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第二話 80

 俺、中村ケンタはこの世界で仲間と共に農業を営んでいる。そろそろ仕事に向かおうかと準備をしていたら、カンカンと鐘を叩く音が聞こえてきた。急いで外にでる。他の家からも戦える者たちがとびだしていく。奴が現れたようだ。




 「ボスが出たぞー!!!」

 「固まるな!集中狙いされるぞ」

 「尻に…俺の尻に人参がぁああああ」

 「エリックーー!畜生っ、童貞の前に処女を散らすなんて!」

 「もう少しだっ、根を刈り取れえぇえええ!!!!」

「「「「「うぉおおおおおおおお」」」」」


 農業とは戦いだ。場合によっては戦争と言い換えても良い。これは比喩ではない。異世界じみたこの世界の植物の一部は飛び、走り、泳ぐ。

 この世界の野菜は収穫するまでは普通の野菜と変わらない。だがたとえばキャベツ、収穫しようと刃物を近づければ根を足のようにして逃げるのだ。なので細心の注意をもって収穫せねばならない。

 ここまではさしたる脅威には聞こえないだろう。しかし、時にボスが生まれる場合がある。ボスというのは異常に魔素を取り込み急成長した植物だ。一晩で10m以上にまで成長することもあり、近づく動物に敵意を持ち攻撃してくる。また、ボスに影響されるのか周囲の植物まで攻撃的になる。基本は体をぶつけてくるだけであり、対象が動かなくなれば過剰な攻撃はしてこないので命の心配まではない。だが収穫が困難になり、放っておけば際限なく巨大化して農地を衰弱させていく。農家にとってはまさしく命がけの問題なのだ。


「ケンタァ、これ以上はもたねえ。奴の花をっ!」

 ボスを倒す上で最も効率が良いのは、魔素をため込んだ部位を破壊すること。今回のボスキャベツは中心の花にため込んでいるようだ。

 …攻撃してくる根は大方切り取られた。俺は意を決し、愛鎌の虎鉄を強くにぎる。

「道は俺たちが開く!行けぇ!」

 仲間たちがキャベツに近づき、根を自分たちの方へ誘導する。

「無理だっ、2本なんて入らなっ、あっーーーーー!!!!」

 すまない、皆!

 根やつたを切り払い山のような、葉の広がったキャベツをかけ登っていく。

 っ、見つけた!キャベツの窪んだすり鉢状になった中心に、鈍く光る1房の花。

 その時、近寄ろうとする俺に背後から根が襲い掛かる。易々と刈り取るが、キン、と澄んだ音が俺の耳に届く。

 あまりに酷使をさせすぎたのか。鎌は刃のあった根本から折れていた。そんな……絶望するが迷っている猶予は無い。

 「そんな奥には入らなっ、ひぎいぃ!!!!!」

 背後から聞こえる悲鳴。犠牲になった仲間の為にもあれは、今此処で、収穫するっ!

 後ろから迫りくる根を無視して、覚悟を決めた俺は飛び降りた。腕をクロスさせ、纏う魔力を刃のように鋭くする。

          農技-ヤゴカキ

 手を伸ばした状態ですたりと軽やかに着地した俺の背後。ポトリと何かが落ちた音がする。その瞬間きこえる外からの大歓声。どうやらキャベツは活動を止めたようだ。

 安堵で体中の力がぬける。弛緩した体をそのまま横たわらせ、大の字になって空を見上げる。

 「なんだこの世界は……」


 報酬に加え野菜などをもらって帰宅する。

「おかえりけんちゃん。怪我はない?」

「ああ、大丈夫だ。他の皆もまあ無事だったよ」

 余談ではあるが、魔素をため込んだボスの部位は脅威的な万能薬となる。売ればそこそこの金になるのだが…尻を抑えてむせび泣くエリックがあまりに哀れだった為、満場一致で彼にこの薬が使われた。

 俺はソファーに深く体を沈め、机に置いてあった歴史書を手に取る。


 この世界は不思議に満ちている。300年ほど昔の話だ。通称ユグドラシル、日本にある1本の桃の木の突然変異から始まった。ユグドラシルは光合成と共に謎の光を放つ。その光はあらゆる物質に蓄積する性質を持ち、エネルギーとなり魔法のような力も行使出来たという。また他の植物にこの光はウイルスの如く感染、水が染みわたるように周囲に広がりユグドラシルと同じ性質を持つようになった。当時の人々は歓喜し、光による神のごとき力を思い思いに振るったという。

 この光は世界中に広がり病気や飢えから人を救い、エネルギー問題から人を解放させた。万能でこそ無いが一定の手順を踏めば植物の生長促進も自由自在、また肉体を補強すれば車よりも早く走れるようになる。世界経済は混乱したが人々の生活に支障が出ることは無かった。

 誰もが豊かになり、飢えにも病気にも脅かされることのない素晴らしい天国のような世界。このまま平和になるかと思われたが、人の業は深かった。この光がある限り、軍事において人間の数こそが国力となる。世界のパワーバランスは根本から覆された。第三次世界大戦勃発、先進国と呼ばれていた国は軒並み発展途上国とされていた国に蹂躙され、人種、思想宗教あらゆる団体が互いに争う事となった。

 人間は2人いれば争い、3人いるならば派閥ができる。他国への恐怖心からの疑心暗鬼か、どういったプロセスを経たのかは記録に残っていないが、最終的に人間は僅かな数を除き死滅したという。

 

「けんちゃんまたそれ読んでるの?」

 後ろからハチが俺の首に抱きつき、歴史書を覗き込む。

「あたしそれ嫌い、皆…死んじゃうもん」

 ぎゅっ、抱きつく力が強くなる。ハチは俺の髪に顔をうずめた後、正面に回り歴史書を取り上げる。

「おい、ハチ……」

 ハチは俺の上に座り、抱きつく。ハチの気持ちは理解こそできないが想像は出来る。俺はハチの肩が震えているのに気づき、そっと抱きしめる。

「大丈夫、俺は大丈夫だから」

 ハチは特殊な境遇ゆえに死というものに敏感だ。それに加えて朝のボス騒動、不安になるのも無理はない。普段の元気も不安を隠す為の彼女なりの処世術なのだろう。

 俺はハチの不安を少しでも和らげようと強く抱きしめ頭を撫でる。


「ケンタ!いるか?」

 この声はエリックだ。ノックもなしに部屋に入ってくる。

「朝はサンキューな!これウチで漬けたきゅうりだ。おすそ分けにき…た……」

 エリックがこちらを見て固まっている。どうしたというのだろう?

「……お邪魔しました」

 エリックが出ていって、俺はようやく理解する。

 膝の上に年端のゆかない幼気な少女を跨らせ、強く抱きしめている男がいる。

 そう、俺だ。

「みんなあああ!ケンタがとうとう手を出しやがったあああああ!!!!」

「エリィックゥゥ!ちょっと待ちやがれええええええ!!!!」

 




 後日、俺を見る人たちがひそひそと噂話をするようになった。

 誤解だ…誤解なんだ…

 最後に言わせてもらおう、俺はロリコンじゃない。

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