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人間って伝説の魔物らしい  作者: PAPA
~第一章~人間、頑張る
26/34

第二十六話:全力で駄目なら死力を尽くしましょう

お盆休み。

書ける内に書いておく。

ストームドラゴンの咆哮が衝撃波となって広間を蹂躙していく。

ともすればそのまま吹き飛ばされそうになるのを下半身に力を入れて耐える。

生存本能(トランス)状態じゃなかったら、気圧されて吹き飛ばされていたかもしれない。

その頼みの生存本能(トランス)も後少しで切れてしまう。

身体は先の戦闘でボロボロ。

魔力もあまり派手に使えない残量だ。

目の前にはあのリザードキングより遥かに強いであろう本物の竜。

天上の崩落で逃げ道も塞がれた。

まさに絶体絶命の状況。

そう考えれば考える程、口角が上がるのが抑えられなくなってくる。

素晴らしく最悪な逆境。

これで燃えずにいられる訳がない。


『ナオト、聞こえるか! ナオト!』


『バッチリ聞こえてるさ。そう喚くなよ』


頭の中でアルベルトの声が響く。

結構、強く投げたが無事だったようだ。


()()に逃げろ。戦おうなんて考えるな。今の君じゃまず勝てない!』


かなり焦った様子の声が飛んでくる。

一人称が変わってる辺りからして、本当に焦っているのだろう。


『そうしたいのはやまやまなんだが、どうも(やっこ)さんは絶対に逃がすつもりはないみたいでな』


翻訳能力なんて使わなくても分かる程の憎悪と憤怒。

それら全ての感情が俺へと向けられていた。


「おいおいドラゴンさん。言っとくけど、卵を奪ったのは俺じゃ──」


〔黙れっ!! 貴様は決して楽には死なせない。自身が犯した行いが何だったのか、徹底的にその身に刻みこんでから殺してやる!!〕


今すぐ膝を折りたくなる様な圧を浴びせられる。

分かってはいたが、やはり聞く耳は持たないか。

どうあってもやるしかないらしい。


『アルベルト。お前、先行ってろ。後で追いつく』


『なっ!? 馬鹿っ! そんな事できる訳──』


ストームドラゴンの羽ばたきの動きが変わる。

ついに仕掛けてくる様だ。


『いいからさっさと行け!! この辺にいたら巻き込まれるぞ!!』


『しかし』


『人間って伝説の魔物なんだろ。その伝説がこんな所で終わるとでも?』


『っ!』


『分かったなら早く行け!!』


それを伝え終わると同時にストームドラゴンが大きく翼をはためかせた。

鋭い風切り音が耳に届く。

素早くその場から飛ぶ。

先程までいた場所の周囲にあった岩が何かに切り刻まれた様にバラバラになった。

不可視の刃。

恐らく風を操作して発現させたモノだろう。

今も止まらず走り続ける俺の後を周囲の岩や土塊を切り裂きながら、見えない何かが追ってきている。

魔術か魔法か、どんなスキルかは分からないが、ストームドラゴンという名だけあって風に関するスキルでこれを起こしているのは間違いない。

しかし、このまま逃げ回っているだけでは不味い。

もう身体を覆う蒼光はほとんど消えかかっている。

生存本能(トランス)が効果が切れるのも、もう時間の問題だ。

一か八か、持てる全力で押し切るしかない。


「爆流!」


走りながら手から放出した業火の奔流がストームドラゴンに直撃した。

それを見届けた瞬間に跳び立ち、ストームドラゴンに急接近する。

目の前にストームドラゴンの腹部が迫る。


「うおおおお!!」


その腹部に渾身の力で殴りつける。

拳に溜めた炎熱が爆発する。

直ぐ様、次の拳で殴りつける。

爆発が起こる。

また次の拳。

爆発。


「爆烈連!!」


拳打、拳打、拳打。

全力の拳打をこれでもかと叩き込み、連鎖的な爆発が巻き起こる。

腕についた傷から血が溢れ出し始めるが、構わず拳を振るい続ける。

攻撃の手を緩めた瞬間が俺の死だ。

本来なら絶対叶うはずがない相手。

不意打ち気味とはいえ、攻撃が通ったのは間違いなく奇跡と言える。

俺が生き残る道はこの奇跡を終わらせず、最後までやり通す他ない。

幸いしっかり手応えはある。

このまま反撃を許さず、攻撃を叩き込み続ければ──!


〔鬱陶しい!〕


拳が何かに止められた。

いや、違う。

拳だけじゃない。

身体の動きそのものが止められている。

動こうにもまるで石の中にいるみたいに圧迫されていて、指一本動かせない。


〔下衆の分際で私の肌に傷をつけるとは、全くもって度し難い!〕


拳を突き出したまま、空中で静止する俺をストームドラゴンは怒気を隠さず、憎々し気に見下ろす。

しかし、次の瞬間には怒気を引っ込ませ、底冷えする様な憎悪を露わにして、俺に顔を近づけてきた。


〔だが、それもここまでだ。たっぷり苦しみを味わえ〕


その言葉が告げられると同時に呼吸ができなくなった。

もがき苦しもうにも身体は全く動かない。

視界がぼやけ始める。

その瞬間、少しだけ空気が口に送り込まれてきた。

藁にも縋る思いで必死に呼吸するが、本当に少しだけでそれ以上空気は入ってこない。

意識が保てるギリギリのラインの呼吸しかできない様になっていた。

激痛が走る。

右足だ。

右足がまるで万力の様な力で圧し潰されつつある。

ひゅっひゅっと、か細い呼吸が痛みで早くなる。

ミシリ、ミシリと骨が軋む音が伝わる。

やがて肉が潰れて血が溢れ、メキメキと音を立てて骨が折れ始める。

そしてグシャリという音と共に完全に圧し潰されて、まるで押し花のようにぺしゃんこになった足が空中に浮かんでいた。

気を失いそうになる苦しさと激痛に目から反射的に涙が零れる。


〔今更泣いた所でもう遅い。自分の行いを悔いながら苦しみもがいて死んでゆけ〕


今度は右腕に万力の様な力がかかる。

俺はここで悟ってしまった。

勝てない、と────。









〔まだ息があるのか。反吐が出る程の生命力だな〕


手足を全て潰されても俺はまだ微かに息をしていた。

もはやほとんど消えかけている命は、未だ発動し続けてる生存本能(トランス)のお陰で何とか保っている状況だった。

しかし、それも時間の問題。

身体を覆う蒼光は乏しく、生存本能(トランス)は今にも消えかかっており、俺の命は風前の灯だった。


〔仕上げだ。塵も残さず消してやる〕


直後に上から圧し潰す様な力が襲い、そのまま地面の岩石の山に叩きつけられた。

そしてようやく身体にかかっていた圧力が消え、自由になるが手足が潰れた今、もはやどうする事もできない。

呼吸を貪って、いくらか意識を鮮明にして上を見上げる。

ストームドラゴンが殺息(ブレス)を放とうと、口内にエネルギーを溜めている最中だった。

あれを食らえば今の俺じゃ宣言通り塵一つ残らず消える事になるだろう。

あがこうにも動く事すらままならない今の状態じゃどうにもできない。

超速再生を使おうにも、魔力は生存本能(トランス)が俺の命を維持する為に使ったのか、ほとんど残っていない。

もう打てる手は残されていなかった。

涙が溢れてきた。

死の恐怖からではない。

己の情けなさと悔しさからだった。

アルベルトにあんな大口を叩いたのにこの様だ。

情けない。情けなさ過ぎる。

こんな所で、まだこれからという所で俺は終わるのか。

嫌だ、まだ終わりたくない。

終わる訳にはいかない。

俺はまだ殆どこの世界を知らない。

きっと楽しい事がまだまだ待っているはずなんだ。

それに美青年(あのクソ)の顔も殴ってやらなきゃならない。

やりたい事、やらなきゃいけない事が沢山ある。

第一、俺はあいつの子を救ってやったのに、何で殺されなきゃならないんだ。

こんな理不尽な死に方、ありえない。

こんな場所で終わってなんかいられるか!!


ふと視界にあるモノが入った。

風竜の子の卵の欠片だった。

閃きが頭を駆けた。

ぐるりと顔を動かし、周りを見回す。

──ある。

この状況を打破する手が一つだけある。

卵の欠片があるという事は、恐らくここは広間の中心付近。

ならあれがあるはず。

必死に顔を動かし、探す。

そして見つけた。

積みあがった岩の隙間から流れる水。

濃厚な魔力を含んだ水。

最後の希望、魔力泉の湧き水だった。

もはや時間はない。

生存本能(トランス)が切れる前に。

殺息(ブレス)が放たれる前に。

最後の魔力を振り絞って、身体の側面から炎を噴出する。

それを推進力にして身体を、魔力水が流れてきている岩の中へ突っ込ませる。

痛みなんて気にしていられない。

身体が傷つく事に構わず、無理矢理にでも岩の奥へと進んだ。

果たして身体は魔力泉に到達した。

勢いを止める事はできず、身体は魔力泉の中へ落ちる。

顔の穴という穴に一斉に魔力水が入り込み、息苦しさが襲う。

そんな風に溺れながらも、魔力水を飲んで、身体の中に取り込んだ。

凄まじい勢いで魔力が回復していくのが、感じられる。

すぐに超速再生をスキルにセットする。

潰れた手足がみるみる元に戻っていく。

魔力が再生で失われる端から、魔力水で供給されていく。

全快まで要した時間は僅か数秒。

魔力消費を気にせず、超速再生をフル稼働させた結果だった。

息苦しさから逃れる為に、顔を水面に出す。

そして瞬時に思考する。


生存本能(トランス)が切れるまで恐らく後数十秒。

切れたら最後、ろくな抵抗も出来ず、また嬲り殺しにされる。

逃げる事も叶わないだろう。

であれば、やはり倒すしかない。

それも一発で決めなければ。

しかし、ただの全力では駄目だ。

絶対に勝てない。

身を持って、それを知った。

だから、死力を尽くす。

文字通り命を賭けたモノでなければ、奴には届かないだろう。

その方法を俺は持っている。

幸い体力、魔力共に全快。

運が良ければ、生き残れるはずだ。

どの道、奴を倒さなければ死ぬ。

やるしかない。


全力で魔力泉から跳ぶ。

岩石や土塊の山から飛び出し、ストームドラゴンに最高速で急接近する。

悠長に殺息(ブレス)を溜めていたストームドラゴンは予想外の事に反応が遅れていた。

その隙に奴の懐に肉薄し、その腹部に張り付いた。

そして発動する。


「食らえ……!」


生存本能(トランス)によってランクアップした自爆──大爆発を。







光が、溢れた。

眩い輝きが広間を満たしたその瞬間。

全てを滅する獄炎が炸裂した。

周囲のモノを空間ごと抉り潰す様な衝撃と共に溢れる死滅の火炎にストームドラゴンは為す術もなく飲み込まれる。

獄熱の死は広間に留まらず、通路に吹き出し、巣を駆け巡った。

逃げる暇もなく、巣のリザードマンはあっさり飲み込まれ、塵も残さず消し飛んでいった。

そして、地下で起こったそれは地震と変わらぬ様な揺れを引き起こし、更に森に天を衝く巨大な豪炎の柱を顕現させ、周辺の生物を狼狽し、恐怖させた。


「ナオト……!」


巣の外。

すんでの所で死の炎を回避したアルベルトはアイアンと一緒にその光景を眺めていた。







〔ぐっ、うぐふっ〕


死滅の炎の去った後の、もはや広間ではなく、ただの地下空洞と化したその場所で、ストームドラゴンは酷く傷つき、地面に降りていた。

瞬時に風を展開して守った他の部位とは違い、爆発を密着して食らった腹部は抉れ焦げており、誰が見ても分かる程の致命傷だった。

他の部位も守ったとは言え、威力を殺しきれず、火傷して爛れていたり、外傷がない様に見えて、中の骨が折れていたりと満身創痍の状態だった。


〔私の子は……!〕


しかし、ストームドラゴンにとってそんな事はどうでも良かった。

一番大事なのは我が子の安否だった。

本来、全力で自身を守る為だけに注力していれば、ここまで傷を負う事はなかった。

けれど、今は違う。

自身の隣には可愛い我が子がいた。

爆発が発生した瞬間、ストームドラゴンは我が子を守る事に全力を注いだのだ。

しかし、あれほどの爆発。

いくら自身の全力の防御でも守り切れたかは分からなかった。

隣を見る。


〔ママ……〕


我が子は無事だった。

傷一つ、汚れ一つなく、そこにいた。

自身の防御は我が子を守り抜く事ができたのだ。

安堵して、今度はこれを起こした憎っくき敵を見る。


〔雑魚の分際で、ここまでするとは……!〕


ストームドラゴンの見詰める先、自爆の反動で全身黒焦げのボロ雑巾と化したナオトが倒れ伏していた。

微かに胸が動いており、辛うじて生きているのが、分かった。


〔殺してやる……!〕


一歩間違えば、我が子は死んでいたかもしれないのだ。

一度ならず二度までも我が子を奪おうとした存在を許せるはずもなかった。

風魔法を使い、不可視の刃を形成して、ナオトに飛ばそうとする。


〔ママ、ダメ!!〕


しかし、それは他ならぬ我が子の声で静止された。


〔我が子よ、何故止める! これはあなたを二度も殺そうと──!〕


〔違うよ! その人は最初、僕を助けてくれたんだよ! 何で殺そうとするの!〕


〔なにっ?〕


その後、親竜が子竜に怒られながら、大慌てで憎い仇と思い込んでいた相手の応急手当をするという光景が生まれる事になった。





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