第六話 裏の顔
「・・・・・・」
「ごめんね、コトネちゃん。コトネちゃんがあまりにも真剣だったから、つい出来心で」
「・・・・・・ゲーム中は、ダメって言ったはず」
「じゃあ、ゲーム中じゃなかったら良いのかしら?」
「・・・・・・む、もういいっ」
「ごめん、ごめんなさい、コトネちゃ~ん」
むすっとそっぽを向く小柄な少女、それにすがりつく変態会長。
とてもシュールな光景だ。
「・・・・・・会長さんのせいで、ノーデスできなかった・・・・・・」
「いいじゃない、戦争ゲームのたった一回じゃない」
「・・・・・・その一回で、ワタシの戦績に傷がつく」
「でも、今回も40キル超えなんだから、別にいいじゃない」
「・・・・・・そういう問題じゃない」
あまりよく聞かない単語が飛び交っている。
戦争ゲームだけなら、何となく聞き取れた。
少女は僕をちらっと見る。
「・・・・・・この人は?」
「え? ああ、忘れてた」
「おい」
「この女の子みたいな男の子は、前にも話した、天使 倫平くん。今回、役員の新しいメンバーになった子よ」
「どうも、天使です」
「・・・・・・ど、どうも」
少女はフードを深く被る。
どうやら、この子はあまり、人との会話が得意ではないっぽいな。
基本は無口なのだろうか。
「リンペーくん。このきゃわいい女の子は、小鳥遊 琴音ちゃん。生徒会役員きっての萌え担当、可愛い担当にして、会計と書記をこなす、一家に一人は欲しい美少女よ」
「・・・・・・も、萌え担当じゃない。か、可愛くもない。・・・・・・あの、小鳥遊 琴音。一年生。よろしく」
「あ、うん。よろしく、小鳥遊さん」
小鳥遊さんは、一回微妙に頷くと、自分のデスクに戻って行ってしまった。
そして、ヘッドホンをして自分の世界に閉じこもってしまう。
「あの、小鳥遊さんって、ゲームやってるんですか?」
「ええ、そうよ。コトネちゃんは無類のゲーム好きね。ゲームするときの彼女は、まるで自分がゲームの中に入っているように画面に釘付けになるわ。もの凄い集中力よね」
確かに、ゲームをやってるときの小鳥遊さんは、凄い研ぎ澄まされている。
ピリピリとしたものが、こっちにも伝わってくる。
「ゲームだけじゃなくて、プログラム全般に強いのよ。多分、彼女ならハッキングだってお手の物よ。だから、会計を任せているの」
ハッキングって。
またなにやら、犯罪めいた響きだな。
ていうか、ハッキングできる人にお金を任せるのか?
僕は首を傾げた。
「そんなハッキングできる人に、お金を任せて安心できるんですか?」
「大丈夫よ、彼女は仕事はちゃんとするわ。私、人を見る目はあるのよね」
会長の目はやけに自信に満ちていた。
だから、僕は何にも言えなくなる。
そこまで、人を信じられるのもまた、この人の凄みだったりするのだろうか。
ふと、生徒会室の扉が開く。
「ゴメン、紹介終わっちゃった?」
九十九先輩のお帰りだ。
この甘いマスクにどれだけの女性が騙されてきたのだろうか。
この人がヒモだなんて、まだ信じられない。
「もう終わったわ。随分長かったのね」
「いや、マミさんが疑り深くてさ。アケミさんと一緒にいるとこ見られたらしいんだけど、なんとか誤魔化せたよ」
さっきも言っていたな。マミさんにアケミさん?
すごくドロドロしてそうで、聞くことをためらったけど、九十九先輩の無実を信じたくて思い切って聞いてみる。
「あの、二股ですか?」
「え? 違うよ、リンペーくん。・・・・・・四股だよ?」
もう、ドロッドロッ。しかも、二倍。
それもさも当然のように、四股と公言するあたり。
この人、本物のヒモだ。
僕は明らかな残念が伝わらないようにすることに、苦労した。
会長は仕切り直すかのように、咳払いをする。
「ちょっとだけ、変わったメンバーだけど、これが生徒会役員、全員よ」
ちょっと? いや、大分濃いと思うんですけど。
高校二年生にして数多の女性を手駒にする爽やかイケメンに、凄腕ゲーマーにしてプログラムに強いメガネ美少女。
そして、全ての人を魅了する美貌とスタイルを持ち、頭もキレる、完璧な生徒会長。
もう濃すぎて、どれだけ水を加えたら薄まるのかも分からない。
「副会長のレンに、会計兼書記のコトネちゃん、生徒会長である、私。そして、リンペーくん。これが今年度の生徒会役員よ」
「いや、僕はまだ入ると決めたわけじゃ・・・・・・」
「往生際が悪いわよ、リンペーくん。キミはもう、入らざるを得ないの。分かるわよね?」
その脅迫染みた発言と笑みで、僕は何も言えなくなる。
くっ、卑怯だ。
僕は大きく息を吐いた。
「じゃあ、仮に入ったとして、僕の役職はどうなるんですか?」
「ん? 役職? えっと・・・・・・生徒会の奴隷?」
「どんな役職だよっ!」
「じゃあ、ツッコミ担当ね。大丈夫、これから、全力でボケるから」
「生徒会にそんな役職いらないじゃないですかっ。ていうか、これからボケるって今までボケてなかったのっ?」
「良いっ、良い切れ味してるわよっ」
会長は親指をぐっと突き出す。全然、嬉しくない。
僕はこめかみを押さえる。
これは、完全なる失敗だ。
僕の平穏な学園生活がマッハで遠のいていく。
とりあえず、隙を見て、会長の携帯からあの写真を消さなくちゃ。
そう、戦え、僕。
負けるな、僕。
がんばれ、僕。
「そして、頭を抱えるリンペーくんにもう一つ、大事なこと話さなくちゃいけないのよ」
「・・・・・・まだなんかあるんですか?」
会長は、自分のデスクに座り、組んだ両手に顎を乗せた。
おもむろに雰囲気が変わるのが分かる。
「生徒会役員には、裏の顔があるの」
会長の後ろにある大きな窓から差し込む光が、会長の影を怪しく揺らす。
「裏の顔、ですか?」
「そうよ、生徒会活動なんて二の次にして良いくらいの、むしろこっちの方が本業と言っても過言ではないわ」
僕は喉につっかえていたものを、胃の中に流し込んだ。
生徒会活動も二の次?
一体どんな仕事をしてるんだ。
ま、まさか、この国の政治をも動かしてしまうような、謎の作戦をこなすとか?
それかもしくは、テロリストの排除とか?
いや、落ち着けよ、僕。飛躍しすぎだろ。
こんなので興奮するなんて、子供じゃないんだから。
「それはね・・・・・・」
会長は一呼吸置く。
まるで、部屋中の空気を縛り付けるような一拍。
「この学園の全美少女の悩みを解決することよ」
「・・・・・・」
僕は静かに右手を顔の横まで持ち上げると、自分の頬を一度引っぱった。
じりじりと痛みが残る。
「あの、もう一回良いですか?」
会長は大きく頷く。
それから、また口が開いた。
「この学園、否、全世界の美少女の悩みを解決することよ・・・・・・」
「・・・・・・本気ですか?」
「本気も本気、超本気よ。本気と書いて、マジと読むわっ」
僕は両手で顔を覆い、天を仰ぐ。
もう僕は何が常識で何が非常識なのか分からなくなってきた。
こんなに綺麗で頭のキレる女の人が、頭のネジが何本も抜けているような発言をするなんて、どうにかしている。
僕が間違っているのか?
否、世界が間違っているのだ。
感覚のおかしい人に関わると、自分の感覚もおかしくなってしまうもの。
僕が世の理というものを思い出させてあげないと。
「・・・・・・会長、なんで美少女の悩みを解決するんですか?」
「そこに美少女がいるからに決まってるじゃないっ!」
「そうですか」
僕は会長の一言で、完全に折れる。
元々の価値観の違う人間に、世界の理だのを説くことはまったく意味がない。
なぜなら、その人の価値観こそが、その人の世界の理だから。
僕はそれを今この瞬間、身を持って体験した。
そろそろ、話を先に進めなくては、いい加減僕も面倒になってきた。
僕が生徒会活動に参加するかは、この話が終わった後でも考えられる。
僕は話を戻すように、咳払い。
「あの、生徒会役員の裏の顔が、美少女の悩みを解決すること?」
「そうよ」
「なんでまた、そんなこと」
「だから、さっきも言ったじゃない。そこに美少女が悩んでいるからよっ!」
僕はさっきからニコニコ笑みを垂れ流して、何も仲介しない九十九先輩に助けを求める視線を送る。
九十九先輩は肩をすくめると、自らの前髪を撫でた。
「ユリは美少女のことになると自分を忘れるところがあるから、面倒だよね」
「わ、分かってもらえますか?」
「うん、俺はいつでもリンペーくんの味方だよ」
僕は、はっとする。
九十九先輩の甘い言葉と、ウインクに不覚にも少しときめいてしまった。
危ない、危ない。
この人はこうやって、弱みに同情して、人の心を盗もうとするのだ。
なんて、えげつない手を自然に使う人なんだ。
勉強になるな。
「ま、俺が説明するよ」
ニコニコイケメンこと、九十九先輩の説明はこうだ。
全生徒の憧れで才色兼備な完全無欠の生徒会長である、早乙女 百合は、その親しみやすさと大人のイメージからよく女生徒から悩みを相談されるという。
さらに会長の女生徒へのアドバイスは的確であり、乙女心が分かっているため、女生徒にはかなり評判が良いのだとか。その評判が広まり、会長への相談は後を絶たない。
普段ならば相談を受けてアドバイスをするという形なのだが、たまに相談者の中に会長が気に入った女生徒、つまりは美少女が来るときがある。その美少女に対しては、悩みを最後まで解決して回っている。ということだった。
「つまりは、相談を受けた美少女の悩みを本気で解決しているってことですか?」
「そうよ、私のお気に入り『三ッ星』の美少女の悩みは、最後まで私たちが面倒を見るわ。しかも、相手にはバレずにね」
「なんで、相手にバレずにやる必要が?」
「乙女心は複雑なのよ。悩みなんてそう簡単に他人に話せるものではないわ。それをわざわざ他人である私に相談するってことはそれなりの、覚悟がいるのよ。彼女たちのその覚悟を私たちに勝手にいじられて、良い思いをするかしら?」
それはそうかもしれないけど。
僕は一つの疑問が浮かんだ。
「だったら、悩みを解決しなければいいじゃないですか?」
会長は呆れ果てたように、溜め息。
「美少女の悩みは私の悩み。見逃すことなんてできないわ」
僕は喉まで出掛かった、言葉の切れ端を飲み込む。
なんでそこまで美少女にこだわるのか。
そんな疑問は当然のように思い浮かんでも、それは簡単に答えてもらえることではないと思う。
さっきのように強引に誤魔化されるだろう。
よく分かんないけど、美少女の悩みを解決したいという思いは本気らしい。
僕は溜め息を隠す。
役員の裏の顔。要はこういうことだ。
会長のお眼鏡に適った『三ッ星』である美少女の悩みを、影で解決するということ。
なんか、一昔前のもっこりスイーパーみたいだ。
言ってしまえば、ほぼ会長の自己満ってことになる。
「最近じゃ、居なくなった猫を探し出して、飼い主まで届けたこともあるんだよ」
委員長から聞いた話だな。
「・・・・・・なんか、売れない探偵みたいですね」
「ははっ、そうかもね。でも、喜んでもらえてたみたいだから、俺としては悪い気はしないよ」
その言葉が本音かどうかは分からないけど、九十九先輩の顔は嘘を吐いてないように見えた。
僕は何気に食いついてしまっていることに気付き、馬鹿馬鹿しくなる。
生徒会活動もろくに分からない僕が、そんな裏の顔にまで手が行き届くとは思えない。
なにより、生徒会活動に参加するかどうかも決めてないのだ。
「まあ、こっちの仕事は実際に相談が来ないと、説明のしようがないわね」
会長はデスクから、立ち上がると、僕の目の前に来た。
それから、僕の鼻先をいつものように、びしっと指さす。
「明日から、放課後は毎日ここに来ることっ! 良いわね?」
「・・・・・・いや、だからっ―――」
「い・い・わ・ね?」
その笑顔に脅されては、首を縦に振るしかなかった。
なんて、畜生な生徒会長だ。
その後、生徒会室から解放され、家に帰って、僕はあることを計画する。
それは、隙を見て会長の携帯からあの忌々しい画像を削除すること。
あの元凶さえなければ、僕は生徒会に入る必要なんてなくなるからだ。
そのためには、毎日生徒会室に通い、従順なフリをして、相手を油断させるしかない。
日々の活動や大きな仕事で評価を上げれば、油断も大きくなる。
生徒会に参加するフリをして、隙を見て画像削除。
僕はどんな人にだって対応してきたペテン師だ。
だったら、変人の一人や二人や三人くらいどうにかなるさ。
僕はその夜、会長の悔しそうな顔を浮かべて、あまり寝付けなかった。
まあ、人間、いろんな不特定事項が起きてしまえば、思考も狂うわけで。
その不特定事項に、僕が今までの人生で関わったことのない変人が居てしまえば、それはそれでリズムを狂わせられてしまうわけである。
何が言いたいかと言えば、僕の計画が穴だらけだと言うこと。
まず、第一に画像が携帯だけにあるとは限らない。
画像なんて小さな容量のデータは別に携帯じゃなくても、いろんなところにコピーできる。そのことを、すっかり忘れていた。
第二に僕の生徒会での仕事についてだ。
僕は生徒会の奴隷であるため、基本的に生徒会活動に触れることはない。
生徒会に来たら何をするかと言えば、掃除、あるいは他の役員にお茶やコーヒーを入れるなどの雑務だ。
雑務の中で一番重要なのは、生徒会室の片隅で気持ちよさそうに泳いでいる、不細工なデカ目の金魚こと『クレオパトラ』にエサをやること。毎日、朝夕二回に分けて、しっかりやらないと怒られる。
会長はどうやらデメキンの声が聞こえるらしく、エサをやってないという報告が上がるのだそうだ。嘘みたいな話だが、二回エサやりをサボった二回とも怒られたから、あながち嘘ではないのだと思う。
このような雑務であるため、生徒会での評価を上げるのは非常に厳しく、油断を誘うことはあまりない。
そして、第三に会長の生態である。
この一週間観察してみたけど、あの人が携帯を手放すことはまずない。
それどころか、携帯ゲームにどっぷりハマっているようで、業務以外はほぼ携帯を弄っていた。
試しにどんなゲームをしているのか覗いてみたが、僕は正直見なければ良かったと非常に後悔した。
美少女ゲームをやっているのだ。
正確には、美少女のカードを集めるゲーム。
調べてみたところ、それはいろんなレア度のある美少女のカードを集めたり、お気に入りの美少女のカードを育ててイベントを楽しんだりという、最近流行っている携帯ゲームなんだとか。
終始、顔をニヤニヤさせたり、引き締めたりを繰り返す会長は、正直見ていられなかった。かなり残念な人だ。
よって、僕のこの『油断させて画像削除作戦』は決行することなく、お蔵入りになった。
会長以外にも観察してみたが、みんな書類をなにやら打ち込んだり、資料をまとめたりの業務はしているようだけど、それ以外は趣味に時間を充てているように見える。
九十九先輩の場合、趣味と言っていいか分からないけど、いつもニコニコしながら業務をこなし、ニコニコしながら女の人と電話している。一体何がそんなに楽しいのだろう?
小鳥遊さんの場合、生徒会室に来たと思ったら、自分の世界に閉じこもり、遅くまでパソコンを弄っている。ずっと画面を見つめたままビクともしない。ロボットのような小鳥遊さんにコーヒーを差し出してみても、蒸発してしまう。一日視線を送り続けても、一度も目が合わない。僕は彼女とのコミュニケーションの難解さに心が折れた。
ここまで生徒会役員を観察してみたが、僕はすごくこの先の不安を感じている。
たった3人で1000人をまとめていると聞いていたため、それなりに毎日書類に追われたりして、凄く凜としているのかと思っていた。
しかし、フタを開けてみれば、この微妙さ。
まあ、まだ一週間だし、僕も全然みんなのことは知らないから、決めつけるのは早いとは思うけど。・・・・・・とにかく残念だ。
さらに、例の相談に関して。
会長に相談に来る女生徒は、九十九先輩に言っていたこともあり、確かに多い。
生徒会室の扉を叩く女生徒は後を絶たないし、頻繁に女生徒を連れて生徒会室の奥にある、応接間へと足を運んでいるのは見かける。
終わるたびに、女生徒は嬉しそうに帰って行く。
一体どんな相談をされて、どんなアドバイスをしているのか。気にはなるけど、扉の中の声は全然聞こえない。別に聞き耳を立ててた訳じゃない。
生徒会の裏の顔なんて本当に存在するのかと疑問に思いつつ、繰り返される生徒会室に通う無駄な日課にも若干憂鬱になりつつ、僕が転校して1ヶ月が過ぎてしまった。
そして、生徒会初の仕事が僕に命ぜられる。
6月初めの放課後。
生徒会室の扉を叩く、美少女が現れたからだ。
感想やアドバイス等があれば、お気軽にどうぞ。