まずはパーティーを組みましょう。そのろく
つくつく、くるくる。野鳥の囀りが方々で重なり合う翌日早朝。
バンブリオの象徴でもある岩層の傘から外れた東の門前に二人は立っていた。
朝日特有の涼しげな陽射しが、マオと仔百を優しく包んでいる。
眠たそうに目尻を指でほぐす仔百と、心地よい日の光に猫耳をひくひくさせているマオ。
約束通り、東の門へやってきた二人を待っていたのは……。
「はぁはぁ……」
待ち合せの約束を交わしたピンクでもひふみんでもなく、恍惚とした表情で息を荒くさせている変態眼鏡野郎だった。
細い鳶色の髪、瓶底に似たまん丸眼鏡、色白い痩躯をゆったりとした調子の衣装で覆い、煌びやかな装飾を散りばめている。衣ごと腰の周りを締める革紐には、妖しげな色合いを覗かす薬瓶や刃を布でぐるぐる巻いたフィレナイフなど、幾つかの小道具が括りつけられていた。
頬が少し痩せこけているが、歳を重ねて……というよりは普段の食生活に原因がありそうな、どことなくあどけなさの残る顔立ちをした青年だった。
「はぁ、愛らしい二人組がやってくると聞いておりましたが、貴方達が、はぁはぁ、マオ殿とモモ殿で間違いなさそうですね。名乗れ遅れました……ふぅ、私、この世界ではモーリスローエン・リザリフィートと、はぁ、名乗っております。どうぞ……親しみを込めてローエンとお呼びください」
「うん。わかったよ、ローエン……でさ、なんでそんなに息を荒くさせてるの?」
「うっ、こ、これは失礼。実はですね、私、なによりも宝星具に目がなくてですね、その……仔百殿。誠に恐縮ではありますが、貴方様が身に付けておられるその手袋……是非、拝見させていただきたいのですが」
「モモのパティシミトンです? それぐらい別に構わねーですけど」
「あ、モモ。なんか嫌な予感が……」
ほぼ四六時中、肌に付けたままでいる手袋型宝星具を指からつまんで引っ張り、素肌を露わにする仔百。そして、彼女はマオの呼び止めに応じず、ローエンへ手渡した。
「あぁあっ素晴らしいっ!! この肌ざわり。無垢なる白さ。とても戦いとは結び付かない可憐な装飾品でありながら、唯一無二のユニークスキルを秘めしその瀟洒なる存在感……」
手の平に舞い降りた宝星具のシルクのようなさわり心地を一頻り堪能すると、ローエンは続けてそれを鼻先へ持っていった。そして
「すーはーすーはー」
「うわぁ……」
マオどんびき。あんぐりと口を開けたまま、いつもは澄んでいる瞳を淀ませいる。
「ちょ、やめやがれです!!」
慌てた仔百が取り返そうとぴょんぴょん飛び跳ねているが、歴然たる身長さに阻まれている。
当のローエンはというと、ぼそぼそぼそぼそ独り言を繰り返しており、完全に自分の内なる世界へダイブしていた。
「マオ!! こいつ焼き払えですよ!! ただの変態です!! 人の手袋の匂いを嗅いで興奮する変態野郎だったです!!」
「ほいっ」
言われてマオは手慣れた仕草で人差し指をタクトのように優雅に振って、火球を飛ばした。
「ぐわぁぁぁぁ」と業火に悶えつつも、《パティシミトン》へ飛び火しないよう両腕を天高く突き上げる彼の燃え様は、なんだかとても潔かった。
モーリスローエン・リザリフィート 残りHP:1
「お見苦しい姿を晒してしまいました。どうかお許しください……宝星具を前にすると我を見失ってしまう悪癖がありまして……」
「うがー」
仔百はマオの背中にしがみついて獣みたいに唸っている。警戒ゲージマックスだ。
「ところで、ピンクとひふみんの姿が見当たらないけど?」
ローエンはこほん、と咳払いを挟むと、先程までとは見違えるような落ち着いた物腰で語り始めた。
「えぇ、まぁ、実のところ、あの二人に依頼していたのは馬車の護衛探しではなくてですね……我らが姫メリーベル・アン・ラズベリー様について嗅ぎ回っている連中を炙り出して頂けるようお願いしていたのです」
「……なるほどね」
マオは自分達がまんまと罠に嵌められたのだと理解していながら、それでいて飄々としていた。
虚勢か嘘偽りない余裕か。相手の真意を推し量ろうと、眼鏡の奥に隠れるローエンの双眸が僅かに狭まる。
「簡明率直に答えて頂きます。なぜ……姫様をお探しに?」
「理想郷の先駆者。彼女が本当に選ばれた存在なのか確かめようと思ってさ」
マオは安っぽい嘘を織り交ぜることを避けて、可能な限りの本音で応じる。
メリーベル・アン・ラズベリーが孤高のスキルを手に入れたという類の噂は既に広く浸透している。
だが、理想郷の先駆者という単語と結び付ける者はごく一部だろう。
いわば都市伝説の範囲に座する《理想郷の先駆者》という存在。
その名称を広めたのは《ゾディアーク教団》だ。
彼等は、竜殺しのバルドを理想郷の先駆者と祀りたて、この世界の謎を解く鍵になると、極めて抽象的な弁舌を振るっていた。
「その単語が出るという事は、お二人が《ゾディアーク教団》と関わりのある立場にあると判断してよろしいのですね?」
「違うよ。僕もモモも《ゾディアーク教団》とは無関係さ」
「です」
「ふむ、当てずっぽうという訳でもなさそうですが……では、仮に姫様が選ばれた存在だとしたら、どうするつもりで?」
「別に、どうするつもりもないけど」僕はね。とまでは口にしなかった。
「モモはお友達になりたいですよ」
「なるほど。敵愾心による接近でないとすれば、試す価値はありそうですね」
「試す?」
「えぇ、姫様と会合したいのであれば……まず姫様の行方を捜す段階からスタートになります」
「はっきり確かめてなかったけど、ローエンは《ハンプティ・ダンプティ》の一員なんだよね?」
「そうなります」
「姫様の居場所がわからないの?」
「まぁ……そうなります」
「どういうこと?」
ローエンは右の指の腹で眼鏡のブリッジを押し上げ、野鳥の囀りが途切れる瞬間を狙って、二人へ尋ねかけた。
「お二人は、クエスト《鏡界の茶会━━マッド・ティーパーティー》をご存知ですか?」