第八話:それでも現実は残酷である
頑張ったよ……!
おれ、頑張ったよ…!!
今まで一番多い文字数を一週間以内に書ききれたよ!
本当にお盆は色々頑張った…!!
ギルタの森を疾走するいくつもの影。
「まだ追い付かないか……。いったいどんなスキルを使ってるのかな?」
エカテリーナはルシファーに、Aランカーたちはそれぞれ自分の魔物に乗って逃げ出した人間を追っていた。
「しかし、いったいどこに行こうって言うのかな? 逃げ場なんて……」
言いかけた手前、微かな魔力の気配を感じる。
それは進むたびにほんの少しずつ強くなっていく。
「エカテリーナ殿! この先は……」
「いちいち言わなくても分かるよ」
Aランカーの一人が言いかけた言葉を遮る。
言われなくても分かる。
この先にあるのは魔力泉だ。
明らかにあの人間は魔力泉を目指している。
魔力泉に行って何をするつもりなのか分からないが、あそこに行かれると少々面倒臭い。
それにあの人間のことだ。
何か秘策があってもおかしくない。
黙って行かせる訳にはいかないだろう。
エカテリーナは自分が乗っているルシファーの背を軽く叩く。
「分かってるよね、ルシファー」
ルシファーはこくりと頷いた。
「すげーな、まるで台風だ」
強化された警戒で感じる圧倒的な魔力の渦巻く様子に台風を連想してしまう。
この世界の常識は知らないが、あんな化け物がその辺にいるようなレベルでないことを祈る。
まあ、十中八九、それはありえないだろうが。
俺は背後に迫ってくる巨大な魔力を感じながら、あの不思議泉を目指して走っていた。
しかし、つくづく不思議である。
さっきまで全く動けないほどの満身創痍だったのに今はむしろ力が溢れてくるのだから。
ていうか足もあばらも折れていたはずなのに痛みすら感じない。
むしろ調子がいい。
確かにあのときスキルを入手した時に聞こえるアナウンスが聞こえたから何かスキルを入手したに違いない。
つまり、今の俺の状態はそのスキルの効果ということになるんだろう。
どんなスキルかは知らんがつくづくすごいスキルである。
「ん?」
走っている途中、警戒で感じていた強大な魔力が大きく揺れる。
瞬間、上空にただならぬ魔力を感じた。
はじかれたように上空を見上げる。
走りながら見上げた先に巨大な幾何学的な紋様―――魔力が込められているところからして、恐らく魔方陣という奴なのだろう。
それが空を覆いつくすように展開されていた。
「………何かすげー嫌な予感がする」
「エカテリーナ……」
広場の高台。
ギルドマスターはギルタの森の上空に展開された魔方陣を見て、呆然としていた。
その圧倒的な存在感を放つ魔方陣に広場も静まりかえっている。
先程も森から立ちのぼった光の柱に広場は随分と騒がしくなったが、これはあまりにも桁違いだった。
そうやって呆然していると空に浮かんだ魔方陣が煌めく。
瞬間、ドンッという衝撃と共に先程と同じような光の柱がギルタの森から立ちのぼった。
地面が揺れる。
しかし、それだけでは終わらなかった。
魔方陣が連続で煌めく。
それに呼応するように森に光の柱が量産されていく。
さっき立ちのぼったところから徐々にずれていくように次々と。
止まることのない衝撃。
揺れ続ける地面。
混乱を極める広場。
そんな状況の中、ギルドマスターは諦めたように呟いた。
「のう、エカテリーナ……。おぬし、自分が偵察隊だってこと忘れておるじゃろ………」
「うーん、当たらないか……。殺しちゃわないように手加減してるとはいえ、さすがとしか言い様がないねー」
「「「「「……………」」」」」
今なお、立ちのぼり続ける光の柱にAランカーたちは顔をひきつらせる。
中には何かを諦めたかのような表情で乾いた笑いを浮かべる者もいた。
「ふーむ、これじゃ埒があかないね。……ねえ!」
エカテリーナがそれぞれの魔物に乗って、後ろを走っているAランカーたちに声をかける。
Aランカーたちははっとして、気を引き締める。
彼らとて魔物使いになりたての素人ではないのだ。
いくら圧倒的な力を見せつけられたからといって、そう簡単に折られる心ではない。
自分達だってそれなりに修羅場をくぐってきたのだから。
これだけでへこたれるなど、彼らのAランカーとしてのプライドが許さなかった。
「何でしょうか、エカテリーナさん」
Aランカーの一人、人間に最初にリングによる捕獲を試みた女が狼型の魔物に乗って、ルシファーに乗ったエカテリーナに近づく。
「うん。これからルシファーに本気で足止めしてもらうから、あなたたちはその間に追いついて、さらに足止めして。私とルシファーが再び追いつくまで」
ピキッ、と何かの音がした。
「……それはつまり、エカテリーナさん。私たちはLv1の魔物の足止めが精一杯だと思われているのでしょうか?」
あら、とエカテリーナは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「仮にも私のルシファーを殴り飛ばした相手だよ。あなたたちに倒せるのかな?」
Aランカーたちは怒気を放ち始めた。
―――完全になめられている。
確かにSランカーはそうやって驕り、見下せる力と経験がある。
ただのAランカーなど取るに足らない存在なのだろう。
しかし、だとしてもだ。
「……心外ですね。ならば証明してみせましょう。私たちが伊達にAランカーやってるわけじゃないってことを」
自分達にも意地というものがある。
それを貶されて黙っているわけにはいかない。
「ふーん……。なら少しは期待しておくよ。じゃあ、いってらっしゃーい」
止まったルシファーとエカテリーナはそのまま先に走り去っていくAランカーたちを見送った。
「……さて、あれだけ発破かければ、たとえ不測の事態があっても少しは踏んばるでしょ」
エカテリーナは腰に手を当てる。
「ん。そんじゃルシファー、やろっか」
こくりと頷くルシファー。
それを合図にエカテリーナは治癒魔術を発動させる。
「……まさかこんなところで裏技を使うとは思わなかったなー。まあ、これも人間を捕まえるためと考えれば全然、惜しくないわね」
エカテリーナの両手が淡い光を帯び始める。
それに呼応するようにルシファーが魔力の翼―――欲望の翼を伸ばす。
「あんなのありかよ! マジでえげつないな!!」
俺はさっきまで俺をめがけて量産される光の柱を必死で避けながら走っていたのだ。
あんなの当たったら、塵一つ残さず消えちまうぞ……。
ホントにさっきのでいくつ死線くぐったと思ってんだ、コノヤロー!!
「はあ……」
さっきの乱発された光の柱にごりごり精神を削られた俺は走り続けてきた疲労もあるのか、軽く息があがっていた。
心なしか、俺を覆う蒼い光も淡くなってきている気がする。
スキルの効果が切れかけてきているのだろうか。
だが、不思議泉はもう目の前である。
焦ることはないと思うけれど……。
走りながら、思わず空を見上げる。
そう、さっきから魔方陣が不気味に沈黙しているのだ。
さっきまで光の柱をばんばか連発していたのだが……。
いったい何を企んでいるつもりなんだ……?
そう思った矢先、空に浮かんだ魔方陣に新たに現れた魔方陣が重なった。
「!!?」
さらに魔方陣は量産され、幾重にも重なっていく。
それに伴い、空の魔方陣に莫大な魔力が集まっていく。
「冗談きついぜ……」
……今度こそ死ぬかもしれないな。
次々と重ねられていく魔方陣。
その魔方陣が不意に横に薄く伸びて、歪に変形した。
同時に俺は反射的に走っていた体を急停止させ、その場から飛び退いた。
それはまさしく生存本能。
本能が感知した死の気配。
俺が飛び退いた直後、圧倒的な死の気配を撒き散らす、空に浮かんだそれは死神が鎌を振り下ろすかのように森に放たれた。
大地が悲鳴をあげるかのように一際、大きく揺れた。
瞬間、黒い壁が俺の目の前で地面からせり上がった。
壁?
いや、違う。
これは、炎だ。
黒い炎が吹き上がっているのだ。
黒い、黒い炎だ。
黒い死の炎。
ありとあらゆる万物に等しく死を与える地獄の業火。
そんな馬鹿げたことが頭をよぎるくらいに目の前のそれは濃密な死を感じさせた。
触れれば死ぬ。
絶対死ぬ。
間違いなく死ぬ。
黒い炎は吹き上がった勢いでそのまま天を貫くかのように燃え盛った。
俺は警鐘を鳴らす本能に従い、ただただその場に立ち尽くすほかなかった。
黒い炎は十秒もすると、まるでなにごともなかったかのようにフッと消えた。
そして黒い炎が消えた後の光景に俺は絶句した。
「なんだよ…これ……」
目の前に真っ暗な谷底があった。
深い――――、深い谷ができていたのだ。
あまりに深くて谷底が見えない。
対岸までの距離は目測でも数十メートルはある。
急いで左右を見る。
深い谷は左右にも長く伸びていた。
ここからでは途切れ目が見えないくらいに。
「マジかよ……」
つまりはたった一撃。
たった一撃で森は寸断されたのだ。
「くそっ! 泉はもう目の前だっていうのに!!」
俺が強化された警戒で感じた濃厚な魔力の発生源はこの谷を越えてすぐの場所だった。
「!!」
目の前の光景に戦慄していると、背後に強烈な殺気を感じた。
咄嗟に横に飛ぶ。
間髪いれず、さっきまで俺がいた場所に狼型の魔物が飛びかかっていた。
「今のを避けるのか……。やっぱり殺すつもりでやるくらいちょうどいいのかしら?」
呟くように言ったのは最初に俺に地獄を与えた女。
今、気づいたが、こいつも耳が長い。
どうやらエルフみたいだ。
あのエルフ女と違うのは髪型がショートボブだというところか。
いつのまに追いつかれたのか、その短髪エルフを筆頭として各々、魔物を従えたやつらに俺は気づけば、囲まれていた。
改めて見ると、どうやら様々な種族が入り混じっているようで、エルフを始めとして、人間に動物の耳と尻尾が生えた、恐らく獣人だろう奴やら、何か人間で頭に両角が生えていて、皮膚が鱗みたいになってる竜人みたいな奴とか、全員が人間を基点とした亜人たちだった。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今はこの状況をどうするかが問題だ。
どうやらあの美青年はこの集団から遅れているらしい。
莫大な魔力がこちらに向かってくるのが分かる。
ここに来るまで後、数分あるかないかだな。
奴に追いつかれたら詰みだ。
さっき一発入れられたのは油断していたからだ。
もう二度と隙を見せることはないだろう。
すなわち、終わりだ。
だから、今、俺がすべきことはこの包囲を突破して、何とかこの谷を越えて、向こう側にある不思議泉にたどり着くことだ。
必ず助かるという保証はない。
でも、今のままじゃ間違いなく終了だ。
ならば、その可能性に賭けるしかないだろう。
問題はこの谷をどうやって越えるかだが……。
さすがに今の超人状態でも飛び越えることは不可能だろう。
どうすれば……。
「……もはや足止めというレベルじゃないわね、これは。地形変えるとか、つくづく魔王は化け物だわ」
俺が生き残るために必死で思考していると、短髪エルフ女が呆れたというように首を振って、そのショートボブの髪を揺らした。
「さて、それでは人間さん。私たちの実力をあのSランカーに示すためにやられてください…っと!!」
それを合図に彼らの魔物たちが一斉に襲ってきた。
〔これもご主人のため!〕
〔悪く思うなや!!〕
「チッ……!」
こっちは生き残るために必死だというのに……!!
思わず舌打ちをしてしまう。
最初にかかってきたのはプテラノドンみたいな鳥の魔物。
鋭く大きいクチバシで俺を啄もうとする。
〔キエェイ!!〕
「おっと」
なかなかに素早い行動だったが、今の俺は動体視力も上がっているのか、難なくかわして、そのクチバシを掴んでやる。
〔フギャッ!? は、離せ貴様!!〕
「おー…」
クチバシを掴んだまま、ジャイアントスイングの要領でプテラノドンもどきを振り回してやり、
「りゃあっ!!」
〔ヌギャア!!〕
2回転くらいしてから、こちらに殺到してくる魔物どもに向かって、投げ飛ばしてやる。
〔ピギャアッ!?〕
〔ウヌッ!?〕
それにより出鼻を挫かれた魔物どもは一瞬、怯んでしまう。
その隙を逃さず、俺は脱兎の如く、駆け出そうとする。
こいつらをいちいち相手にしている暇はない!
逃げて、少しでも時間を稼ぐんだ!
あの谷を越える方法を考えるために!!
〔逃がすわけにはいかねぇな!〕
「ガッ…!?」
しかし、駆け出そうとした俺にあの狼型の魔物が強烈な体当たりをかましてきた。
あえなく俺は吹っ飛ばされて、森の木々に叩きつけられる。
「くっそ…!!」
急いで起き上がろうとすると、狼型の魔物がこちらに追い討ちをかけようと飛びかかってくるのが見えた。
〔うおりゃあ!!〕
「チィッ…!」
俺はその場から後転すると、そのまま勢いで後ろの方へ飛び起きる。
それと同時にさっきまで俺がいた場所に狼型の魔物が突っ込む。
突っ込んだ衝撃と共にその地面を中心とした小さなクレーターができる。
潰す気か、コラ!
〔逃がすかっ!!〕
「!!」
間髪いれずに俺に狼型の魔物が再び飛びかかってくる。
「このクソがァ――!!」
〔ぶぎゅっ!?〕
飛びかかってきた狼型の魔物の横っ面を思いきり殴り飛ばす。
吹っ飛ばされた狼型の魔物はそのまま木々に激突するかと思いきや、
「ウルフガリア!」
〔わかってますぜ!〕
短髪エルフの声に応じて、空中でくるりと回転すると激突しかけた木に足をつけて、
「そのままスキル、超加速!」
〔合点承知!!〕
その木をバネにして、目にも止まらぬ速さで飛びかかってきた。
「くっ!?」
思わぬ速さに咄嗟にかわす。
しかし、体勢を整える前に再び狼型の魔物は驚異的な速さで飛びかかってきた。
「ちょっ、速すぎ……!!」
防御することもできず、真正面からそれを受けた俺は吹っ飛ばされた。
「クソ…ガハッ!?」
吹っ飛ばされた俺の背中を更なる衝撃が襲った。
「いいぞ、サイクロプス!」
〔おいどん、ご主人様に従うでごわす!!〕
俺が吹っ飛ばされた先には待ち伏せしていたかのようにいた一つ目巨人の魔物が飛んできた俺を打ち返すかのように、その太い腕で殴り飛ばしたのだ。
そのまま再び吹っ飛ばされる俺。
またもや木に激突する。
「くうっ…」
やはりスキルが切れてきたのか、鈍い痛みに顔をしかめる。
しかし、敵は容赦してくれないらしい。
「ブリザバード! 凍てつかせろ!」
〔堕ちよ!〕
その声と共に上からあのプテラノドンもどきがクチバシを突き出して突撃してきた。
「っ!!」
しかし、俺の体に当たる寸前で、ありったけの力を込めて両手でそのクチバシを掴むことで、なんとか耐えることができた。
「あぐあっ!?」
瞬間、クチバシを掴んだ手に鋭い痛みが走った。
凍傷である。
クチバシは魔術により凍りついていたのだ。
プテラノドンはそんなことはお構い無しに自分の体を自らの風魔術で後押しして、俺をその凍てついたクチバシで突き刺そうとしてくる。
〔諦めるがいい。……貴様の負けだ〕
「……ざけんな、コラ」
はい、そうですかと諦められるわけないだろ!
ボケが!
凍りついているのなら、溶かせばいいだけの話だ!
「くっ……」
己の魔力を指先に集中させる。
微々たる火でも、ないよりマシってもんだろ!
俺は指先の魔力を解放した。
〔む?〕
「あれ…?」
魔力を解放したはずなのに、火が出ることはなく、指先が紅く染まるだけ。
不発……!?
そんな……!?
俺が絶望しかけると、突然、指先にあの美青年みたいな魔方陣が展開されて、さらに紅く染まっていき始める。
「え……?」
そして極限まで紅く染まったかと思うと魔方陣が収縮し、次の瞬間、指先から極太の紅い光線が放たれた。
「…………」
至近距離で放たれたそれにプテラノドンもどきが対処できるわけもなく、悲鳴すらあげられず、唖然とする俺の目の前でその光線に飲み込まれた。
光線はそのまま天を貫き、青空へと消えていった。
そして青空から黒焦げになったプテラノドンもどきが落ちてくるまで、誰も動かなかった。
「ああ、ブリザバード!」
慌てた声で叫んだ犬耳獣人が手に嵌めた指輪を掲げると、プテラノドンもどきが光に包まれて、光る粒子に変わると指輪に吸い込まれていった。
「嘘でしょ……。どうしてLv1のくせに魔法が使えるのよ!?」
短髪エルフが金切り声をあげる。
魔法だって?
俺は魔法なんてもっていない。
持っているのは魔術……。
……まさか魔術まで強化されて魔法に昇華されてるのか?
すげーな、おい!
よし、そうと分かったなら……
「使うっきゃないだろう……!!」
このまま逃げても、さっきみたいに足止めされるのが、オチだ。
ならば、今ここで一網打尽にすべきだろう。
人指し指を天に掲げた。
今度はさっきの光線が球体になるようにイメージする。
すると指先に魔方陣が展開され、火の玉が出現した。
魔力を流し込むたびに火の玉はどんどん膨れ上がっていく。
「吹っ飛べ、コラァ!!」
そして魔方陣が収縮し、極限まで膨れ上がった火の玉を魔物どもに投げつけてやった。
魔物どもは慌ててかわそうとするが、甘い。
魔物たちのいる手前の地面に着弾したそれは、瞬時にして巨大な半球状にその爆発を展開し、周囲を爆炎の渦に巻き込んだのだ。
そんな瞬時に広がった爆炎の範囲に対応できるはずがなく、魔物どもは為す術もなく爆炎の渦に飲み込まれた。
さらに爆炎が展開した際に周囲の木々に燃え移って、辺りが火事の状態になってしまった。
思いっきり自然破壊だな
……。
でも背に腹は変えられない。
魔物たちが爆炎の渦に巻き込まれたのを見て、主である亜人たちから悲鳴があがる。
しかし、短髪エルフだけは違った。
「……この程度でやられるような鍛え方はしてないでしょ! ウルフガリア!」
その声に応じて、その爆炎の渦から黒い影が飛び出してきた。
〔当たり前だ!〕
あの狼型の魔物である。
その体は所々、焦げているようだ。
いや、それにしてもあれを耐えるとか凄い根性だな。
「それでこそ、私の相棒よ! 魔法を使うというなら、もう容赦できないわ。さあ、奥の手使うわよ! ウルフガリア、雷魔術を纏いなさい!」
〔おうよ!〕
かけ声と共に狼型の魔物の体が電気を帯びて、前進の毛が逆立つ。
魔術を纏う!?
そんなことができるのか!?
「そのまま超加速!」
〔うおおっ!!〕
……来る!!
狼型の魔物が以前とは比べ物ならない、蒼い残像が見えるほどの稲妻の如き速さで突進してきた。
しかし、俺はかわすつもりはなかった。
かわせばさっきの二の舞になる可能性が高いからだ。
ならばどうするのか?
かわすのではなく、受け止めればいいのだ。
受け止めるために構えの姿勢をとる。
「連鎖技、紫電!!」
〔くたばれや!!〕
蒼い弾丸の獣が突っ込んできた。
全身を駆け抜ける鋭い衝撃。
「あれ…?」
しかし、覚悟していた雷魔術による痺れるような痛みはなかった。
「え? 何で!?」
〔バカな!? 魔術が消えて……!?〕
そして何故か俺の手が電気を帯びていた。
「吸収した……?」
頭をよぎるのは、あのよくわからないユニークスキル、掌の欲望。
もしかしたら、そういう効果なのかもしれない。
まあ、何にせよ助かったぜ。
「んじゃ、お前らの根性と連鎖技という凄い技を見せてくれたことに敬意と感謝を表して……」
〔うおっ!?〕
左手で首を掴んで拘束し、電気を帯びた右手の拳を固めて、狼型の魔物の顔に真正面から、
「沈めェ!!」
〔グギュッ……!?〕
ぶちかましてやった。
「ウルフガリアァッ!!」
吹っ飛ばされた狼型の魔物はそのまま未だに燃え盛っている爆炎の渦に突っ込んだ。
次の瞬間、爆炎の渦は一瞬収縮してから爆散し、巻き込まれて黒焦げになった魔物たちが空中に放り出されて、地面に落ちた。
「ウルフガリアァ!!」
「大丈夫か、サイプロクス!!」
短髪エルフを初めとした亜人たちがそれぞれの魔物に駆け寄る。
そして爆散した時に広範囲に飛び散った火の粉が無事な森の木々にさらに燃え移り、一部分だった火事が森全体を巻き込み始める。
さすがにやりすぎたか……。
「いやー、魔法使われたのにあたしが来るまでよく持ちこたえたねー。倒せなかったけど、あなたたちの力を認めるには十分な働きだよ」
「っ!!」
「エカテリーナさん!?」
聞こえた声に思わず後ろを振り返ると、あの金髪エルフ女がいた。
俺と同じく驚いたのか短髪エルフが声を出す。
「足止め感謝するわ。後は任せて」
「はあ……」
亜人たちに労いの声をかけると、エルフ女はこちらに向き直った。
何故か得体の知れない迫力を纏っている。
「くっ……!!」
まずい。
非常にまずい…!
魔物どもと戦ってる内に追いつかれてしまった!
どうする……!?
どうやって逃げる!?
「さて、光線だすわ森を燃やすわと随分暴れたみたいね。そろそろおとなしくしてもらうよ。……これ以上、おじーちゃんに怒られる原因を作らないためにも」
パチパチと炎で木々が爆ぜる中、エルフ女がスッと手を挙げる。
その手を追って空を見上げると、空中にあの美青年が白い光と黒い闇が入り混ざった巨大な球体を片手で制御しながら、浮いていた。
「っ……!!」
やばいやばいやばい!!
あれはやばい!!
谷を造ったあの一撃ほどではないが、とてつもない魔力を感じる。
あれを受けたら、どうなるかなんて考えたくもない。
でも、この状況からどうやって逃れる!?
逃げるといっても今の距離じゃ、間違いなく追いつかれておしまいだ。
逃れるのなら、この谷を越えてすぐにある不思議泉に逃げ込むしか助かる可能性がない。
だが、いったいどうやってこの谷を越える!?
ジャンプで飛び越えるか!?
いや、さすがにそれは不可能だ。
第一、この谷を越えようと思うなら飛行機みたいに空でも飛ばない限り、不可能だ。
それぐらいの距離がある。
……ん?
飛行機……?
飛行機みたいに飛ぶ?
「!!!」
まるで天啓でも舞い降りたかのように俺はある方法を思いついた。
でも、この方法はあまりにも馬鹿げている。
物理法則に喧嘩を売るような方法だ。
いや、そもそもこの異世界自体が物理法則に喧嘩を売っているようなものだ。
そう、ここは異世界なのだ。
魔術やら魔法やら魔物やらが存在する、俺たちの世界とは違う世界。
ならば物理法則も違うのではないか?
もしかしたらこの馬鹿げた方法も成功するのではないだろうか?
「やりなさい、ルシファー。複合魔法、シャドウ・レイ」
〔仰せのままに、愛しき我が主〕
エルフ女の声に応じて、ついにあの光と闇が融合した球体が俺に向かって、放たれた。
うわっ!?
くそっ、考えてる暇はない!
やってやる!!
「うおおおっ!!」
俺は谷へ跳躍した。
間一髪で球体を回避する。
背後で轟音。
すさまじい衝撃波が俺を吹き飛ばす。
「うわああああっ!?」
暗い谷底が目の前にあった。
落ちていく感覚。
世界がスローモーションになる。
落ちる!
落ちてる!!
嫌だ!!
死ぬ!
死んじまう!!
「……死んでたまるかぁっ!!!」
俺を包む蒼い光が一際、眩しく瞬いた。
直立にした体の両手首両足首に魔方陣が展開する。
「うおおおおおっ!!!!」
次の瞬間、両手両足からジェット機のように炎が噴射された。
俺はすさまじい速度で空を飛び、谷の向こう側へと突っ込んだ。
「ぐはあっ!!」
当然、止まることなど考えていないので、谷を越えたことに喜ぶ暇もなく、俺は地面に激突した。
「うぐ……、いって……」
起き上がろうとすると、全身に鋭い痛みが走った。
苦しいが耐えられないことはない。
「あ……」
俺を包む蒼い光がもはやかすかにわかるぐらいに淡くなっていた。
どうやらスキルの効果時間の限界が近いらしい。
モタモタしている暇はなさそうだ。
しかし、本当に成功するとは。
俺が思いついたのは魔法で起こしたジェット噴射による飛行だ。
はっきり言って人間が手足のジェット噴射で飛ぶなど現実の物理法則で考えたなら馬鹿げている。
絶対に不可能だ。
その物理法則すら馬鹿げていた異世界のおかげで成功したのだ。
改めて異世界でよかったと思う。
「ん……!!」
顔を上げると、森が開けている場所が見えた。
「あれだ……!!」
痛みに耐えながら起き上がり、そこに向かって駆けていく。
「着いた……」
目の前に現れたのはあの不思議泉だった。
やっぱり小さな広場の真ん中にぽつんと存在している。
泉に駆け寄り、口をつけてその水をがぶ飲みする。
「……ぷはあっ」
体の疲労と魔力が回復していくのがわかった。
代わりに全身に激痛が走る。
「あ、ぐっ……!!」
ついにスキルの効果が切れたらしい。
まあ、よくここまで持ってくれたもんだ。
でも、どうやらさすがに不思議泉でも怪我までは治せないようだ。
贅沢言うなということなのだろうか。
まあ、何にせよ後はあの美青年がここに近づけないことを祈るだけだ。
「まさか魔法を使って空まで飛ぶなんて……。本当にLv1なのか疑いたくなってくるよ」
〔我が主の手を煩わせるとは、許しがたいな〕
……ホント、あっさりと希望を打ち砕いてくれるな、オイ。
美青年の背に乗っているエルフ女は泉のそばに降り立った。
二人とも全く堪えた様子はない。
「うーん、魔力泉の辺りって魔力が濃厚だから、どうも力が有り余って手加減が難しくなるんだよねー。正直、逃げ込まれたくはなかったんだけど、どうやらそれも関係なさそうだね。もうスキルの効果は終わってるみたいだし、後は縛って持って帰るだけだ」
よくわからんが、どうやら俺を捕まえる気のようだ。
どのみちろくなことにならないだろう。
死ぬより酷い目にあうかもしれない。
「くそ……」
でも、もうどうすることもできない。
体はもう立ち上がるほどの体力も残っちゃいないし、足の骨だって折れてる。
相手は地形を変えるほどの化け物だ。
抵抗なんてできるはずもない。
万事休すか……。
「………!」
ふと、視界に入ったものがあった。
不思議泉の底に鎮座しているあの珠である。
確か前の不思議泉じゃ、あの珠を触ってスキルを入手したんだな……。
でも、あの不思議泉にあった琥珀色の珠とは違って、この珠は透き通るような青色だ。
……でも、もしかしたらこの状況を打開できるスキルが入手できるかもしれない!
そうと分かれば、俺の行動は早かった。
最後の力を振り絞り、這いずって、泉の中に落ちる。
「あっ!?」
エルフ女の声が聞こえたが、今はそんなことは関係ない。
手探りで青色の珠に触れる。
これが正真正銘の最後の賭けだ!
心地よく強烈な何かが俺の中に入ってくるのを感じた。
神さま!
どうか……!!
『【スキル】魔力泉転移を入手しました』
転移……!!
これなら……!
俺は心の中で念じる。
どこでもいい!
ここじゃない、どこか遠くへ!!
「あぷっ……!?」
瞬間、俺は泉に引きずり込まれた。
気がつくと、俺は泉に浮いていた。
「逃げ、きれたのか……?」
激痛に耐えながら、上半身を起こす。
「どこだ、ここ……」
そこは先程の緑生い茂る森とは違い、緑の色が一つもない枯れた森だった。
「くうっ……!」
上半身の力だけで、何とか泉から這い上がる。
「はあ…はあ…」
泉のほとりに寝転がり、灰色の空を見上げる。
どうやら本当に転移したらしい。
ようやく逃げきれたのか……。
安心すると、どっと疲れが押し寄せた。
疲労は回復したはずだったんだけどな……。
俺はよほど気を張っていたらしい。
「!!」
誰かの足音。
その足音はどんどん近づいてきた。
勘弁してくれ…!
この期に及んでまだ何かあるのか……!?
フッと影が差した。
誰かが俺を見下ろしている。
顔は疲労で目がかすんで、よく見えない。
「人間……!!」
そいつが息を飲むのがわかった。
そしてそいつは片手を俺に向ける。
その手には何かが嵌められているようだ。
……おい、嘘だろ。
冗談と言ってくれ!!
逃げようにも、もはや体は言うことを聞いてくれない。
そして――――
「……汝、我に従え」
終わりの言葉が、告げられた。
…………そこから先は、覚えていない。
これでようやく序章は終わりです。
次からが本番です。