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第四話 賭け

「賭け・・・・・・ですか?」

 

 場の空気が、一瞬にして切り替わるのが分かった。

 あたりは日が沈み始め、やや肌寒い風が吹き出す。

会長は怪しい笑みを浮かべたまま、ゆっくり頷いた。


「そう。賭けをしましょう。私とキミで」


 会長は自らと僕を交互に指さす。

 僕が生徒会役員になるかどうかを、賭けで決めようというのか、この人は。

 確かにさっきの出来事もあり、この人に生徒会長としての器があることは分かった。

 だが、生徒会役員に入るかどうかは全くもって別問題だ。


「僕が生徒役員に入るかどうかを決めようと言うことですか?」

「そうよ」

「そんな賭け、簡単に乗ると思ってるんですか?」

「もちろん、私が賭けで負けた場合、今後キミに一切関わらないわ。どう? キミにとって悪い条件じゃないはずよ?」

「・・・・・・いや、それじゃあ、会長にデメリットがありません」

「あら、以外と欲しがるのね。そういうの嫌いじゃないわ」


 会長はおちょくるような、口調で笑う。

 楽しんでいる。

 そういう風に見えてしまう。


「そうね。・・・・・・じゃあ、こういうのはどうかしら? 今後一切キミに関わらないというのと・・・・・・」


 会長は人差し指を自分の口元に持ってきて、ピンっと伸ばす。


「一つだけ。キミの言うことを何でも聞くわ。どんなことでも、一つだけなら言うことを聞いてあげる。どんなことでもよ」


 会長の悪戯な微笑みに、目が離せない。

 一瞬、不覚にもどきりとしてしまった。

 冷静になれ、僕。会長のペースに持って行かれてはダメだ。

 僕は首を振り、再び前を向く。


「ふふっ、以外と冷静なのね。どう? この二つの条件なら文句ないはずよ?」


 僕が負けたら、生徒会役員に入る。

 会長が負けたら、今後一切僕に関わらず、そして、1つだけどんなことでも言うことを聞く。

 ・・・・・・悪くはない。

 生徒会長というコネは持っていても、決して僕の学園生活には支障はなく、もしもの時の保険になる。

 僕にとっては、むしろ好条件かもしれない。

 僕は会長の目を見て、頷く。


「いいでしょう。その賭け、乗りましょう」

「物事を冷静に判断し、決断するのはとても有能な力よ。キミは案外生徒会に向いてるかも」

「戯れ言はいいです。本題に入りましょう。それで、賭けの内容はどうしますか?」

「それだけど、賭けの内容はキミが決めて良いわ。私が勝負を振ったのだから、内容くらいはキミに譲ってあげる」

「・・・・・・随分と余裕ですね」

「子猫がライオンに勝てるとでも?」

「―――っ!」


 僕はのど元まで出掛かった言葉を、飲み込んだ。

 ・・・・・・危なかった。

 今のは、彼女の明らかな挑発だ。

 挑発に呑まれそうになるなんて、僕もまだまだだ。


「・・・・・・キミは私の想像を超えたメンタルの持ち主ね。さすがは、四回も美少女を放置プレイしただけは、あるわね」

「自分で好んでやったなら、そういうマゾヒズムな性癖の持ち主なんじゃないですか?」

「なっ! ―――いっ、言ってくれるじゃない」


 会長は頬をやや赤く染め、悔しそうに僕を睨む。

 僕も意外と余裕があるようだ。

 さて、賭けの内容か・・・・・・。

 賭けなんて言ったら、コイントスして表裏を当てるのが王道でもっとも分かりやすい。

 しかし、コイントスの技術のない僕にとっては、ほぼ運に頼ってしまうことになり、確実に勝てる賭けではない。よって、パス。

 まあ、賭け事なんて大抵運任せになることが多いが、より勝算を上げるためには情報と環境が必要になる。

 この場では仕方ないけど、運に賭けるしかないのかもしれない。

 ふと、僕の後ろの方で、扉開く音が聞こえた。

 こんな時に人?

 振り返る。僕は目を見開いた。

 生徒が複数人こちらを見て立っていたのだ。

 まだ、増えてきている。


「これは・・・・・・」

「キミの生徒会役員承認のために、立会人を呼んでおいたわ」


 僕は会長を見る。

 彼女は僕の反応を楽しんでいるようだ。

 まさか、野次馬を召喚していたのか。


「こんなことで僕の動揺を誘おうとしているんですか?」

「まさか、より多くの人にキミを歓迎してもらいたいだけよ」


 白々しくそう言って、僕にウインク。

 僕が拒否し、賭けを行うと分かってた上で、この手回し。

 さすが、完全無欠の生徒会長と言ったところか。

 この人に会ったとき、僕の本能が警戒した意味が何となく分かった。

 確かにこの人は、危険だ。


『また、一年生からスカウト?』

『ていうか、あの子、転校生だよね?』

『あれ、あいつ、男でいいんだよな?』

『あの子が役員になるなら、九十九先輩の攻めを受けるのね』


いつの間にか野次馬は、増すに増して、背中の方からはひそひそと会話が聞こえてくる。

 ていうか、毎回変なの混じってない?

 なんでいつも、そういう性別の壁を越えようとするんだ。

 ・・・・・・性別?

 ―――そうか。簡単なことじゃないか。


「いい加減内容を決めてくれないかしら。それとも、降参?」

「冗談はキャラだけにしてくださいよ」

「どういうことかしら?」

「もう、決めましたよ。賭けの内容」


 会長は驚いたように、瞳を開く。

 僕にプレッシャーを掛けるために、野次馬を召喚したのだろうけど。

 それが自分自身の足を引っ張ることになるなんて、知る由もないだろう。

 その余裕の表情に、一撃食らわせてやる。

 目一杯、利用させてもらうとしよう。

 この野次馬かんきょうを。


「じゃあ、聞こうかしら。賭けの内容を」


 僕は会長の目を見つめて、小さく頷いた。


「賭けは簡単です。ズバリ、僕が男か女か当てて見てください」

「・・・・・・はあ?」


 会長はマヌケな返事をした。

 僕はニコリと彼女を見つめ続ける。

 コホンと咳払いをして、会長は仕切り直す。


「じょ、冗談じゃないみたいね」

「ええ、僕はいたって真面目ですよ?」


 彼女は疑わしいように僕をのぞき見ている。

 そして、僕は「ただ」と続ける。


「ルールが二つあります」

「ルール?」

「はい。別に賭けの内容を決めて良いのは僕ですし、ルールを出すのは間違いではないと思いますが?」

「・・・・・・まあ、良いわ。続けて」


 会長はあごに手を当てた。

僕は息を呑む。

 この回答は、会長がルールはどんなことであっても受け入れるということ。

 それから僕は、人差し指をピンっと顔の前に持ってくる。


「一つ目は、制限時間があります。一〇秒です。男か女か答えるだけですから、大丈夫ですよね?」

「一〇秒。まあ、妥当ね。分かったわ」

「二つ目は、男か女か答えたら、この場で会長に証明してもらいます」

「証明? それは男か女か証明するってことかしら?」

「そうです。この場でどんなことをしても良いので、証明してください。以上がルールになります」

「・・・・・・了解したわ」


 あごに手を添えたまま、僕を会長は見た。

 僕は少し驚く。

 まさか、この二つ目のルールをすんなりと受け入れるなんて。

 でも、それならそれでこっちも楽だし、好都合だ。

 このルールが承諾された今、僕は勝ちを確信している。

 この賭けの答え事態は、まず難しくない。

 男か女か当てるだけ。

 僕は純度100%の男だ。それは会長も当たり前のように分かっているはずだ。

 しかし、この賭けを圧倒的に難しくさせるのは、ルールと環境と会長の立場。

 二つ目のルールで、僕が男であることを、この場で証明しなけれないけない。

 僕が男かどうかをこの場で証明するには、現段階では一つしかない。

 そう、ズボンを下ろすしかないのだ。

 それをこの野次馬たちの前で行うことは、生徒会長としての立場が危ぶまれる行為。

 それに会長だって、女性だ。

 そんな恥ずかしいこと平気でできるはずがない。

 僕の学生としての情報を持ってくれば、ズボンを下ろさなくても、証明することはできるかもしれないが、それを持ってくることはできない。

 そのための、制限時間、10秒だ。

 やりようはいろいろとあるだろうけど、それを考えさせない時間でもある。

 深く考えれば、かなり僕に有利で意地悪な賭けだけど、僕だって勝ちに来てるんだ。

 賭け事なんて、フェアじゃないのが常識。


「それじゃあ、始めますよ?」

「ええ、いつでも構わないわ」

「じゃあ、スタート」


 僕は賭けスタートの合図を挙げる。

 それから、一〇から一秒ずつ僕は口に出して、数え始めた。

 会長にプレッシャーを与えるために。

 会長はというと、僕の体を視線で眺めながら、僕の周りを歩き始める。

 なんか、自分で考えた賭けだけど、すごい恥ずかしい。

 人に自分の体をこんなにじっくり、眺められるのは初めてだ。

 写真集とか出してる人とか、いつもこんな気持ちなのか。

 五秒を過ぎたあたりで、彼女は地面をつま先で蹴り始める。

 何をしてるんだ? 何を・・・・・・考えているんだ?

 僕の口はカウントダウンをやめない。

 ラスト、三秒を呼称したあたりで、会長に動きがあった

 突如、彼女は僕の真後ろで姿を消したのだ。


「きゃっ!」


 それから、会長の大きな悲鳴が聞こえる。

 僕は上半身を振り向かせると、僕の腰あたりでカチャっという金属音がした。

 制服に着替える時に良く聞く、ベルトの金属と金属が擦れる音だ。

 僕は彼女の手を見逃さなかった。

 ズボンを着慣れた人よりもしなやかで、ベルトの構造を熟知した人間でないとできない、無駄のない指の動きをしていた。

 ズボンが下がり出す、感覚。

 金文字の『LOVE&PEACE』が、頭の中を光のように通り過ぎる。

 下半身がやけに涼しい。

 僕のズボンはきれいにズリ下ろされていた。

 僕は会長を見下ろす。

 会長の姿はまるで、つまずいて転んだ拍子に、そこにあったズボンを掴んだら下ろしてしまったという風に見える。

 抵抗を軽減するために僕の死角である真後ろから手を伸ばし、躓いたように見せるため、地面の状態と僕との距離感を計っていたのか。

 それを10秒という短い時間で、効率よく確認していたのだ。

 ハプニングに仕立て上げるために。

 野次馬たちの悲鳴と歓喜の声が僕を現実に呼び戻す。

 会長が顔を上げた。


「ラブ&・・・・・・ピース?」


 僕の頭の中が真っ白になる。

 そこから先のことは、よく覚えていない。

 気がついたら、僕の家のベランダには大量の下着のみが干されていた。



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