まずはパーティーを組みましょう。そのに
円錐階層都市Bnburio第三層━━通称《風の通り道》。
巨大な岩山を削り、洞窟とも空中庭園とも言い難い独特な要塞化を成したBnburio。頂上には、削岩によって取り除かれた岩石を建材として再利用して築かれた国王の居城《バンシャ城》が聳え立っている。
なだらかな楕円形の広がりを持つ第三層の中心部には、Bnburioの象徴でもある巨大なドーム型の闘技場が佇んでおり、その周囲には細く岩の柱が上下へと、他の階層を貫く勢いで伸びていた。
第四層からの階段が西の果てにあるとすれば、第二層への階段は反対側……都市の基軸となる円錐山の斜面に築かれている。
支柱の役目を果たしている細い岩の柱には螺旋階段を彫刻したものがあり、そこから上下の階層へ移動する事も可能だ。
頭上に蓋をされた階層は日差しが遮られている反面、吹き抜ける街中で山風が荒んでいる。
第三層は特に風の勢いも強く、闘技場回りに連なる街道は、いつしか《風の通り道》と呼ばれていた。
《風の通り道》にはMMORPG《New Age》を支えるあらゆるコンテンツが密集している。
そんな《風の通り道》一部の街路脇には、プレイヤーへ貸し出す為に自由空間が設けられていた。
あらかじめ設定されている賃貸料を払う事で、支払額に応じて空間の権利を所有できるのである。
ギルドの拠点権利も似たようなものだが、拠点の場合だと方法が枝分かれするので、もう少し複雑だ。
「いらっしゃいませですー!!」
自由空間の端で、木箱を組上げて布を被せただけの台の前に立って、呼び込みに勤しむ少女。
桜の花びらに近い色合いの頭髪は、ふんわりと羽毛のように軽やかな調子で背中まで伸びている。黒い頭巾で首から上を包んでおり、コンセプトが獣としてデザインされた為か、両端が耳のように尖っていた。
細部にフリルが縫われた桃色のドレスは、少女の小柄な体格も相俟って、まるで人形のようだ。両手首には色の違うレース生地のリボンや革製の細紐が幾重にも巻かれている。
大きい赤紫の双眸、さらりと額を覆い隠す前髪、主張の控えめな鼻元に口先。全体的に幼さを残しつつも、繊細的な美しさを秘めた少女だ。
「ど、どうぞーご覧くださいです!!」
残念ながら……少女の快活な声は、周囲の喧騒に負けていた。
「モモの魔法道具。可愛くて便利ですよー」
少女が主張する通り、木箱の台上には、お菓子の形状をしたカラフルな小道具達が、限られたスペースの中、精一杯に飾られていた。
「なにより、美味しいですよー……ふぅ」語勢が尻すぼみに途絶え、終いには溜息さえ吐いてしまっている。
《お転婆菓子職人》こと雨頃仔百の知名度は決して低くない。ただ、現状「他国であれば」と付け加えなければならなかった。
仔百が所有している宝星具の固有スキル《製菓》は、カテゴリーに《砂糖》を含む素材で生成した場合に限り、様々な効果を付随できる。
隣国Nanokeriaでは、街中をふらふらと歩いているだけでも、《製菓》の件で声を掛けられたりしたものだ。
しかし、数日前に入国したBnburioでは、からっきし手応えなし。閑古鳥が鳴く一方である。
Bnburioにもなると、プレイヤーの求める線が大幅に引き上がっているのだ。初心者が八割を占めるNanokeriaと、過剰稼働者が挙って集うBnburioとでは、必要とする道具が、ひいては効果がまるで違う。
仔百は平和主義者だ。と言ってしまうと胡散臭いが、彼女は戦闘を好まず、生産系に没頭するタイプだった。
《New Age》の生産関係は、戦闘を支える職仕様とは別に、熟練度制度を採用している。故に、仔百の熟練度は調理、裁縫、錬金などが抜きん出ていた。肩を並べられる職人を見つけ出す方が困難なぐらいだ。
が、反比例するかの如く、職のレベルもまた、ウォーリーを探すくらいに、Bnburioでは、見つけ出すのが大変そうな低さである。
やや話が逸れるが、雨頃仔百は《意識混濁性消失障害だ。これは同じ境遇の人々の間で浸透している名称であり、現実ではなんて呼ばれているのか知らない。大抵の《意識混濁性消失障害》は現実側の記憶を保持したまま《New Age》の世界に取り込まれるが、現実で、このような不可解な現象が起きているなんて誰も認知していなかった。
《New Age》の世界に取り込まれると同時に、本人の記憶が改竄されているのではないか? 初めは、その推測が後押しされていた。しかし、ある日、突然。バイオレット・フィズなる人物が「自分は《意識混濁性消失障害》について研究していた過程で取り込まれた」と打ち明け、彼の言葉がそのまま仔百達にとっての現実になった。
仔百は、元から常連客であったフィズへやや強引に詰め寄り、更に詳しく口上を聞きもした。確かめる術などないのに、仔百はなぜか、すんなりと受け入れられた。
━━きっと。記憶がないからだ。
《意識混濁性消失障害》としての後遺症なのか。現実の自分について何一つ覚えていない仔百は、周りが「帰る方法を見つけよう」と哀願するほどには現実にしがみつけなかった。
ただ、その無関心さを面に出すと《意識混濁性消失障害》の仲間達は不快そうに表情をしかめるので、仔百は荒波立てぬようにと気を遣った。そして、いつしか、その気遣いが自然となっていた。
「まだ試行錯誤の段階ですから、しょうがないですね」
一つだけ寄せておいた木箱に尻から飛び乗り、地面と離れた両足をぶらぶらと彷徨わす仔百。
「というか、お客さんが寄りつかないのはさ、モモに原因があると思うけど……これ、無断でしょ? たぶん曲解されてるよ」
とうとう人が近寄ってきた!!と仔百が瞳を輝かせた瞬間の一言だった。
仔百に向かって「やっ」と片手を振っている男の子。
「マオじゃないですか!! 久しぶりですね!!」
「うん、久しぶり」
その日、《朱猫の魔術師》ことマオの来訪が、仔百に店じまいを決意させるきっかけとなった。