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惨劇のオシリウス~紅色の抱擁~

アタシの名はマイ。

夢はロックシンガー。

今日もこの街で夢を奏でる。

…でも、

最近は思うんだ。

ここではないって。

こんな掃きだめの街じゃ、アタシの翼はしおれてしまう。

ほら、アタシの目の前を通り過ぎる女。

スマホを片手に、瞳は空っぽ。

きっとその心は電波に乗って地獄で楽しく踊ってる。

誰も彼も、心はここに無い。

わかってる。

ここが地獄よりもひどい所だから、

あの人もこの人も、スマホという小さな針穴に心を通して、この場所から地獄に堕ちるのよ。

「ーーーーー」

私は、自分のもてる限りの技量を振り絞って、最後の一曲を終えた。

でも。

例えアタシの歌が神様の声と同じでも、

聞く人がいないんだ。

空っぽの気持ちのままギターケースを閉じる。

これから、どうしよぉ。

なんだか泣きたくなって、

アタシはうつむいてトボトボ家路を辿った。

だからだろうか、

つい、ナニカにぶつかってよろめいた。

「いた…あ、ごめんなさい」

アタシがぶつかったのは、アタシよりも小柄なスーツ姿の女性の背中。

でも、彼女はアタシの存在にすら気づいていない様子で、ただ一言呟いた。

「オシリウス…!」

そして走り出す。

何と言うか、本当に心に体が引っ張られて、無理矢理引きずられていくような格好悪い走り方。

「なにアレ?」

不審に思いながら、彼女の視線の先を追いかける。

そこは歩道橋があり、赤青黄と3色の光りが舞台を細々と照らす。

喧騒の中に混ざって男の歌声が聞こえた。

でも、アタシの意識は一瞬でそれらの情報を遮断したの。

「…神様」

あまりにも美しいモノを見たとき、

人はそう呟くんじゃないかな。

祈るように、感謝するように。

アタシは、自分の目の前にある現実が信じられなくて、

まるで酔っ払いの千鳥足のようなおぼつかない足取りでその歩道橋を登った。

その時に答えが出たんだ。

アタシに無かったのはこれだったんだって。

人の心を揺さぶる絶大な魅力。

歌手は歌が上手いだけじゃダメ。

声が心に沁みて、

それで初めて本物の歌姫のスタートラインに立てる。

そんな実感。

…もっとも、彼の歌は月並み以下だったのだけれど。

ようやく歩道橋の上についた時、

そこには人が溢れていた。

女女女。

どこも一面女が場を埋め尽くしていて、

アタシは仕方なく、歩道橋の手すりの上によじ登って腰掛けた。

「あぁ………綺麗」

彼が歌い、踊り、

相方らしいブチ猫の被り物をした男がギターを奏でる。

「あんた、新顔だね?」

不意に声かけられて、一瞬意識が引き戻された。

アタシの側に立ったのは背の高い赤いスーツの女性。

「美しいだろ?彼の名はオシリス。そして、あれこそがオシリウス…!」

「オシリウス…」

アタシは見惚れていた。

オシリス様に。

ううん。

オシリウス…、彼の、神のお尻に。

赤い紐パンをはく彼のお尻。

うぅん。

お尻なんて野暮な言い方はダメね。

そう、彼のオシリウスが一つダンスを刻む度、アタシ達は濡れたの。

本当に、

パネェって思ったわ。

あたしにとってはここが天国。

排ガス混じりの肌寒い夜の空気も、

耳障りな彼の歌声も、猫男のテンポの怪しいギターも、

なにもかもがオシリウスを祝福するための記号に思えた。

「なんて美しいの…」

それからほどなくしてオシリス様のステージが終わった。

アタシはなけなしの諭吉先生を猫男のギターケースに贈呈したわ。

一瞬彼の紐パンに挟みたい、って衝動がおきたけど、

そんなよこしまな願望はすぐに信仰心に正されたの。

だってアタシみたいな女が神様に触れていいわけないでしょ?

「あんた、見込みあるね」

去って行く彼のオシリウスを見届けた後、さっきの赤スーツの女が言った。

「来たければ歓迎するわ」

そして彼女が歩み出すと、

他のほとんどの女達が後に続いた。

「いくぞ女郎どもぉ!」

『おー!』

彼女が声を張ると、彼女達も一斉に声をあげ、全員で駆け出す。

「オッシリスのおっ尻はオッシリーウスー!」

『オッシリスのおっ尻はオッシリーウスー!!』

「お尻お尻」

『お尻お尻!!』

「叩け叩け」

『叩け叩け!!』

「オッシリスのおっ尻はオッシリーウスー!」

『オッシリスのおっ尻はオッシリーウスー!!』

「お尻お尻」

『お尻お尻!!』

「愛でろ愛でろ」

『愛でろ愛でろ!!』

「オーシリース」

『愛してる~!!』

キャー!

ハハハハハ!

そんな女子の一団に、アタシはいつの間にか混ざっていた。

なんて素敵なのかしら。

なんて素晴らしいのかしら!

これがニュースあった暴走女子軍団なのね。

こんなにも素晴らしい人達と今、アタシ一つになれた。

「やっぱりついて来たわね」

近くにあった広い公園にたどり着いたアタシ達。

アタシは皆に囲まれて赤スーツの女性と向かい合った。

知らない人からすればちょっと怖い雰囲気に見えたかもだけど、アタシはもぉ心からこの人達と想いを共にしている。っていう実感があったの。

「はじめまして。アタイの名はリバース」

「マ…マイです。よろしくお願いします」

アタシ達は握手を交わした。

これがアタシとリバース、そしてチームオシリウスとの出会いだった。



それからしばらく。

アタシはチームオシリウスの一員として精力的に活動した。

昼はお布施を稼ぐ為に働き、

ステージの無い夜はリバース達と一緒に手書きでオシリウスのポスターを作った。

もっとも、ソレを張れるのは路地裏やビルの影で、ほとんどはアタシ達の遊び、そして自己満足のための行動だったのだけれど、アタシ達にとってソレは‡リスト教途の行う礼拝や、ミサのように信仰心を表現する儀式の一つだったの。

だって、

アタシ達には情報が無いんだもの。

誰が決めたわけでもないんだけど、誰一人オシリス様の事を探ろうとする娘はいなかった。

写真すら論外。

全員それどころじゃないトランス状態だ、って言うのもあるんだけどね。

なんだか神聖なモノを汚す行為のような気がしたんだと思う。

ホント、芸能人なんかと同列に扱う事なんてアタシ達には出来なかったの。

だから、

不定期な彼のライブがある時は何があっても飛んで行った。

そう。

あの日もそうだったわ。

あの風の強い冬のある日。




[ライブ有り・下川口南駅前]

チームオシリウスのメンバー全員が会員登録しているSNSから連絡があった。

「南駅前。近いわね」

その頃、アタシの勘は結構冴えていた。

何となくだけど、

そろそろライブがあるような気がしていた事もあり、

アタシは彼がよく好んでライブを行う下川口市をさ迷っていたの。

あの美しいオシリウスを求めて。

だからアタシが南駅前についた時には、まだ人数はまばらだった。

(…あれ?)

なにか、妙な感じがしたの。

階段を駆け上がり、歩道橋の上にたどり着いたとき、アタシは違和感の正体をつかんだ。

ライブが中断しているのだ。

今までにもう18回もライブを見てきて、それが中断されているのを見るのはこれが初めてだった。

(なんなのよ、あのジジィ)

リバース姉さんを含む5〜6人のチームメイトが遠巻きに見守る中心に、オシリス様と酷い猫背をした白髪白衣の老人がいた。

老人は銀色に煌めく杖で体を支えているようで、

その腕も足も、朽ち行く老木のような不気味さをアタシに感じさせた。

老人がナニカを呟くように白い髭を揺らしたけれど、アタシの位置からはまだ距離が遠くて、彼等の話しの内容までは聞き取れない。

けれど、なんだかオシリス様のオシリウスは困惑しているようだった。

(へんなジジィ。アタシが追っ払ってあげようかしら?)

そんなことを考えた時、

老人の腕が信じられない速さで動いた。

杖だと思っていた銀色の棒。

その先端が一瞬禍禍しく輝き、下から上へ、オシリス様の心臓に突き刺さった。

無音の中、

老人はさらに棒を胸の奥深く、柄の当たりまで突き刺した。

棒はオシリス様の肩と背中の間を食い破り、天へ突き抜けて。まるで空から落ちてきた槍が背中に刺さったようにすら見えた。

『キャー!!』

アタシも、

気がつけば悲鳴を上げていた。

でもそんなことには構っていられない。

(嘘だ嘘だ嘘だ…!!)

悲鳴を上げながら呪文のように胸の中で繰り返し、力無く地に倒れようとするオシリス様を支える一員に加わる。

「オシリス様!」

「あぁ!オシリス様ぁ!!」

死なないで。

ただそう思った。

こんな事あっていいはずがない。

彼は、

オシリスは死んじゃいけない!!

アタシは、

うぅん。

アタシ達はいつの頃からか変わっていた。

未だにオシリウスは好き。

だけど、

それと同じくらい、

下手な癖に必死で。

必死で心を込めて歌い、踊る。

そんなオシリスが好きになっていた。

彼に、

救われていたの。

彼に、明日を見ていたの。

彼を、愛していたの。

「ジジィ!!」

リバースがキレた。

持っていた赤いショルダーバッグを殺す気で振った。

けど、

それは当たらなかった。

「うそ…でしょ?」

老人の体を、バッグがすり抜けたんだ。

「うそ…わ、うわぁぁぁぁぁ!!」

リバースが後ろによろめく。

その肩を猫男が支える。

「その者に祝福のあらんことを」

呟いた老人がゆっくりと消えて行く様子を、

アタシ達はただ無言で凝視していた。

「マ…マイ」

不意に呼ばれて振り返った。

呼んだのは。

アタシの名前を呼んだのは、彼だった。

アタシは、

アタシは自分の頭がおかしくなったのかと思ったし、

同時に意識が落ちて、どこまでもどもまでも、地獄よりももっと深い、

地球の中心のマグマに魂が熔かされているような気すらした。

まだ意識を保っていられることが奇跡のようだ、と頭の片隅で思った。

「好き…だ」









意味が、

わかない。

待て。

待て待て待て。

ちょっと待ってお願い。

好き?

それってスキー?

ないないない。

この場でウィンタースポーツの話題はない。

馬鹿かアタシ、アタシ馬鹿馬鹿。

って、

て言う事は好き?

あの好きなの?

キャーうそー!?

どうしよアタシリバース姉さんに殺されちゃうしハブられちゃうし、

それにオシリスの事アタシよく知らない、ってゆーかオシリスの本名も知らないぢゃん!

てかなんでオシリス、アタシの名前知ってるの?

てか何時からアタシの事好きだったの!?

違う違う。

そんな事よりオシリス死んじゃう!

ほらあんなに血がドバァーっと、

血が!

…………?

「血が、出てない?」

一瞬で、多分世界最速のコンピューターよりも素早く回転したアタシの脳みそ。

そこから口をついたのは愛の駆け引きとはまったく無縁の駄文だった。

「…え!?」

一瞬遅れて(当然か)チームメイト達がオシリス様に向き直った。

「嘘だろ?」

オシリス様ご自身が1番に驚いている様子で自分の胸を見つめた。



呆然と、自分の胸に刺さった棒を見つめるオシリス様。

その棒が輝きはじめた。

はじめはぼんやりと、でもすぐに光りが朝日のように直視し難い輝きに変わっていく。

その時アタシの本能が警鐘を鳴らした。

この光りは危険だって。

心臓がもの凄い速さで鼓動して、早くここから離れろって叫んでた。

たぶん、

皆それを感じたんだと思う。

誰からともなく、申し合わせたようにチームメイト達がオシリス様から手を離し、後ずさった。

でも、アタシは残った。

アタシだけがオシリス様のそばに残った。

でも、

これは愛や慈しみなんていう綺麗な気持ちじゃない。

アタシは、アタシが見つけたオシリスを手放したく無かっただけ。

この星をアタシだけのモノに出来るなら、

命なんていらない。

ただそれだけ。

アタシの中の女の毒がそうさせたの。

「マイ、逃げろ…!」

おびえている。

彼の、

オシリスの恐怖が、オシリウスに触れた手の平からアタシに伝わる。

それなのに「逃げろ」だなんて。

あぁ。

アタシのオシリス。

なんて愛おしい………。


そして、世界が光りに塗り潰された。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




チチ・ピチチチチチ。

鳴き声を上げながら、小鳥が二羽アタシの耳をかすめて飛んだ。

「ここは…?」

足元を見ると、そこはむき出しの大地。

そこかしこに石ころや雑草が点々とある。

周囲には濃い霧が立ち込めていて、ここがどこなのかアタシにはまるでわからなかった。

「そうだ…オシリス様」

さっきまでの出来事を思い出す。

すると急に強い風が巻き起こり、濃霧を吹き飛ばした。

「うわ」

アタシはよろけながら目を閉じて耐えた。

それくらい急な突風だった。

「マイ」

その声…!

「オシリス様!?」

目を開くと、眼前にオシリス様のオシリウスがあった。

アタシのイチ押しの赤い紐パン。

…や、違う!

そんな事よりここは…。

「ここはチョモラ山」

「チョモ…チョモラ山!?」

…ってどこだよ、聞いたこと無いよ。

不安になって周囲を見渡す。

そこでアタシは絶句という言葉を味わうはめになった。

山…と言う表現は正しいのだろうか?

見渡す限りの荒野。

太陽の輝きが、地平線の向こう側からこぼれて見える。

朝日が昇り出す前の薄暗い世界。それでもアタシの下には、地平線までハッキリと認識できる永遠の大地が広がり、

アタシの上には雲に遮られる所まで、まるで壁のようにそそり立つ大地の隆起があった。

どれほど探しても、膝より背の高い植物や岩が見えないせいで距離感が無い。

その光景に、アタシは足がすくむような恐怖を感じた。

ここはまるで宇宙のようだと、心が感じる。

何もない空間。

果てしの無い空間。

そんな世界に一人存在している事。

自分だけしか自分の存在を認識出来るモノが無い。

自分だけが世界の異物になっている実感。

「怖い。怖いよ。ここはどこ?チョモラって何なの?」

頭の中に、理性という壁に亀裂の入る音が聞こえた。

それが怖くて、アタシはオシリス様の背中をすがるように見つめた。

「チョモラとは、新たなる世界の息吹」

それだけ言うと、オシリス様が私に振り返った。

「マイ。君はチョモラとは無縁な人。早く帰るんだ」

「か、帰るって、どうやって?

それにオシリス様。その胸は大丈夫なの?」

オシリス様の胸には変わらずに銀の棒が刺さったまま。

今はもう太陽ほどには光っていない。

その棒に手を当てて、彼は言う。

「マイ…僕はもうじき消える。

オシリスという名の男は死ぬんだ」

「………嘘」

あぁ。

やっぱりそうなんだ。

「嘘だ!!」

わかってた。

魂が、それを認めてた。

「違う!違う違う違う!!

オシリス様は死んだりしない。だって生きてる!今アタシと話してるよ?ほら!」

一歩近付こうとしたアタシの挙動を、

オシリス様が右の手の平を向けて制した。

「ダメだマイ。それ以上踏み込んではいけない。大使に見つかってしまう」

「大使?なによそれ」

悲痛な表情。

「なんなの?

ホント、なんなのよ!

アタシの事好きだって言ったくせに!

アタシの返事も聞かないで、

それで帰れって言うの!?

なにが大使よ?なにが僕死んじゃうよ!

オシリス様の馬鹿!馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」

「ごめん、マイ。本当にすまないと思ってるんだ。

でも、どうしても伝えたかった。

この気持ちが消えてしまう前に。僕が、僕であるうちに」

その時、朝日が昇った。

強烈な朝焼けの光りに塗り潰されて、アタシには彼の表情がよくわからない。

泣いているのか、誇っているのか。

彼が、オシリスがなにを思い、語っているのか、

まるでわからなかった。

「マイ………愛している」

そして再び、世界が、光りに染まった。




「変・身………」

鼓膜に伝わる声の響きに正気づいた。

ここは…?

さっきの、世界は………?

アタシの朦朧とする意識に、雷のような叫び声が突き刺さった。

「チョモラヒィィィィィィィィィット!!!!!!」

見えない巨人の手の平に弾き飛ばされる。

それも人がハエを叩き落とそうとするような容赦のない衝撃。

「うぐ……!」

アタシは歩道橋の階段付近まで転がり、よやく止まった。

(ここは…夜なのね)

眠らぬ街下川口。

今も夜の闇を震わせて人や物の光りが渦巻く。

(この世界は……それでも、生きているのに)

まだ醒め切らぬアタシの心が、一粒の涙をこぼした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「馬鹿ねぇアンタ」

ハン、と鼻を鳴らして小意気良くリバース姉さんが言った。

ここはどこだったっけ。

良くチームオシリウスのメンバーでたまり場にした居酒屋…かな?

匂いと言うか、雰囲気というか。

うん。たぶん。

なんて言うのかな。そんな感覚的なモノで適当にアタリをつけて話しを続けた。

なんだか今は、とても心が弾んでるから。

「だって、オシリス様と目があったこと無いのってアタシだけなんですよ!」

ダン!

とテーブルを叩く。

腹立たしい感情がくすぐったくて、アタシは笑いながら怒った。

変なの。

ついこないだも皆で朝まで騒いだのに、なんだってこんなに懐かしいのかな。

なんだか頭がぼうっとする。

そんなアタシから視線をそらせて、姉さんがスーツの内ポケットからシュガーケースを取り出す。

「それが馬鹿だっていってんのさ」

トントン、と箱を叩いてタバコを取り出すと、ドラマのワンシーンみたいに斜にかまえて火をつけた。

何だったっけ、ど忘れしたけど。あのポッキーみたいに細長いタバコ。

タバコ吸わない派の私でもちょっと憧れるくらい、その格好はサマになっていた。

ほんと、ここだけ切り取って見たってチームオシリウスにこの人アリ。

我等が看板娘(?)なんて呼ばれるのも頷ける話しよね。

アタシがニヤニヤしてるのを見て、姉さんは猫みたいに急に機嫌を悪くした。

もっとも、アタシだって伊達に長いこと姉さんに付き合ってるわけじゃない。

「で?姉さんはニャン君とは上手くやってるんですか?」

「ば、馬鹿!」

わかりやすく咳き込んで姉さんが顔を赤くした。

ほんと、

反則だよ。

綺麗でクールで気遣いも出来て。

その癖こんなに可愛いなんて、さ。

「パクリタイニャーなんてかっわいいニックネームですよね?

いつ紹介してくれるんですか~?」

アタシは、

自分の中の空っぽな部分を知りたくなかった。

何も見たくなかった。

ただ、楽しい自分を演じていたいって、

そう思った。

だってそうでしょ?

アタシなんてどうせちっぽけな存在なんだ。

アタシの歌を聞く人はいない。

アタシの音を知る人もいない。

アタシの声は何時だって響かない。

だってそうじゃん。

アタシは、死んでないだけだもの。

「無理だよ。アタイ死んだでしょ?」

軽く返されて。

アタシは凍りついた。

「死ぬ前にちゃんと紹介してやりたかったよ。

馬鹿な奴でさ。可愛いんだ」

なんて事無い。

…そんな響き。

たったそれだけの音の揺れが、アタシの脳みそからあの日の記憶を引きずり出す。

朝焼けの輝きを纏う戦士。

「やめて」

幻聴のような老人の嘲笑。

「嘘だよ、そんな、そんなの…」

夕日色を滲ませる女を貫いた、煌めく銀色の刃のおぞましい静謐。

「アイツ、泣いたろうな」

アタシは、見ているだけで、すべてが終わって…。

「やめてよ!!

そんな簡単に、言わないでよ!

姉さんがいなくなったら、どうしたらいいんだよ。

オシリス様も消えちゃって、アタシ、アタシ。もぉどうしたらいいかわかんない。わかんないんだよぉ!」

泣いたよ。

アタシは泣いた。

もー自棄だった。

ホントに、親が死んだ時だってこんなに泣いた覚えは無いのに、ただただ、あの日が悲しくて、悔しくて、痛ましくて。

アタシの心がきしむ度、涙があふれた。

「馬鹿」

見上げると。

姉さんが優しく微笑んでいた。

「アンタは生きてるでしょ?

少なくとも、今はまだ生きてる。

だから出来る。

アンタにはまだ、出来るんだ」

姉さんの温もりが、アタシを抱きしめた。

「さぁ行きな。マイ………オシリスを、お願いね」

姉さん。

リバース姉さん。

消えていく。

この世界が。

再生された世界は朽ちてしまう。

だけど。

だからこそ、アタシは…!




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「リバァァァァァァァァス!」

チョモラマンの呼び声に、アタシの意識が引き戻された。

目の前にはチョモラマンの姿。

気付けばアタシは、彼の腕の中にいた。

「う……うぅぅ」

―――これが、

これがあの、チョモラマン・フレグランス!

運命のあの日、アタシはオシリス様を取り戻すため、リバース姉さんの意志を継いだ。

チョモラを打ち砕くため、リバースの血脈を身に宿して。

…でも。

なんていう香り。

正直、アタシは意識を取り戻した事を後悔していた。

そのくらい精神に来る匂いが今だに纏わり付いていて、

少しでも体を動かせばリバース必死の状況。

「しっかりしろ、リバース。リバァァァース!!」

叫びながら馬鹿がブンブンとアタシの身体を揺すった。

殺す気か、と。

無理だよ姉さん!

と。

本気で思った。

「強く、なったのね…」

強いも何も、あの必殺のチョモラマン・フレグランス相手に強弱の観念なんて無いって。

そう思いながらも囁いた。

とにかく、今は身体を揺すらないでいて欲しかったから。

アタシの思惑に乗って、チョモラマンが腕を止めた。

「何故…何故リバースの名を継いだ、マイ」

「マイ…か。アタシの名前、覚えててくれたんだね」

「オシリスは…消えたんだ。もぉいないんだよ!」

そう。

あの必殺のチョモラマン・フレグランスの前に、アタシの願望は打ち砕かれた。

それはもぉ木っ端みじんに。

でも、

「それでも」

囁いて、彼の唇に手を触れた。

「アタシ、まだ…返事してないから」

「なに…?」

「アタシも、愛してる…わ」

「な、何を…」

「貴方が好きよ、オシリス。

貴方のオシリウスも………好き」

これだけが言いたかった。

このためだけに、リバースの血を受け入れた。

世界のあるべき形なんてどうだっていい。

ただ、そこに愛さえあれば。

愛さえあれば、女は生きられるの。

「マイ、私は………」

「アタシは結局、

貴方のオシリスにはなれなかった」

薄れ行く意識の糸を握りしめ、アタシは思いを綴る。

「でもねオシリス。

いつかきっと、貴方だけの地上のオシリスが見つかるわ。

そしてそれこそが、貴方を再生する。

信じて、

アタシも、世界も信じなくていい。

ただ、貴方の、未来を。

信じ……て」

アタシも信じていた。

例え小さな希望でも、

捨て去らぬ限りそれは希望なのだから。

まだ見ぬ地上のオシリス。

貴女に祝福のあらんことを。

正直、ちょっと悔しかったけど、

その時アタシは素直にそう願った。



惨劇のオシリウス

  ー完ー

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