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第八話 初仕事

 無機質なレコーダーの中からは、会長と先ほどの女生徒、紡木つむぎ 詩夢しおんの暖かな会話が流れ出す。


『そう緊張しなくても、大丈夫よ?』

『そっ、その、わたし、人と話すのとかあまり得意じゃなくて、それにこんな美人さんと話すとなると、余計緊張しちゃって』

『あら、美人さんだなんて嬉しい。でも、あなたも世間から見ても私から見ても、立派な可愛いアイドルだと思うわよ?』


 僕はレコーダーに視線を注ぐ会長に、そっと目を流す。

 この人、すでに知っていたのか。

 あの女生徒がアイドルだということを。


『・・・・・・知っていたんですね』

『当然よ。なんてったって、私は生徒会長よ? 生徒のことはなんでも知ってるわ』

『び、美人な上に頭も良いなんて、すごいですっ!』

『そ、そこまで素直に褒められると、照れるわね』

『会長さん、肌もすべすべだし、髪も綺麗でさささら。スタイルもきゅっとしていて、ホント憧れますっ!』

『あー、もうっ、分かった分かったっ。どれだけ、私を褒め殺しにする気なのよっ! 早く本題に入りましょうっ!』


 僕はまたしても会長に視線を流す。

 あの会長がタジタジな上に、主導権を取られている。

 これが、『三ッ星』の力か。

 会長は不機嫌そうに僕と目を合わせ、「見てんじゃないわよ」とタンカを切っているように見えたので、視線を逸らす。


『・・・・・・そう、ですよね。・・・・・・知っての通り、わたしアイドルをやらせてもらってるんです』

『ええ、知ってるわ。今売り出し中の歌って踊れる、新人アイドル 紡木 詩夢ってね。あなたがうちの学園に入学するなんて、本当に驚いたんだから』

『や、やや、やめてくださいよっ。恥ずかしいですっ』

『本当のことじゃない、自分を誇っても良いのよ?』

『そ・・・・・・そうですよね・・・・・・』


 今まで明るく話していた口から、明るさが消えた。

 急に紡木さんのトーンが下がったのだ。

 それは明らかな不自然。


『・・・・・・実はですね、今日相談を持ちかけたのは、そのことなんです』

『そのこと?』


 レコーダーから紡木さんの声は聞こえなくなった。。

 隣に座ってる、九十九先輩の息づかいさえも聞こえそうなほど、静かな沈黙。

 やがて、レコーダーは紡木さんの声を流し出す。


『・・・・・・わたし、自分に自信が持てないんです』


 その場に居なかったけど、僕はこの悩みを打ち明けた紡木さんの切実な表情が想像できた。

 それと、同時にぷっくりと膨れた疑問を舌の上で転がす。

 それから紡木さんは自分を馬鹿にするように、少しだけ笑って続けた。


『おかしいですよね? わたしはアイドルで、人に元気を与えなきゃいけない立場なのに。元気を与える当の本人に自信がないんじゃ、与えられるものも与えられないですよね・・・・・・』


 紡木さんの言っていることは、確かに的を射ている。

 誰かに何かを教えるためには、与えるためには、それを自分が知っていなければ、持っていなければ相手には伝わらない。

 それは僕が笑顔を作るときに、相手に悟られないように気持ちを作ることと同じ。

アイドルはファンに元気を与えなければいけない存在。

 ファンもいろいろ理由はあるだろうけど、要は元気をもらうためにアイドルを応援しているのだ。

 紡木さんの声は聞こえなくなった。

 会長も何も言わないということは、きっとフォローを考えているのだ。

 自分に自信が持てない。

 その悩みは、一見簡単そうに見えて、容易にアドバイスできるものではない。

 慎重に言葉を選ばなければ、逆に彼女を悩みの迷宮に迷い込ませてしまう。


『・・・・・・紡木さんは、なんでアイドルになろうと思ったのかしら?』


 唐突に会長はそう投げかけた。


『・・・・・・えっと・・・・・・憧れてたんです。テレビの中で歌って踊るアイドルに。わたしもあんな風になれたらいいなって思ったんです。あんな風に輝けたらって、誰かに元気を与えられたらって』

『・・・・・・そう。私も少しだけあなたがアイドルやっているところ見たことあるけど、十分輝いていたと思うわよ? 元気をもらっている人もいると思うわ』

『そう・・・・・・ですか?』


 どうも紡木さんは、納得いかない様子だ。

 まだ、何か押しが足りないのだろう。


『わたしの人気が出てきているっていう話をマネージャーさんからも、よく話してもらっているんですけど、なんでわたしなんでしょうか? きっと、運が良いからなんだと思うんです。わたし以外にもアイドルはたくさんいるし、わたしよりも努力している人はたくさんいる。だから、今わたしを応援してくれる人が増えているのは、運が良いからなんですよ。もし、そうじゃないなら・・・・・・なぜ、わたしなんでしょう?』


 紡木さんのこの発言に僕はぞくっとした。冷たいものに触れてしまった感覚。

 僕は紡木さんに絡まった、鎖の存在に気が付く。

 紡木さんはどれだけ悩んで、会長に相談を持ちかけたのか。

 この時会長は、もの凄く回答に困ったことだろう。

 僕だって、なんて答えてあげたらいいか分からない。


『もちろん、他のアイドルにはない魅力が、あなたにあったからよ』

『わたしの、魅力? わ、わわっ、わたしの魅力って、なんだと思いますかっ』

『ち、近いわ、紡木さん』

『あ、すすす、すみませんっ! がっついちゃって。こんなこと突然聞かれても困りますよね・・・・・・』


 どうやら、会長に詰め寄ったようだ。

 紡木さんの魅力・・・・・・か。

 なんて難しいことを聞いてるんだ。

 その人の魅力なんて、人の価値観で変わるだろうに。


『そうね・・・・・・やっぱり何をするにも一生懸命なところじゃないかしら。そういうところを見て、応援したいと思うんじゃないかしら』

『な、なるほど』

『それに、私思うんだけど、無理して短期間で自分に自信を持とうとしなくてもいいんじゃないかしら? 自信なんてアイドルをやっていくうちに自然と付いてくると思うけど?』


 会長は非常に的確なアドバイスをした。

 確かに今すぐに自分に自信をつける必要なんてない。

 アイドルなんだし、ファンが増えれば増えるほど、それは確実な自信に変わるだろう。


『・・・・・・確かにそうですね。私も急ぎすぎてるのかも。でもでも、私自身に自信がなかったら、他にアイドルで頑張っている人に申し訳ないですし、何より私を応援してくれている人を騙しているようで、申し訳ないんです・・・・・・』


 その後も、会長はアドバイスを紡木さんに掛けていくが、どうも納得まではいってないように思えた。

 この会話から分かったことは、紡木さんの悩みとアイドルに対する本気度だ。

 紡木さんは僕が言うのもなんだけど、すごくできた人間だ。

 アイドルに本気で向き合って、応援してくれる人に本気で応えようとしている。

 だからこそ、自分に自信を持てないことに罪悪感を持ち、何とかしたいと願っていた。

 でも、現実問題。

 僕らが、彼女、紡木 詩夢というアイドルにできることはあるのだろうか。




 レコーダーの停止ボタンを会長は押して、自分のデスクへと戻っていく。

 僕を含めた3人は、その後を目で追う。

 会長は椅子に腰掛け、腕を組んだ。


「聞いての通り、紡木さんの悩みは自分に自信が持てないこと。そして、私は彼女を心から納得させるようなアドバイスはできなかったわ」


 平然とした態度で、そう言った会長。

 しかし、その組んだ腕の指はとんとんとリズムを刻み、悔しさがにじみ出ている。


「紡木さんって、随分ガードが堅いよね。ユリのアドバイスは全て的確だった。それにも関わらず、紡木さんは納得の色を見せていない。それは彼女自身が自分に疑心暗鬼になってしまって、コンプレックスを鎧として身に纏っている証拠だよね」


 九十九先輩は、さらっとそんなことを言ってのける。

 コンプレックスを鎧に。

 これほど、紡木さんを当てはめた言葉はない。

 九十九先輩はあの僅かな会話で、それを見抜いた。

 だてに、ヒモをやってるわけじゃないってことか。


「やっぱり、女性は泥まみれの重たい鎧より、華やかで軽やかな花びらのようなドレスを身に纏わなくちゃね」

「嘘を吐かなくていいわよ。レンは何も身に纏わない女性が一番でしょ?」

「うん、最高だね」


 なんだこのイケメン。生々しすぎて、最低だよ。

 僕は溜め息を吐く。

 でも、核心を突いているのは確かだ。


「コトネちゃんは、どう思った?」


 会長は小鳥遊さんに意見を求める。

 小鳥遊さんは顔を動かすことなく、視線だけを自分の足下に下げた。


「・・・・・・よく分からないけど、あの人、とても辛そうだった・・・・・・」


 小鳥遊さんは、感情を見せない表情で呟くように言う。

 会長は一度だけ、大きく頷いた。

 少し僕は驚く。

 僕と九十九先輩と小鳥遊さんは、会長と違い、紡木さんに実際会ったのは最初と最後の挨拶だけだ。

 その僅かな時間だけで、彼女の表情を読み取ったのか。

 もしかしたら、小鳥遊さん自身かなり繊細な人間なのかもしれない。

 自分はあまり感情を見せないくせに、人の感情には敏感。

 いや、逆か。自分が感情を表せないから、人の感情の動きに敏感なんだ。

 辛そうだった・・・・・・か。

 確かに、僕にもそう見えた。

 なんというか、もろい。

 ちょっと突いただけで、総倒れになってしまいそうなドミノのように。

 すごく危ないバランスで保たれている。

 そんな風に見えた。

 どちらにしても―――。


「リンペーくんは、どう思う?」


 僕にも会長の矢が向けられた。

 会長の眼光に、目が離せなかった。


「・・・・・・僕も、よく分からないです。正直、僕たちが紡木さんにしてあげられることがあるのかも、分かりません。ただ一つ分かったことは―――あまり時間がないということくらいです」


 僕がそう言い終わっても、しばらく会長は僕を見つめたままだった。

 ど、どうしたんだろう。なんかまずいこと言ったかな。

 それとも、分かんないことだらけで、役に立たないと思ったのだろうか。

 その時、ふと会長は微笑んだ。

 僕の疑惑も思惑もその全てをぬぐい去り、ただ太陽のように一瞬だけ微笑んだのだ。


「そうね。確かに時間がないわ。でも、彼女の悩みは必ず解決してみせる」

「で、できることってあるんですかね?」

「ふふっ、リンペーくん。実はね、あるのよ。一つだけ」


 僕はいままでに何度も見てきた、この悪戯な笑みに危機感を覚える。

 一見、可愛らしく見えるが、この笑みは何かを企んでいるときの笑みだ。

 そして、大体ここ最近は僕に災難が降りかかる。


「ひ、一つだけ?」

「そうよ。紡木さんは自分に自信がないと言っていたわ。だったら、彼女に自信を付けてもらえば良いのよ」

「いや、だからどうやってその自信を―――」

「女としてのね」


 僕は口を詰むんだ。

 彼女に、女としての自信を付けさせる?

 どうして?


「どうして? って顔してるわね。彼女に今必要なのは、新しく自分の道を切り開くための勇気。勇気を振り絞るためには、圧倒的なインパクトが必要なの」

「はあ、インパクト・・・・・・ですか?」

「そう。それに自分に自信がないというのは、自分の魅力を見てもらえる相手がいないということ。つまり、自分の魅力を見てもらいたい、相手がいないということなの」


 僕の頭の上には、クエスチョンマークが何個も浮き出ていることだろう。

 自分の魅力を見てもらえる相手?

 自分の魅力を見てもらいたい相手?

 悪いけど、会長が何を言いたいのか、さっぱり分からない。


「ちょっと、僕には難しくて良く分からないんですけど。結論を言えば、どういうことですか?」


 会長は、僕に凄く呆れたような視線を向けた。

 なんか、変なこと言ったっけ、僕。


「リンペーくん。さては、恋とかしたことないでしょう?」

「え? 恋ですか? ・・・・・・ないですね」

「やっぱりね・・・・・・まあ、いいわ。良く聞きなさい」


 そう言って、会長は後ろ髪を払う。

 糸のような髪の隙間で乱反射する橙色に、僕は目を細めた。


「女としての自信を付けさせるには、恋人を作るしかないの。これから、彼女には恋をしてもらうわ」

「こ、恋?」

「そうよ。そして、ここでようやく、リンペーくん。キミに初仕事よ」


 椅子から立ち上がって、会長は僕の方へと歩いてくる。

 その歩き方には、妙に生気が満ちているように感じた。

 僕の目の前でピタリと立ち止まり、僕の鼻先を指さす。

 それから、僕の耳を疑うような言葉を僕へと投げつけたのだ。


「リンペーくん。彼女を落としなさい」


 僕の腹の底から、ヒヤヒヤしたものが、わき上がってくるのが分かる。

 これは、凄まじい悪寒。


「お、落とすと、言いますと?」


 会長は女神のように寛大で、悪魔のように卑怯な笑みを浮かべた。

 僕は手ににじむ汗をズボンに拭う。


「今売り出し中の新人アイドル、紡木 詩夢を―――惚れさせるのよっ!」


 そして、最悪のシナリオが幕を開けたのだった。

 



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