第二十三話:リザードマンがいっぱい
俺は覚悟を決めて、迫り来るリザードマンの津波を見据えた。
「おい、ここで戦うのはまずい。場所が広すぎる。数で押し潰されるぞ」
次の瞬間にはアルベルトが緊迫した声色でその覚悟に水を差された。
一体何だと顔だけ振り返って見ると、アルベルトの顔はかつてないほどに真剣味を帯びていた。
「そりゃ狭いところで戦った方が一度に戦う数が少なくなっていいのはわかるさ。しかし、だからと言ってどうする? 通路は全部、奴らで溢れかえっているんだ。あれをお前を連れた状態で突破するのは現実的じゃない。断言する。無理だ」
警戒で通路が大量の気配でひしめいているのはわかっていた。
一人で突破するならまだしも、アルベルトを連れていくことを考えるとどう考えても、途中で詰む。
だからと言って、見捨てるわけにもいかない。
見捨てたからといって状況が大きく好転するわけでもないし、何よりそれをするのは、まず俺が気に入らない。
「その問題はクリアできる。今、解析が終わった。3つの通路の内、左の通路だけ数がハッタリだ。通路が埋まっているようにうまく見せかけているだけだ。実際は18匹だけだ」
アルベルトは拳を握りしめながら、そう断言した。
「何でそんなことがわかる?」
「後で説明する。今は話す時間も惜しい。故にこれからは貴様に同調して、解析した情報と指示を逐一送る。それに従って行動しろ。これは絶対だ」
そうアルベルトが言い終わった瞬間、何かが意識の中に流れ込んできた。
それは今いる場所から半径100メートル以内の詳細な『情報』だった。
範囲内の立体的な地図に、敵性生物の数。
その一匹一匹の保有スキルなどの基本的なステータス情報まで網羅されており、果ては壁に刻まれた魔術紋章の情報と効果まで記されていた。
そしてアルベルトがさっき言った通り、左の通路だけ、他の通路が100匹以上いるのにも関わらず、18匹だけだった。
どうやら大量にいるように見せかけるため無理に固まって移動しているらしく、その後ろには何もいないようだった。
どうやら警戒でわからなかったのは左の通路にいる一匹が気配増殖というスキルで気配を水増ししていたせいだった。
『あれなら私を背負ってでも突破できるだろう?』
情報の次はアルベルトの声が流れ込んできた。
アルベルト自身の口が動いていないところを見るに、やはりさっきの情報も含めたそういうスキルか魔具による力なのだろう。
〔あんちゃん!〕
いつの間にか戻ってきたアイアンが右腕に巻きついて籠手へと変化する。
〔やばいで! リザードマンの奴ら、もうすぐそこまで来とる!〕
もう考えている暇はない。
その言葉を聞いて、素早くアルベルトを背負う。
いわゆるおんぶする形だ。
「しっかり捕まってろよ」
『もちろんだ』
頭に響くアルベルトの言葉を聞くや否や、俺は脇目も振らずに左の通路へダッシュした。
それと同時に広間にリザードマンたちがなだれ込んでくる。
右手でアルベルトを支えながら、余った左手を前に突き出す。
「どけ!」
左の通路を塞ぐリザードマンたちに向かって、全力で火魔術を発動する。
掌から放射される業火に怯んだリザードマンたちの隙をついて、その間を走り抜ける。
それに気づいたソードリザードマンの一匹が前に立ちはだかった。
「邪魔ァ!」
走る勢いのまま蹴り飛ばす。
蹴り飛ばしたリザードマンは天井に激突しバウンドした後、その勢いのまま地面に叩きつけられていた。
そんなリザードマンを尻目に俺は通路を全速力で走り続けた。
その間にも頭の中に解析された周囲の情報が次々に流れ込んでくる。
この巣はかなり広く全体的に入り組んだ構造しているようだ。
アルベルトが使っている周囲の地図情報がわかるような手段なければ、一度迷ってしまえば出口にすら辿り着けないだろう。
『おかしい、何だこの数は。巣にいるのは普通100匹程度だというのに、解析できただけでも500匹以上はいる』
そう言って送られてきた情報にはどこもかしこも赤く光る敵性生物のマーカーで埋め尽くされた周辺図だった。
『時期外れの王、その異様な知能の高さ、異常な数の兵隊。どれをとっても普通じゃない。少なくとも敵はただの王ではないことだけは間違いない。とにかく今は出口を探して一旦引くべきだ。こちらも最優先で出口がありそうな場所の解析をするから、なるべく戦闘は避けて走り回れ』
「了解」
そうは言ったが、一つ妙なことがある。
今俺が走り抜けているこの通路。
送られてきた情報だと、周囲にある他の通路は色々と道が別れに別れて入り組んでいるというのに、この通路だけ今のところ全く道が別れる気配がない。
完全なる一本道なのだ。
……まさかこれも。
『……罠だった。文字通り』
その声の次に入ってきた情報に答えがあった。
それを見て思わず止まる。
「なるほど、左の通路の数の少なさも釣りか。ここまですら王の思惑通りってか」
解析された情報にはこの目の前の通路からずっと先までの床や壁に夥しいほどの数の魔術紋章による罠が敷き詰められていることを示していた。
火魔術による業火と大爆発、大火球。風魔術のかまいたちに超強風、ハリケーン。水魔術のウォーターカッターに超速水弾。土魔術の岩塊と落とし穴に剛石槍。雷魔術の雷撃と麻痺罠にサンダービーム。火と風の複合魔術のフレイムストームに水と土の複合魔術の底なし沼。果ては雷と水と風の複合魔術の天災。
「生物が触れたら発動する魔術紋章か。こんな足の踏み場もないほど設置してさらに壁にまで設置するとか。それがこの先までずっと続いているから飛び越えること不可能。
その上に土魔術で魔術紋章を地面や壁に同化させて、周囲の土との違和感を完全に消すために光魔術の透明幻影までかけて透明にして隠蔽。オマケにリザードマンには反応しない仕様か。っていうか、王幾つ魔術持ってんだよ」
あまりの酷さとそれを行った王の強さに絶望半分楽しさ半分の笑いがこみ上げてくる。
俺の背にいるアルベルトはあまりの光景に呆然としていた。
「おかしい、強すぎる。いくら普通ではないリザードマンの王とは言え、確認できるだけで5つ以上の魔術を魔術紋章が使えるまで使いこなすほどの強さなど聞いたことがない。何よりこれほどの魔術紋章を維持し続ける魔力を持つなど、どう考えても魔王クラスだぞ。敵は本当にリザードマンの王なのか!」
衝撃過ぎたのか、普通に喋ってしまっている。
〔来た、来たで! ご主人、あんちゃん!〕
後ろには鱗と殺意に溢れた大群が刻一刻とこちらに迫って来ていた。
だが、それだけでは済まなかった。
〔嘘やろ! 前からも奴らが!〕
前方、大量の罠が配置されている先から同じような鱗の大群が迫って来た。
挟み撃ちでこちらを押し潰す算段なのだろう。
こうなってしまっては逃げられない。
ひとまずアルベルトを地面に下ろす。
「最悪だな。どうする、アルベルト?」
アルベルトは苦しそうな表情をしたまま黙ったままだった。
そして呻くように言葉を吐いた。
「……ダメだ。もう僕には策がない。この状況を打破する策が」
なんか弱り過ぎて、一人称変わってるし。
この状況では仕方ないだろうが。
「だろうな。場所は敵の本拠地の一本道。いいように翻弄されて、誘導されて前も後ろも敵の大群。オマケに進もうにも前は罠だらけ。もはや打つ手なし。完全に詰んでるようなもんだ」
実際、このまま何もしなければ死ぬだろうし、何をしてもどうにもならず死ぬだろう。
普通は。
「その割に、君には随分と余裕があるようだけど。まさか、何かあるのか。この状況を打破するモノが!」
「ある。一つだけ」
〔ホンマか! あんちゃん!〕
そうは言ったが、これは賭けだ。
俺の考えが正しければ間違いなく成功するはずだ。
間違っていればそこまで。
俺たちはここで死ぬ。
無論、死ぬつもりは毛頭ないが。
「だからそんな顔すんな。俺もお前らもこんなところで終われないんだから」
俺は見えないが近くにある罠の一つ、一際強力な罠である天災の魔術紋章に近づく。
「おい、何を……!?」
〔あんちゃん!?〕
そして、魔術紋章がある地面に左手で触れた。
瞬間、魔術紋章が地面に浮かび上がり、煌めき始める。
しかし、魔術が発動することはなく、魔術紋章を急速に地面から薄れていき、消えてしまった。
「どうやら成功したみたいだな。紋章じゃなくて魔術として吸収するみたいだが。しかし、さすがに強力だな。腕が震えてくる」
「一体何を?」
「当たらないように端に寄ってろ」
アルベルトにそう言い放ってから、その掌を後ろから迫ってくる大群に向ける。
「お前らの親玉の魔術だ。たっぷり味わえ。天災!!」
その声と共に掌から踏ん張っていても反動で後ろに下がるほどの勢いで極大の水の竜巻が放出された。
水の竜巻は雷を纏っており、さらには周囲に風の刃を撒き散らしながら通路全てを押し流すように暴れ狂い、大群目掛けて轟音を響かせながら流れていく。
そして大群とぶつかった瞬間、水の竜巻に紅い色が混ざり始めた。
そのまま大群を押し流すと共に竜巻は真っ赤に染まっていく。
後に残ったのはあまりの威力で削られて凹凸だらけになった通路とリザードマンの体の一部だろう残骸だけだった。
〔すっご……〕
「君、いや貴様その力は?」
「俺のユニークスキルにある掌の欲望って奴の効果なんだと思う。魔術を吸収して使えるスキルなんだろうけど、キチンとスキルを調べたわけでもないから、魔術紋章にまで通用するのかどうかわからなかったのさ。できてよかった」
もっとも魔術の威力自体は王のモノだが。
しかし、これほどの威力のものを罠として使うつもりでいたのか。
どう考えてもオーバーキルだな。
使う魔力もバカにならないはずだ。
罠に使うなど勿体なさすぎる。
これだけ魔力を大盤振る舞いするとは本当にどんな奴なんだ。
「まあ、とりあえず後ろはどうにかなった。次は前だな」
先ほど仲間たちがあんな目にあったというのに、そんなことは全く関係ないとばかりにこちらに殺到してくる大群。
俺は近くにある魔術紋章の大火球には右手で、フレイムストームには左手で触れて、吸収する。
吸収した両手がその力の大きさに震える。
それを我慢して、両手を前の大群へ向けた。
「大火球! フレイムストーム!」
魔術名を叫ぶと、まず大火球が右手から発射し、それの追い風になるように炎の竜巻が左手から放出する。
それらの魔術は高速で飛んでいき大群に当たたる。
直後、盛大な爆発と火炎が通路で乱舞する。
焦げ臭い匂いが充満すると共に群れの先頭にいたリザードマンたちをを真っ黒な炭へと姿を変えていく。
しかしそんな光景を見ても後続の動きは鈍ることなく猛進を続けていた。
「やっぱ止まんねぇか。天災並の魔術が近くにあれば一発なんだが、さすがにあれほどに強力な魔術がそうポンポンあるわけないか。なら」
すぐに両手を近くの魔術紋章に当てて、吸収する。
「止まるまで撃ちまくるだけだ」
そう言って吸収した魔術の業火とかまいたちを撃ち出した。
そこからは手当たり次第に魔術紋章を吸収しては迫りくる大群に向けて撃ちまくった。
リザードマンの群れを業火が焼き、かまいたちが切り裂き、超強風が進行を阻み、その隙をハリケーンが巻き込みながら切り裂いていく。
怯んだ群れをさらにウォーターカッターと超速水弾が撃ち貫き、放たれた剛石槍がダメ押しに刺し穿ち、そこへ飛来した岩塊が押し潰していく。
重なる攻撃にかなり足並みが乱れた群れを雷撃が襲い、トドメとばかりに通路を満たす極大の雷の光線、サンダービームが焼き焦がしながら貫いていった。
一通り魔術を撃ち終えた結果、通路にいるリザードマンはその殆どが死に絶えており、生きているものも虫の息といった体で、もはや群れとしての体をなしえていなかった。
〔あんちゃん、スゲー!〕
「まあ、ここまでやればとりあえずは大丈夫か。とは言え、どうせ増援が来るだろうから、あまりモタついてはいられないけど」
『増援は今のところ来ていない。さすがにあの大群を撃退されるのは予想外だったんだろう。リザードマンたちの移動がかなりモタついているからな』
アルベルトの声が頭に流れ込んでくる。
後ろを見るといつもの仏頂面をしたアルベルトが復活していた。
どうやら持ち直したらしい。
『一時は諦めかけたが、本当に助かった。流石は人間だな、礼を言う』
「別に俺が死にたくなかっただけだ。礼なんていらねえよ。それにまだ何も終わってないしな」
結構使用したと言うのに、未だ目の前に大量に敷き詰められている魔術紋章があるのことを送られた情報が示していた。
「さて、後ろに戻っても仕方が無いし、前に進むにしても、いちいち吸収して魔術紋章を地道に消していくなんてことするわけにもいかないしな。どうしたもんか」
『いや、進むべき道は前でも後ろでもない』
「え?」
〔ご主人?〕
突拍子もないアルベルトの発言にアイアンと揃って戸惑う。
『後ろはまだまだ控えているリザードマンの餌食なるのがオチ。前は仮にこの魔術紋章の罠を越えられたとしても、ここまで用意周到な王のことだ。まだ何か仕込んでいる可能性が高い。今回はたまたま貴様のスキルに助けられたが、次もそうとは限らない』
アルベルトは地面を指差す。
『今、解析が終わった。進むべき道はこの真下だ』
その声ともに頭に流れ込む情報。
それは今、俺たちが立っている地面を隔てたちょうど下に大きな空間があることを示していて。
その空間の中央に他とは違う、大きく赤い敵性生物の反応があった。
それは今、この巣の玉座にて敵意と殺意を周囲にまき散らしていた。
この巣の支配者であるそれは巣で起こっていることが手に取るようにわかる。
故に自分が仕掛けた罠が追い詰めたはずの獲物にそっくりそのまま利用されたこともわかり、その獲物のまさかの行動に最初は困惑を隠しきれなかった。
いつもならあそこに誘い込んだ時点で狩りは終わっていた。
獲物はなす術なく罠にかかり、後は処理するだけだった。
しかし、今回の獲物には罠が効かない。
それどころか罠を利用される始末。
このまま兵隊を送り込み続ければ、仕留めることはできても、この巣は壊滅的な打撃を受けることになるだろう。
そこまで思考した瞬間、それは豹変した。
であれば、この獲物はもはや獲物にあらず。
敵だ。
我が巣を滅ぼしうる敵だ。
もう油断はしない。
同じ轍は踏むつもりもない。
敵は完膚無きまでに殺し尽くす。
己から迸る敵意と殺意に身を任せながら、どう敵を殺し尽くすかを、それが思考しようと瞬間、敵がまた己の罠を利用したことがわかった。
使われた罠は落とし穴。
意味がわからなかった。
が、敵の今いる位置を考えて理解する。
再び使われた落とし穴。
己のいる空間、その天井に不自然な穴が現れる。
その穴から落ちてきたのは今、我が巣を荒らす憎き敵だった。
敵は悠々と降り立つと、こちらを見据えた。
「よう、トカゲの王様。殴り込みに来たぞ」




