえず抜けるぞ。これなら、むしろ堕ちてた方が良かっただろ」

「そう、ですね」


 馬は走る速さを落とすことなく林道を駆け抜け、ようやく抜けるころには魔物による包囲も解けていた。

 二人が一息入れている間も、馬車は走り続けていた。



☆☆☆



 夜は人のいなくなった村で、あるいは野宿を、数日間続けて暁は首都へと急いだ。

 途中の町では、浅黒い肌の男と杖を持った少女が同じように首都へ向かった情報を得た。おそらくジークハルトとクロエだろう。

 一人、シモンの目撃情報は手に入らなかったが、王城に赤髪緑目の少年がいるという噂はあった。

 皆、もうすでに首都へと着いているだろう。


「さて、首都も見えてきたころだが」


 遠くに、しかし目視できるところにまで近づいた王城を望み、次に暁は隣のテレサへと視線を向ける。

 テレサは膝を抱えて後ろを向き、杖で座面をガリガリと引っ掻いていた。


「……何やさぐれてんの?」


 苦笑を漏らしながら、暁は聞いた。

 それにテレサは振り返りもせず、ただ座面を引っ掻く音は止んだ。


「……いえ、特に」

「あ、そう」

「…………別にプライドが傷つけられたとか、思っていませんし」

「そうかよ」

「………………別に悔しいわけではないですし」

「そうですか」

「……………………もう少し時間があれば――」

「しつけええええ! そんなに言うならいくらでもやってこいよ! 逃げも隠れもしねえぞ!?」


 そう暁が叫ぶ。と、当然のように魔術が飛んできた。頭を狙った攻撃だが、上半身を大きく仰け反らして回避する。

 そして暁には、その魔術が二重構成だったのを見抜いた。おそらく攻撃用のものと、首輪の破壊を行うものだろう。普通ならば奴隷の首輪がそんなことを許すはずもないが、これまで暁は主の腕輪を付けていない。そのため、契約も不十分なのだ。


「……いい性格してるわ」

「あの、術式破壊したはずなのですが、取れませんけど」

「無視かよ……あんだけのろまな構成している間に、俺がプロテクトかけられないとでも?」

「詐欺じゃないですか!」

「何がだ!? わっけわかんねぇ!」


 上半身を反らしたまま、空に向けて吠える暁。

 テレサはしきりに首輪を外そうと試みるも、結局上手くいかず、仕方ないと言った顔で術式を描き始めた。それを見た暁も、杖を振って対抗していく。


「ちなみにプロテクト、今までで一万はかけてるから」

「ええっ!? 何ですかそれ!」

「あと9999個か。頑張れー」

「くっ……! これ以上増えたりしませんよね?」

「泣いて喚いて土下座でもしてくれたら考えてやらんでもなくもない」

「どっちですか……もういいです。解いてみせます」


 そう意気込むテレサと、余裕の表情で杖を振る暁を乗せて、馬車は城壁の門まで進んでいった。



☆☆☆



「悪いけど、お前はこれ以上連れていけない」

「どうしてですか……? これまでずっと一緒だったじゃないですか」

「この先はヒューマンが多い。お前がいると危険だ」

「そんな……。でも、このまま放っていくんですか? 死んでしまいますよ!」

「死なないだろう。お前は強い」

「強いといっても生き残れるわけでは……」

「お前は強い。大丈夫だよ」

「ですが!」


 なおも食い下がろうとしたテレサに、暁は呆れた顔で振り返った。


「テレサ。お前はそんなにこいつが気に入ったのか?」


 暁は、半堕ちの馬の背を撫でながら聞いた。

 するとテレサは今までの気迫はどこへやら、すぐに表情を戻すと首を振る。


「いえ、特に」

「じゃあ何なんだ……」


 暁はやれやれと息を吐き出すと、馬の轡と手綱などをすべて外す。

 半堕ちとはいえ、魔族認定の動物は人のいるところ、まして首都に連れ込めるはずがない。最悪罪に問われてしまう。

 暁は最後に馬の背を軽く何度か叩く。すると馬は一度前足を振り上げると、そのまま草原を駆け抜けて行った。

 姿が見えなくなるまで見送っていた。


「あなたの方が気に入っていたんじゃないですか?」

「そりゃな。これじゃ乗り捨てたみたいだろ」

「みたい、ではなくそのままですけど」

「ま、もともと殺処分のところを逃げられたんだから良しとしてくれることを祈ろう」


 そういって暁は馬の消えた平原に背を向け、城壁へと振り向いてその威容を見上げた。テレサも同様に、見上げていた。


「……さて。どうなりますやら」


 これからのことを想像し、苦い苦い笑みをこぼした。



☆☆☆



 城壁の中へと入った暁とテレサは、途中の町で購入した外套を着て、両脇に店の開かれている大通りを抜けていく。

 人通りは多く、暁やテレサと同じような恰好の者も少なくないため、特に注目されることはない。

 少し歩くと、広場に出た。そこには噴水やら椅子やらが設置され、人が集っていた。

 広場には掲示板があり、暁はそれに近づいていく。

 いくつか張り紙がされていたが、その中で一際目を引くものがあった。


「古の英雄集う、ね。勇者として魔族撃退を随分と期待されているようだ」

「そのために呼び出されたのでしょう?」


 そうだな、と返しながら、その張り紙の内容をざっと読み進めた。

 それによると、どうやらシモンが転送された場所は巫女が管理する神殿だという。いきなり皆の集合場所に転送されたわけだ。

 ジークハルトとクロエも、無事に同じ場所へ転送され、つい二日ほど前に到着したとのこと。


「やっぱ俺が最後か。ま、順番なんかどうでもいいんだけど」

「これからどうするのですか?」

「三人……つーか、ジークハルトがいるなら、別にいきなり王城に押し掛けても大丈夫だろう」


 暁がそんなことを考えながら、王城への道を探そうと周りを眺める。

 そこに見覚えのある赤髪を見つけた。瞬間、暁が「うわ……」と表情を歪めた。

 赤髪が、シモンがこちらに気付いた。暁は歪んだ笑みで軽く手を振る。シモンの後ろにもう二人、人影があることが救いか。

 シモンは怒りの表情を浮かべ、暁へと真っ直ぐ進み出てくると、暁が何か反応する前に拳が飛んできた。

 暁はそれを何もすることなく、頬で受けた。が、シモンは本気で殴っている。棒立ちで耐えられるものではなく、暁の体は軽く浮くと地面を転がった。

 転がった暁の傍に腰を屈めたテレサが、手を差し伸べてくる。


「……大丈夫ですか?」

「心配してくれるなんて嬉しいね……」

「え、まぁ、一応。主人ですし、心配するフリくらいした方がいいかと」

「お前のそういうとこホント大好き……」


 テレサの手を取って助け起こされながら、暁は殴られた頬を軽くさする。そしてシモンの方へと目を向けると、追撃をしようとしたのをジークハルトに止められているところだった。


「離せジーク! これで終わりにできるわけがないだろ!」

「落ち着け! アカツキも儂たちと同じように呼び出されたのだぞ! 敵ではない!」

「ふざけるな! こいつが敵でないなら、一体誰が敵だというのだッ!?」


 広場ということもあり、人からの注目が集まってくる。

 当然、人々からの視線で悪者となるのは暁の方だ。シモンは既にこの国、少なくとも首都では既に魔族を撃退する勇者として有名であり、まだ首都に着いたばかりの暁に味方するものはいない。

 ただ、ジークハルトも勇者として知られるようになっているため、困惑している者も少ないながらもいるようだ。

 シモンとジークハルト、二人の脇を抜けてクロエが暁の元へと近寄ってきた。


「大丈夫ですか……? 回復魔術をかけますか?」

「いいよ、こんなの傷にもならねぇ。それより、あいつはどうしてあそこまでなってんだよ。……いや、殴られる覚悟くらいしてたけどさ」

「いえ、そのことについてはジークさんがきちんと説明をして、攻撃しないよう再三注意していたのですが」

「はぁ……あいつの脳みそは千年以上前からちっとも進歩していないのか」


 暁の言葉が聞こえたのか、より一層怒った様子のシモンはジークハルトの拘束を抜けると、暁の胸倉に掴みかかった。

 鋭い剣幕で睨んでくるシモンとは対照的に、暁は冷ややかな目で見返す。


「貴様! この状況を引き起こした張本人が何をぬかす!!」

「張本人て。アウローラは平和に本能に忠実にただただ子作りしただけだが」

「教育を誤った結果だろうが!」

「と言われましても。何分わたくしめは平和な日本という国の一学生でして」

「煽っているのか!?」

「煽っているのですよ」


 我慢の限界に達したシモンが、また殴りつけた。しかし、今度は喰らう気はないのか、暁が首を横に倒して躱す。


「あんま息巻くな。公衆の面前で恥かきたくねぇなら、放せ」

「何を……!」


 二人ともが腰に剣を備え、今にも抜き放ちそうな雰囲気を醸し出す。

 その様子に、クロエは怯えて杖を握って縮こまり、テレサは止めに入る様子もない。

 ただ一人、ジークハルトは大きくため息を吐き出すと、両拳に闘気を纏わせた。


「いい加減にせえ、お主ら。これ以上もめるなら、気絶させて連れて行くぞ」


 ジークハルトの纏った闘気は白色を帯び、普通は無色で見えない闘気とは明らかに違う。

 それは戦気というものだ。守りに特化した闘気の上位版、とはいえジークハルト、オットーほどの使い手ともなるとその威力は凄まじいものになる。

 ジークハルトの攻撃を受けては本当に気絶させられる。二人ともそれを理解したのか、シモンは暁から手を離し、暁はシモンから二歩距離を取った。


「良いか、シモン。我らは皆同じ目的を持ってこの世界へと転送された。それを無視して仲間割れをしていては勝てるものも勝てなくなる。今は仲間内で喧嘩している暇はない」

「…………」

「アカツキもじゃ。良いな?」

「俺は、ハナからそのつもりだ」


 暁の返しに不満があるのか、シモンが睨みつけてくる。だが、暁は無視を決め込み、反応は返さない。

 ジークハルトは拳から戦気を失くすと、気を取り直すように両手を打つ。


「あまり時間もなかろう。すぐに王城へ向かうぞ」


 ジークハルトの声掛けに、鼻息荒く返事をしたシモンは独りでさっさと歩きだしてしまう。

 ほっと安堵の息を吐いたクロエも、暁とテレサを案内するように歩き出した。

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