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魔王とエルフ、二人旅

 押し寄せる魔物の大群を、暁が撃退しながら馬車は進んだ。途中で彼らが向かう軍営都市からの兵とすれ違い、それ以降は暁の仕事も減った。

 馬車の上で胡坐をかいて待つこと小一時間。ようやく軍営都市の城壁が見えてきた。

 城門には近くから逃げてきたのだろう、多くの人々が列をなして検閲を受けていた。これでは暁たちが中に入るには日が暮れてしまいそうだ。

 暁は屋根から降りると一息入れながら御者の隣に立った。


「悪かったな。簡単な治癒魔法はかけておく」


 暁が素早く杖を振り術式を叩くと、短剣が刺さっていた傷口に淡い光が放たれた。短剣はおそらく御者が自分で抜いたのだろう。


「あ、ありがとう……」

「俺がやったことだけどな。……で、だ」


 暁は顔を御者へと向ける。真面目な顔つきで、御者も自然と同様な表情を浮かべる。


「あんた、雇われだ、つったよな?」

「あ、え……?」

「この腕輪、もらうぞ」


 暁は、御者から奪っていた主の腕輪を手の中で弄んだ。

 それに御者が驚愕の表情を浮かべて抗議した。


「いやいやっ!? ちょっと待ってくれ!!」

「公正な取引だと思うけど」

「待ってくれ! さっきも言ったがそれがないと……」

「その話は、無事に奴隷を届けられたら、の話だろう? 残念ながらお前が雇われた奴隷狩りの集団は全滅、生き残りはあんた一人。一人で首都まで馬車を走らせるか?」

「それは……っ」

「まぁ確かに? 無事届けられて納品先に着いたなら報酬はすべてあんたのものになる。だが、首都までの道程を一切の護衛なしで連れて行く自信があるか? あ、もちろん俺はこれ以上付き合う気は毛頭ない」

「だ、だけど仮にお前に渡したとしても同じだろう……?」

「まぁね」


 あっけらかんと、潔くも暁は簡単に肯定してみせた。その反応に御者の思考も一瞬止まる。


「いやほら、あの奴隷を逃がすにしろ連れて行くにしろ、厄介事になるのは目に見えているわけだ。あんたの望みが生きたい、てだけならこのまま身を隠した方が安全だ。が、そこにエルフの奴隷が引っ付くと困る。大して金のなさそうなあんたに、エルフなんて高級な奴隷がいるんだから。おまけに価値は星十個。狙われるぜ?」

「あ、あんただって……!」

「だからさ、これはリスクの話なんだ」


 抗議してくる御者を制するように、暁は大きく両手を打ち合わせた。


「あんたは生きたいゆえに余計なリスクは払いたくない。が、俺は好きでこのリスクを背負える。厄介払いにはちょうどいいと思うが?」

「……だが」

「安心しろ。俺は無一文だ。金があったなら、そこの見張りにでも渡して放り出してもらっていたよ」

「…………」

「莫大なリスクを払って夢の奴隷エルフとの生活を手に入れるか、今まで通りだが確かな生活を手に入れるか……あんたはどっちを取る?」


 さながらそれは、悪魔の取引のようだった。

 実際、御者にここから首都までの護衛を雇う資金はない。だが、依頼元に引き渡せなければ報酬も貰えない。もらったとしても、依頼を受けた奴隷狩りのリーダーがいなければ煙に巻かれて払ってもらえない可能性も高い。

 かといってこのままとんずらすれば、それこそいろんな人から目を付けられる。

 ここで奴隷を渡せば、それらすべての危険を回避できる。命の危機をもう一度犯す必要もなくなり、今まで通りの生活ができるだろう。

 御者は数分間唸りながら、首を何度も巡らせて迷いに迷っていた。そして一度大きくため息を吐いた。


「……わかった。お前にくれてやる。どうあれ、命を助けてもらったわけだし、な」

「ははっ。そういってくれると助かる」

「一応言っとくが、その腕輪は嵌めただけでは使えないぞ」

「知ってるよ。嵌める際に術式を組めばいいんだろう?」

「そうだ。それが契約の成立になり、解除にもなる」


 暁は御者に手を上げて挨拶とし、荷台の中に入った。

 そこでは、まだ手を縛られたままの少女がいた。目隠しのなくなったその目で、暁が入ってくるのを見ると睨みつけてきた。

 その反応に暁は肩を竦めて見せる。


「酷い歓迎だな」

「……全部聞こえていましたよ」

「当たり前だろう? 聞こえるように話していたんだから」

「あなたは、私に奴隷になりたいかといいましたよね?」

「したな。でも、今はしてないぜ?」

「…………」

「…………」


 睨んでくる少女から視線を逸らし、笑みを浮かべる暁。

 やがて少女は諦めたようにため息を吐くと、拘束された手を差し出した。


「解いてくれるんですか?」

「まーね。首都に用があるんで、それまでは人手が欲しい」


 暁は少女の手枷を外し、適当に放った。

 少女は手枷で赤くなった手首をさすりながら、やはり警戒したように暁を見ていた。


「死体が残っちまうが、仕方ないか」

「これからどうするつもりですか?」

「んー……金がないし、町に入る必要もないんだよな。ここから歩いて首都に向かうにしても……ざっと三日か?」


 この軍営都市は、アウローラの記憶にあるものだ。そのため、ここから首都までの距離は大体わかる。

 とはいえ、アウローラの記憶が四人の中で一番新しいものらしいが、その間に首都が移っている可能性もある。


「情報収集のために町に……いや、お前連れてちゃ危険か? うーん、どちらにせよ……」

「早速悩んで……あの、私を解放するっていうのは」

「ないかな。売った方が金になる」

「……サイテーですね」


 良い笑顔の暁に、低く返す少女。

 だが、暁に少女を売る考えなど毛頭なく、もちろん奴隷として連れ回すつもりもあんまりない。あんまり。


「んで、お前の名前だけど」

「ユークリッドと申します」

「テレサだろ。嘘吐く必要性はどこにあった?」

「あら、人違いでは?」

「おや、エルフの国アルバスランドの第一王女にしてアウローラに目を付けられていたというのに、隠し通せるおつもりで?」

「……そんな話、一体どこで」

「長くなりそうだし、歩きながらね。汚いかもしれないが、こいつを着といてくれ」


 暁は一番近くにあった見張りの死体から外套を奪い取ると、エルフの少女テレサに投げ渡した。

 テレサは着るのに少しためらった様子だったが、暁も同じように別の死体から外套を奪ってきたのを見て、渋々と着ると暁同様フードを深くかぶった。

 二人は荷台から降りると、暁は御者に手を振って別れの挨拶とした。

 そして長い人の列から抜けると、二人は歩き出した。


「あの、魔族の軍勢が来ているのなら、それが去るまであの町にいた方が……」

「それね、無理」

「え?」

「あの軍じゃ、魔族が勝利する。あの軍営都市は陥落する」

「……はい?」

「まぁ、陥落には時間がかかるから、情報収集くらいはできただろうけど、逃げ道塞がれる前に離れた方がいい」

「待ってください」


 テレサは足を止め、前を行く暁に大きな声を出した。それに暁も振り返って立ち止まる。


「軍が負けるっていうのに、放置していくんですか?」

「おや? エルフの王女様はヒューマンをお救いしたいと?」

「……それは」


 アウローラの記憶には、エルフは別のどの種族とも友好な態度ではなかった。もちろん、魔王であるアウローラが訪れた際も一応と言ったような賓客の扱いだった。

 それはエルフ自体が持つ誇りの高さであり、またどの種族よりも優れているという自負があるためだ。

 その他エルフに関するいろいろを含めてみても、テレサの食い下がりは暁にとっては意外なものであった。

 だが、分類上ヒューマンにあたる暁としては、心配してくれるだけありがたく、しかしどうしようもないこともわかっているために、苦笑を浮かべた。


「どちらにせよ無理なんよ。考えてもみな? ぽっと出の俺やあんたが、軍の責任者に、魔族に負けるので守りに徹してください、なんて言って信じてくれるか?」


 暁の意見に、反論の余地もない。

 テレサは言葉に詰まり、歯を食いしばった。


「けど、そのための俺であり、俺たちだ。今は、首都に急ぎたい」

「どういう、ことですか?」

「魔族による人間界の侵略。それがどういうわけか、世界の危機につながるらしい。それを止めるために、過去の英雄の生まれ変わりが、わざわざ呼ばれたのさ」

「生まれ変わり……?」

「一代にして大帝国を築いた帝王オットーの生まれ変わりジークハルト。過去の魔族侵攻を撃退した勇者ローランの生まれ変わりシモン。世界の疫病患者を治して回った聖女ジャンヌの生まれ変わりクロエ。魔界千年の戦乱に幕を引いた魔王アウローラの生まれ変わり赤城暁」


 指折り数えながら、暁はあの空間にて聞いたことを伝えていく。

 当然ながら、テレサは突然そんなことを言われても理解できるわけもなく、困惑した表情を浮かべている。

 その様子に肩を竦めて、やはり苦笑を浮かべた暁。


「そいつらと首都で落ち合う予定だ。転送がバラバラにされてね。だから、今は一刻も早く向かいたい」

「……その話を」

「信じる信じない、なんて話は無意味だよ。何せ、ここであんたが逃げるにせよ、ついてくるにせよ、首都に着けばわかることだ」


 テレサとしては閉口せざるを得ない。言おうとしたことを先に制されてしまったのだ。

 そんなテレサを見て、暁は満足そうに笑みを浮かべた。


「どうする? といっても、その首輪つけたままじゃ、どこにも行けないだろうけど」

「……わかりました。あなたに、ついていきます」

「それは嬉しいね」


 テレサの返答に暁は頷いて返した。彼女としては、暁の言う通り奴隷の首輪を付けたままでは満足に身動き取れないことも理由の一つである。

 だが、最大の理由はまた別のものであり――暁はそれに気づかなかった。


「さしあたっては今夜の寝床を見つけようか」

「はぁ。野宿でもするつもりですか?」

「うんにゃ。もう少し歩けば村があるはずだ。そこに泊まろう」

「村人にはどう説明するつもりですか?」

「えっ」

「え?」


 暁が驚いた風に返すと、その返しが意外だったのかテレサも同様に返した。


「……だって村人、都市に逃げていないはずだぜ?」

「……とりあえず、あなたが勇者とは程遠いのはわかりました」


 テレサは暁の下衆な考えに不信感一杯に返した。すると暁は大げさなリアクションを取る。


「おいおいおい、有名な勇者だって人ん家の箪笥は漁るし、ベッドで体力回復だって行うんだぜ? こんな世の中、利用できるもんは利用しなきゃ魔王退治もできないのさ」

「そんな勇者聞いたこともありません。それを見習うのも、人としてどうかと」

「関係ないね。だって俺魔王だったもん」


 舌を見せながらあっけらかんと返す暁。テレサは詐欺師でも見るような目で睨んできていた。



☆☆☆



 暁とテレサはその後も歩き続け、日暮頃にようやく村が見えた。

 村の中は閑散としており、暁の読み通りに村人は皆軍営都市へと逃げた後なのだろう。

 二人は適当な家に上がりこむと、テレサは椅子に座り、暁は家の中を物色し始めた。

 台所の棚や引き出しを開けたり、農具などが置かれている場所を覗いたり、武器になりそうなものを探していた。


「うーん、やっぱないか……」


 包丁ですら、村人は護身用として持っていったのだろう。屋内には刃物は残っていなかった。

 それでもと、暁は倉庫から木刀を見つけて持ち出していた。


「魔物には頼りないですね」

「魔物を相手にするのは、まだ一週間の余裕はあるさ」


 暁はアウローラの記憶を持ち出し、軍営都市の戦力と魔族の戦力を比較、そして最終的に決着する日数をある程度算出させた。


「では何のために?」

「護身用」

「何からの、ですか」

「盗賊とか」

「盗賊ですか。こんな村に来ますか?」

「さぁ? でも、俺と同じ考えをする奴はいるだろうぜ。備えあれば憂いなし、ていうし」


 実際のとこ、暁はどちらでもいい。盗賊が出ようが、出まいが。むしろ出てくることを望んですらいる。

 村には武器になりそうなもの、魔族に対抗できそうなものはなかった。盗賊ならば当然、そういったものを持ち合わせているだろうし、なれば制圧すれば奪える。

 とはいえ、アウローラの記憶があるからといって、日本人の体の赤城暁はきちんと先頭できるのかは疑問だ。あの馬車では、ほとんど動く必要がなかったために、記憶だけでも何とかなった部分も多々ある。

 木刀を肩に乗せて、いろいろと考えを巡らしていると、どこからかくぅと小さく音がした。


「……そうか。腹が減ったか」

「な、何ですか悪いですかっ?」


 音源らしきテレサの腹を見て、ついで視線を上げて顔を見ると赤く染めていた。

 暁は小さく笑いながら片手を振る。


「いや。いやいや。悪いが俺に料理スキルはない。適当に作ってくれると助かる」

「わかりました……」

「それまで、俺は他のとこを覗いてくる」


 そういって家を後にする暁。

 テレサはその後ろ姿を恥ずかしそうにしながら睨み付けていた。



☆☆☆



 窓から日が差し込み、その光を顔で受けたテレサは薄らと目を開けた。

 眠い目をこすり、上体を起こす。


「おはようさん」

「……おはようございます」


 そばの椅子に腰かけ、何やら本を読んでいた暁に挨拶を返した。

 直後にテレサの目は暁の座る椅子に立てかけられた木刀に止められた。その刃先には、血がついていた。


「何かあったんですか?」

「特に。あ、馬がいたからそいつで即席だけど馬車を作った。さっさと出るぞ。朝飯はこれで勘弁な」


 どこからか漁ってきたのだろう、パンを二つほどテレサに投げ寄越した。暁は既に食べ終えており、立てかけていた木刀を手に取ると外に向かった。

 テレサは投げ寄越されたパンをしばし見つめていたが、やがてもそもそと食べ始めた。

 パンを食べ終えたテレサが家から出ると、外で待っていた暁から一本の杖が飛んできた。突然のことで前のめりになりながら慌てて受け取る。


「何本か見つけた。使って」

「……はぁ。良いんですか?」

「逃げられるならどうぞご勝手に。当然妨害はさせてもらうけど」


 言われ、ためしにテレサが術式を書こうとした。が、ルーン文字を一つ書き終わる前に弾けて消えた。

 何が起こったかはわからないが、誰がしたかは明白だ。テレサの目は鼻歌すら響かせる暁へと向けられる。

 人間界に存在する種族で、最も魔力適正が高いエルフ。当然術式構成に関しても、魔族以外に劣ることはない。確かに熟練の魔術師であるならば、ヒューマンにすら劣るエルフはいるかもしれない。

 しかし、暁の言っていた通りに魔王アウローラが目を付けるほど優秀なテレサが、並みの魔術師に劣ることなどありえない。それも相手は、ただの一般人にすら見える。


「何をなさったんですか?」

「打ち消しただけだけど」

「……それは嘘とは言いませんよ?」

「じゃあどういえばいい? チートしました、てか? くはは」


 暁は自分で言っておかしくなったのか、手を口元に当てながら笑いを上げた。そんな彼をテレサは睨む。

 だが、そんなもの意に介した様子もなく、暁は即席の馬車に乗って馬の手綱を掴んだ。

 その隙にもう一度術式の構成に取り掛かるも、当然のようにしてその術式は弾ける。

 暁は杖を上に向けて小さく揺らしていた。


「あんま時間かけたくないんだけど。乗ってからならいくらでも付き合うぜ」

「……いいでしょう。負かせてみせます」

「血の気が多い」


 テレサもまたプライドの高いエルフだと思わせる挑戦的な言葉に、嬉しそうな顔で答える暁。

 テレサは暁の隣に腰掛けると、即座に杖を振った。


「雑だぞ。杖が壊れる」


 一筆で、暁はその術式を破壊せしめる。


「杖が悪いんです」

「そう言ってんだよ……安物なんだから大事に扱え。エルフならもっと上品な術式が書けるでしょ」

「あなたに言われたく……!」


 会話の途中にも術式を描いて来るが、当然のように暁は打ち消して見せる。

 これではエルフのプライドはズタズタだ。テレサは躍起になって何度も杖を振る。暁はというと、右手で持った杖でテレサを迎撃しながら、左手の手綱を器用に捌いていた。

 ゆっくりと走り出した即席の馬車は、次第に速さに乗っていき、二人の姿はあっという間に村から消えた。

 ――野盗の亡骸を置いて。

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