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空間移動した先は魔界でした。  作者: 凉暮桜
プロローグ
1/3

prologue'1

「なあ、突然なんだけどさ」


 そう言って奴は突然、俺――時永(ときなが)竜弥(りゅうや)の机、配置的には俺の正面に現れた。

 対する俺は、その突然の行為に驚くことは無く、むしろ平然としていた。

 コイツが俺の目の前に急に現れることは日常茶飯事で、それ故に慣れが来てしまっているらしい。

 そうなってしまうと奴の思うつぼのようだが、俺はそんな事気にしなかった。


「俺、日本史勉強するわ」

「……本当に突然だな」


 実に唐突に、俺にとってはどうでもいい宣言をされ、思わずツッコんでしまった。

 「俺、日本史勉強するんだ」なんて、勝手にやってろ、というのが内心だったが、そこは表に出さないのがマナーというやつだろう。

 コイツ――羽賀岡(はがおか)(しゅう)は、俺の友達の中でも一番の親友であり、幼馴染だ。

 簡単に言うと、メロスとセリヌンティウスの関係。

 勿論、メロスは俺だ。


「いやー、今回のテスト、悲惨だったんだわ……。その中でも特に日本史が」


 隼は頭をクシャクシャと掻きながら、顔を引きつらせて言った。

 隼は少し茶色混じりの頭髪で、これといった大きな特徴は無いが、銀縁の眼鏡をかけている。

 やや優しい目をしていて、それを裏切らない性格だと俺は認定している。

 一方の俺は、どこにでもいそうな普通の男子高校生だ。

 少し伸ばしている黒の髪が両耳を覆い、前髪はまだ目にかからない余裕がある。

 一応男女共に優しくしているつもりだが、未だ告白などという経験はしてもされてもいない。

 正直なところ、そこまで発展していない女友達が複数だ。


 そして、今回のテスト、というのは、先週に行われた高校の定期テストの事だ。

 そしてつい先程の時間、最後の科目である日本史の結果が返却されたところだった。

 

「そりゃお前、日本史苦手だからだろ? だから勉強するんだけど」


 かくいう俺も、決して結果が良かった訳ではない。

 流石に隼程では無かったが、それでも赤点ギリギリ回避、といったところだった。


 おっと、隼が赤点なのばれちゃった、てへ。


 日頃から俺は、外見がそう見えるのか、優等生、すなわちエリートだと思われがちである。

 隼と違って眼鏡はかけていないが、顔つきと、妙に真面目っぽい風格がその誤解を引き立たせているらしい。

 その上、頭が良くないくせに変に天才風な言葉で正論を述べる辺りは、俺こと時永竜弥の正体を知る者は、「説得力無い」と簡単に拒絶するのだった。

 昨日なんかは、返却された数学のテストを見た、外見は頭良くなさそうだけど実は頭良くてヘラヘラしているクラスメートの女子生徒に、「時永君って、意外と勉強できないんだね、アハハ」とのコメントを頂戴したばかりだった。

 よほど俺は頭が良さそうに見えるのだろうが、残念ながら俺は、「頭良さそうだけど実はそうでもなかったガッカリさんタイプ」のようだ。


「でもお前、なんかその台詞、失敗フラグっぽいぞ?」

「いんや、俺は例外」


 俺はなんとなく気になった隼の宣言に、一つ忠告をしておいた。

 そのフレーズは、マンガでもアニメでもよく失敗に終わる展開が待っている気がしてならなかったからだ。

 しかし、隼はそんな心配などしていなかった。

 そのポジティブ思考は見習いたいところだと、俺は密かに思った。

 俺にとっての隼の第一印象は、そのポジティブさだ。

 幼い頃、さながらガリ勉野郎のような容姿だった俺はその頃引っ込み思案で、俺としては少し距離を置きたい存在だった。

 まあ結局、事は色々あって、今みたいに打ち解けたんだけど。

 その過程は結構複雑でシリアスなとこもあったかも知れないし、何より長くなるから今は置いておこう。


「ま、そんな話は置いといて、だ。飯にしよーぜ!」


 隼は俺の心の呟きを読み、それに被せるように言った。

 お前が言い出したんだろ、と言っても良かったが、同意の言葉だけにしておいた。

 そんな俺の返答など聞かずに言葉だけ残して自分の机へと去って行った隼の背中を見ながら、俺は複雑な気分になりながらも自分の弁当を机横に置いているリュックサックの中から取り出した。

 すぐに隼も椅子と弁当を持って俺の机に来た。


「今日も隼お手製の弁当か?」


 そそくさと弁当箱を包んでいた風呂敷を解き、二段弁当の蓋を開けた隼を見て、一言。

 ほぼ毎日、弁当持参の時は隼は自分で作った弁当を持ってきている。

 隼自身が料理も詰め込みも行っている、ということだ。

 一般の家庭では、子供自ら弁当を作るのは一日でも少数派だと思うが、隼はそれを毎日のように繰り返しているから、少し変わっている。

 隼曰く、「それには深ーい訳があるのよー」とか言って詳しくは聞いていない。


「まあねー。流石に料理の腕も上がるし、おかずのネタに困るわ、大変なんだぞ?」


 隼は何故か俺に訴えたが、只のご愛敬だと知っているから、俺は無愛想な言葉を返しておいた。

 それにしても隼の弁当は美味しそうである。

 歳十六の男が作ったとは思えない見栄えと、手料理の色の(つや)、弁当への詰め方、全てが素人目からも完璧だとわかる。

 意外という程ではないが、いつ見てもやはり驚きだ。

 二段弁当の上段には、純白の輝きを放つ白米が雪原の雪のように一面に敷き詰められている。

 白米の一粒一粒に農家の精魂が宿って見える。まさに粒粒辛苦と言ったところだろうか。

 下段には、その雪の下から芽生えるかのような緑黄色野菜と、その野菜と共存する動物の身、すなわち肉や魚その他に卵類があった。

 野菜は鮮度を失っておらず、産直で仕入れたのではないかと思わせる色で、栄養が多いことが目で見て分かる。

 レタスで包んだ牛肉は、良い加減に焦げ目がつけられていている。

 白身魚の切り身は、薄い衣で揚げられていて、噛んだらサクサクと音がしそうだ。

 卵焼きは全く黒ずんでいない鮮やかな白と黄色の主体が綺麗に丸みを帯びている。

 見ていて空腹になる、とよく言うが、それが実感できるのも今のとこ隼の手料理だけだ。


 それに比べて、俺の弁当は至って普通だった。

 同じく、二段弁当の上段に白米、下段におかず類といったシンプル構成だったが、隼のものと違って、確実な品質劣化をしていた。

 比較するだけ虚しくなると思い、俺は黙って自分の弁当に箸を伸ばした。


「・・・・・・これが才能ってやつか・・・・・・」


 俺は半ば無意識に声を漏らした。

 直ぐに我に返り、マンガとかで言えば口に手を当てている場面に陥りかけたが、幸い、隼は聞き取れていなかった。


「ん、どした?」

「いや、何でもない」


 頭にクエスチョンマークを浮かべている隼を横に、俺は複雑な気持ちの溜め息を漏らした。

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