まずはパーティーを組みましょう。そのさん
「で、マオの手伝いって、モモは何をすればいいですか?」
店じまいの途中で、ぽんぽんっとドレスの裾を叩きながら、強気さを窺わせる語調でマオへと問いかける仔百。
「えっ?」
マオは肩透かしをくらった気分で、木箱についていた肘を曲げた。
てっきりフィズから今回の件について事細かく聞かされているのだとばかり思っていたのだ。
「フィズから何も聞かされてないの?」
「何も聞かされてないです」
どうやら丸投げされたらしい。一応は上司に該当するかもしれないバイオレット・フィズへ心の内で悪態をつきながら、マオは仕方なく開口した。
「……そっか。正直、僕も曖昧なんだけど。モモは《ハンプティ・ダンプティ》のお姫様って知ってる?」
「モモを馬鹿にしてるですか?」
仔百は木箱を覆っていた布をさっと引いて、丁寧にたたみ始めた。別段、不機嫌というわけでもないのだろうが、つんと放たれる尖った一言は、敵意に慣れていないマオの動悸を早める。だから、マオは彼女が苦手なのである。
「あ、いや。そういうつもりじゃ……」
「なんですか? そのパンプキンデンプシーって」
「……そっか、知らないんだ」
「むぅ、しかたないですよ!!モモはまだこの国に来たばかりです!!」
なぜか勝ち誇った表情で胸を張る仔百を見つめつつ、マオは溜息交じりに語り出す。
「ギルド《ハンプティ・ダンプティ》━━そのお姫様ことメリーベル・アン・ラズベリーについてね、ちょっと不思議な噂が流れてるみたいなんだ」
「お姫様、ですか?」
「うん、正確には━━ひきこもり。って品詞をくっつけなきゃだけど」
《ハンプティ・ダンプティ》の設立者であるメリーベル・アン・ラズベリーは《意識混濁性消失障害》でありながら、いや、であるからこそか。滅多に人前へ姿を晒さないらしい。
《姫の両翼》と称されるシュヴァリエの双子がギルドの雑務を担っており、気まぐれで外を散策する際は、必ず双子のどちらかを侍らせている。
そんな自由奔放、天真爛漫とした行動、容姿から……誰が呼び始めたのか、それが愛称なのか蔑称なのかもはっきりしないが、いつしか《ひきこもり姫》と呼ばれていた。
「モモ可愛いのは大好きですよ。会ってみたいです!!」
「たしかに、会うのが一番手っ取り早いんだろうけど」
《New Age》のギルドにおいて、拠点は必須項目ではなかった。拠点機能はギルド設立時に与えられる特権のようなもので、当事者達が希望すれば、ギルドの為に用意されている土地や建物を借用、または購入できるのだ。
Bnburioでは、主に第二層と第四層(最下層)に専用の空間が配されている。
全てのギルドの中で、規模としても知名度としても頂点に君臨する《ゾディアーク教団》もBnburioに拠点を構えていた。第二層の専用空間を半分は占めている。
《葬儀人》仲間であるアークは一時期《ゾディアーク教団》に潜入していたが、ある一件を境に素性が看破されてしまっていた。
「なら、いくですよ」
「いくって?」
あまりにも自然に呟く仔百へ、マオは半ば呆然と尋ね返してしまう。
「だから、その《ハンプティ・ダンプティ》とやらに殴り込みかけるですよ」
殴り込み━━とは、また可憐な容姿に似合わず、随分と野蛮な表現だね。星屑を煌かす瞳を見据えながら、マオは苦笑いする。
「でも、もう夕暮れだよ」
岩盤という蓋に覆われた《風の通り道》でも、視野に映せる程度に日は沈みかけている。
「ゲーマーに昼夜などあってないようなものだと、偉い人が言ったです」
「ぜんぜん偉くなさそうに聞こえるけど」
「偉かったですよ。もうすぐ3キャラ目のレベルがカンストするって言ってたです」
「うわっ、それはすごいね」
マオも根本的にゲーム中毒の性質があり、正直に言えば、その人物に若干の嫉妬を覚えていた。レベルは《アセンション》の実装と同時に99まで解放されている。だが、マオから言わせてみれば、カンスト達成なんて太平洋を素潜りで横断するような常軌を逸した業である。それこそ《アセンション》にて実装された《昇天の隣人 (ワンダーゾーン)》に辿り着くでもしなければ不可能ではないかとさえ思う。
《アセンション》こと未開領域は、文字面からも連想できるが、《New Age》における現三国━━Nanokeria、WelzNeil、Bnburioの統治外となる地域だ。その果てに待っているのが《昇天の隣人》だとされている。しかし《昇天の隣人》については、ほとんど情報が出回っていなかった。もはや都市伝説である。
《意識混濁性消失障害》は《New Age》の原住民と意思疎通を図れるが、彼等の言葉を借りても、未開領域の解明には程遠い。
「しかも全部、ちっちゃくて可愛い女の子だったです」
「中身は?」
「心は女の子だって言ってたです」
ネットゲームではそう珍しくもない。しかし……と、マオは思考を逸らす。
《意識混濁性消失障害》が《New Age》の世界に降り立つ際、体躯は現実側に近く再現されるが、衣服などはゲーム内の分身に依存する事が判明している。つまり、異なる性別のキャラを作成し《意識混濁性消失障害》になってしまった人間は、それはもう劇的な幕開けを体感することになるのだろう。
幸い、マオはまだその現場を目撃したことがないので、妄想の範疇に収まっているが、実際に目撃、或いは体感した者達からすれば、それは語るもおぞましい光景であった。
「モモ。もうその人と話しちゃ駄目だよ」
「なんでです?」
「なんでもだよ」
「よーし!!お姫様、待ってやがれです!!いま、モモが会いにいくですよ!!」
お菓子の魔法道具が詰まった手編み籠を両手に抱えて、意気揚々と人波に紛れ込んでいく仔百。
マオは慌てて、その背を追った。
「ところで《ハンプティ・ダンプティ》の拠点の場所、知ってるの?」
先導していた仔百は足を止め、マオへと振り返った。
「知らないのですか?」
「うん。僕は知らないよ」
口元をへの字に曲げて、目を眇める仔百。折角の可愛らしい顔が台無しだなとマオは呑気に考えていた。
「まったくマオは駄目駄目じゃねーですか!!ちょっとモモが聞いてきてやるです」
やれやれです。と仔百は周囲をきょろきょろと見渡す。やがて、《意識混濁性消失障害》らしき挙動の人間を発見すると、飛び掛かる勢いで切り出していった。
「こばわです。《ハンプティ・ダンプティ》の拠点ってどこですか?」
いきなり話しかけられた男性は怪訝そうに眉根をひそめていたが、仔百とマオの無垢な眼差しに促されて(騙されて)、ゆっくりと口を開いた。
「《ハンプティ・ダンプティ》は拠点なんて持ってないんじゃないか? それか、最下層にひっそりと居を構えてるのかもなぁ」
こんなことならフィズに聞いておくべきだったよ。と今更悔やんでも後の祭り。フィズの通話機能は一方通行だ。他の連絡手段を頼っても、返事は日を跨ぐことになるだろう。
もういいだろ。と面に言いたげな男性を解放し、沈黙に包まれる二人。
ぎゅるるぅ。とお腹が魔物の呻き声めいた音を上げ、頬を紅潮させつつあたふたと言い訳を紡ぐ仔百。
「い、いまのはモモじゃないですよ!!」
「うん、とりあえずご飯でも食べに行こうよ。━━いたいっ!!」
脇腹を殴られて「うぅ、なんだよぉ」と涙声で唸るマオ。
なにかを訴えまいと潤むマオの瞳を受けても、仔百は毅然としたまま答えた。
「態度が気に入らなかったです!!」
「ひどい」
ゲームの世界だろうと、眠くなるし、お腹も空く。《意識混濁性消失障害》は、たとえ現実から忘れられてしまったのだとしても、確かに生きているのである。
「マオ。とびっきり美味しい所へモモを案内しやがれです!!」
びしっと、マオの頬に、仔百の人差し指が突き立てられる。
「ほふも、くはしふないお (ぼくも、くわしくないよ)」
「何言ってるかわからねーですよ!!」
━━ギルド《ハンプティ・ダンプティ》の拠点に殴り込みをかけろ!! → 失敗。
━━雨頃仔百の空腹を満たせ!! → 進行中。