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第二話 美少女は世界を救う


 『サッカーは戦争だ』という迷言がふと頭によぎったのは、フランスパンを持って、屋上への階段を上っている時だ。

 確か、とあるハチャメチャなサッカー映画に出てくる監督の台詞。

 なんでそんな迷言を思い出したのかというと、明らかに先ほどのパン争奪戦が響いているに違いない。

 校門前のワゴンに近づくとそこはすでに、戦火の真っ只中だった。

 男子共が、パンを奪い合っていたのだ。

 柔道部と空手部がカツサンドを賭けてタイマンを張っていたり、囲碁部とオセロ部がうぐいすパンを賭けて異種格闘を繰り広げていたり、ラグビー部と思われる奴らが、人だかりを抜けるために買ったフランスパンを離れた仲間にパスしていたりと、とにかくいい感じでハチャメチャだった。

 本当に一昨年まで女子校だったのかよ、とツッコまざるを得ないほど暑苦しかった。

 パシられていると思われる奴ら同士が、残り一つの焼きそばパンを賭けて、土下座対決しているのを見たときは、これが生徒の自主性ってヤツかと、僕はこの学園に来たことを全力で後悔し始めていた。

 しかし、こんな戦争が勃発している中で、感心なことに女子がパンを買えるスペースだけはちゃっかりキープしてあるのだ。なんとも紳士的。

 その行動を男にもできないのは、なぜだ。

 僕は少し離れたところから、それを眺めながら思うのだ。

 明日から弁当作ってこようかな、と。

 でも、明日からはいいけど、今日の昼はそうも行かないので、男子共が作る筋肉のバリケードに挑戦してみたが、案の定秒殺された。

 諦めてクラスに戻ろうとしたとき、僕の後頭部にフランスパンが直撃。

 ラグビー部がパスミスしやがったのだ。

 お詫びにそのフランスパンをもらい、今に至る。

 恐ろしいことにフランスパンは人を殺せる。

 一瞬気を失いかけた僕が言うのだから、間違いない。

 うん、きっと数年先、凶器がフランスパンっていうオチのミステリー小説が出るに違いない。

 くだらないモノローグが、階段を上る足に少しのリズム感を与えている。

 やっぱり、一人でご飯を食べるなら屋上に限るかな。

 そんなよく分からない固定概念にも等しい考えが、僕の足を屋上に向けている。

 僕は高校入学と同時に、ある決意をしていた。

 それは極力、人との関わりを持たないようにすること。

 そして、ヒッソリと学園生活を送ること。

 理由は簡単。すべてに嫌気が差したから。

 転校の繰り返し、そのたびにゼロから始まる人間関係。

 僕の人格を破壊し、再構築するもう一人の僕。

 そこが、一番の嫌悪感の源。

 印象の良いように、気に入られるように、飾り付け、見繕い、自分でペテンを被る。

 そんな、もう一人の僕に嫌気が差した。

 だったら、根本的な問題である、人との関わりを絶ってしまえば良い。

 絶つと言っても、一切を絶つのではない。

 距離感を維持しつつ、近寄りもせず遠ざかりもせず、常に中立にいる。

 それこそが人間が空気になれる本当の秘訣。

 まあ、こんな秘訣知りたい人なんて居ないだろうけど。

 常に周りに意識を巡らせ、先を読み、表情を読み、空気を読む。

 なに、今までやってきたことと変わりはしない。

 ただ、今までより少しだけ、意識を鋭利にすれば良いだけの話だ。

 無駄に長く感じた階段をやっとのこと上りあげ僕は、扉の前にある『立ち入り禁止』の看板を見て少し落胆した。

 確かに屋上はいろいろと危ないから、立ち入り禁止になっている学校が多かったな。

 どこか屋上に出る手段はないかと、あたりを見回していると、丁度僕の頭くらいの高さに、ちょっと隙間の開いた細長い窓を発見した。

 人一人分通るくらいの大きさをした横長の窓。

 これ立ち入り禁止にする意味あるのかな・・・・・・。

 違和感を覚えつつ、その窓に手をかけ、僕は屋上に出る。

 途端に、清々しいほどに照った太陽の熱と、鼻から入って耳から抜けていく気持ちの良い風が僕の五感を柔らかく撫でる。

 ・・・・・・屋上に来たのは、どうやら正解のようだ。

 ふと、鼻先をくすぐる甘い香りで、閉じていた目を開く。


 「あ・・・・・・」


 僕は声を漏らしていた。

 先客が居たのだ。

 後ろ姿だけど、僕の目の前に女の子が風を受けて立っていた。

 流れる長い黒髪はやけに高価そうな二つのリボンで結ばれ、後ろ姿からでも分かるとても整ったボディーライン。風に運ばれる甘い香りで、一瞬僕にここが屋上であることを忘れさせる。

 それらは彼女を、外見だけで伝える戯れ言に過ぎない。

 僕がこれまで関わってきた人間の中で、一番の存在感、オーラが僕には伝わった。

 それと同時に、なぜか僕の本能が「この人は危険だ」と受信している。


「あら? 誰かそこにいるの?」


 僕の漏れた声に反応したのか、彼女はこちらを振り向き始めてる。

スローモーションで流れる世界。

 まるで、世界が「それは運命だ」と僕に告げているようだった。

 そして、目と目が合う。

 僕が彼女を知覚したとき、『才色兼備』とか『大和撫子』とかいう漢字はきっとこの人のためにあるんだろう、なんて口説き文句が真っ先に思い浮かんだ。


 『美』


 彼女のすべてを体現した言葉。

 そう。彼女が体現したのではなく、言葉そのものが、彼女を体現している。

 そんな風に思ってしまった。

 白い肌には艶やかな黒髪がこれでもかと言うほど似合い、息を呑むような透き通った瞳には僕の呆けた顔がくっきりと映し出されていた。


「あら、キミ・・・・・・見ない顔ね・・・・・・しかして、転校生?」

「・・・・・へ?」


 彼女の問いがすぐに頭の中に浸透せず、マヌケな声が出てしまった。

 少し驚いたような表情をすると、彼女はくすくすと笑う。


「なぁに? 私に見惚れてた?」


 彼女は悪戯な笑みで、僕の顔をのぞき込む。

 僕は思わず目を逸らした。

 耳が熱くなるのが分かる。


「いや、その、そういう訳じゃ・・・・・」

「ほうほう、私にはキミに見惚れてもらう価値もないと」

「そっ、そこまで言ってませんけど・・・・・」


 僕は気恥ずかしくなり、頬を指で掻いた。

 再び彼女は、可笑しそうに笑う。

彼女のペースに持って行かれたら、ダメだ。

 僕は、そんなことを思っていた。


「えっと、僕は今日転校してきた、天使 倫平っていいます」

「ああ、キミが、例の転校生のテンシくんね」

「・・・・・いや、テンシじゃなくて、アマツカです」


 彼女はまじまじと僕の顔を見て回る。

 そんなに見つめられると、さすがにかなり恥ずかしいんですけど。

 先生の時とは、何かが違う。


「・・・・・君、女装に興味ない?」

「皆無です」


 前言撤回。先生の時と、同じだった。

 残念そうに肩を落とす、彼女。

 この学園の人は、僕をそんなに女装させたいのか?


「残念、可愛い顔してるのに」

「そういう問題じゃなくて、僕は男ですよ?」

「だから、女装でいいんじゃないの?」

「そういうことじゃなくてっ。・・・・・もういいです」


 僕は諦めて、頭を押さえる。

 この人、わざとやってやがるな。


「ごめんごめん、ちょっとからかっただけ」

「随分楽しそうでしたけど?」

「あ、ばれちゃった? てへっ」


 そう言いながら、舌を出して茶化す。

 そこら辺の女子や男子、オヤジがやると、鼻につく仕草でも、この人がやると兵器になる。

 その可愛らしい表情で、僕は何とも言えなくなる。

 なんて卑怯な人だ。


「それよりもさ、ここにお昼食べに来たんじゃないの?」

「え、ええ。まあ、そうですけど」

「お昼って、その持ってるフランスパン? 変わってるわね」

「えっと、これは、まあ、戦利品というかなんというか」

「ふ~ん。そうなの」


 まあ、僕は一切戦ってませんけど。

彼女は後ろ髪を掻き上げて、踵を返すと、落下防止用の手すりがある奥の方へ歩いて行く。

 僕はふわりと舞った髪の香りに惹かれるように、自然と彼女の後を追っていた。

 手すりの前で立ち止まると、吹き付ける優しい風に彼女は髪を押さえる。

 まるで絵画のワンシーンのような風景に僕は少し、揺らいだ。

 遠くの空を見つめる彼女。

 永遠に続くのかと思うほど、時間が止まったように思えた。

 そして、そっと、彼女は口を開く。


 「ねえ、キミ・・・・・愛で世界は救えると思う?」


 唐突に彼女は、そんな問いを僕に投げかける。

 彼女がどんな意味で、その問い投げかけたのか分からなかったけど、彼女の瞳を見て、冗談ではないのだけは、分かった。

 彼女がどんな回答を求めているのか。

 僕はありのままに、僕の思ったことを伝えようと思った。


「・・・・・どうですかね。愛が世界を救うかどうかなんて、僕には分かりませんけど・・・・・・愛はそんな万能ワクチンではないと思いますよ?」


 そんな回答にもなっていない、曲がった回答しかできなかった。

 でも、それは僕の本音で、間違いはない。


「・・・・・ふっ、ふふっ」

「あ、あの―――」


 次に僕が声を掛けようとした瞬間、彼女は盛大に笑い始める。

 それはもう、ホント面白おかしそうにお腹を抱えて。

 ・・・・・え? 僕そんなに可笑しなこと言った?

 こんなに激しく笑ってるのに、表情は整ったままだ。

 笑いの振動で、髪と制服が乱れてきている。

 スカートから伸びる、長い黒タイツが目に入って仕方がない。

 目のやり場に困りながら、いたたまれない気持ちで彼女の笑いが収まるのを待つ。


「・・・・・ごっ、ごめん、ごめん。ふふっ、キミの答えが私の想像を超えていて耐えきれず、つい、ね」


 彼女は目尻の涙を指で拭いながら、まだ笑いの余韻に浸っている。

 想像を超えたって、それは上に? それとも下に?

 彼女はどんな答えを期待していたのだろうか。


「久しぶりに本気で笑ったわ。よくもやってくれたわね」


 そう言って、彼女は乱れた服と髪を整える。

 いや、僕なにもしてないんですけど。


「そうか、そうか、そんな回答か。初めてだわ、こんな面白い回答」


 彼女は、ぶつぶつと呟いている。

 そして、僕に活気に満ちあふれたような、決意の籠もったような表情と視線を向ける。


「リンペーくん。どうやら、あなたは本当の愛を知らないらしいわね」

「・・・・・は、はあ」


 本当の愛? ていうか、いきなり下の名前で呼ぶんだ。


「だから、私が教えてあげる。―――本当の愛をねっ!」


 ビシッと、白く細い指が僕の鼻先に向けられる。

 僕は息を呑む。

そして、こう告げてやるのだ。


「いや、間に合ってます」


 彼女は固まり、瞬きを二回する。


「・・・・・遠慮しなくて良いのよ?」

「いや、ホント、間に合ってるんで。本当の愛なんて、別に知りたくもないんで。むしろ、どうでもいいです」

「ど、どうでもいいですって・・・・・」


 彼女は力なく、うな垂れた。

 ちょっとストレート過ぎたかな?

 でも、たちの悪い宗教への誘いはそれぐらい強く言った方が良いって、父親に教わった。


「ふっ、ふふふっ・・・・・」


 彼女は不適に笑い始める。

 いや、なにこれ、すごい怖いんだけど。


「まさか、私の誘いをこんなに容易く断る男子がいるなんて。・・・・・こちらが下手に出てたら、随分といい気になるじゃない」

「え? 下手に出てましたっけ?」

「お黙りなさいっ。本当の愛がどうでもいいですって? それは全世界の、否、全宇宙の、否、全次元の美少女を愚弄してるようなものよっ!」


 そう言って、もう一度人差し指を僕の鼻先に指す。

 ・・・・・え? 全世界? 全宇宙? 全・・・・・次元?

 それに最後聞き慣れないワードが聞こえた気がする。

 たぶん彼女は、こう言った。


「び、美少女?」

「そうよ。ただの少女でも、小公女でもないわ。美少女よっ!」


 そう言って、僕の鼻先にデコピン。


「痛っ」


 地味な痛みが鼻先に残る。

 なんてことしやがる。


「愛が世界を救うなんて、そんなこと知ったことじゃないわっ!」


 なんかもの凄いことぶっちゃけてるんですけど。

 じゃあ、なんで最初に質問したわけ?


「しかしっ! 美少女は世界を救うっ!」

「・・・・・は?」


 僕は段々頭が痛くなってきた。

 多分、今のは幻聴だ。

 こんな美を象徴したような人が、こんな迷言を吐くわけがない。


「あ、あの、なんて―――」

「美少女は世界を救うっ!」


 昼のひととき。屋上の清々しい太陽と青空の下。

 アインシュタイン、クラーク博士、ナポレオン、安西先生もビックリの迷言が今、この瞬間、この場所で生まれた。


 『美少女は世界を救う』


 僕は深くため息を吐く。

 ・・・・・ダメだ、この学園。この人はもう少しまともだと思ってたのに。

 この頭痛はきっと、太陽に当てられての頭痛じゃない。

 彼女に当てられたものだ。

 僕は頭を抱える。


「どうしたの? リンペーくん? 私のこの有り難い格言に感動したの?」

「呆れてんだよっ!」

「呆れる? why? なぜ?」

「じゃあ、聞きますけど、なんで美少女? が世界を救うんですか?」

「よく聞いてくれたわ。良い? 美少女がそこに居るとするでしょ? 可愛いでしょ? はい、世界救われたわ」

「・・・・・は? なんで救われたんですか? 美少女そこに居ただけですよ?」

「リンペーくん。この世界にはとってもわかりやすく、有り難~い、お言葉があるわ」


  有り難いお言葉?

 彼女はなぜか、割と豊満な胸を張る。

 きっとロクでもない、お言葉だろうな。


「ズバリ、可愛いは正義っ! 英語で言うならCuteness is justiceっ! はい、リピートアフターミー?」

「しねえよっ! ホント、ロクでもねえなっ!」


 僕はこの学園に来て一番の声で、ツッコんだ。

 彼女は頬を膨らませて、むすっとした表情になる。

 え? なんで、あなたが怒ってらっしゃるの?


「なによ、もう。なにが気にくわないの? 可愛いは正義。可愛いは世界を救う。故に美少女は世界を救う。めちゃくちゃ分かりやすいじゃない」

「なんか段階がいきなり何十段も飛んでる気がするんですけど? 要するに、あんたは美少女が好きってことですか?」


彼女は驚いたような表情を浮かべる。


「え? な、なに言ってるの? そんなこと・・・・・」


 さすがに自分が同姓愛者という現実を突きつけるのは、傷ついたか?

 いや、でもこのくらい言ってあげないと彼女のために―――。


「そんなこと前提で話してたじゃない。あなたの耳はオブジェか何かなのかしら?」


 まさかの前提だったかー。

 しかもなんで「分かってないな、もう」みたいな表情と視線を僕が受けないといけないの? かなりイラッとくるんだけど。

 むしろ、恥ずかしいのはアンタだよね?

 同性愛って、誇れるもんじゃないよね?


「分かったかしら? だから、キミに―――」


 彼女の言葉を遮り、彼女の方から携帯の着信音が鳴る。


「もうっ、何よ、こんな時に ・・・・・もしもし? レン? え? 相談者? ・・・・・分かったわ。今から行く」


 そう言って、携帯をポケットにしまった。

 それから、僕を悔しそうにきっと睨む。

 なんで、睨まれなきゃいけないんだろ。


「そういうことだから、覚えておきない。天使 倫平くん。今度しっかりとあなたに本当の美少女の可愛さ―――オホンっ。本当の愛を教えてあげるんだからっ」


 そう言って、彼女は僕の横を通り過ぎていく。

 今、美少女の可愛さって言ったよね。愛関係ないよね。

 それから、細長い窓をするりと抜けていってしまった。


「だから、間に合ってるって言ったじゃん」


 僕は再び深いため息を吐く。

 なんだったんだ。あの人。

 とにかく、助かった、ナイスタイミングの電話だ。


「こらっ、リンペーくんっ!」

「は、はいっ!」


 突然、声を掛けられたせいで背筋を伸ばして返事をしてしまう。

 窓の方を見ると、不機嫌そうにこちらを覗いている彼女。


「屋上立ち入り禁止なんだから、ご飯食べたら即刻後にすること。いいわね?」

「は、はあ」

「それと、昼休み、あと10分しかないから」

「えっ―――」

「それじゃ、またね」


 そう言って、今度こそ姿を消した。

 それだけ伝えに来てくれたんだ。

 後、10分じゃ食べきれないよ。フランスパン。

 ていうか、アンタも屋上立ち入ってたよね。

僕はフランスパンを一口噛みちぎって、こう思うのだ。


 「・・・・・屋上に来たのは、どうやら失敗のようだ」


 なんて残念な美人さん。

 二度と関わらないようにしよう。


 * * *


「それじゃあ、みんな、寄り道せずに青春を楽しむんだぞっ!」


 担任のこの余計なお世話発言で、僕たちの放課後が始まる。

 みんな各々、部活に遊びに自分の時間を当て始める。

 僕も帰ろうと鞄を持ちあげた。


「天使くん、帰るの?」

「え、あ、うん」


 またしても、僕らの委員長だ。

転校生である僕を心配してくれるのは有り難いけど、そういうことって普通クラス委員長がやるもんでしょ?

 ていうか、本当のクラス委員長が誰か、忘れちゃったよ。

 これぞ、まさしくいつの間にか、委員長の立場を手に入れる力。


「天使くん、部活なにに入るか決めた?」

「あー、部活ね」


 この珀桜学園は、部活を強制的にやらされる学園だ。

 生徒全員が運動部でも文化部でも好きな部活に一つは必ず入らなければいけないという、非常に面倒なルールがある。

 幸いにもこの学園は、結構部活動が豊富なので、適当な部活に適当に入部届けをだして適当に幽霊になっておけば、オールオッケー。


「まだ、決めてないんだよね」

「そうなんだ。天使くん、運動してるようなイメージないけど、文化部かな?」

「まあ、そうだね。文化部が良いかも」

「どうしても決まらないって言うんだったら、生徒会に入るのもありだよ?」

「生徒会?」

「そうそう、生徒会活動だよ。生徒会に入っている人は部活が免除されるの。風紀委員とか体育委員とか図書委員とかね」


 生徒会活動か。・・・・・うん、面倒だ。パス。


「あ、そうそう、生徒会活動と言えば、天使くん。この学園の生徒会役員が何人居るか知ってる?」

「生徒会役員? 生徒会会長とか会計とか書記とかあるヤツ?」

「そうそう」

「う~ん、よく知らないけど。五・六人くらい居るものなんじゃないの?」


 僕がそう言うと、委員長は中指でメガネを押し上げる。

 怪しく光るレンズ。不適に笑う委員長。

 中指でくいってやるのは、癖なのだろうか。


「なんと、この学園には・・・・・三人しか居ないの」

「へえ、そうなんだ」

「ちょっと、天使くんこの凄さ分かってる?」


 委員長は僕に詰め寄ってくる。・・・・・よく分かんないけど、近いよ。


「良い? 生徒会には今、三人しかいないの。生徒会長と副会長、そして会計。この学園は生徒の自主性を大事にしているから、あまり先生も生徒会には口出ししないのよね。ほかの委員会ももちろん協力するけど、実質この三人で総生徒数約1000人をまとめているようなものなの。分かる? 分かってる?」

「う、うん。すごいのは、分かったよ。詳しいんだね、委員長」


 はっと、我に返ったのか、委員長は少し頬を赤らめて、モジモジとし始める。


「ご、ごめんね。ちょっと熱くなり過ぎちゃった」

「いや、別に気にしないけどさ。じゃあ、その三人って、よっぽどすごいんじゃない?」


 ―――あっ。言い終わってから気づく。

 火に油を注いでしまったということを。

 委員長の目は、もうすんごいキラキラしてた。


「よく聞いてくれたわ。副会長は、この学園中の全女子を虜にする超絶イケメンなの。顔良し、性格良し、スタイル良しの三拍子揃った見事な好青年。そこら辺のモデルじゃ、足下にも及ばないほど。その魅力に押されたら、きっと天使くんもイチコロよっ。ちなみに二年生」


 へえ、男子なんだ。

 それに二年生ってことは、僕の一つ上か。

 ・・・・・僕がイチコロって、どういう意味?


「会計の子はまだ見たことないけど、噂によると私たちと同じ一年生よ。入学早々生徒会長にスカウトされたらしいわ。すごいコンピュータに強いらしくて、容姿も可愛いいらしいのよね。そういえば、書記も兼ねてるんだった」


 僕と同じ一年生で、生徒会長直々にスカウト?

 さらに、会計兼書記? 一人で二つの役職をこなすのか?

 それって、結構すごいことなんじゃないか?

 まあ、でもまだ噂による情報の方が大きい。随分と曖昧だな。


「そして、最後に生徒会長。この人は一年生から生徒会に入り前会長からの指名で生徒会長をやってるらしいわ。容姿良し、成績良し、生徒からも先生からも絶大な信頼を持つ、美しすぎる女性よ。特に女生徒からの信頼が厚くてよく相談事もされてるわね。ちなみに副会長と同じ二年生。私の、いいえ。全生徒の憧れの的なのよね」


 委員長は憧れのまなざしを、空想の中に向けている。

 さすがに生徒会長ともなると、かなり人間としてもレベルが高いらしい。

 まあ、1000人の頂点に立つ人なんだから、それもそうか。

 かなり信頼度も高い。


「要するに、生徒会役員の人たちは、この学園のアイドルみたいなものなのっ!」


 委員長は誇らしげに締めくくった。

 生徒会役員が、学園のアイドルね。本当にそんな漫画みたいな、学園があるんだ。 ていうか、ホント、委員長はなんのデータベースなの?

 生徒会役員のことに関して、ただ事ではない熱意を感じる。

 委員長も僕と同じ一年生で、入学したの先月だよね?

 僕はチラリと教室の時計を見る仕草を見せつけて、早々に教室から退散することにする。


「ごめん、委員長。まだ引っ越しの片付け残ってるから、今日はこれで。いろいろと教えてくれてありがとう」

「ああ、そうなんだ。うん。また明日ね」


 僕は、駆け足で校舎を出て、駐輪場に行くと、自転車にまたがる。

 生徒会か。

 とにかくカリスマ性のあるメンバーが、集まってるらしい。

 あまり目をつけられないようにしないと。

 まあ、普通に生活しているだけなら、目をつけられることもないだろう。

 そう。極力人との関わりを避け、ヒッソリと学園生活を送る僕に、生徒会だのなんだの関係ないことだ。

 僕はペダルに力を入れる。

 帰路につく中、今日の夕食はどうしようかな、なんて呑気なことを考えていた。

 僕のほんの些細な願いが、少しずつ足下から崩れていることも知らず。

 

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