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第七話 相談者

「これより珀桜学園、6月月初の定例会議を始めるわよ」


 6月初めの放課後、会長はいつも通りの堂々とした仁王立ちでそう告げる。

 授業が終わり、生徒会室に顔を出すと、真ん中の応接用と思っていたテーブルとソファに三人ともすでに招集していた。

 ホワイトボードも置いてあり、明らかに何かを話し合う形は整っていたので、慌てて僕も準備をして、今に至る。

 ていうか、真ん中のテーブルとソファは会議用だったのか。


「会議を始める前に、リンペーくんは会議に参加するのは初めてだったわね」

「は、はい」

「この定例会議は生徒会役員だけで行う、月に二回の重要な会議よ」

「はあ」

「今後の学園行事について話し合ったり、学園の状況、自分たちの状況、生徒たちの状況を共有し、今後のより良い学園を作りあげるために必要な会議なの。だから、真剣に参加すること。いいわね?」

「は、はい」


 なんかいつもの雰囲気とは違い、妙に空気が締め付けられているように感じる。

それほどまでに重要な会議だということだろう。

 それはこの場の空気からも分かることだが、いつもパソコンに釘付けな小鳥遊さんが会議に参加していることからも分かる。


「今回の議題は・・・・・・ずばり、コトネちゃんの発育が遅れているという重要問題についてよ」

「なっ・・・・・・」

「え?」


 僕は小鳥遊さんの方を見た。

 小鳥遊さんはその愛らしい瞳をさらに見開き、頬を少し赤く染める。

 ・・・・・・確かに高校一年生にしては、幼さの残る体型だ。


「はい、そこっ! コトネちゃんをなめ回さないっ!」

「なめ回してませんよっ! ていうか、その問題がより良い学園作りにどう必要なんですかっ」

「私のモチベーションに関わるわっ! 私のモチベーションが下がると言うことは、学園のテンションも下がるに決まってるじゃないっ!」

「決まってねえよっ!」


 喉がヒリヒリする。

 日に日に会長のボケへのツッコミで、僕の声帯が強くなっているんじゃないかと思う。


「確かに今のコトネちゃんの体型も捨てがたいわ。その幼く怪しく危うい禁断の甘い体型でどれだけ私の理性が飛びかけたか・・・・・・」


 会長は今にも小鳥遊さんにダイブしそうだ。

 小鳥遊さんはというと、若干青ざめて会長から距離を取っている。

 九十九先輩はニコニコとそれを傍観。

 ここで僕は結論に至る。

 いつも通りだな、と。

 会議だの何だの言ったところで、やってることはいつもと同じである。


「・・・・・・た、確かに会長さんみたいに、大きくないけど・・・・・・ワタシは気にしない」

「あら? 私みたいに何が大きくないのかしら、コトネちゃん?」

「・・・・・・む、むむ、むね・・・・・・」

「え? なに? 良く聞こえなかったから、もう一度、大きな声でお願いできるかしら?」 

 

 会長はもの凄くわざとらしく、セクハラをしている。アンタはオヤジか。

 セクハラって、同姓からだとセクハラにならないのかな?


「むっ、もういいっ」

「ごめん、ごめんなさい、コトネちゃ~ん」


 自分のデスクに戻ろうとする小鳥遊さんを、体にしがみついて止める変態。

 シュールな光景だが、いつも通りである。



「コホン、まあいろいろ諸事情を挟んだけど、これから本当に始めるわよ」


 諸事情というか、会長によるただのセクハラだ。


「今回の議題はズバリ、7月にあるイベントについてよ」


 そう言いながら、会長はホワイトボードに達筆である文字をでかでかと書いた。


「七夕?」


 会長は一度大きく頷き、さらに『7月7日』という日付を刻んだ。


「そう、七夕よ、七夕。そこでリンペーくんに質問よ。七夕とはどんな日のこと?」

「えっと・・・・・・叶いもしない願いを笹に吊す日じゃなかったですっけ?」

「はい、リンペーくん、0点っ。そんなロマンの欠片一つもない日ではありませんっ。だから、レンに性格が捻くれてるって言われるのよ?」


 それを吹き込んだのアンタだろ。

 これまでそんなこと言われたことないよっ。

 僕はむっとして尋ねた。


「じゃあ、どんな日か改めて教えてくださいよ」

「15年も生きてきて改めて七夕を教えてくれだなんて、本気で言ってるのかしら?」

「すみませんねっ、これまで興味を持たなかったんですよっ!」


 会長は呆れ混じりの溜め息を吐き、肩をすくませる。

 僕は会長の的確すぎる一言に、罪悪感のあまり潰れそうだ。


「良い? 良く聞きなさい。七夕っていうのは、互いを想い合っていた織り姫と彦星が、天帝によって離ればなれにされ、一年に一度7月7日に会うことができる日のことをいうの。リンペーくんが言っているのは、短冊よ。赤とか緑とか色の付いた短冊に願い事を書いて笹飾りにする風習ね」


 まあ、ざっくりは知っていたので、そこまで驚くことではない。

 でも、今更だけど、疑問に思うことはいろいろと出てきてしまう。


「あの、そもそもなんで短冊なんて書くんですかね? それに短冊をわざわざ笹に吊す必要ってあるんですか?」

「良い質問ね。小さい頃からの風習だから、そういうの知らない人とか結構いるのよね。良い?」


 会長は短冊を書く理由と短冊を笹に吊す理由を僕に教えてくれた。

 短冊を書く理由はいろいろと諸説はあるらしいが、要は自分の書いた些細な願いが自然に叶ってしまい、それが時代の流れにつれて『書いた願い事が叶えられる』という風に解釈されたのだという。

 まあ、行事ごとなんて大体そんなものだ。結局はそういう俗説だったりはどうでも良くて、とあるイベントの引き金にもならない、あればあったで良いし、無いならないで良い、そういうガラクタみたいなものなのだ。

 そして、短冊を笹の葉に吊す理由。竹の中が空洞になっているためそこに神霊が宿るとかなんとか。昔から神聖視されていたらしい。まあ、かぐや姫も竹の中に居たし、それも関係ないってこともないのかも。

 一番納得できたのは、竹を立てて神様が地上に降りる目印にしているというところだった。日本にいる短冊吊した人が何千、何万といるかもしれないのに、一々それを手当たり次第に探していたのでは、貴重な織り姫と彦星のデートもそれを探すだけで終わってしまうだろう。まあ、星だし、光の速さなら大丈夫だろうけど。


「―――七夕は毎年7月の一大イベント。それにあやかって、我が珀桜学園でも毎年恒例で、七夕でちょっとしたイベントをやっているの」


 ここに来て、イベントか。やっと生徒会らしくなってきた。

 すると、九十九先輩が立ち上がる。


「リンペーくんや小鳥遊さんは一年生だから知らないだろうけど、この学園の七夕では、屋上に全生徒の短冊を飾るっていうプロジェクトを毎年しているんだ」


 僕の顎は重力に逆らうことなく、落ちかける。


「・・・・・・あの、1000人の生徒の短冊を、飾ってるんですか?」

「うん、そう。1000人の短冊を俺たちの手で飾っているんだよ。まあ、ほぼ他の生徒会に任せている形なんだけどね」


 1000人分の短冊を全て自分たちの手で笹に吊す。

 想像しただけで、面倒極まりない。かなりの人手が必要になるだろうな。


「毎年七夕のイベントの期間だけは、屋上は開放されるようになってるわ。それに七夕の日は特別に―――」


 不意に生徒会室の扉が叩かれ、会長の言葉を遮る。

 3人の視線が扉に集まった。


『あ、あのあの、すみません、誰かいますか?』


 扉の向こう側から聞こえた、消え入りそうな女の人の声。

 会長が僕に視線で扉を開けるように、命じた。

 ソファから立ち上がり、ドアノブに手を掛けて、ゆっくりと開く。


「きゃっ」


 すると、扉の先の地面が少し振動したのが分かった。

 もしやと思い、僕は扉を開け放つ。


「いたたた・・・・・・」


 そこには自らの腰を押さえ、尻餅をついている女生徒。

 少し大きめのメガネを掛け、お下げを垂らしている。

 体つきは華奢だけど、妙に引き締まっているように見えた。


「あっ」


 ふと、女生徒と目が合う。

 メガネの先の彼女は、ぱっちりとして優しげな瞳をしていた。

 慌てて立ち上がった彼女は、何度も頭を下げる。


「ごご、ごめんなさいっ! わたし、ドジだから、扉の前に立っちゃってて・・・・・・」

「・・・・・・え? いやいや、こちらこそ、すみません」


 僕も慌てて謝罪して、頭を少し傾ける。

 ていうか、なんでこの人の方が謝ってんの?


「まったくなにやってるのよ」


 呆れた会長の声が、僕の隣から聞こえた。

 僕は会長に苦笑を浮かべる。

 そして、僕は会長が女生徒を一目見たときに見せた、一瞬の間と瞳のきらめきを見逃さなかった。

 会長はふっと、いつもの寛大な笑みを女生徒へと向ける。


「あら、私に相談事かしら?」


 僕は微妙に目を見開き、女生徒の方を見た。

 お下げ女生徒は、口を若干強く結び、上目遣いでゆっくり頷く。

 ・・・・・・相談者。

 何度か会長へと相談を持ちかけてきた女生徒は見てきたけど、このお下げ女生徒はその人たちとは少し違う、雰囲気がした。

 なんというか、瞳の奥にすごく危なっかしくて、くすぐったい覚悟の色が見えた気がしたからだ。


「それじゃあ、奥の応接室で話を聞くわ。着いてきて」

「は、はいっ! おお、お願いしますっ!」


 会長は僕の隣を通りすがる時、僕に耳打ちをした。

 僕は息を止めて、拳を握る。

 会長と女生徒は奥に行ってしまい、僕はソファに腰を下ろした。


「どうやら、定例会議は延期のようだね」

「九十九先輩はもう分かってたんですね」

「まあね、だってユリの目。すげーキラキラしてたからさ」


 僕は少し肩を落とした。

 あれでキラキラしてたんだ。全然分からなかった。

 僕のお下げ女生徒への第一印象は、失礼だけど『地味』の一言に尽きる。

 会長が彼女の何を見てそう判断したのかは、僕には分からない。

 まさか、彼女が僕の初めて目にする、『三ッ星』だなんて。

 

 

 僕が九十九先輩からジゴロ秘話を聞き、小鳥遊さんが携帯型ゲームを弄りながら待っていると、会長と女生徒は応接室から出てきた。小一時間くらい経っただろうか。

 僕は女生徒の表情を見て、違和感を覚えた。

 なんだろう、このいつもの相談者と違う感覚。

 二人は生徒会室の扉の前で立ち止まった。

 少し遠慮がちに女生徒が口を開く。


「あのあの、今日は突然来てしまって、ごめんなさいです・・・・・・」

「ううん、いいのよ。こっちこそ、ごめんなさいね。あんまりうまくアドバイスできなくて」

「とと、とんでもないですっ! わたしなんかのために、こんな美人な会長さんが、真剣に相談に乗ってくださっただけで、すごい救われたんですからっ!」


 女生徒は両手を顔の前できゅっと固めて、強い視線を会長に向けた。

 会長は「なんか私が励まされてるみたい」と苦笑。


「ごごご、ごめんなさいっ! わたしそんなつもりじゃ・・・・・・」


 あわあわと慌てて謝罪する、女生徒。

 随分と喜怒哀楽が忙しい人だな。

 そう思うのと同時に、会長と女生徒の会話で僕は違和感の正体に気が付く。

 それは相談前と相談後の彼女の表情が、変わっていないということ。

 いつもなら、相談者は満足げな笑みを浮かべて生徒会室を後にするのだが、彼女の表情は何も変わっていないのだ。

 それがどういう意味なのかは、会話と会長の声色から読み取るに、うまくいかなかったのだろう。


「またなにかあれば、相談に来ていいわよ」

「は、はいっ。それでは、失礼しますっ」


 女生徒が扉を閉める瞬間目が合い、会釈されたので、僕も返した。

 彼女の足音が聞こえなくなると、会長はソファに座っていた小鳥遊さんの太ももへダイブ。

 それから、足をぱたぱたと泳がせる。


「ああ、もうっ、悔しい~っ。なんにもできなかったわっ」

「・・・・・・会長さん、くすぐったい・・・・・・」


 自らの太ももの上で暴れられたまらないのか、会長の頭を押しのける小鳥遊さん。

 会長はソファから落ち、すぐさま立ち上がると、今度はソファにしっかりと腰掛けた。

 その目は、僕にも分かるくらいギラついている。


「みんな分かってると思うけど、あの子は『三ッ星』よ。あの子の悩みを私たちが全力で解決するわ」

「あの人の悩みって―――」


 僕の言葉を断ち切るように、会長はテーブルを強く叩く。

僕は身を強ばらせる。

 会長が手を退けると、そこにはレコーダーが置いてあった。

 この人、応接室での会話を録音してたのか。


「その前に、彼女は普通の生徒じゃないわ。彼女の正体分かってる?」

「あの人の・・・・・・正体?」


 僕は小鳥遊さんと目を合わせた。小鳥遊さんも良く分かっていないらしい。

 僕も会長が何が言いたいのか、さっぱり分からない。


「なんか見たことあると思っていたら、やっぱりそうだったんだね」


 九十九先輩はなにやら、思い当たる人物が居るらしい。

 爽やかな彼は、足を組んで顎に手を当てる。


「テレビや雑誌で見るときとは全然違うから、まさかと思っていたけど。・・・・・・紡木つむぎ 詩夢しおんだよね」


 会長は大きく頷いた。

 僕は話しについて行けず、会長と九十九先輩を何回も交互に見てしまう。

 テレビに雑誌? 普通の生徒じゃない?

 少しずつ繋がり合う言葉の欠片が、形になるのにそう時間は掛からなかった。

 なぜなら、会長が驚くべきタネを明かしたからだ。


「そう、彼女は 紡木 詩夢。今売り出し中の・・・・・・新人アイドルよ」

 


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