第二十五話:VSリザードキング
文字数万越えしちゃった。
『【スキル】生存本能の発動条件が満たされました』
『効果により全ステータスを十倍、全スキルがランクアップします』
『【スキル】魔力解放の発動条件が満たされました』
『効果により魔力が持続する限り、全基礎ステータスが強化されます』
逆襲の時を告げるアナウンスが頭に響く。
いやはや、かなり危なかった。
最後の一撃をもらう前にアルベルトの言葉がなければ、そのまま終わっていた。
『ナオト! 目の前を見ろ! 死ぬぞ!』
あの連撃を受けた時、もう俺の意識は飛びかけ寸前だった。
朦朧とした意識の中で、もう意地だけで立ち続けている様な状況で、何がどうなったのかも分かっていなかった。
そんな時に頭に響いたアルベルトの声で、辛うじて攻撃が来る事が分かった。
あの言葉がなければ、この現状はないだろう。
〔何だ、どういう事だ! 何をした!?〕
あれほどボロボロだった俺の体が蒼光に包まれて修復されていく姿にリザードキングは混乱する。
俺自身ですらランクアップしたとは言え、あのスキルにここまでの効果があるとは思っていなかった程だ。
無理もない。
俺の今のスキル構成はこうである。
【スキル】
生存本能 超速再生 魔力解放 翻訳能力 超魔力
攻撃を受けた際にスキル変更で生存本能、治癒促進がランクアップした超速再生、魔力解放、超魔力の四つをセットしたのだ。
もっとも、治癒促進がここまでのスキルに化けるとは思わなかったが。
とは言え、その効果に見合う程の魔力をごっそり持っていかれた。
超魔力を付けているのに半分ほど魔力を消費させられるのには驚きだ。
仮に再び使うとしても継戦の事を考えて、後一度が限度だろう。
仕方ない。
とにかくこれで思う存分にやり返せる。
〔!? また魔術紋章が! 糞ッ、離せ下郎がぁ!〕
リザードキングは俺に掴まれた腕を外そうと踠くが、スキルで超強化された上、更に吸収した魔術紋章で強化し続ける俺の力に叶うはずもなかった。
「今まで俺の魔術吸収を警戒して、反応できない速度で攻撃してたんだろ? 確かにそれは正しい判断だった。事実、俺はここまでどうする事もできなかった。けど、お前は最後の最後で焦れてしまった。戦法を変えなければよかったのに、俺にきっちりトドメを刺す為に大技を叩き込もうと、わざわざ接近してしまった。俺にもう抵抗する力はないと思い込んで」
掴んだ腕を伝って、片っ端からリザードキングに刻まれた魔術紋章を吸収し、発動していく。
こうやってその恩恵を受けてみて、リザードキングがどれほど自身をドーピングしていたかを思い知る。
過剰も過剰。
ステータスだけならあの美青年に匹敵するのではないかと思ってしまう程だ。
「それが運のツキ。近づいてさえくれればどうとでもなる。後は御覧の通りだ」
〔糞ッ、糞ッ、この畜生めがああ!!〕
最後の魔術紋章を吸収して発動し終えると共に刺さりっぱなしだったリザードキングの両手を抜く。
もはや力の差は歴然で、すんなりと抜けてしまう。
「な、虚勢じゃなかったろ?」
残った傷も超速再生ですぐさま塞がる。
片手でリザードキングの首根っこを掴み、持ち上げる。
リザードキングは手を外そうと暴れるが、既に形勢は逆転している。
リザードキングの腰には、奴の魔力の源の古代魔具が付いていた。
ベルト式の古代魔具らしく、ベルトの中央に奇怪な紋様が刻まれた深緑の宝石が埋め込まれていた。
その古代魔具を剥ぎ取ってやる。
途端に先程まで暴れていたリザードキングの動きが弱まった。
広間を満たす濃密な魔力に当てられたのだろう。
「アルベルト!」
奪った古代魔具をアルベルトに投げる。
貴重な古代魔具だ。
戦利品として申し分ないし、何かしらの役に立ってくれるだろう。
さて、これで準備は整った。
後はお待ちかね。
「さあ、仕返しの時間だ。俺は優しいから一発で許してやる」
超速再生を火魔法に付け替えた。
空いている手で拳を固く握る。
「魔法凝縮!」
俺の言葉と共にイメージ通りに拳に炎が集まってくる。
固めた拳に炎熱が圧縮され、真紅に染まり、輝き始める。
密閉された灼熱によって広間の温度が上がる。
拳の周囲に陽炎が揺らめき始める。
「まだまだ、こんなもんじゃねえ」
超魔力に任せた潤沢な魔力をさらに注ぎ込む。
真紅の輝きは更に増し、その眩しさで拳が覆い隠される。
集中する力の大きさに腕が震え始めた。
それでも魔力を注ぎ、極熱を拳に込めていく。
そうして出来上がったのは、極小の太陽だった。
直視できない紅い輝き。
圧縮しきれず、拳から漏れ出た炎がプロミネンスの様に噴き上がる。
紛れも無い拳大の恒星がそこにあった。
「特大の一発だ。歯ァ食いしばれ」
リザードキングが何とか逃れようと、一層激しく暴れ始めるが、もはや無駄な抵抗。
リザードキングの柔らかな腹部を目掛けて、太陽を撃ち込んだ。
〔〜っ!!〕
リザードキングの身体がメキメキと軋み、くの字に折れる。
声にならない声が広間を満たす。
腹部に突き刺さった太陽が、燃やす様にリザードキングの身体を焼き焦がす。
そしてそのまま渾身の力で、拳を振り抜く。
「 超 爆 烈 !!」
拳から太陽が解き放たれた。
押し込められた炎熱が堰を切ったように溢れ出す。
一瞬にして真っ赤な獄炎がリザードキングを呑み込んだ。
球体に膨れ上がった灼熱は振り抜かれた勢いのまま、拳から飛んでいく。
灼熱は何と激突せず、壁を融解させて、突き抜けていった。
そして数秒後、つんざく様な爆音と揺れの後に、融解してできた穴から爆炎が迸った。
太陽の爆発を告げる証だった。
────目の前で王が膝から崩れ落ちる。
それは幾度も繰り返された、見慣れた光景。
王が生まれ、その下に統率され、今度こそは繁栄が約束されたと期待し、けれども最後にはいつも同じ結末を辿る。
何度やっても、何を利用しても、どんな戦略を立てても。
その繁栄を認めず、やってくる圧倒的な敵に、王は倒れ、巣は蹂躙される。
一兵卒でしかない自分はずっとそれを見ている事しかできなかった。
抗う事すらできず、ただ悔しさと怨みを募らせるだけの日々。
だから、自分が次代の王に選ばれた時は歓喜した。
先代達の二の舞にならぬ様、慢心も油断もせず、万全の準備と態勢で敵を討ち、今度こそ己の種族を繁栄させると誓った。
けれども敵はその誓いを嘲笑うかの様に今までを優に超える破滅的な力で全てを平らげていった。
自分は何もする事ができず、先代の王と同じ様に地に伏した。
兵卒だった時と、何も変わらなかった。
何もできないのが嫌で、王になった時、不変の終わりを変えると誓ったはずだった。
溜め続けた悔しさと怨みが実を結ぶはずだった。
だが、結果はこれだ。
何一つ変えられず、何を為す事もなく、ただひたすら無意味に死んでいく。
何の価値も見出せない終わりだった。
一つの声が聞こえた。
今期も例年通りに無事に駆除が終わった────。
今すぐ叫び出したかった。
敵だと思っていた相手はあろうことかこちらを敵とすら思っていなかった。
あの自分達の命を賭けた必死の生存闘争を単なる害獣駆除としか捉えていなかった。
何という、何という屈辱。
巣の繁栄を願って、散っていった同胞達の想い。
志半ばで倒れていった王達の無念。
その全てを奴等は侮辱した。
尊き犠牲を取るに足らないモノだと意味付けた。
これを許せるか。
否!!
断じて許せる訳がない!
こんな所で無意味に死んでいられない。
奴等に思い知らさねばならない。
自分達の存在を、意味を、何よりこの意志を、奴等に刻み込まなければ気が済まない。
そしてその執念だけで往生際悪く、生にしがみつき続けて、与えられたもう一度の機会。
不変の結末を変える為の手段も手に入れた。
どうあがいてもあのまま死ぬしかできなかった自分に与えられた奇跡。
それを今ここで終わらせるなど許されない。
今度こそ到達するのだ。
竜人の輝かしい繁栄の未来へ。
「おっと、もう切れたのか」
身体を覆っていた全能感が失われる。
吸収した魔術紋章による強化効果が切れたらしい。
強化系統の魔術紋章はどうにも効果時間が短いようだ。
過信は禁物だろう。
しかし、それでも生存本能の効果はまだ続いている。
この後も最後まで十分持ってくれるだろう。
「よお、効いたか? 雑魚の一発は」
融解した穴。
その向こうにリザードキングが立っていた。
しかし、その身体はボロボロの一言に尽きた。
至る所が黒く炭化しており、腹部は大きく肉が抉られ、その中央は向こう側が見えるまで貫通していた。
顔に至っては右半分が完全に炭化しており、目も使い物にならなくなっていた。
〔認めよう。貴様の一撃、確かに効いた。我の侮りと不用心が招いた致命傷だ。そして生命線である道具も奪われた。この状況、どう言い繕おうとも我の敗北に相違ない〕
リザードキングは静かに語る。
しかし、その目に宿る意思は死んでおらず、むしろ燃え盛っていた。
無事な左目はそれを雄弁に語っていた。
〔だからと言って、このまま大人しく引き下がる訳にはいかぬ。もう間もなくあれは孵化する。我が悲願を目の前で諦める訳にはいかぬ。何より我はこの巣の王。竜人を統べる者なり。敵を前に背を向けるなど断じてできぬ!〕
リザードキングの口が開かれ、虹の様な極彩色の光が口内に集まっていく。
魔殺息。
七色の輝きはどんどん膨れ上がっていく。
特大の一撃が来るのかと思い、いつでも避けれる様に身構える。
しかし、それが放たれる事はなかった。
口内に極限まで溜め込んだエネルギーをリザードキングはゴクリと飲み込んだのだ。
深緑の鱗がブレスと同じ虹の如き極彩色に輝き始める。
『ジャミングが解除されて奴のステータスが判明した。気を付けろ。とんでもないぞ』
アルベルトの言葉と共にステータスの情報が送られてくる。
【名称】リザードキング
【Lv】42
【種族】竜
【ジョブ】王
【ユニークスキル】
魔力鱗 魔王殺息 統べる者 起死回生
【スキル】
全魔術Lv50 全紋章Lv34 魔改造 看破 不退転 拳闘技Lv32 剣技Lv25 覇道Lv3
【状態】
起死回生:耐即死ダメージ・瀕死時に超強化
魔改造:ステータス強倍加・全状態異常無効・効果終了時に致命ダメージ
不退転:痛覚鈍化・恐怖抑制・意思耐久・逃走不可
何というごつい強化の盛り方。
俺も奴の事を言えたものではないが、それにしてもこんな奥の手があるとは。
しかし、これでようやく────、
リザードキングが虹色の残像を残して、姿を消す。
それに合わせて、素早く片手を突き出す。
虹色に輝く豪速の拳がその手に突き刺さった。
衝撃波で地面に凄まじい亀裂が走る。
〔貴様……!〕
──対等な殴り合いができる。
「いくぞ……!」
空いた手でリザードキングの顔に、纏った蒼光の筋を描きながら、拳を真っ直ぐに飛ばす。
しかし、あえなく片手で弾かれる。
〔肉弾戦なら有利と思ったか!〕
リザードキングの姿が目の前から消える。
いや、違う。
高速で回転しつつ、身体の位置をずらしたのだ。
気付いた時には顔の隣に奴の拳。
裏拳が炸裂した。
視界が揺れて、体勢が崩れる。
目の前に極彩色の膝が迫っていた。
鈍い衝撃が身体を駆け抜ける。
〔我は竜人の王よ。格闘の心得など当然、ある! 舐めるな!〕
「まさか。舐める訳ないだろ」
リザードキングの眉がぴくりと動いた。
そして素早く俺から距離を取る。
直撃した筈の膝は俺の手によって止められていたのが分かったからだろう。
「お前が強い奴だって言うのは身に染みて分かってるさ。けど、俺はお前を殴り倒す。そして勝って、先に進む」
リザードキングに向かって、軽く指をチョイチョイと曲げて挑発する。
「来いよ。あまり時間がないんだ。お前だってそうだろ?」
リザードキングはついに構えた。
固く拳を握り、俺を見据える。
〔お見通しか。しかし、この身に二度の敗北はない。故に貴様はここで絶対に殺す。王の名に賭けて〕
リザードキングの姿がかき消える。
俺は直様しゃがむ。
頭を断ち切る様な蹴りが掠める。
そのまま流れる様に背後に立つリザードキングの足を蹴り払う。
〔ぬうっ!?〕
完全に身体が浮いたその瞬間に、腹部に空いた穴に拳を捻じ込んだ。
「爆烈!」
傷口から爆炎が吹き上がる。
肉の焼けた、焦げ臭い匂いが鼻に広がる。
拳を捻じ込んだ腕が突然、極彩色の腕に掴まれた。
〔この程度で怯むかぁっ!!〕
「なっ!?」
リザードキングの頭頂部が顔面を打撃した。
まさかの反撃の頭突きによる激痛に力が緩む。
〔全魔術融合〝極彩〟!〕
一際大きく虹の光を纏った拳が迫るのを滲む視界で捉えた。
反射的に腕を前で合わせて、防御する。
〔虹霓拳!!〕
虹の光が腕に突き刺さる。
重い……!
威力を受けきれずに、足が浮く。
そのまま拳を振り抜かれ、押し飛ばされた。
あえなく壁に激突する。
すぐさま立ち上がろうとした時に、腕に虹の光が付着している事に気づいた。
〔虹よ、輝け!〕
瞬間、視界が虹に染まった。
身体が千切れ飛ぶ様な衝撃が走り抜けた。
平衡感覚が乱れ、天地の認識が消失する。
巨大な力に揉みくちゃにされ、只管に意識だけは飛ばない様に耐え続けた。
どのくらい経ったのか、ふと気づいた時には壁に埋まっていた。
全身を覆う痛みに朦朧としていた意識が完全に覚醒する。
すぐ目の前に巨大な虹の光弾が迫っていた。
痛みを無視し、瞬時に起き上がり、その場を離れる。
光弾は壁に着弾した瞬間、膨れ上がり、虹色の光を放って爆散した。
イカレた威力だ。
一発で骨が数十本やられた。
内臓もしっちゃかめっちゃかだ。
生存本能がなきゃ、まず動ける状態じゃない。
あの虹の一撃はこれ以上、食らう訳にはいかない。
いくら生存本能があるとは言え、あんな威力を何度も食らうと身体が爆散してしまう。
もし普通の状態で食らっていたらと思うとゾッとする。
とにかく隙を見てスキルを入れ替えて、傷を超速再生で治癒しないと──。
〔隙なぞ与えん〕
頭上から声。
反射的に頭上に腕を交差させて、防御をとる。
隕石の様に踵が落ちてきた。
衝撃が上から下へ駆け抜けていく。
メキメキと嫌な音が体内で響く。
口の中が鉄臭く赤いもので溢れた。
全身を駆け抜けた衝撃が立っている地面を盛大に陥没させて、亀裂を量産する。
〔また回復されてはたまらんからな〕
リザードキングは踵落としの体勢から素早く宙返りする。
そして地面に着地すると、極彩色の影を置き去りにする程の速度で突っ込んで来た。
その光景を理解しても、身体は思う様に言う事を聞かない。
回避する事も防御する事も叶わない。
豪速の拳が胸に直撃した。
威力が肌を突き抜け、体内で爆散する。
もはや抑えられず、噴水の如く盛大に吐血してしまう。
肋骨と臓腑のいくつかが消し飛んだのが分かった。
余波で大気が跳ねる。
亀裂の入った地面が更に衝撃を受け、割れ荒れた。
〔このまま死ぬまで殴り続ガッ!?〕
勝手な事を宣うリザードキングの顔面に拳をぶち込んでやった。
あー、ダメだ。
回復なんて浅はかな考えを読まれた挙句、ここまで追い込まれているのに。
笑みが零れてしまう。
死が目の前にあるのに、どうしてこんなに楽しいのか。
恐怖は確かにあるのに、楽しさが上回ってしまう。
きっとそれは生物として間違っているのだろうけど、仕方ない。
それが俺なのだから。
「悪かった。今のお前相手に回復なんて甘い考えだったな」
突き刺した拳でそのまま、リザードキングの頭を掴み、グイと引き寄せる。
それに合わせて膝を思いきり上げる。
音を切る速さの膝蹴りがリザードキングの顔面にめり込む。
潰れた箇所から血が吹き出す。
間髪入れず、陥没した面を下から打ち貫く。
顎の砕けた気持ち悪い音と感触が拳から伝わる。
そのまま殴り飛ばそうとするが、血濡れた目が見開き、ギロリと鋭い眼光で俺を射抜いた。
次の瞬間、俺の首に極彩色に輝く太い尾が巻きついた。
「うぐっ!」
そのまま俺の腕を支点に、空中で回転する。
尾に首を引っ張られ、身体が空に浮く。
一回転した勢いで俺は地面に思いきり叩きつけられた。
衝撃で亀裂にトドメが刺され、激しく地面が抉れる。
至る所に出来た傷口から血が溢れる。
けれど怯んでいる暇はない。
首から離れようとする尾を素早く掴む。
リザードキングがこちらの動きに気づくが、もう遅い。
「お返しだ……!」
瞬間、渾身の力で尾を振り回し、そのままリザードキングを地面に埋まる程の勢いで叩きつけてやった。
広間に激震が走る。
抉れた地面に更に陥没し、深い穴が生まれた。
間髪入れず、穴からひしゃげた顔のリザードキングが飛び出してくる。
その勢いで放たれた蹴りをしっかりと腕で受け止める。
「おいおい力、落ちてんじゃねえか? 今までより全然軽いぞ」
〔ぬかせ!〕
返す刀で拳が飛んでくるが、それも片手で受け止めて、カウンター気味に顔面へ真っ直ぐ拳を返す。
しかし、リザードキングにがっしり拳を掴まれる。
互いに相手の拳を掴み、相手に拳を掴まれた状態。
鍔迫り合いの如く、押し合いの力比べが始まる。
「やっぱり、相当、しんどいんじゃねえか? 力が、弱まって、きてるぜ」
〔貴様の方こそ、随分と血を流して、限界だろう? 疾く降参した方が、よいぞ〕
息も絶え絶えな煽り合いも互いに一歩も引かず。
もはや限界なんてとうの昔に超えているが、それを悟られない様に強がり、煽り続ける。
「無茶、しやがる。なら、とことん、やろうぜ」
〔望む、ところよ!〕
リザードキングの押す力が一層増す。
その隙を突いて、腹部の傷口に蹴りを捻じ込む。
くぐもった声と共にその口元から血が溢れた。
追い討ちをかけようとした瞬間、視界が激しく明滅した。
足元がおぼつかない。
グラグラと揺れる感覚。
下半身に力を入れ、倒れそうになるのを堪える。
リザードキングが拳を突き出して立っているのが、見えた。
どうやら反撃を喰らったらしい。
〔緩いわ……!〕
「そうかい……。じゃあもっとキツくしてやる……!」
残る力を振り絞り、突撃する。
今できる最高速度で真っ直ぐ行って右でぶち抜く。
顔面にクリーンヒット。
ひしゃげた顔が更に歪になるが、リザードキングは倒れない。
腹に衝撃。
身体が思わずくの字に折れる。
霞んだ極彩色の膝が腹部に突き刺さっていた。
しかし、痛がっている暇はない。
血を吐き出しながら、反撃の蹴りを脇腹に飛ばす。
身体が壊れる感触が足から伝わってくる。
意識が爆発した。
けれども意地で耐える。
気づけば、膝をついていた。
両手を合わせて握りしめたリザードキングが立っている。
頭から両手の振り下ろしをもらったらしい。
お返しに目の前のぐちゃぐちゃになっている腹部の傷穴に奥深くに拳を捻じ込む。
熱くぬるついた感触が手に伝わる。
「爆炎……!」
言葉のイメージのまま爆発する様にリザードキングの内側から豪炎が吹き上がる。
しかし、リザードキングは倒れない。
燃え盛る炎に包まれ、堪える様に立ちながら、こちらを見下ろし、顎が砕けて開きっぱなしの口を向けた。
次の瞬間、極彩色の炎が俺を襲った。
死滅させるという意思の込められたエネルギーが身体を灼いていく。
「負けるかぁ……!」
力を失いそうになる身体を奮い立たせ、空いた手で目の前の燃える腹部を打ち付ける。
極彩色の魔王殺息が途絶えた。
その隙を突いて、腹部に刺した拳を引き抜き、思いきり立ち上がる。
その勢いのまま砕けた顎ごと下から打ち抜いた。
残った骨と歯がボロボロに砕け散る。
間髪入れず真正面から顔面に拳を打ち込む。
拳が顔面にめり込むと同時に、俺の腹に霞んだ極彩色の蹴りが捻じ込まれた。
攻撃の威力を受けきれず、互いに身体が後方に押し飛ばされる。
少し地面を転がるが、すぐに体勢を立て直し、攻撃を警戒する。
リザードキングも同じ様に体勢を整え、こちらを警戒していた。
〔しぶとい……〕
「それはこっちの台詞だ……!」
互いに荒く息をしながら、相手を見る。
リザードキングの鱗は戦い始めの頃にあった極彩色の輝きを殆ど失っており、霞んだ虹色と化していた。
顔はもはや原型がどんな形だったのか分からない程に歪んでしまっており、顎は完膚無きまでに砕かれた所為で口がダランと開いたままになっていた。
腹部の傷穴は悲惨な程に抉れており、挙句、肉が完全に焼け焦げてしまっているので、治癒は絶望的な状態だった。
〔もう時間がない。これで終わらせてやろう〕
リザードキングが拳を掲げる。
霞んだ極彩色の鱗が再び輝き始める。
〔全魔術融合〝極彩〟!〕
掲げた拳に虹色の輝きが集中していく。
あの虹だ。
あれを食らえば今度こそ終わるだろう。
溜めている今がチャンスだが、迂闊に近づく訳にはいかない。
「爆流!」
業火の奔流がリザードキングを飲み込む。
しかし、まるで炎なんてないかの様に微動だにしない。
炎が通り過ぎた後、リザードキングは焼き焦げながらも、変わらずそこに立っていた。
〔無駄だ。我は貴様を息の根を止めるまで、もう止まるつもりはない……!〕
リザードキングは輝く虹色の拳を喉の奥に突っ込んだ。
途端に全身の鱗がかつてない程、極彩色に輝き出す。
口がこちらに向けられた。
殺息を撃つつもりだ。
それもとんでもなく特大のモノを。
まだ口の中で溜めている様だ。
恐らく避けられない様、最大限まで溜めて、広範囲に放つつもりだろう。
俺自身、消耗した今では避けられる自信はない。
じゃあ今から超速再生しようにも、全快するには魔力を消費し過ぎた。
仮にした所で、魔力を全部使っても中途半端にしか回復しないだろう。
そのまま為す術なく殺息に飲まれて終わりだ。
ならば答えはただ一つ。
避けるのでもなく、耐えるのでもない。
真正面から打ち破る。
「魔法凝縮!」
両手にそれぞれ炎熱が集中していく。
一度やったお陰か、今度は無駄なくスムーズに凝縮していく。
やがて二つの太陽が両手に宿った。
同時にリザードキングの溜めも完了したらしい。
全身輝く中で、歪みに歪みきった顔面が一際神々しく極彩色に光り輝いていた。
〔これで最期だ、人間!!〕
放出の勢いに耐えられる様にか、四つん這いになってこちらに口を向ける。
「こんな所で終わるつもりは無ぇ!!」
拳に宿った太陽をいつでも打ち出せる様に構える。
見据えたリザードキングが閃光の如く、輝いた。
〔天魔帝殺息!!!〕
圧倒的な輝きが放たれた。
津波の様な輝きの暴力。
極彩の煌めきが目の前に広がる全てを飲み込み、破滅させながら迫り来る。
けれども怯まない。
怯んでなんていられない。
俺は勝ってこの先へ行くのだから!
「 超 爆 流 !!」
獄炎の熱線が極彩の輝きに激突した。
大気が鳴動する。
凄まじい余波が地面を砕き割っていく。
熱戦は輝きを割る様に突き進むが、押し切れず、途中で勢いが留まってしまう。
だからこその、もう一発。
「 極 爆 流 !!!」
太陽の紅炎が現れた。
真紅の輝きと炎熱を宿した奔流は、極彩の輝きを格の違いを見せつける様に、モーゼの如く引き裂いた。
熱を帯びた衝撃波が広間を激震させる。
紅炎はその荒れ狂うままに壁を溶かし貫き、そのまま奥へ消えていった。
真っ二つに分かたれた輝きもその後、力を失くす様に、宙に溶けていった。
終わった──。
そう思った瞬間だった。
視界の端で走り出したリザードキングの姿を捉えたのは。
その手には虹色の輝きを携えていた。
やられた。
完全に油断していた。
反応が遅れた所為で、動きが追えない。
速すぎる。
さっきまで死に体だったとは思えない。
さっきの派手な殺息は囮で、最初からこの一撃に賭けていたのか。
動きが見えない以上、回避も防御もできない。
最後の最後でこんな情けない終わり方をするのか、俺は。
糞っ、一か八かで回避か防御を──、
『解析完了。インプット。やれ、ナオト!!』
アルベルトの声と共に情報が頭の中で展開された。
リザードキングの行動の完全シミュレートという完璧な攻略情報が。
「最高だぜ、アルベルト!!」
動きが分かれば、先を取るなど実に容易い。
奴が取る行動は懐に潜り込んでのアッパー。
ならば防御も回避も必要ない。
取るべき行動は一つ。
〔これが本当の最期だ、人げぶぇ!?〕
攻撃だ。
俺は懐に潜り込んで来るのを見越して、下から掬い上げる様に、爆流を込めた拳を振るった。
拳は読まれていた等、夢にも思わないリザードキングの歪な顔の中心に突き刺さった。
圧倒的な速度は重さへ変わり、拳はメキメキと音を立てて、顔に深々と突き刺さっていき、更に形を歪にしていく。
「飛ん、でけえええぇぇぇ!!!」
渾身の力で拳を振り抜く。
衝撃の震動で砂埃が舞い上がった。
放たれた炎熱の光線と共にリザードキングが吹っ飛んでいく。
やがて派手な破砕音と共に壁に激突した。
同じく壁に激突した炎熱が爆散し、砂埃を散らす。
そうして目に映ったのは壁に埋まったまま、ピクリとも動かないリザードキングの姿だった。
それでも警戒を解かず、数十秒待つ。
やはりリザードキングは動かなかった。
「勝っ、たあ〜!」
思わず万歳してしまう。
疲れで喜びの声がへなへなになった。
万歳をしたまま、仰向けで地面に倒れ込む。
強かった。
本当に強かった。
勝てたのは運と色々と無茶したお陰だろう。
その所為で今もなお生存本能が発動しているにも関わらず、へたり込んでしまう程に疲労が溜まっていた。
しかし、そういう事を差し引いても、今回の戦いは非常に楽しかった。
緊迫した戦い程、面白いモノはない。
死線を潜り抜けるのは何度やっても興奮してしまう。
ドラゴンもやりあう前の前哨戦としては十分過ぎる内容だった。
「ご苦労だった。無事、勝てたな」
アルベルトが俺のそばに立った。
変わらず見慣れぬ黒髪黒目になったままで、落ち着かない。
「ああ。最後、ありがとな」
「あれはマスターとして当然の手助けしたまでだ。別に感謝される様な事じゃ……」
「それでもだよ。アレがなきゃ、俺は死んでた。助かった、ありがとよ」
そう言うと、アルベルトはそっぽ向いてしまった。
しかし、その横顔は少し紅潮していた。
相変わらず素直に感謝を受け取らない頑固者だ。
「さて、色々聞きたい事はあるが、今はとにかく今は手当しなくてはな」
アルベルトはごそごそと何でも入る宙袋を漁り始める。
「ああ、手当は大丈夫だ。今ちょうど超速再生が使えるからな。発動に必要な魔力は魔力泉でも飲んで回復するさ」
そう言って、魔力泉を見る。
するとちょうどその空に浮いていた風竜の卵がリザードキングの魔術紋章の効果が切れて、ふわふわと魔力泉の脇の地面に落ちた所だった。
その卵には罅が入っていた。
「不味いな。孵化しかけている。魔術紋章の効果が無くなった以上、直に親が子の存在に気づくだろう。出口の当てもついた。親の怒りに巻き込まれない内に、さっさとこの場から離れるぞ」
頭の中でこの巣の立体地図が展開される。
この広間から進んだ先に地上へ向かう出口があるのが、表示されていた。
その間にも卵の罅はどんどん大きくなっていた。
「悠長に回復してる暇はない、か。しんどいけど仕方ないな。あ、でもあいつの魔素を吸収するのだけ待ってくれ──」
〔ママーーーー!〕
卵がパキンと割れて、幼い声が広間に響いた。
つぶらな瞳に薄緑の鱗を纏った幼竜がこの世に産声を上げていた。
「ああ、不味いぞ。母親を呼んでいる。急げ、ナオト!」
「分かってるさ! ってあれ!?」
壁に埋まっていた筈のリザードキングの姿は、そこにはなかった。
「糞っ、まだ生きてたのか。一体何処に──」
リザードキングはすぐに見つかった。
〔我が悲願、ついに叶う時が来た〕
〔ママ、じゃない。誰なの……?〕
リザードキングは風竜の子の目の前にいた。
ボロボロの体で震えながら立ち、風竜の子を見下ろしていた。
〔魔力中毒など起こすこの貧弱な肉体ともお別れだ。貴様を糧に我は更なるモノへと生まれ変わる……!〕
「ママ……、助けて、ママーーーー!!」
何かよく分からないが、とにかく奴の思惑通りにさせるのは不味い。
けれど、生存本能状態とは言え、今の疲労困憊した足じゃ間に合うか怪しい。
奴はもう瀕死だ。
何でもいいから一発入れれば倒れる。
魔法は駄目だ。
距離が近過ぎて、風竜の子を巻き込んでしまう。
奴だけ狙える飛び道具──。
〔貴様の命、貰い受ける!!〕
〔ママーーーー!!〕
リザードキングの魔の手が風竜の子に伸びる。
〔美鉄の断罪!!〕
その瞬間、リザードキングの顔面に鉄塊がめり込んだ。
ぐらりとその身体は揺れて、地面に倒れ伏した。
〔さ、最後の、最後で……。まだ我は……〕
その身体から魔素が吹き出し、ついに息絶えた事が分かった。
〔勝利ー!!〕
リザードキングから奪ったあの古代魔具のベルトを身体に装着したアイアンが両手でVサインで勝利を示していた。
「危なかった。何されるか分かんなかったけど、無事に防げてよかった」
俺がアイアンに追いつくと、アイアンは改めて俺にVサインを示してきた。
〔あんちゃん、わしに感謝しいや! わしがおらんかったらどうなってた事か〕
先程、俺は既の所でアイアンの存在を思い出した。
鉄の塊であるアイアン程、単純明解な飛び道具はない。
唯一の問題だった魔力中毒もリザードキングから奪った古代魔具で解決した。
そうして渾身の力でアイアンを投げて、リザードキングの企みを粉砕する事に成功したのだ。
「はいはい、ありがとよ。余裕がないから、急ぐぞ。モタモタしてると親竜が来ちまう」
手早くリザードキングの魔素を吸収する。
身体が湯船に浸かった様な心地良さに満たされる。
【名称】神崎直人
【Lv】29
【種族】人間
【ジョブ】魔術拳闘士
【ユニークスキル】
人の知恵 掌の欲望
【スキル】
生存本能 魔力解放 超魔力 翻訳能力 火魔法Lv25 (空き)
レベルが一気に9も上がった。
さらにスキルの装備欄も枠が一つ増え、火のレベルも25へと上がっていた。
〔助けて、くれたの……?〕
風竜の子が怯えた様に恐る恐る問いかけてきた。
野生で産まれたての赤ん坊で具体的な意思を伝える力などないはずなのに翻訳能力は風竜の子の言葉をしっかり訳してくれる。
有難いが、訳す魔物と訳さない魔物の違いがより一層分からなくなった。
今はその考察も後だ。
身体を覆う蒼光も淡くなってきている。
生存本能が切れかけている証拠だ。
急がなければ。
「ああ。成り行きだけどな。母ちゃんによろしく言っといてくれよ、ガキンチョ」
〔う、うん。でも、もうママ来たよ〕
「え?」
広間の天井が爆散した。
瞬間、俺は弾かれた様に走り出し、アイアンとアルベルトを引っ掴んで広間の入り口の通路へ投げ飛ばす。
アルベルト達が通路へ入った瞬間、崩落した天井で入り口が塞がれた。
「爆流!!」
次々と落ちて来る天井だった土や岩石を炎熱の光線で消し飛ばす。
安全を確保する頃には、広間は完全に埋め立てられていた。
天井だった場所は綺麗に刳り抜かれた様に巨大な穴と化しており、外の光が差し込んで、空間を照らしていた。
そしてそれはそこに飛んでいた。
深緑の鱗を身に纏い、巨大な翼をはためかせて、憤怒の瞳でこちらを見下ろすもの。
〔貴様か……〕
その隣には薄い膜のようなモノで包まれて、中で何かを喚きながら浮かんでいる風竜の子。
〔貴様が私の子を攫ったのかあああぁぁぁっっっ!!〕
親竜、ストームドラゴンは全てを圧し潰す様な憎悪の咆哮を放った。




