まずはパーティーを組みましょう。そのご
「ほーほー、君達、《ハンプティ・ダンプティ》に用があるのか」
「うっ、げほっ、ごほ、っは、こ、これ、うぇっ」
《彩菜亭》を後にしたマオ達は、仲裁に入ってくれた二人組へ改めて礼を述べていた。
ファッション雑誌の表紙を飾りそうなスタイル抜群の身体に、背中まで垂れ下がる星屑のようなきらめきを秘めた頭髪。そして、課金装飾なのか、瞳孔が星の形をしている。にんじんとかでよく見かける、あの星型である。そんな星眼の女性は、自身をピンキュロット・アンダバ・ラブソール……愛称はピンクだと名乗り、隣で終始咳き込んでいる鎧の男を日文んと紹介した。
「厳密には、お姫様に会いたいんだ」
マオはつい数分前まで口の中を満たしていた甘味の余韻に浸るかのような、ほっぺたを落としてきたのか? とでも、ついからかいたくなるような、愛らしくも、だらしなく緩んだ頬を手で押さえつつ、付け加えた。
「お姫様に? でも、あのこ、滅多に人前に姿出さないからねー。きっと会わせてーってホームを訊ねても門前払いされちゃうと思うよー。ねっ、ひふみん」
「うっ、ごぉっ、げふっ、ふっ!!」
頷く反動で発作が悪化する日文。そんな彼を心配そうに見上げる仔百。
「あ、あの、大丈夫です?」
「あー心配いらないよ。ひふみんの症状は、現実の頃の癖みたいなもんでさ、こっちの世界だと別にどこも悪くないのに、そうやって咳き込んでないと落ち着かないみたい。病は気からって言うしさ」
ほえー。と素直に感心している仔百の行く末を案じつつも、マオは溜息交じりに一言。
「折角、こっちで健康的な肉体を手に入れたんだから、もっと満喫すればいいのに」やや軽薄な発言ではあったが、肝心の日文は咳に追われるが関の山で、反応すらできていなかった。
「大丈夫、ひふみんはこれでも鉄壁無敵の壁だから」
壁とは、ネットゲーム用語の一種で、いわゆる『殴られ役』というやつである。文字面だけ聞くと、とても損な役回り……いや、実際、損する立場かもしれないが、多人数戦では、ほぼ必須とも言うべき重要なポジションだ。相手の照準を自分に集めれば、その分、仲間達の被弾が減る。火力職筆頭であるマオの《魔術師》などは、それこそ火力と耐久の数値が、平均から反比例しているので、壁職が一人居るだけでも、戦い易さというものがまるで違ってくるのだ。だから、マオは壁に身を捧げる猛者共が嫌いではなかった。その時点で好感度アップ間違いなしである。いくら、咳が煩わしくても、だ。
通説にもれず《New Age》で壁と呼ばれる猛者共は総じて火力が低め……というか、火力を捨ててでも、スキルなどを耐久方面に極振りするのが、壁を名乗る資格のようなものとして浸透しているので、単体での行動に向かない面がある。一人で魔物を狩るにしても、その火力の低さがネックとなり、効率がとても悪いのだ。
マオは、ネットゲームで他人と接触する際、初めに、相手が不必要な交流を望んでいるか、望んでいないのかを探る癖がいつの間にかついていた。
それによって、自分も態度を合わせる処世術だ。
ネットゲームでは、その性質故か、現実よりも、まして露骨に、系統が枝分かれしている印象を、マオは受けていた。というのは厳密には正しくない表現ではあるが、マオの根本に、そういった類の感情が隠れているのは事実であった。
他人との交流を拒むか、望むか。そのどちら側に属するものか。もちろん、その属性とも言うべきものは変わりゆくものでもある。コミュニケーションの波状に疲れて、或いは摩擦に絶望して、キャラを作り直す人もいるだろうし、一匹狼を気取っておきながら、実は構ってちゃんで、誘われると内心ハッピーな人も居れば、相手の中身が異性だと知った瞬間に掌返しする輩もいることだろう。
そういったネットゲームなりのややこしさを上手くやり過ごす判断材料として、壁という存在は、それ自体がある意味、信頼できる要素だとマオは思っていた。彼等はチームプレイを前提として遊んでいる部分が大きいからだ。
言われてみれば、日文って人、全身がっちがちの鎧装備だもんね。この二人、《ハンプティ・ダンプティ》とも関りがありそうだし、なんとかして上手く事を運べないかな。などとマオが思案していた矢先。
「あたしたちの馴染ってことにして、ベリルに会わせてあげよっか?」
願ってもない提案だった。
「いいのです?」仔百がきらきらと瞳を輝かす。
「ただし、一つだけ条件」と、人差し指を立てるピンク。
「なんだろ?」
「《未開領域》の東側が、またすこしだけ開拓が進んで、新しい不可侵領域見つかったの知ってる?」
Bnburioの国王━━獣王ことメルギルウスが《未開領域》の開拓を目的に、度々、遠征組(攻略組)を送り出しているのは有名な話である。
《ゾディアーク教団》を筆頭にし、名立たるプレイヤー達が協力しており、Bnburioの領土は、着実に広まりつつあった。
「もしかして、ラフレンティア?」
「あ、やっぱ知ってるか。そそ、彩花の園ことラフレンティアって田園がさ発見されたんだけど、お姫様がその地を甚く気に入っちゃったみたいで、駄々をこね始めたらしんだよ。そっちに引っ越しじゃ、ってね。んで、レイが苦労して、未開領域の探索に協力する代わりにラフレンティアの敷地を一部譲って貰ったんだってさ。だから、現在は引っ越し作業の最中なわけ。お姫様とかシュヴァリエの双子はもう現地に到着してるだろうけど、まだ荷物がわんさか残っててねー。あたし達は、ラフレンティアまでの道中、魔物から荷を守ってくれる有志を募っていたわけ」
「二人は《ハンプティ・ダンプティ》のメンバーなのです?」
仔百の問いかけに、ピンクは首を横へ振った。
「んや、違うよ。まぁシュヴァリエの兄━━レイとつるんでた時期があって、その名残、かな」
「護衛を引き受けるのが条件?」
「かな。できるだけすぐ出発したかったから、手っとり早く信頼できそうな実力と人柄の仲間が欲しかったわけ」
「姉御、ただめんどく、うっ、げほっごほぉ」
彼の症状は、本当にどうにかならないのだろうか。マオと仔百は揃って苦笑する。
「それぐらいでいいなら、全然おっけーだよ。ね、モモ」
「です」
「ただねぇ、ちょっとだけ問題が……あーいや、今日はもう遅いし、まぁ、いっか。それじゃ、明日の八時に、東門前集合でよろしくー」
じゃねー。と陽気に手を振りつつ、マオ達の元から離れていくピンクと日文。
「なんだか、不穏な言葉を残していったね」
「……モモはもう眠いです」
目尻を擦りつつ、か細い声をもらす仔百。
「あー、うん。そうだね、さっさと泊まる場所決めて、明日に備えよっか」
「……ですよ」
ふらつく仔百の手首を引きながら、マオは薄闇の貼りついた街中へ消えていく。
淫靡な雰囲気がありありと漂う状況ではあったが、容姿相応に幼い二人は、そちらの方面にはまるで無頓着であり、この夜も、早々と宿泊先を決めては、布団へ直行し、お互いがお互いに可愛らしい寝息をたてるのみに終わっていた。