第二十四話:喧嘩は相手に呑まれたらお終いです
前回は暖かい感想、活動報告返信ありがとうございます。
エタる様でエタらない作品を目指して行きますので、よろしければお付き合いください。
吸収した落とし穴を重ねて、作った階下への穴はこの巣の中央──。
すなわち、リザードキングが座する玉座へと通じた。
俺達が追い詰められた場所は幸か不幸か、この玉座の真上に位置していたのだ。
このまま逃げ回ってもジリ貧な以上、一か八かリザードキングを打倒する事が唯一の突破口と考え、殴り込みをかけた次第である。
で、威勢良く目の前に座すトカゲの王様に啖呵を切ったのはいいが、それどころではない程に、この部屋の異様さに俺は困惑していた。
玉座に座するリザードキングと俺達を挟んだ、広間の中央。
そこに何と魔力泉が存在していた。
この広間に飛び込んでまず感じた異常な魔力の濃さの原因はそれだった。
さらに異様なのは魔力泉の上に浮かぶもの。
「あれ、お前の食事か? 王様と言えど、そこらのトカゲと好物は変わらないんだな」
軽口を叩いて、冷静を保とうとする。
魔力泉のちょうど上、広間の中空に身の丈程もある巨大な卵が浮かんでいた。
すぐ上の天井に複雑な魔術紋章がびっしりと刻まれており、それがあの卵を浮かして、外界のあらゆる干渉を遮断しているとアルベルトから情報が流れて込んできた。
挙句、あの卵の正体──。
「しかも風竜のかよ。竜族同士、仲良くしろよ。共食いじゃないのか?」
十中八九、あの怒り狂っていた風竜の子だろう。
理由は分からないが、何らかの手段を用いて、あの風竜から盗み出したのだ。
『普通は竜の卵を盗んでも、すぐに親に見つかってしまうが、あの魔術紋章で親の探知を阻害しているんだろう。道理であんな上位種がこの辺をウロついている訳だ。それよりアイアンをリングに戻す。この魔力濃度じゃ持たない』
頭に響くアルベルトの声に、思わず籠手のアイアンを見る。
〔すまん、あんちゃん。わしには少し、これはキツい……〕
カタカタと震えて、アイアンは不調を訴えていた。
あの卵に気を取られて忘れていたが、この広間には魔力泉があるのだ。
普通の魔物がそれから発される魔力に耐えられるはずがない。
強敵を前に武器がなくなるのは痛いが仕方ない。
そこまで考えて、ハッとする。
魔物でこれだ。
ヒトのアルベルトもタダでは済まないはず。
慌てて背負ったアルベルトを振り返る。
「敵から目を離すな」
が、すぐにリザードキングの方へ首を曲げられた。
しかし、その一瞬で見てしまった。
アルベルトの髪と目が黒く染まっているのを。
まるで人間の様に。
「お前、その髪と目……」
「後で説明するから、今は目の前の敵に集中しろ。私の心配はしなくていい。魔力酔いも平気だ」
俺の背から降りて、アルベルトはアイアンを指輪に戻す。
『あのリザードキング、先程からずっとこちらを観察している。出方を窺っているのかもしれない。ステータスは調べようしたが、ジャミングされて分からなかった。ただ腰の所に何か古代魔具を装着している様だ。この魔力濃度の中で平然でいられる理由かもしれない。詳細を解析でき次第、伝える。とにかく敵の強さは未知数だ。用心しろ』
頭に声が響いた後、アルベルトが離れていく気配を感じた。
つまり、これで何の憂いもなく、目の前の敵とサシでやり合えるという事だ。
アルベルトの変化や気になる事は多々あるが、今は後回し。
闘志が内側から湧き上がってくる。
「さあ、やろうぜ。王様。それとも尻尾切って惨めに逃げるか?」
軽く指を曲げ、かかってこいの動作をする。
俺の挑発にリザードキングは大きく溜息をついた。
〔我の罠をくぐり抜けて来たから、どんな猛者かと思えば、口だけは一丁前の猿とは。先程まで敵と認めていた我の恥ではないか〕
ついに開いた口から出たのは見本の様な格下への侮りと嘲りの言葉。
強者である事を裏打ちする、その放たれる威に俺は舌なめずりする。
「その猿にお前は今日負けるんだ。言い訳なら今の内に遺言として聞くぜ」
〔よく囀る口だ。本来なら我が相手するまでもないが、大事な時だ。万が一もある。我が直々にその口、閉ざしてやろう〕
リザードキングはついに玉座から立ち上がった。
配下のリザードマンを遥かに越した巨躯。
俺の倍の背丈はあるだろう、その躰は流麗な深緑の鱗の覆われており、隆々とした逞しい筋骨がその存在を主張していた。
何より目を引いたのは額の部分に刻まれた大きな傷跡。
今は完全に塞がっているが、大きな刃物に貫かれた様な生々しい傷だった。
リザードキングは立ち上がったまま、こちらを見据える。
仕掛けてくる。
そう直感し、俺は構え────、
アルベルトは自身の目を疑った。
瞬きした訳でも、ましてや目を離した訳でもない。
けれども、先程までナオトがいた場所に今はリザードキングが立っていた。
ナオトの姿はない。
遅れて、激突音が耳に入ってくる。
見ると、壁に埋もれたナオトの姿があった。
アルベルトはここで初めてナオトがリザードキングに吹っ飛ばされた事を理解した。
まず知覚したのは顔を覆う焼ける様な痛みだった。
続いて、目の前が見えない事と全身が重い事を知覚し、渾身の力を込めて起き上がる。
目に光が入り、体に乗っていた土が落ちた事で俺はリザードキングに殴り飛ばされた事を理解した。
〔やはり口先だけの雑魚か〕
リザードキングの声が耳に響く。
気づいた時にはもう遅く、今度は腹部を激痛が貫く。
一瞬の浮遊感。
そして全身が叩きつけられる衝撃。
俺は天井に埋まっていた。
リザードキングがこちらを見上げている。
これ以上の追撃を食らうのは不味い。
激痛に悲鳴を上げる体を無理矢理動かして、天井から抜け出し、地面に落ちる。
俺の一連の動きをリザードキングはただ黙って見ていた。
ただその瞳は侮りに満ちていた。
気を抜けば膝をつきそうになる体を叱咤して、リザードキングと対面する。
正直に言おう。
全く見えなかった。
いつ殴られたのかすらも分からなかった。
目で追えないという次元の話じゃない。
動いたという事すら認識できていない。
気づいたら壁に埋まっていたという有様だ。
速すぎる。
まるで勝てるビジョンが思い浮かばない。
「ふ、ははっ」
〔何が可笑しい。気でも触れたか?〕
思わず漏れた笑いにリザードキングが怪訝な顔をした。
きっとその反応が正しいんだろう。
でも、仕方ない。
楽しいのだ。
たった二発もらっただけで満身創痍。
光明はなく、一寸先は明確な死。
もはや詰んでいると言っても差し支えない状況。
こんな絶望的な状況に、目の前の圧倒的な存在と戦える事に、俺はどうしようもない楽しさを感じてしまっているのだから。
さて、実の所、起死回生となり得る手は一つある。
それはちょうど俺の背後にある。
濃厚な魔力を大気に撒き散らし、こんこんと湧き続ける泉、魔力泉。
その中央にある魔力珠。
あれに触れればまた何かしらのスキルを入手できるだろう。
運が良ければこの状況を打開できるだけのモノが手に入るかもしれない。
あの美青年の時と同じく、また運頼みなのは少々情けないが、取れるだけの手は取るべきだ。
俺は全力で背後に飛び退く。
それと同時にリザードキングの姿が消える。
体が魔力泉に着水する。
目の前に突如としてリザードキングが現れた。
魔力泉の一歩前で止まっている。
流石に魔力泉そのものに触れるのは避けたいようだ。
〔何の真似だ。魔力泉に触れていて無事とは少々驚いたが〕
「はっ、驚くのはまだ早いぞ」
魔力珠に触れる。
暖かく力強いモノが腕を伝って流れ込んでくる。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか。
出来る事なら状況をひっくり返せるとんでもないスキルを頼むぜ。
そしてあのアナウンスが頭に響いた。
『【スキル】自爆を獲得しました』
とんでもないスキルだった。
何だよこれ。
自決しろとでも?
〔いつになったら驚かせてくれるのだ?〕
リザードキングが腕を組んで、仁王立ちでこちらを見据えていた。
「明日まで待ってくれたら驚かせてやるぜ」
〔つまらん冗談だ〕
リザードキングの口から極彩色の炎が繰り出された。
反射的に泉を飛び出し、躱す。
瞬間、背中に衝撃。
抗う術もなく、吹っ飛び、ボールの様に弾みながら地面を転がる。
〔腐ってもあの伝説の人間。何かあるかと思ったが、やはり杞憂に過ぎなかったか〕
「それは、どうかな?」
口元を濡らす血を手で拭いながら、立ち上がる。
喧嘩は相手に呑まれたら終いだ。
どれほど不利で苦しくても、勝つ為には意地を張らねばならない。
〔貴様の虚勢は見飽きたわ〕
仮にそれがハッタリ100%の虚勢でも、張り続ける事に意味がある。
だから俺は死ぬまで意地を張り続ける。
「虚勢かどうか確かめてみろよ」
こんなに楽しいんだ。
諦めるなんて面白くないからな。
『待たせた。今、解析が終わった。端的に結果だけ言う。奴は全身に自身を強化する魔術紋章を大量に刻んでいる。また腰につけた古代魔具は大気中の魔力を吸収し、貯蔵できる効果のようだ』
いいタイミングだ。
なるほど。
そういう絡繰か。
多様な魔術紋章によるドーピング。
それと巣の内部に張り巡らされた魔術紋章の維持の為の魔力を古代魔具で魔力泉から供給している。
これが奴の異常な強さと無尽蔵の魔力の正体。
しかし、種が割れてしまえばやりようはある。
虚勢をホントに変えてやる。
差し当たってまずは──
顔に衝撃。
面がめり込んだかと錯覚する程の痛みに意識が飛びそうになるのを耐えて、空に浮きかけた足に力を入れ、地面に踏ん張る。
勢いを殺せず、そのまま体が後退していく。
踏ん張る足の裏が摩擦で火傷する頃になって、ようやく勢いが止まった。
霞む視界でリザードキングを見ると、少し目を見開き、驚愕しているようだった。
俺が耐えられると思っていなかったのだろう。
にやりと口元を歪めてやる。
「どしたよ。トカゲの一撃ってのはそんなもんか?」
〔ほざけ〕
腹と胸に衝撃。
喉から込み上げてくる鉄臭く熱いモノを必死に抑えて、倒れ吹き飛ばない様に気合いで立ち続ける。
これでいい。
まずは耐える。
今のままでは天地がひっくり返ろうとも勝ち目はない。
だから、待つ。
どんな強者でどれだけ冷静だろうと、圧倒的弱者を前にすれば必ずどこかに慢心が生まれる。
慢心は油断を呼び、油断は焦りを呼び、焦りは最後に致命的な隙を生み出す。
恐らくチャンスは一度きり。
その一瞬で決める。
分の悪い賭けだが、勝ち目のない戦いをするよりはいい。
さて、意地張るか。
そこからは一方的な暴力が続いた。
リザードキングの姿が消える度にナオトの体の何処かを凄まじい打撃が貫いていく。
しかし、ナオトは最初の様に無様に倒れる事はなく、どれだけ攻撃されようとも地に足をつけてしっかりと立ち、口元を歪めて、リザードキングを煽り続けた。
その度にリザードキングは手数を増やし、力を入れて、攻撃し続けたが、ナオトは決して倒れなかった。
血に塗れ、片腕が折れ、脇腹の肉が抉られようとも、不敵に笑い続けた。
〔何故だ。何故そこまでになって立っていられる?〕
その姿にリザードキングは内心、恐怖していた。
状況は最初から自身の圧倒的優位で今もそれは変わらず、むしろ相手は満身創痍を超えた瀕死で自身の勝利と言っても相違ない状況になっている。
しかし、目の前に立っている取るに足らない雑魚だったはずの相手は未だに不敵な笑みを浮かべていた。
〔何故この状況で、その体で笑っていられる?〕
体はもはや死の一歩手前。
立っているのすら奇跡の状態。
しかし、その目は死なず、リザードキングをしっかり見据えている。
もはや死を待つのみのはずにも関わらず。
〔っ! その薄気味悪い笑みをやめろ!〕
言葉通り目にも留まらぬ速さでナオトに連撃を叩き込む。
手応えはあった。
間違いなく死んだはずだった。
しかし、立っていた。
立って、こちらを笑っていた。
全身から血を吹き出しながら、歪な方向に曲がった腕を突き出し、手をクイクイと曲げた。
煽っていた。
そして理解する。
この化け物を殺すには生温い攻撃では駄目だ。
きっちりと命を貫いて、殺し尽くさねばならないと。
持てる属性魔術を両手に付与。
狙うは体の中心部。
両手で抉り刺し、体の内部へ直接魔術をありったけ叩き込む。
明らかに過剰殺戮。
しかし、ここまでせねばアレは死なないだろう。
相手は未だ幽鬼の様にそこに佇んでいる。
「死ね!」
敵には絶対に捉えられない速度でリザードキングはナオトの体を両手で抉り刺した。
ゾブリと生温い肉の感触。
両手はしっかりナオトの体内にあった。
そしてトドメの魔術──は叶わなかった。
「なっ!?」
体から力が抜ける。
自身に刻んだ魔術紋章が二つ消失した事に数瞬、遅れて気付く。
「喧嘩は相手に呑まれたら終いだ」
蒼光に包まれ、凄まじい速度で傷が再生されていく腕がリザードキングの腕をがっしりと掴んでいた。
「つかまえた」
この上ない程に嬉しそうな笑顔のナオトがリザードキングを見ていた。




