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第三話 スカウト

 全ての始まりは、翌日の靴箱に入ってた手紙からだったのかもしれない。


『放課後、屋上にて待ちます』


 そんな一文が、シャープペンにより見事な達筆で書かれていた。

 ・・・・・・誰の悪戯だ? 

 まあ、差出人が分からない時点で、これは気にする必要ないな。

 僕は迷わず、ゴミ箱に捨てた。

 三階までの階段を上り、クラスに入ると、教室はすでに入学して一ヶ月で作りあげられたであろうグループが、複数できている。

 窓際後ろから二番目というなかなかのポジションである、自分の席に腰掛ける。

 そういえば、一時限目は数学だっけ。・・・・・・やれやれだぜ。

 朝から憂鬱になりながら、教科書を机の中にしまう。


「あっ、天使くん、おはよう」

「・・・・・・うん、おはよう。・・・・・・委員長」


 モーニングコール第一号おめでとう、委員長。

 またまたしても、委員長、あなたですか。

 なに? 友達いないの?

 顔を引きつらせることなく、僕はさわやかめな挨拶を返した。


「昨日はごめんね。引っ越しの片付けあるのに呼び止めちゃって」

「え? いや、大丈夫だよ。僕もいろいろ聞けて良かったし」

「ホントに? そう言ってくれるなら、良かった」


 委員長は安堵する。

 別に引っ越しの片付けも粗方終わっていたし、委員長も嫌がらせでやったわけでもない。

 まあ、あのただ事ではない食いつきぶりには、若干引いたけど。


「そういえば、天使くんって、この学園にある、噂って知らないよね?」

「・・・・・・噂?」

「そうそう。なんでも女生徒の悩みを裏で解決している秘密組織があるらしいのよ」

「・・・・・・裏で解決? ていうか女生徒?」

「そう、そこなの」


 委員長はお馴染みの中指でメガネくいっ動作をする。


「なぜか、女生徒、女の子のみ悩みを解決して回ってるの」

「・・・・・・なにその紳士的で怪しい組織」

「詳細は分からないんだけど、落とし物がふと返ってきていたとか、探していた猫や犬が帰ってきたみたいなことが希に起きるらしいのよね」

「それ、本当にその秘密組織? がやったかどうかなんて分からなくない?」

「それが当事者はあまりその悩みを人に打ち明けてないらしいよ。だから、正直誰の仕業なのかどうかも分からない。怪しいけど、当事者にとってはすごく有り難いのよね」

「・・・・・・そうなんだ」


 まあ、噂には尾ひれが付くもの。

 それが組織かどうかは、分からないし、ただの親切な人がそうしただけなのかもしれない。

 学校に噂話なんて付きもので、人は噂話が大好きな生き物だ。

 他人の不幸は蜜の味。

 不幸に群がる蜂が多ければ多いほど、蜜の味も深くなるってね。

 きっと委員長も蜜が大好きな、蜂だ。


「委員長って、意外に寂しがり屋だったりする?」

「えっ? なんで分かるのっ?」

「いや、何となくだよ」


 僕はニコリと笑う。


「ほら、もうそろそろ先生くるよ?」

「あっ、ホントだっ。もう、こんな時間。じゃあ、またね」


 そう言うと、委員長はそそくさと席に戻っていった。

 またねって、また来るのかな。

 僕は呆れた視線を窓の外に向けた。

 なんで分かるの・・・・・・か。

 このくらいのこと数回の会話で気付けないようなら、僕ももう少し気楽なんだろうけどね。

 きっと委員長は、人から良い評価をされたいと思い、孤独が嫌いなタイプだ。

 窓に映った僕の目は、すごく冷たい目をしていた。


「みんな、おっはよ~っ! 先生は元気だよ~っ!」


 やかましい先生の挨拶で、また一日が始まる。


 * * *


 翌日、またしても靴箱に手紙が入っていた。

 今度はこんな感じ。


『放課後、屋上にて待ちます(怒)』


 明らかに怒っている。

 しかも、昨日はシャープペンだった文字質が、今日はマジックの太い方で書かれていた。

 見えなかったという可能性を考慮したのだろう。

 まあ、完全なる無視、シカトなわけなんだけどね。

 結局、昨日僕が屋上に行くことはなかった。

 むしろ、手紙の存在なんて、忘却の彼方に飛んで行っていた。

 それを申し訳ないと思う気持ちは微塵もない訳だけど、別に普通だと思う。

 だって、差出人が不明な手紙を不審に思わない方に無理がある。

 よって、今回取る行動も前回同様。

 僕は迷わず、ゴミ箱に捨てた。

 放課後が来ても、一直線に帰路につく。

 翌日、またまたしても一通の手紙が靴箱に。


「・・・・・・なにこれ、怖い」


 僕はその手紙を目にして、そんな言葉を漏らした。

 文章は変わらないけど、シャープペン、マジックと続いた文字質が今度は、新聞紙の記事を一文字一文字切り抜いて貼り付けたような形になっていた。


「脅迫状かっ」


僕は迷わず、手紙をゴミ箱に叩き入れる。

 ホント、誰の悪戯だ。一昨日から、いい加減腹が立ってきた。

 なに? 屋上に行かない僕が悪いの?

 でも、三度目なんだからいい加減、差出人の名前くらい書こうよ。

 それとも、転校生を対象とした悪質なイジメか何か?

 いや待て、僕は別に目をつけられるようなことは何にもしてない。

 うん、考えすぎか。

 さすがに、三度も行かなければ相手も諦めるはず。

 ―――そんな淡い期待は、休み明けの靴箱を開けた瞬間、雪崩れ落ちた大量の手紙によって裏切られる。

 周りの目が一斉に僕に向いた。

 ―――まずいっ。

 僕は大量の手紙を鞄の中に詰め込むと、トイレまでダッシュした。

 トイレの個室に入り、ロックする。

 それから、鞄の中の手紙を一枚取り出して、中を見る。


『待』


 この漢字一文字が筆で勢いよく書かれていた。

 もう一枚を取り出す。今度は『放』。

 さらにもう一枚取り出す。こっちは『屋』

 僕はその三つだけ、見て手紙を全部鞄にしまった。


『放課後、屋上にて待ちます』


 多分この一文を、手紙一枚に一文字ずつという感じで書いているのであろう。

 なんて面倒なことしやがる。

 この手紙の差出人はどんだけ暇なんだよ。

 ここまで来たらもう嫌がらせ以外の何者でもない。

 れっきとしたストーキング行為だ。

 警察に話したら、相談に乗ってもらえるくらいじゃないのか?

 まあ、そんなことを思いながらも、誰かに相談する気は一切ないけど。

 僕は迷わず、大量の手紙をゴミ箱に押し込んだ。

 あの手紙で一気にゴミ袋のかさが増したのは、言うまでもない。

 ホント、資源は大事にしないといけないよね。

 それから、いつも通り訪れた放課後をいつも通りに帰路に着くのだった。

 そして、運命の日が訪れる。

 僕のヒッソリと学園生活を送るという、些細な願いが崩れ去る日だ。

 その前兆は、朝シャワーで済ませた後、タンスの引き出しを開けた時に訪れていた。


「・・・・・・マジか」


 まさかの下着が一枚しかなかった。

 それも、一番センスが光って僕には絶対履けない、ファンキーなヤツである。

 ピンクの生地には黒いハートが散りばめ、お尻のところには金色の刺繍でくっきりとこう書かれている。


『LOVE&PIECE』


 僕の父親が酔った勢いで買ってきたヤツだ。 

父親曰わく、「愛と平和は男の股にすべて詰まってる」らしい。

 酔っていたとは言え、最低の父親である。

 しかし、ノーパンで登校できるほど僕の肝っ玉はでかくない。

 かといって、洗ってない下着を履くのは人間としてどうかと思う。

 苦渋の選択ではあるが、このファンキーを履いていくしかない。

 洗濯を怠った僕が全面的に悪い。

 お父さん。僕は今日、大人の階段を上がります。


 靴箱を開けてみる。

 なんと今日は手紙が一枚も入ってきていなかった。

 やはり、四回も無視したのだから、諦めたのだろう。

 僕はいつも通り授業を受け、委員長に絡まれ、昼休みに入り、委員長に絡まれ、授業を受け、放課後を迎えた。

 ホームルームが終わり、先生が教室から出て行くと、いつも通り教室は活気づく。

 僕も帰ろうと、廊下を歩いている時、一つの校内放送が鳴った。


『1-D 天使 倫平くん。至急屋上まで来ること。これは生徒会長、早乙女さおとめ 百合ゆりのお願いです。もう一度繰り返します―――』


 僕は口を開けたまま、天井を仰ぎ見る。

 ・・・・・・生徒会長?

 僕を呼んでる? 生徒会長が? なぜ? 

 目をつけられるようなことは、なにもしてないはずだけど。

 いや、待てよ。屋上に来るようにと言ってた。

 ―――ん? 屋上?

 僕の靴箱に入っていた手紙の示す場所も、確か屋上。さらに放課後。

 今は放課後、呼び出された場所は屋上。

 僕の顔から、さあっと血の気が引いていくのが分かる。

 何も引っかからなかった。

 手紙の差出人はもしや―――よし、逃げよう。

 幸いなことに、僕がこの放送を聞いているのを知っている人はいない。

 今なら、放送を聞いたときには帰ってましたということで、誤魔化しが利くはず。

 問題の先延ばしに過ぎないが、今はそれで逃げるとしよう。

 僕は駆け足で階段を降り、靴箱に向かう。

 そして、靴箱直前で僕は足を止めた。

 いや、止めざるを得なかった。

 なぜなら、立ちはだかる壁があったから。

 ガッチリとした筋骨隆々の男が複数、僕の前に立ちはだかっていた。

 ヘッドギアにピチピチのインナー。ラグビー部である。

 一番体格の良い男が僕を見下ろす。


「お前、天使・・・・・・だな?」

「人違いです」

「・・・・・・そうか」


 僕はそう言って、彼らの間をすり抜けようとする。

が、肩をガッチリと掴まれた。


「会長がそう言う奴が一番怪しいって、言っていた。お前を連れて行く」

「へっ―――」


 僕は次の瞬間、軽く持ち上げられ、担がれてしまう。

 僕を担いだまま、階段をどんどん駆け上がっていく男。

 耳には暑苦しいラグビー部の威勢の良いかけ声と、腹部には階段を上がるたびに突き上げる肩筋。

 控えめのボディーブローを何発も打たれながら、ようやく屋上へとたどり着く。

 屋上に着くなり、この脳筋共はあろう事か、僕をコンクリートの地面に投げ捨てる。


「―――うっ」


 腰を強打した僕は悶絶する。

 この野郎、ホント少しは男にも気を配れよ。

 これで僕がヘルニアにでもなったら、多額の慰謝料を請求してやる。


「会長っ! 連れてきましたっ!」

「あら、ご苦労様です」

「い、いえっ、わ、我々は当然のことをしたまでですっ! そそっ、それではっ!」


 ラグビー部の地面を蹴る振動と掛け声が、段々遠のいていく。

 僕は腰の痛みが引いていくの感じて、顔を上げた。


「あっ―――」


 デジャヴだと思った。

 僕の目の前に、女の子が風を受けて立っていた。

 高価そうなリボンで結ばれた、二つの長い黒髪。

 まるで、世界に愛されたかのような美貌。

 ただ少し違うと思ったのは、その女の子の視線がすごく冷たくて、怒りに燃えているように見えたということくらいだ。


「こんにちは。リンペーくん。ご機嫌いかがかしら?」

「えっと・・・・・・僕のご機嫌は無理矢理連れてこられたんで、良くはないですけど、そちらは随分と斜めのように見えま―――」

「キミのせいでしょっ!」


 押さえきれなくなった感情が爆発したようだった。

 煽ったのは僕かもしれないけど。


「キミは四回も出された手紙をことごとく全て無視するような、ぶれない精神の持ち主のようね。キミのせいで、毎日下校時間ギリギリまで屋上で暇を持て余さなくてはいけない、美少女がいるの分かってる? それにラグビー部が連れてきたってことは、逃げようとしたわね? ねえ? そうなんでしょ?」


 彼女は詰め寄りながら、僕の鎖骨あたりを何度も何度も指で小突く。

 自分で美少女って、言っちゃうんだ。

 まあ、否定はしないけどさ。


「お言葉ですけど、差出人の名前くらい書いてくれてもいいと思うんですけど」

「名前なんて書いて、ラブレターだと勘違いされたら、いやだから敢えて書かなかったのよ。しかも差出人が生徒会長である私、早乙女 百合からだなんてさらに誤解を生みそうだもの」

「・・・・・・生徒会長?」

「ええ、さっき放送でも言ったでしょ?」


 そういえば、言っていた。


「アンタが生徒会長?」

「そうよ。あと一応キミの先輩なんだから、アンタっていうのやめなさい」


 僕は委員長の言っていたことを思い出す。

 確か、容姿端麗で美しすぎる女性。全生徒の憧れの的。

 ・・・・・・確かにそうかもしれない。


「な、なに? ジロジロといやらしい目で見ないでよ」

「いや、失敗だなと思って」

「人の容姿を見て、その発言はあまりにも失礼だとは思わないのかしら?」

「痛っ、痛いですっ!」


 頬を思いっきりつねられた。


「いや、失敗してるのは僕の方で、会長の体は成功しすぎてると言いますか―――」

「今度はセクハラ? 訴えたら、10:0で私の完勝よ?」


 会長は微笑んだまま、さらに頬を千切れるくらいに引っ張りあげられる。

 痛いっ! ホントに、痛いよっ!


「まあ、いいわ」


 会長はそう言い、そっと頬から指を離す。

 僕はじわりと残る痛みを手で押さえる。


「あなたが愛も勇気もデリカシーもないことはよく分かったわ」


 まあ、愛と勇気は工房長に作られてないので仕方ないけど、デリカシーはある方だと、自負してる。

 ていうか、生徒会長に関わらないつもりが、すでに関わっていたとは。

 なんたる不覚。まさに失敗だ。


「それよりも、本題よ。本題」

「本題?」

「キミがなんでわざわざ屋上まで呼び出されたと思ってるの?」

「・・・・・・あ、愛の告白ですか?」

「違う言うとるやろ」


 額にチョップ。僕は8ダメージ受けた。


「じゃあ、なんですか?」

「ふっふ~ん。聞きたい?」

「じゃあ、いいです」

「諦めないでっ」 


 額にデコピン。僕は13のダメージを受けた。

なんで額に攻撃集中してるの?


「聞きたいので、早く教えてください」

「良く聞いてくれたわ。いい? 実はあなたをスカウトしに来たのよ」

「スカウト? 一体、何にですか?」


 その質問をした時、一瞬にして頭の中を一つのキーワードが駆け上がる。

 いや、まさかね。

 だって、僕を誘う理由が見当たらない。

 会長はその柔らかそうな唇をゆっくりと開く。


「生徒会役員によっ!」

「丁重にお断りさせていただきます」

「だから、なんで即答なのよっ!」


 会長は拳を強く握って、僕を睨む。

 僕の頭を駆け上がったキーワードが、見事に合致してしまった。

 僕は片手で頭を押さえ、小さく溜め息。

 ・・・・・・ここは、言葉で示すしかない。

 拒絶の意思を。


「大体なんで、僕なんですか? 僕より優秀な人なんてこの学校にはたくさんいますよ? 僕は会長みたいに、運動ができるわけでも、勉強ができるわけでも、人の信頼を勝ち得るほどのカリスマ性があるわけでもない、ただの一般人なんですよ。生徒会役員なんて、大それた職は僕には荷が重いです」


 僕は言い終わるなり、自分が随分卑屈な人間だということを痛感する。

 でも、一年生の転校生がこの学校の代表である、生徒会役員になるなんて、さらさら可笑しいのは、火を見るより明らかだ。

 なにより、僕は生徒会役員なんて、人との関わりなしではやっていけない職に快く就こうとは思えない。

 会長はしばらく僕の言葉の意味を探しているのか、僕をただあざ笑うわけでもなく、同情するわけでもない、なんとも言えない視線で見つめていた。

 僕が作った拒絶の壁はそう簡単に崩せるものではない。

 特にコンプレックスで積み上げられている壁は、変に触ろうものならその強度をさらに増すことになる。

 どうやったところで、一つのヒビなしでこの壁を崩すことなんてできやしない。


「・・・・・・キミは何を言ってるのかしら? キミより、優秀な人間がこの学園に腐るほどいることなんて、最初から知ってるわよ」


 そんな鋭利な第一声を僕にぶつける、会長。

 地味に傷ついた。


「それともなに? キミはそんな安い拒絶で私が引くとでも思ったのかしら? お生憎様。私ほどの全生徒、全職員に愛される生徒会長にもなれば、キミみたいなポッと出の転校生一人に拒絶され、嫌われたところで私にはなんの痛みもないわ。キミが生徒会役員に入ることは私が生まれた時から決まっていたことなの。それを邪魔することは、神にだって許されない。分かったら、黙って言うことを聞きなさい。良い。良いわよね? 良いと言いなさい」


 会長は良く回る舌で、それら言葉の嵐を僕に浴びせる。

 彼女の目は怪しく鋭い光を纏い、少し口角を上げ、僕の眉間を真っ直ぐに指さす。

 その自信溢れる表情からは、一切の否定は認めないという堅い意思が伝わった。

僕は開いていた、口を閉じる。

 今確信した、この女は狐だ。

 普段の全生徒、全職員から愛され慕われる完全無欠の生徒会長は仮の姿で、きっと本性はさっき僕に自己中心的な言葉を浴びせた彼女だ。

 なんてわがままな女なんだ。


「なに? 反論はしないの? それとも美女から罵られることに快感を覚える変態さんだったのかしら?」

「ちっ、違いますよっ。人を勝手に特殊な性癖の持ち主にしないでくださいっ」

「あら、そうだったの? だったら、話は聞いていたのね。分かったかしら、もうあなたに拒否権はないの。絶対に入ってもらうわよ」

「・・・・・・嫌です」

「却下よ、あなたは入るしかないの」

「だから、なんで僕なんですか? 理由を教えてください」

「理由? この前もここで言ったでしょ? あなたに本当の愛を教えてあげるって。教えるにはそばに居てもらうのが手っ取り早いのよ」


 なんだよそれ、本当の愛? 馬鹿馬鹿しい。

 アンタが教えたいのは、美少女の可愛さだろ?

 そんなもの僕は知りたくなんて無い。

 僕は普通の・・・・・・普通の高校生活でいいんだよ。

 人と関わりたくないんだ。

 僕は口から出そうになる、黒い感情を必死に堪えた。

 でも、煙のように上るその感情は少しずつ、口から漏れ始めていた。


「・・・・・・なんで、僕にこだわるんですか? 僕は別に愛が知りたいわけじゃない。アンタみたいに人の目を気にしなくても、人が寄ってくるカリスマには分からないだろうさ。人の目を気にして、自分に嘘を吐き、自分を着飾り、もう一人の自分を作るなんて。馬鹿馬鹿しいように見えるだろうけど、それが僕の『あり方』だったんだ。でも、もううんざりなんだよ。自分に嘘を吐くことも、人の目を気にすることも、人を騙すことも、全部全部面倒なんだ。僕は普通に高校生活を送りたいんだ。もう・・・・・・ほっといてください」


 全て、吐き終わってスッキリしたのか、僕はしばらく何も考えられなかった。

 ふと、目を上げると、会長は僕に優しく微笑んでくれていた。

 ・・・・・・なんで、そんな顔するんだよ。


「きっといろんなことを考えてきたのよね。不器用なキミは一番器用な『あり方』を見つけたの。後腐れのない、誰も傷つけない一番器用で美しい『あり方』を」


 まるで、心臓を直接殴られたような感覚だった。

 僕の乾いた瞳は、突然潤い始める。

 ・・・・・・そんな風に考えたことなかった。

 僕はただ、自分が嫌われないようにするためだけに、作ってきたのだ。

 もう一人の、僕を。


「人間って、不思議よね。無い者は有る者を羨み、有る者は無い者を羨む。きっと私とキミが出会うことは―――運命だったのよ」


 彼女の柔らかな微笑みと暖かな声は、黄金色の稲穂を優しく揺らす風のようだった。

 僕は目から零れようとするそれを、押さえるのに精一杯だった。


「キミの事情は何となく分かったわ。でも、だからこそキミが生徒会役員になることだけは譲れなくなった」


 彼女の瞳には、すでに先ほどまでの安らぎは消えていた。

 燃えるように熱い活気が灯っていたのだ。

 そして、会長は僕にこう告げる。


「だから、こうしましょう、リンペーくん。私と・・・・・・賭けをしましょう」

 


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