第三十三話:オークと戯れましょう
お待たせしました。
今後もエタるようでエタらない小説という感じでやっていきますので、よろしければお付き合いください。
夕暮れ時。
何とかギリギリ襲撃に間に合った俺は、村の入り口前でオークの群れと対峙していた。
先制して、蹴りと火魔術で放った火球で動きを止める事は出来たが、倒せたのは蹴りで頭を飛ばした奴だけで、火球を食らった奴等は燃えてはいたが、致命傷には程遠い。
やはり仕留めるには頭を強烈な一発でぶち抜いてやるのが、効果的なようだ。
最初にやり合った時の様に拳では威力が足りず、討ち漏らす可能性がある以上、足でやるのがメインになるだろう。
幸い、頭を蹴り飛ばすコツは掴んだ。
敵の数はざっと見て、五、六十匹。
後ろはアルベルト達が固めてくれているとはいえ、負担を無くす為に、ここで確実に数を減らす。
〔助っ人だァ? 訳の分からんふざけた事言いやがって! お前ら怯むな、轢き潰せ!〕
俺の名乗りにブチ切れた赤いオーク──ハイオークの檄と共にオーク達が俺に向かって、塊となって殺到してくる。
巨大な肉壁と言えるそれは先程までとは比べ物にならない狂気を纏って、その圧倒的質量で俺を押し潰さんとする。
けれど、所詮は生物の集団。
身体に強烈な痛みを刻んでやれば、自ずと瓦解する。
火魔術で先程より小さい火球を瞬時に大量に生み出し、殺到するオークの集団の先頭の足を目掛けて放つ。
避けるはずもなく、火球は先頭のオーク達の足に狙い通り命中し、炸裂する。
先頭のオーク達が熱と痛みで足をもつれさせ、こける。
今更、勢いを止められる訳がない背後のオーク達はこけた先頭のオークに躓き、その背後のオークも更にといった感じで集団は笑える程、綺麗に全員、勢いよく地面に転がった。
そんなオーク達が地に頭を垂れた、絶好の状況を見逃せる訳がない。
俺は地に伏したオーク達の中に躍り出る様に飛び出して、その頭を蹴飛ばし、踏み潰していった。
しかし、そういつまでも好きにさせてもらえる訳はなく、目の前に二振りの棍棒が迫ってくる。
その棍棒を身を捩って鼻先すれすれで躱し、その棍棒を振るった二匹のオークを視界で捉える。
先頭の集団に加わらなかった後続のオークだ。
更に後ろに控えていたオーク達もこちらに向かって来ている。
まだ転んだ先頭の集団も始末しきれていないのだ。
ここでモタつく訳にはいかない。
躱した流れで、そのまま身を低くして片方のオークの足先を拳で潰す。
汚い声を上げて、蹲るオークを踏み台にして、空を跳び、もう片方のオークの上を取る。
攻撃を予感したオークが棍棒を横向きに構えて防御するが、関係ない。
「おらぁっ!」
空中で身体をぐるりと縦に一回転させ、その回転と落下の勢いを乗せた踵落としで棍棒ごとその頭を粉砕した。
着地し、蹲る片方のオークの頭を蹴り飛ばす。
飛んだ頭がこちらに向かって来ているオークに当たって、怯ませた。
その隙に立ち上がろうとしていた残りの先頭集団のオーク達の頭を蹴飛ばし、踏み潰し、素早く止めを刺していく。
集団の最後の一匹の頭を粉砕し終えた瞬間、背後に気配を感じ、身を屈める。
頭を上を棍棒が回転しながら通り過ぎていった。
間に合わないと悟って、武器を投げつけてきたらしい。
背後を見ると、投げた犯人だろう素手のオークを先頭に、目を血走らせたオーク達が迫って来ていた。
「なら、こっちも!」
その辺にある先頭集団のモノだった手近な棍棒を掴んで、振り向き様に投げつける。
棍棒は先頭のオークの顔面に直撃した。
走る勢いとの相乗効果で増大した衝撃にオークは血を噴き出しながら、ふらつく。
さらにそこを目掛けて、駄目押しのドロップキックで顔面を粉砕し、貫きながら、そのまま前方のオークの群れの中に着地する。
すぐさま棍棒が振り下ろされる前に火魔術を全力で行使し、燃え盛る爆炎を自分を中心に展開した。
丈夫なオーク達には肌を軽く焼く程度の効果しかないだろうが、目くらましとしては十分だった。
火炎の熱に反射的に身を庇ったオーク達の隙をついて、素早く丁寧に頭を蹴り飛ばしていく。
炎が晴れた時には、俺の周囲に立っていたオークは頭を失って、地面に転がっていた。
その光景を見て、怒り狂った残りのオーク達が汚い奇声を発しながら我先にと殺到してくる。
もはや戦術などお構いなしのただの突進で、先頭から順に襲い掛かってくる形になってしまっており、図らずも数の利を自ら放棄する形になっていた。
ならば後はこちらの独壇場だ。
先頭のオークの棍棒による薙ぎ払いを身を屈めて躱し、そのまま棍棒を持つ手を思い切り蹴り上げる。
手から空高く弾き飛ばされた棍棒にオークが気を取られた瞬間に、その顔面を真っ直ぐ蹴り抜いた。
頭を失い、力なく倒れるオークの身体の向こうから、次のオークが飛び出し、勢いと体重を乗せて、棍棒を振り下ろしてくる。
瞬時に片足を軸に身体を回転させて、位置をずらしてそれを躱す。
皮膚を掠めた棍棒は鈍い破砕音と共にすぐ隣の地面を軽く陥没させた。
けれど臆する事無く、躱した勢いでオークの側頭部に裏拳を叩き込む。
その衝撃にぐらついたところに間髪入れず、裏拳の回転を更に乗せた回し蹴りで綺麗さっぱり頭を刈り取った。
その回転の締めに最初にかち上げて、ついに落ちて来た棍棒を溜めた回転の勢い全てを込めて、前方のオークへ蹴り飛ばした。
木製の砲弾と化したそれにオークは為す術なく、吹っ飛ばされる────はずだった。
〔ただの一匹に、何をいいようにやられてんだ雑魚どもが!〕
横から飛び出したハイオークは迫り来る棍棒の砲弾を片手でいとも簡単にあっさりと粉砕した。
〔お前らはさっさと村の人間を殺してこい。この糞は俺が直々に潰してやる〕
俺の前に赤い巨体で威圧するかの様にハイオークが立ち塞がった。
ついに動き出したか。
ありがたい事に俺とは一対一でやってくれるらしい。
欲を言えばもう少しオークの数を減らしたかったが、仕方ない。
残りは大体、最初の半分くらいか。
後はアルベルト達に任せるしかない。
目の前の奴は流石によそ見しながら戦えるような甘い相手じゃないだろう。
「アルベルト! 30匹くらいそっちにいく!! 頼む!!」
〔さっさと死ね!〕
俺が村の奥へ向かって叫ぶと同時に赤い剛腕が降ってきた。
オークよりは速いが、それでも十分に見切れる。
するりと後ろに身を翻して躱す。
空振った剛腕は地面に突き刺さる。
瞬間、地面が半円状に陥没した。
次いで亀裂が稲妻の如く走り、盛大に砕ける。
衝撃が大気を揺らし、砂埃を舞い上げた。
「派手だな……!」
軽口を叩くも、明らかに尋常ではない威力に冷や汗が流れる。
ただの拳の振り下ろしとは思えない破壊力だ。
となると何かのスキルか────。
【名称】ハイオーク
【Lv】36
【種族】魔獣
【ジョブ】魔物重戦士
【ユニークスキル】
野生 生命力 不滅憎悪
【スキル】
拳闘術Lv30 戦槌術Lv23 剛力 殺戮者 絶対報復
洞察が示したステータスには穏やかではないスキルが並んでいた。
名前からして、生半可な効果ではないだろう。
先程の腕の威力といい、一発ももらわない様に慎重に戦うべきか。
〔何だ! にやにや笑いやがって。 そんなに俺の邪魔をするのが楽しいか!〕
ハイオークは唾を吐き散らして怒鳴った。
言われて気づく。
いつのまにか口の端がつり上がっていた事に。
冷静な理性とは裏腹に、俺の身体はいつもの様に、目の前の強敵相手に興奮してしまっていたらしい。
湧き上がる高揚感が身体を満たしていく。
「ああ、楽しいね」
高揚のままに言葉が溢れた。
ハイオークの顔が憤怒を超えて、鬼神の如き、それへと変わる。
両手の指を軽く鳴らし、俺は側から見たら、意地の悪い笑みを浮かべながら、ハイオークを見据えた。
「来いよ豚野郎。仲良く遊ぼうや」
「30ね。ちょっと厳し目か……?」
アルベルトはナオトの叫びを聞いて小さく呟いた。
村の中央の広場。
アルベルトはミニとアイアン、そしてゴブリンと共にこの村にいるヒト全てを集めながら、そこにいた。
ナオトがオーク達の前に立ち塞がる頃に、アルベルト達は別行動で村の広場に到着した。
そしてすぐさま村のヒトにオーク達が攻めてきた事を伝えた。
村の入り口付近から逃げて来た男の証言もあって、事態はスムーズに村中に伝わった。
この事態に対して、取れる手立ては限られている。
村の周囲が魔物が蠢く森である以上、避難する事などできないし、また相手は物資などではなく、ヒトを殺す事を目的としている為、モノを差し出しての命乞いも不可。
ならば残った手段は迎撃のみ。
相手が死ぬか、こちらが死ぬかの戦いだった。
そうと決まった以上、守りやすい様、また戦力が分散しない様に村に存在するヒトと魔物をひと固まりにして、迎撃しやすい視界の開けた村の広場に集まるのは必然だった。
しかし、問題はあった。
それは戦力の乏しさである。
ギルドのランカーではない村人達の魔物は当然、戦い慣れている者は少なく、まともに戦力になりそうなのは、森に猟に入る数人の村人が従えている魔物と農作業をこなしていた力持ちの魔物達。
合わせて10匹程度しかオークと真正面からやり合えそうな魔物はいなかった。
これにミニとアイアンとゴブリンを足して、更に虎の子の手段まで使っても、全員生存での勝率は五分がいいところだった。
「そんな難しい顔しなくても大丈夫ですよ。お兄さん」
「む、あなたは」
聞き覚えのある声に振り向く。
不安や恐怖で嘆き、震える村人達の中から、するりと合間を縫って、あの行商人の男が現れた。
今まで姿が見えなかったので、もう村を出た後かと思っていたが、まだ残っていたらしい。
その顔は周囲とは場違いな柔らかい微笑みが浮かんでいた。
こんな逼迫した状況だというのに、微塵も焦っている様子はない。
「いや、実はですね、あなたとあの人間に先を越されてしまいましたが、今回、私がこの村を訪れた一番の目的は──」
その様子にアルベルトが怪訝な表情をしても、まるで気にした様子を見せる事無く、柔和な笑みを崩さぬまま、行商人は右手を顔の前に掲げた。
その手に嵌る指環が眩く輝き始める。
「この悲劇を防ぐ事だったんですよ」
「は、それはどういう──」
アルベルトの疑問の声をかき消して、行商人の指に嵌る指環から光る粒子が溢れ出た。
粒子は迫り来るオークに立ちはだかる群衆の前に集合していく。
「村のヒト達には身を守る事を優先させてください。向かってくる奴等は全て片付けますので」
現れたのは真っ赤な長髪の美丈夫だった。
黒い紋様が刻まれた色素の薄い肌の上半身を晒し、下半身は刺々しい赤黒い鱗に覆われた、深い闇の様な色の翼を背負うヒトの男の姿をしたその魔物は、無表情ながらも漲る戦意を周囲に迸らせていた。
わざわざ解析しなくても分かる。
目の前の存在が悪魔族の、それも恐らく最上位の魔物である事はその威圧感で感じ取れた。
間違ってもオークに負ける様な存在ではないだろう。
オークの群れはもう目の前に迫っている。
行商人に対して問いたい事は山ほどあるが、まずはこの危機を乗り越えてからだった。
「戦える方! 魔物を前に出して、集団の周りを守らせる様にしてください! 女性や子供、身体の弱い方は集団の中央へ寄ってください!」
アルベルトは村人達へ指示を飛ばす。
村人達は慌てて動き始めるがその中で、一番最後に遅れて集まってきた一組の男女が揉めているのが視界に入った。
「駄目だ、もう間に合わない! 今、行ったら君が無事では済まない!」
「いやあああ! 離してえ! カナーッ!!」
その叫びと同時に傍らにいたゴブリンが猛烈な勢いで駆けだしていた。
知性あるゴブリンは村の中を疾走する。
目にするのが懐かしいカナの母親が涙を流しながら叫んでいたのを見た。
言葉は分からなくとも、その近くにあの子の姿が見えない時点で事態を容易に察せた。
オークがもう目の前に迫っている以上、迷っている暇などなかった。
幸いな事に一つ心当たりがあった。
あの子は賢い。
今の村の異様な雰囲気を感じ取って、危険から逃れる為に隠れているのは間違いないだろう。
その隠れ場所は恐らくあの子のお気に入りのあそこ。
辛い時や悲しい時、また遊びでかくれんぼをする時にもよく隠れていた場所。
角を曲がったその先にそれは見えた。
村の外れ。
以前は倉庫として使われ、自分が村にいた頃には廃棄された小さな掘っ立て小屋。
その思い出の場所を匂いか何かで嗅ぎ付けたのか、一匹のオークが入り口から中を覗いていた。
小屋の中から悲鳴が聞こえた。
間違いなくあの子の声だった。
限界を超えて、気力を振り絞り、足を動かす。
それでも短い手足のゴブリンであるこの身では、その速さはたかが知れていた。
目の前で醜悪な笑みを浮かべながら、オークが小屋の中へ入っていく。
〔クソッ!!〕
──間に合わない。
絶望が心を覆いかける。
瞬間、汚い悲鳴が小屋から響いた。
オークが燃える顔を覆いながら、転げ出てくる。
次いで小さな角の生えた兎の魔物がオークを威嚇しながら、小屋から飛び出してきた。
状況から見て、あの兎がオークに攻撃したのは間違いなかった。
知性あるゴブリンは兎に心底感謝しながら、村に入った時に拝借した草刈り鎌を構えてオークに飛びかかった。
鎌は炎に怯んでいたオークの首筋に難なく突き刺さった。
突然の激痛にオークは途端に暴れまわるが、知性あるゴブリンは両手で掴んだ鎌を離さず、オークの首に全身でしがみつく。
そして渾身の力で刺さった鎌を動かし、その首筋の肉を抉った。
赤い血が噴き出ると同時にオークの身体が、ゆっくりと力なく地面に倒れ伏す。
知性あるゴブリンは荒い息をつきながら、刺さった血濡れの鎌を回収し、小屋へと振り返る。
兎は突如現れた知性あるゴブリンを毛を逆立てて警戒していた。
そしてその奥、小屋の中から一人の少女がおそるおそる現れた。
「ゴブ……?」
その少女は、記憶の中の姿よりも成長しているが、それでも紛れもなく、自分に幸せを教えてくれた大切な主人、カナだった。
その姿を認めた途端、胸の内から懐かしくも嬉しいようで悲しいような感情が苦しい程に湧き上がってくる。
「ねえ、あなたゴブだよね……!」
以前はあった指輪の繋がりが途切れた今では、その言葉は鮮明な意味は分からない。
けれども彼女が自身の事を覚えていてくれたのは、分かった。
それだけで十分だった。
それだけで彼女が自分の意志で己を手放した訳ではないと信じる事ができた。
なら、自分はどこまでも戦える。
知性あるゴブリンは背後を振り返る。
新たにオークが三匹、仲間の悲鳴を聞きつけたのか、この小屋に迫って来ていた。
鎌を携えて、身構える。
はっきり言って、勝機はないに等しい。
しかし、ここで負ければ、後ろにいるカナがどうなるか。
それを考えれば、倒れるなどという選択肢はもはや有り得なかった。
そんな不退転の覚悟を決める知性あるゴブリンの隣に兎の魔物が並び立つ。
兎の魔物は毛を逆立てたまま、鋭い目つきで知性あるゴブリンを一瞥した後、迫るオークを見据えた。
こちらを警戒しつつも、主人を守るために共闘してくれるらしい。
オーク達が汚らしく吠えた。
棍棒を片手に重い足音を立てながら突進してくる。
「ゴブ……!!」
ここより後ろへは絶対に行かせない。
カナの悲痛な声を背にして、知性あるゴブリンは駆け出した。




