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あの日、桜の木の下で君はいままでに見たことがらないような顔で、僕に言った。あの言葉、あの瞬間を僕は忘れない。君が僕に言ったから、僕は、
「鈴木ー!!」
聞いたこと無い声だな、と思った。
だから自分じゃない誰かが呼ばれてるんだろうな、と。
少し肩からずれたリュックを直しながら、今日の日替わり定食何かな、なんて考えてた。
「おい、鈴木ー!鈴木さーん!」
まださっきの声が叫んでる。低めのよく通るいい声だ。
どこかの鈴木さん、呼ばれてますよ、いい声の誰かさんが。
日替わり定食、ハンバーグだったら学食で食べようかな。違ったら一回家帰っちゃおうかな。どうせすぐだし。
そんなことを考えながら、てこてこと歩いているとがしっと肩を掴まれた。
「ちょっと、無視しないでよ」
あぁ、さっきの声の人だ。振り向いて彼を見てみるけど、知らない人だ。ミルクティ色に染められた髪はふわふわと、風に吹かれていて女の子みたいだ。すごく背が高くて男前だけど。誰だろう?
「あのさ、鈴木頼みがあるんだけど…」
ミルクティ君は申し訳なさそうに大きな体を屈めて小さなぼくの前に手を合わせてきた。けど…
「違います」
ぼくよりもずいぶん高い位置にある、彼の目をまっ直ぐ見ながらぼくはきっぱりと言った。
「…え?」
彼は切れ長の目を大きく開けて固まっている。
「ぼく、鈴木じゃありませんから。人違いですよ。鈴木さん見つかるといいですね」
「は…?」
「じゃ、ぼく行きますね」
すっかり固まってしまってミルクティ君にくるっと背を向けて、今度こそ学食に向かう。