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人間って伝説の魔物らしい  作者: PAPA
~第二章~人間、ヒトと魔物を知る
28/34

第二十八話:ヒトが魔物を従えるという事

この作品で書きたかった事の一つ。

風竜の巣に来てから、五日が経過した。

五日間、アルベルトが立ち上がる事を許さず、ほとんど寝たきり状態の生活を送るハメになった。

やる事と言えば、ミニの話し相手ぐらいしかなく、退屈で仕方なかったが、そのかいあって俺は──、


「──よし、動ける。痛みもない」


二本の足でしっかりと立って、動ける状態まで回復した。

真っ黒に焦げていた皮膚はまっさらな新しいモノへと変わり、少しピンク色をした新鮮で健康的な肌になっていた。

俺は今、ジーパンだけ履いて、半裸の状態で洞窟の中心に立っていた。

両手で握っては開く動作を繰り返し、自分の意思通りに身体が動く事を確認する。

問題なし。

その場で軽くぴょんぴょんと跳ねた後、緩く洞窟内を駆けてみる。

靴を履いた足がしっかりと地面を踏みしめる感覚に何となく嬉しくなる。

この様に感覚もはっきりしている。

身体に痛みはなく、特に違和感も感じない。


【名称】神崎直人

【Lv】29

【種族】人間

【ジョブ】魔術拳闘士

【ユニークスキル】

人の知恵 (てのひら)の欲望

【スキル】

拳闘術Lv17 俊足 警戒 翻訳能力 火魔術Lv26 治癒促進


ステータスも平時と変わりなく、異常はない。


「治った!」


「阿呆か貴様は」


背後からアルベルトの声が聞こえてきた。

振り向くとスタスタとこちらに近づいてきている姿が見えた。

そして俺の目の前にまで迫ると、その肩を掴み、ぐいぐいと押して、草花のベッドに無理矢理座らせた。


「多少動ける様になっただけだ。完治にはまだ遠い」


「そんな事ないって。ちゃんと力を入れても痛くは──」


拳を握り、ぐぐっと腕に力を入れたらプシッと皮膚の一部から血が吹き出た。


「いてっ!? 何これ!?」


「阿呆! ようやく治ってきて新しく生えてきたばかりの皮膚だぞ。そんな薄い皮膚が多少なりとも本気の力に耐え切れる訳がないだろう!」


アルベルトは手早く傷に薬を塗り込み、包帯を巻いてくれた。

薬がひりひりと傷に沁みる。


「炭化した皮膚が取れたお陰で、ようやくまともに包帯が機能する様になったが、もう拘束の意味も込めて、全身に巻いて縛ってやろうか」


「ごめん。大人しくするから、それだけは勘弁してくれ」


ぶわりと洞窟内に風圧が発生する。

陽が遮られ、頭上を黒い影が覆う。

それとは別に比較的小さい影が先に俺の前に降りてきた。


〔ただいま、お兄ちゃん!〕


ミニだった。

翼をはためかせ、器用に着陸すると、興奮気味に俺に鼻を近づけてきた。


〔今日もたくさん飛んできたよ! すごいでしょ!〕


鼻息荒く、俺に飛んできた事を自慢してくる。

実際に鼻の穴から凄い勢いで息を吐いてくるので、強風と化したそれが顔に当たって、正直凄く鬱陶しい。

後、お世辞にも良い匂いとは言えない。

この目の前で荒ぶる子竜は数日前から親竜と共に外に出て、飛行の手ほどきを受けて練習を行っていたのだ。


〔目覚しい成長ですよ、私の可愛い子。ほんの数日前は風の力を扱う事はおろか、ろくに翼をはめかせる事すらできなかったのに。もうあそこまで自在に飛ぶとは〕


遅れて洞窟の中央にズシンと親竜が着陸する。

その視線がちらりとアルベルトに向く。

アルベルトの姿を見ても、以前の様な強烈な圧を放たなくなったが、それでも微弱ではあるが、隠しようのない敵意を今も向けていた。

アルベルトもそれは分かっているようだが、今もなお何も言うことなく、その敵意に黙って耐えている。


〔でしょ! ママのお墨付きももらえたし、この調子ですぐにお兄ちゃんより強くなっちゃうからね!〕


ミニははしゃいでいるせいか、そのやり取りに気づいてはいない。

あの名前の約束の事を意識しているのか、妙にこちらに対抗意識を燃やしているようだ。

一応、相手は竜の子だ。

実際、このままうかうかしてると俺より本当に強くなってしまう可能性も無きにしも非ず。

やっぱり俺も少しづつ身体を動かしていかないと。


「何を考えている?」


「何にも」


と思ったが、怖いマスターさんは許してくれなさそうだ。

エラい目つきでこちらを見透かす様に睨んできている。

どうあがいても大人しくする以外なさそうだ。


〔ねえ、お兄ちゃん聞いてる?〕


「ん、ああ。まだ飛べる様になっただけだろ。そんなんじゃまだまだ俺には届かねえよ」


〔なにおう! 今に見ててよ! すぐにもっと上手く飛んで戦い方を覚えて強くなってみせるんだから!〕


ミニはそう言うと、翼をはためかせて飛び、洞窟の奥、曲がり角の先へと消えていった。

バサバサと翼を動かす音が洞窟内で反響して、いつまでも止まない。

恐らく奥で飛ぶ練習を続けているのだろう。


〔傷はどうですか。十分癒えましたか?〕


子が奥へ消えるのを見送った親竜は俺に話しかけてきた。

相も変わらず丁寧な言葉遣いでこちらを心配してくれる。


「一応、動ける様にはなったんだが、まだ完治した訳じゃないんだ。もう少しお世話になってもいいか?」


〔それを拒む権利は私にはありませんよ。あの子も喜びますし、どうぞ傷がしっかり癒えるまでお寛ぎください。なんならまた私の血を分けますが?〕


「いや、もう十分さ。後は自分で治すよ。あんたにこれ以上血を流させるのも悪い」


竜の血。

これが俺が死の淵から生還した大きな要因の一つだった。

竜の血には力がある。

それは浴びた者に対して生命力を与えるというモノ。

その力の効果の程は竜の強さに依り、リザードマンの様な弱い竜族の血は滋養強壮の効果がある程度だが、その頂点に立つ竜族の魔王ならば死んだ者すら蘇ると言われている。

その竜の血を目の前のストームドラゴンから、俺は自爆して死にかけた時に浴びせられたのだ。

魔王には届かないとは言え、それでも上位種の竜の血。

本当ならどんな手を尽くしても死ぬしかなかった俺にその血は起死回生の命を吹き込んでくれた。

そしてその後も治りそうにない傷には自ら身体を傷つけ、その傷に竜の血を塗り込んでくれた。

お陰で無事に五体満足で完治の目処がつく所まで漕ぎ着ける事ができた。


〔そうですか。でしたらその様に〕


親竜は特に何も言う事なく、あっさり引き下がった。

あの再戦の要求を呑ませてからは、親竜は俺の言う事に食い下がる様な事はしなくなった。

俺が考えをそう簡単に変える男じゃないと、あのやり取りで分かったのだろう。


〔では私は少し外に出ます。あの子にも伝えておいてください〕


親竜は翼をはためかせ始める。

帰ってきたばかりでまたの外出宣言に少々面食らう。


「また? さっき帰ってきたばかりだろ?」


〔いえ、少し忘れていた事がありまして。すぐに戻りますので、申し訳ございませんが、また少し留守をお願いします〕


そう言い残し、親竜は洞窟から飛び去って行った。

妙に歯切れが悪かった答えに疑問を感じて、隣に立つアルベルトに問いかけてみる。


「どう思う?」


「はっきりとは分からん。が、少なくとも子を連れてはできない事をしに行ったんだろう。ま、私達が気を揉んでも仕方のない事だ」


「そりゃそうか」


何かあるにしても今の俺では力になれるとは思えないし、何より余計なお世話というモノだろう。


「ところで、腹が減ってきた。久々に何かまともな食い物が食べたいんだが?」


実はここ数日、早く傷を癒す為に薬草粥ばかり食べさせられていたのだ。

味はどうがんばっても美味いとは言えず、確かに腹は満たされたが、心は満たされなかった。

この世界に来てから、魔素さえ摂取していれば空腹に困らなくなって、食事に対する志向は薄れつつあるが、それでも不味いモノばかり食べていれば美味いモノが食いたくなってくるのは人の性。

ましてや最近、魔素を吸収できていない所為で空腹が定期的に俺を襲ってくるのだ。

どうせ食うなら不味いモノより美味いモノの方が心も満たされる。

それに流石に歩ける程度までは回復したのだから、普通の食事をとっても問題ないだろう。


「む、ある程度は回復はしたから、食べるのはいいが、あるのは乾パンと干し肉ぐらいしかないぞ」


「いや、そんなんじゃなくてさ。あの親竜が色々果物とか取ってきてただろ。あれ食ってみたいんだけど、何処にあるんだ?」


アルベルトは少し逡巡してから、奥の曲がり角をちらりと見た。


「確か、奥に貯蔵してあるみたいだが。いや、しかし、あれはここの竜達のモノだろう? 勝手に取るのは」


「大丈夫だよ。親竜から許可はもらってる」


以前、取ってきた果物を物欲しそうに見ていたら、親竜が回復してきたら食べてもいいと許可をくれたのだ。

まさに今がその時だ。

ベッドから立ち上がり、曲がり角へ向けて、歩き出す。


「おい、安静にしろと……」


「歩くだけなら大丈夫だろ?」


心配して引き留めようとするアルベルトの声を振り切って、ここに来てから初めて曲がり角の向こうを覗いた。

その通路はその天井に所々、綺麗にくりぬかれた直径1m程度の穴が空いており、そこから陽の光が差し込んで、通路を明るく照らしていた。

その奥の突き当たりにここと同じぐらいの広さの場所があり、そこも同様に天井に大きな穴が空いているのだろう、円形の陽光が明るく地面を照らしているのが見えた。

ミニもそこで飛ぶ練習を行っているようだ。

ここから陽光の輝きの中を翼をはためかせて低空飛行している姿が見えた。


「さて、食い物はどこかな」


「あの奥の先にあるのを見かけた」


脇にアルベルトが立っていた。

ついてくるつもりらしい。


「貴様を一人で歩かせると何するか分からないからな」


「別に食い物を食べるだけで、他は何もしねえよ」


「だとしても念の為だ。何かの拍子で力んで、全身から血を噴き出されたりでもしたら叶わん」


心配してついてきてくれるようだ。

そんな血を噴き出す程の無茶をする様な事は起こり得ないと思うのだが。

まあ、俺よりこの洞窟を知っているようだから、食い物まで案内してもらうか。


「じゃ、食い物のあるとこまで案内頼むわ。俺分かんないし」


軽い調子で頼むと、アルベルトは溜息をついた。


「ついてこい。焦って力んだりするなよ」


「誰が力むか。いくら腹減ってるからって、そんな焦る程、意地汚くねえよ」


アルベルトと共に通路をゆっくり歩きだす。

木漏れ日の様に天井の穴から差し込む陽の光の中を歩いていく。


「ところで傷治った後、どうすんだ?」


アルベルトは歩きながら顎に手を当てて、少し考えた後、答え始めた。


「とりあえずシルク地方から離れる。あの戦闘で起きた地震と爆炎で周辺はひっくり返った様な騒ぎになっているはずだからな。ここにはいられん。ちょうどここから帝国首都を挟んだ真逆の位置に、トルトという自由都市がある。ここから帝国領の端の方を沿って、そこを目指すつもりだ。道中で戦闘を適度にこなしながらな」


ここから真逆の位置にある自由都市か。

なかなか長い旅路になりそうだ。

でも、それだけ色んな奴と戦える機会も多いという事だ。

そう思うと、いい感じに腕が鳴ってきた。


「言っておくが、もう今回みたいな巣に飛び込む様な無茶はしないぞ。もうあんな危機はこりごりだ」


「えー。でも結構スリルあって楽しかったし、得るモノもあっただろ?」


「死にかけた奴の言う事か、阿呆が。スリルどころか恐怖しかないわ。確かに得るモノもあったが、その代償に命を賭けるのはもう御免だ」


「ぶう。男は冒険してナンボのもんなのに」


「私は早死にしたくないんだ」


なんて軽口を叩き合いつつ、奥の広間に到着する。

飛んでいたミニがこちらに気づいた。


〔あれ、どうしたのお兄ちゃん達。ママは?〕


「お前の母ちゃんは何か用事あるとか言って、どっか飛んでいったぞ。俺等がここに来たのは食い物を探して、だ」


ミニは翼と持って生まれた風の力を駆使して、空中で器用にその場にホバリングしながら、俺の話を聞く。


〔ママ、外に出掛けちゃったんだ。練習見て欲しかったんだけどな。あ、食べ物ならそこにいっぱいあるよ、お兄ちゃん〕


ミニは少し残念そうに項垂れた後、顔を向けて、広間の奥を指した。

そこにはそれなりに奥行きのある、少し大きな部屋と言える三つの空洞への入り口がそれぞれあり、その内の一つの空洞に大量の果実や肉が詰まれていた。

その入り口の横にアルベルトが立って、こちらに手招きしていた。


「ほら、お待ちかねの食べ物だぞ!」


「おう! じゃあ練習頑張れよ」


〔ふふん、すぐに完璧に飛べる様になって、お兄ちゃんをびっくりさせるんだから!〕


「ほー、期待して待ってるよ」


ミニにひらひらと手を振り、アルベルトの下へ向かう。

アルベルトは先に食糧の空洞の中へ入っていた。


「なるほど。風の力で腐食の進行を抑えているのか」


俺より二回り程大きい入り口を通ると、アルベルトは何かを呟いていた。


「何を言ってんだ?」


「いや、何故こんな無造作に置かれているのに腐らないのかと思って調べていただけだ。安心しろ、ここにあるのは全部安全と言えるモノだ」


「そりゃよかった。ではさっそく」


手近にあった、黄色く形はリンゴに似た果実を手に取り、かぶりつく。

果汁が口の中に溢れる。

甘い。

甘味の中に少しの酸味がある。

咀嚼してじっくり味わう。

なかなか美味い。

薬草粥なんかとは比べモノにならない。


「やっぱ飯は美味いモノを食ってこそ意味あるモノだな!」


「おい、あまり食い過ぎるなよ。あくまでこれはここの竜達のモノだからな」


「分かってるさ」


そう言いながら、俺は久々のまともな食事に夢中になった。







「うん、これもなかなか。いけるいける」


食欲の赴くままに目についた果実や肉を、時には魔術で焼いてみたりして、口に入れる事を繰り返し、しばらく経った。


「まだ食べるのか……。もう十分だと思うんだが」


〔お兄ちゃんすごいね! そんなに食べれるんだ!〕


背後からアルベルトの呆れた声といつの間にか様子を見に来ていたミニのはしゃいだ声が聞こえた。

俺の目の前にある食材の山は、全体から見ると微々たるものとは言え、その体積が目に見えて分かる程減っていた。


「すまん。何か、あむ、止まらん。むぐ」


「いや、止まらんじゃないだろう」


アルベルトは呆れた様子で俺の周りに転がった食べかすを見やる。


「貴様、こんなに大食いだったのか? よくもまあ、その身体に全部入るものだ」


口の中のモノをゴクリと飲み込み、一息つく。


「いや、自分でも驚いてる。こんなに食えるのか俺」


一度、散らばった食べかすを一か所に集めて、火魔術で一気に焼却する。

満足するまで食べるつもりではあったが、ふと気づいたらここまで食べ続けてしまった。

魔素を摂取していない事も関係しているのかもしれない。

いずれにしても元の世界じゃ考えられないぐらいの大食漢になってしまったようだ。


「さて、最後にもう一口だけ」


「阿呆か。もう終わりだ。そう言って、食い続ける貴様の姿はもう見飽きたわ」


取ろうとした果実を先んじてアルベルトに取り上げられた。


「いや、今度は大丈夫だから。本当に一口だけだから」


「信用できるか」


果実に伸ばした俺の手をアルベルトは容赦なく叩き落とした。


「ケチ!」


「他人のモノをあれだけ食べておいて、ケチもクソもあるか」


〔ふふ、お兄ちゃん達、仲いいね〕


やいのやいの言い合う俺達をよそにミニが何事かを呟いた、その時。

激しい破砕音と共に、洞窟が震動した。

揺れで足元がおぼつかなくなりかけるが、踏ん張って耐える。


〔ママッ!?〕


ミニは何事かを察して、止める暇もなく、破砕音が聞こえてきた方──俺達が通って来た洞窟の入り口前に繋がる通路へと翼を羽ばたかせ、飛び去る。


「おい、待てって!」


「待つのは貴様だ」


慌ててその後を追いかけようとするが、アルベルトに呼び止められる。

反射的に背後を振り返ると、リングからアイアンを呼び出したアルベルトが険しい表情をしていた。


「魔力を抑えて、気配を最小限にしろ。どういう理由でここに来たのか知らないが……」


マスターが来た────。








ミニは急いだ。

この世に生を受けて数日。

その生で生まれて初めて全力で飛んだ。

何故かは分からないが、震動が起きた瞬間から、嫌な予感が止まらなかった。

それも母親の身に何かあったというほぼ絶対的な予感。

その身に刻まれた本能が理性に警告して止まなかった。

何分にも感じた通路が終わりを迎え、その突き当たりの角を曲がる。

果たして予感は的中した。

ミニの目の前に広がる光景──。

壁を突き破った様に粉々に破壊され、大きく広がった入り口。

そして洞窟の中央でボロボロに傷ついて全身から血を流す母親と、それを見下す様に悠然と佇む四本の腕を持つ一つ目の巨人だった。


〔ママッ!!〕


〔来るなっ! 隠れていなさい!!〕


思わず声を上げて、母親に駆け寄ろうとするが、放たれた母親の怒声に怯んでしまう。


「父さん、竜の子だよ!」


「おっ、何だもう生まれていたのか。ちょうど産卵の時期が過ぎた頃だと聞いたから、卵があるはずと思ったが、生まれていたなら話は早い」


ミニの耳に見慣れぬ声が入った。

巨人の影に隠れて分からなかったが、そこにはふさふさとした茶色い毛並みを生やし、犬の顔をした二匹の獣、ミニはまだ知らないが、獣人と呼ばれる種族の親子がいた。

自分を救ってくれた恩人と違い、彼らの発する声の持つ意味は分からない。

けれども自分たちに良くない事をするという雰囲気だけは分かった。

親の方がミニを指差した。

それに呼応して、佇んでいるだけだった巨人が動き出した。

ズシンズシンと重苦しい足音を響かせながら、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって来る。


〔やめろぉっ!!〕


母親が満身創痍とは思えぬ動きで、長い尾を鞭の様にしならせて、巨人の身体を薙ぎ払う様に殴打する。

衝撃の余波で、地表が軽く抉れる。

けれども、巨人はビクともしなかった。

四本ある腕の内、右の二つだけで尾は完全に止められていた。

そのまま尾を持った手を勢いよく振り上げる。

母親はろくな抵抗もできぬまま、空を舞う。

続けざまに尾を手を振り下ろし、母親を無慈悲に叩きつけた。

地面が砕き割れ、洞窟が震動する。

母親の口から、血煙が舞った。


「ママぁっ!!」


母親の惨状に耐えきれずミニは悲痛な声を上げる。

子の声に反応したのか、仰向けのまま母親は瞬時に首を巨人に向け、血濡れの口から魔殺息(マギ・ブレス)を放った。

風竜が持つ風の力を宿した、切り裂くような殺息(ブレス)が巨人に炸裂する。

駄目押しに大気を圧縮した不可視の空気砲弾を間髪入れず、連続で叩き込む。

連撃の威力を抑えきれず、巨人の身体が押され始める。

これでもかという程、空気砲弾を撃ち続ける。

やがて体力が限界を迎え、砲弾が途切れる。

攻撃の余波で土埃が舞っていたが、やがて治まっていく。

そして土埃の晴れた先には多少の切り傷はあるものの、ほぼ全く堪えていない巨人の姿があった。


〔どうしてなんだ……。どうして貴方達ヒトは私の大切な者を奪おうとするんだ。母と父を殺し、兄と妹をさらうだけでは飽き足らず、果てにこの子まで狙って……〕


「ねえ、まだなの。父さん!」


「ふむ、思った以上にしぶといな。仕方ない。出てこいキラーハウンド」


母親の絞り出す様な嘆きの声は獣人達には届かない。

どんな言葉も彼らにとってはただの鳴き声でしかない。

獣人は右手中指に付けたリングから、新たな魔物を呼び出す。

リングから放たれた粒子が形を成していく。

現れたのは全身を漆黒の毛並みで包まれた赤い瞳の狼だった。

その毛並みと身体に刻まれた傷を誇る様に遠吠えする。


〔頼む。私はどうなってもいい。だからこの子だけ。この子だけは見逃して!〕


「キラージャイアント、そのまま風竜を抑えておけ。キラーハウンド、お前はあの竜の子を狙え。瀕死に追い込むんだ。殺すなよ」


〔承った〕


〔御意〕


届かない。

どんなに想いを尽くしても、彼らに聞こえるのは竜の鳴き声。

彼らは風竜が子の命乞いをしているなど夢にも思わないだろう。

野生の魔物は凶暴で野蛮で、そんな感情の機微などありもしないはずだから。

そう思い込んでいるから。


〔ママッ、ママッー!!〕


〔ダメッ、やめ……!〕


迫り来る猟犬にミニは逃げながら助けを乞う悲鳴を上げる。

助けようと風の力を行使しようとしたが、巨人に腹を撃ち抜く様に殴られる。

口が血で溢れる。


〔やめて……お願い……。もう奪わないで……私からこれ以上大切なモノを奪わないで……!〕


「もうすぐだ! もうすぐ僕もマスターになれる!」


「そう慌てるな。リングの準備は出来てるか?」


「うん! あの竜の子と一緒に、いずれ父さんに負けないマスターになってやるんだ!」


「おお、それは楽しみだ」


走るミニと猟犬の距離はみるみる内に縮まっていく。

生まれて数日の子供が狩りの達人である猟犬から走って逃げられるはずもない。


〔嫌、嫌……!〕


ミニは必死に飛ぶ事を試みるが、できない。

飛べば逃げられるが、焦りと恐怖で上手く翼が動かず、集中も乱れて、風の力も使えない。

猟犬の牙がミニの鱗に迫る。


〔やめてえええぇぇっ!!〕


その瞬間、猟犬の身体が宙を舞った。

身体を回転させながら、空を飛び、壁に激突する。

猟犬はそれきり沈黙した。

そのまま粒子と化して、獣人のリングの中へと戻っていく。

ミニの目の前、そこに拳を振り抜いたままの姿勢で立っている者がいた。

ミニが感極まった声で言う。


〔お、お兄ちゃん……!!〕










「下がってろ。ミニ」


〔うん!〕


殴った腕から血が溢れ出す。

渾身の力に耐え切れず、皮膚が破れてしまったようだが、そんな事はどうでもよかった。


『この阿呆!! マスターの、それも格上の魔物を従える相手の前に姿を現わす奴がいるか!!』


「知るか。あんなの聞いて黙ってられる訳ないだろ」


『っ!』


捲したてていた脳内のアルベルトの声が途切れる。

ヒトが魔物を従えるという行為。

それはこの世界における常識で、仕方のない事だと、恨む事はないと考えていた。

しかし、その行為が持つ意味。

それが魔物にとってどういう事なのか、実際に目の前で起こった光景が教えてくれた。

親竜のヒトに対する異様な憎悪とそれに対してアルベルトが口走った言葉の意味も。

全てこの胸糞悪い光景が原因だった。


「人間……? 父さん、あれ、人間だよ!?」


「ああ、分かってる。ギルドで聞いた時は半信半疑だったが、まさか実在したとは。 ここにいるという事は竜と仲間なのか?」


獣人の親子は伝説の魔物である俺を見て、興奮気味に困惑しているようだった。

自分達が先程までしていた行為を省みる様子は全くない。


「ん? 父さん、人間、何か怒ってるみたいだけど」


「恐らく仲間の竜を傷つけられて、怒ってるんだろう。とにかくこの千載一遇の機会をものにしない訳にはいかない。予定変更だ、キラージャイアント!」


俺の尋常ならざる雰囲気から怒りの感情を察した様だが、伝説の魔物を前に興奮が勝っているのか、気にせず俺を捕獲する事を優先するらしい。

親竜から標的を変えて、俺に対して巨人を差し向けようとしていた。


「おい、親竜。動けるか?」


〔どうして、助けて……〕


「ムカついたからだよ。それより動けるのか? 動けないのか?」


俺の言葉に答える様に、親竜はボロボロのその身体を起こす。


〔貴方という方は本当に……。大丈夫、まだ動けます〕


「よし、じゃあやるぞ。あのクソ巨人をぶっ倒す」


〔……ええ〕


ゆっくりと迫り来る四本腕の一つ目巨人を見据えて、俺達は身構えた。


「キラージャイアント、相手は伝説だ。超力無双(ワールド・パワー)の使用を許可する」


〔承った……!〕


マスターである獣人の言葉に巨人はその顔を凶悪に歪ませた。

巨人から放たれる威圧感が爆発的に増大する。


超力無双(ワールド・パワー)だと!? 不味い、不味いぞ。ナオト、あの巨人、勇者だ。魔王に匹敵する化け物だ!!』


頭の中でアルベルトで叫んだ。

勇者。

魔王より下位の魔物でありながら、鍛え上げられた強さと唯一無二のユニークスキルで魔王と互角にやり合える化け物。


「さあ、魔王に立ち向かう勇者と謳われたお前の力、人間に見せてやれ!」


対するこちらは満身創痍の竜と病み上がりの自分。

絶望的な戦いが始まった。









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