prologue'2
授業の終わりを告げるチャイムが、教室内にあるスピーカーから流れた。
その瞬間、俺の全身から一気に力が抜けるのを感じた。
それと同時に、解放感で全身は満たされた。
学生ならば誰しもが共感できることだとは思うが、敢えて言うと、学校とは実に面倒臭い。
何で学校に行かなきゃいけないんだー、とか言っている学生も少なくはないだろう。
義務教育終了までの主な小中九年間は、俺としては長いような短いような。
九年間ってのは、未成年者からすると人生の半分以上を占める訳だから、普通に考えると長い。
だが、時間としては短く感じたのが正直な感想だ。
小学校卒業以来会わなくなった同級生や、高校で別れてしまった友人達とも、顔を見なくなってから暫くして会うと、お前誰だよ、ってな事になることもしばしば。
その度に時間の残酷さを感じている。
俺にも、何が勉強だー、何が義務だー、と嘆いていた時期も何年か前まではあったが、小中と義務教育が終わって高校に進学したのに、何故だか結局は勉学の道を歩んでいる。
俺の家庭からして、高校へ行かずに中卒で終えるのは親がけしからんとお考えだったようで、迷うことなく、俺に迷わせることもなく高校進学を決められた。
当初はふて腐れていたが、結局はこの生活に馴染みを覚えつつある。
あの時就職の道を選んでも、何も楽しくなかっただろうし、何より成功していた気がしない。
昔から俺は、「手先が器用だが、バカ」という印象が強かった。
ことある毎にガラクタで何かを作っては、アイデアだけで死滅することが多かった。
多かったというか、上手くいった試しがない。
だから俺は、この道を選んで(正確には選ばれて)正解だったと思う。
一般論からすると当然と言えば当然だと思うが、何だかんだ言って自我は曲げられないな、と思った今日の俺だった。
話が大いにずれたが、要するに、学校の一日の授業が終わると幸せだということだ。
まさしく今のチャイムがそれを表し、俺は本日の勉学の呪縛から解き放たれたのだ。
気が楽になり、至福の時を迎えた俺は、机の横にあるエナメルの鞄を机の上に置いた。
何だか身が軽くなったように感じ、鞄がとても軽いような気がした。
鞄の中身が殆どすかすかだというのも要因の一つだが、主な気分的な感覚では前者が勝っている。
各教科の教科書やらノーとやらを取り出して鞄に詰めていると、すぐ真横に隼が立っていた。
相変わらずの不意打ちだったが、やはり俺は一切微動だにしなかった。
「やあやあ竜弥君。この後はお暇かい?」
隼は唐突に奇妙な口調で喋り出した。
その喋り方はどこかで聞き覚えがあり、それを思い出すと直ぐに用件が連想できた。
確か前の時も同じようなシチュエーションだった筈だ。
授業終了の解放感で満ち溢れていると、隼から変なお誘いを受けた。
そして、その内容が、
「裏山へレッツゴーして、スリープウィズミーしないかい?」
いまいち訳が分からない、と言う人のために隼の言ったことを要約すると、「裏山へ一緒に行って、寝ようぜ!」という事らしい。
らしいというか、そうなのだ。残念ながら、それが正しいのだ。
一緒に寝よう、って言うのが一見気持ち悪いが、決して勘違いをしないでほしい。
正しく深々とした意味では、一緒に裏山に行って寝そべる、というのが正確だ。
決して、「アレ」ではない。
もう一度言うが、「アレ」では、ない。
「ああ、良いぜ。どうせ暇だし」
「待ってました、その返事ー!」
待たなくても分かってるくせに、と心の中で呟く。
隼は恐らく、いや、間違い無く、俺が反対はしないと信じきっていた。
その辺、変に絶対的に信頼されているところが何処か気恥ずかしい。
そんな俺の複雑な気持ちなど知るはずもなく、隼は笑って言った。
「んじゃ、この後直ぐに廊下集合で」
そう一言告げると、隼は自分の席に戻っていった。
廊下にわざわざ集合しなくても、同じクラスなのだから必要ないような気もしたが、約束は大事だからね、そういうことにしておこう。
俺はひとまず鞄の中に荷物を詰め終えると、エナメルの鞄を片手に肩に担ぎ、廊下に出た。
隼ももうすぐ来るだろうと思いつつ、一応約束の待ち合わせ場所で待っておく。
周囲では、男女それぞれ、友達同士で下校したり、部活動に向かったり、そのまま教室に残って仲良くお喋りをしたりしている。
俺や隼がどれに値するかは区別し難いが、区別する必要もそもそも無い。
俺と隼は今日、たまたま部活動がオフの日だから、裏山で昼寝が出来る。
いつもなら今ごろせかせかと部活動の先輩達の下働きをしているだろう。
「上下関係って、自分が上に立つと最高だけど、下に立つと最悪だよな」と、かつての先輩が言っていたのを思い出す。
中学校で一番上に立ったと思ったら、一年後にはまた底辺。
俺は高校に入学して以来、つくづくその言葉が頭の中に現れている。
本当に上下関係とは面倒臭くて個人の都合を狂わせるものだ。