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人間って伝説の魔物らしい  作者: PAPA
~第一章~人間、頑張る
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第二十一話:苦難から逃げるわけにはいかない

忙しい合間を縫ってちまちま書いていきます。

気長に更新を待ってくれると助かります。

「おい、どうした」


「え? ああ、いや別に……」


気がつくと、不審そうな顔をしたアルベルトが目の前にいた。

あまりの衝撃でしばらく放心していたらしい。


「……なあ、前に野生の魔物の言葉が分からないって言ったこと、覚えてるか?」


旅の途中にアルベルトには既に俺の翻訳能力のスキルが野生の魔物に効かない話をしていた。

結局、アルベルトにも聞いても原因はわからなかったが。


「ああ、覚えてるが。それが?」


「あの、さっきの竜の咆哮、声が言葉として聞こえてきたんだ」


「何だと?」


「それも凄い剣幕で怒り狂っている声だった。あれはただの怒りじゃない」


今、思い出しても少し震える。

あれは単なる怒りではない。

あれに似た声を一度だけ聞いたことがある。

あれはもっと根の深い、決して晴れることのない憎悪から吐き出される声。

黒く淀み、降り積もったものが限界を超えた時に出るものだ。


〔おい、あんちゃん、大丈夫か?〕


「……ああ、大丈夫だ」


〔ほんまか? そんな顔には見えへんで?」


アイアンに言われて気がつく。

自分が思わぬほど憔悴していることに。

頬を両手で思いきり叩く。

パァンと勢いよく音が鳴る。


「よし。もう本当に大丈夫だ。心配かけたな」


〔いやいや。気合、入ったようやな。よかったよかった」


籠手のままのアイアンが安心したように言う。

どうやら思った以上に心配をさせてしまっていたようだ。


「……もう良さそうだな。あの竜は竜族の中でも上位に位置する種、属性竜の一種である風竜、その二段階目の進化系にストームドラゴンだ。今まで戦ってきたリザードマンなんて、あれに比べれば赤子に等しい」


「ああ、わかるさ。恐らく今の俺じゃ叶わない。()ってみたくはあるけどな」


実際のところ、逆立ちしたって勝てないだろう。

それぐらい今の俺とあの竜との実力には差がある。

もし今出会っても、逃げの一択だな。


「本当に戦い好きだな、まったく。まあ、あれに勝てるぐらいになってくれれば大会も楽勝なんだがな。ギルドの大会ならまだしも、帝国の大会であのレベルの魔物なんてほぼ出てこない」


「へえ、そうなのか。というより、お前最初からあのレベルの竜を倒せるぐらい強くなれって言ってなかったっけか?」


「そんな無茶をいうわけないだろう。あれは最低でもレベル100以上はある魔物だぞ。私が目標としていたのは、その一段階下の属性竜だ。このシルケ森林の奥のシルモア丘陵に生息する風竜ウインドドラゴン、地竜グランドドラゴンのいずれかを倒せるぐらいに強くなってもらうつもりだったんだ。だから無理にあれに勝とうなんてする必要はないぞ」


何故かこちらを労わるような声色で言うアルベルト。

そういう契約を交わしているというにもかかわらず、変に遠慮するところがあるのはどうなのだろうか。

その辺りは不器用な奴だから仕方ないのかもしれないが。


「いや、目標は高く持ってこそだからな。あの竜を倒せるぐらいを目標にするさ」


「……そう言うなら好きにしろ」


そっぽを向くアルベルト。

素直じゃない奴だ。


〔で、あんちゃん。実際、竜は何て言ってたんや〕


「あ」


そういえば声に籠っていた感情ばかりに気がいってたせいで、肝心の内容を伝えるのを忘れていた。


「ていうか、アイアン。お前魔物なのにあの声が聞こえなかったのか?」


〔あんちゃん。わしはあんちゃんみたいに翻訳能力なんて便利スキル持ってないんや。わしがわかるのは同族の言葉だけや〕


そうなのか。

てっきり魔物たちは共通言語でも持ってるのかと思った。

人間でいう人種の違いによる言語の違いみたいなものなのかもしれない。

そう考えると、翻訳能力の便利さがより一層際立つな。

やっぱり翻訳能力万歳。


「そういうことならすまん。言うの忘れてたな。『何処へやった』と言ってたな」


「ほう。つまり竜は誰かに何かを取られて隠され、それを怒り狂って探しているというところか」


「たぶん。でも、さっきも言ったけどあれはただの怒りじゃない。余程大事な物を取られたんだと思う。それも何物にも代え難いものを」


でなければ、あれほど憎悪を感じるはずがない。

一体何を奪われれば、あれほど怒ることができるのか。


「ふむ」


アルベルトは顎に手を当て、少し考え込む。

そしてすぐにこちらに向き直った。


「今はあの竜のことを考えても仕方がない。何故野生の魔物である竜の声が翻訳されたのか、あの竜が何を奪われたのか。色々と考えられるが、どれも推測の域を出ない。今は差し迫った現状について考えるべきだ。恐らく色々と不味い状況になっているからな」


「え、どういうことだ?」


「その前に周りにリザードマンの奴らはいるか?」


警戒はさっきから発動したままだ。

しかし、今まで感じていた奴らの気配は周囲から消えていた。

いや、違う。

消えたのではなく、戻っていったのだ。

奴らの巣に。

その証拠に巣の中の気配の数が先程より膨れ上がっていた。

でも、これは……,。


「……いや、周りにはいない。奴らは巣に戻ったみたいだ。でも様子がおかしい。巣の中の気配ふえすぎている。恐らくここら一帯どころか、警戒の範囲外にいただろう奴らも巣に戻っている可能性が高い」


「やはりか。竜がこの辺りを飛んでいるからだろう。巣の守備に集中したんだ」


なかなかに行動の早い奴らだ。

奴らのボスはさぞかし統率に長けた奴なんだろう。


「一旦、自由都市まで戻る。ギルドに報告しなければ」


「え」


そう言って踵を返すアルベルト。


「おい、ちょっと待てよ! 説明しろ!」


〔ご主人様!?〕


「歩きながら説明するからついて来い」


アルベルトはずんずんと先を行く。


「待て。ここで説明しろ。じゃなきゃ動かん」


俺が言うと、ピタリとアルベルトの足が止まった。

そしてため息をつきながら、こちらを振り返る。


「わかった、説明する。でも、聞いたらついて来てくれるな?」


「それは聞いてから判断させてもらう」


アルベルトは最初困った顔をしていたが、やがて肩を落とし、諦めたように首を振った。


「仕方ないか……」


アルベルトはこちらに向き直って話し始めた。


「普通のリザードマンがここまで統率された動きを見せるはずがない。間違いなく(キング)がいる」


(キング)?」


「ああ。弱小種族の魔物の中に年に一度の頻度で発生する特別に強力な個体だ。大抵はその魔物の繁殖期辺りに発生し、魔物の大量繁殖を助長させるため、周囲の食物連鎖を守るためギルドが毎年、その駆除に当たっている」


〔つまり、その種族の王様やな〕


「へえ。で、何が不味いんだ? 今、巣の中にる気配ぐらいの強さなら多少は苦戦しても、負けることはないと思うけど」


今の俺なら恐らく一対一(サシ)でやるなら勝てる。

気配の強さからして、かなりのものだが、あの竜に比べれば大したことはない。

弱くはないが、圧倒的に強くもない。

今の俺といい感じの勝負ができる強さ。

闘う価値がある。

というか、()ってみたい。


〔ニッコニコやな、あんちゃん〕


「違う。嬉しそうな顔をするじゃない戦闘バカ。(キング)の危険なところはその強さしゃない。まさしく王であることだ」


「王であること?」


アルベルトを咳払いを、一つした。


「基本、魔物は集団行動ができない。知能が高い上位種は別だが、大抵の魔物はできても2、3匹程度の少人数程度の行動しかできない。しかし、そこに(キング)が現れると話が違ってくる。

王とは民を、兵を率いる者。(キング)は配下の魔物を統率する。できないはずの軍団行動ができるようになってしまう。弱小個体を寄り集めて、軍を形成させることにより強力な軍隊へと早変わりさせてしまう」


王、弱い奴を集めて統率、強力な軍隊へと昇華。

ああ、なんて面白そうなんだ。


〔あんちゃん? おい、あんちゃん!〕


やばい、単に強いだけじゃなく集団を統率する長なんて。

すげえわくわくしてきた。


「なるほど! それは厄介極まりない奴だな。でも話がはっきりしてるじゃないか。ようはそいつが原因なんだから、そいつ潰せばいいだけだ。頭を潰せば全て解決。わかりやすくいい───って痛っ!」


思わぬ強敵の出現に心を踊らせていたら、アルベルトに頭を叩かれた。


「少し頭を冷やせ、馬鹿。闘うことに心を踊らせるのいいが、それで冷静さを失うのは愚か者のすることだ」


興奮していた心が沈んでいく。

反論できない。

さっきまでの俺は興奮し過ぎていて、戦いたいとしか考えていなかった。


〔あんちゃん、今度の奴は今までとは違うで。冷静さを欠いて勝てる敵やあらへん〕


そうだ。

相手は今までの敵とは違う。

雑魚とは違う。

軍団を操る王だ。

決して戦いの熱だけで勝てる相手ではないのだ。


「さっきも言っただろう、相手は王だと。王は兵や将とは違う。前に出てくるなんて愚を犯さない。もし戦うなら間違いなく殲滅戦になる。兵隊全てを倒さない限り、前に出てこないだろう」


「……そうだな。悪い、ちょっとのぼせ上がってた」


〔ほんまびっくりしたで、あんちゃん。声聞こえとらんかったみたいやしな〕


随分と心配させてしまったらしい。

どうにもこの世界に来てから、俺の心は落ち着かない。

事あるごとに揺れ動いている。

もう心配させないように冷静であることを意識しないと。

負けたら、死ぬのだ。


「本当に悪かった」


その言葉を聞いてアルベルトは満足したように、息をついた。


「これでわかったか。(キング)の厄介さが」


「ああ、かなりやばい奴ってことはな」


「本当にわかってるのか、貴様は。まあ、とにかくこれは私たちの手に余る。さりとて放置していたら、周辺地域に甚大な被害をもたらしかねない。故にギルドに報告して対処にあたってもらうべきだ。さあ、時間も惜しい。さっさと自由都市に戻るぞ」


そう言ってアルベルトは歩き出す。

でも、俺はついて行かない。

代わりにその背中に声をかけた。


「俺が(キング)をぶっ倒す」


〔あんちゃん!?〕


俺の発言に驚くアイアン。

アルベルトの足が止まる。


「貴様、今の話をちゃんと聞いていたのか? それともまだ頭が冷えていないのか?」


アルベルトはドスの効いた声で問いかけてくる。

怒るのは当たり前だろう。

あれだけ危険だと説いて、まだこんな発言してるんだからな。


「どっちでもないさ。ちゃんと聞いていたし、頭もきっちり冷えて冷静だ。勢いで言ってるんじゃない」


でも引けない。

引いてはいけない。


「じゃあ貴様は冷静でいてもまともな判断ができない真性の大馬鹿野郎だったということか?」


「違う、そうじゃない。俺はここで、あんな奴に引く訳にはいかないんだ」


あんな奴と戦う前から逃げていては、俺は強くなれない。


「トカゲの王様程度から逃げていちゃ、あのクソ魔王より俺は強くなれない」


美青年(あいつ)は強い。

さっきみた竜より圧倒的に強い。

今感じている気配のトカゲの王様では足元にも及ばないくらいに強い。


「俺はいつかあいつをぶっ倒すんだ。なのに、あいつの足元にも及ばないような奴に戦わずに背を向けて、逃げるなんて」


そんなことできない。

この先もそんなことを繰り返していたら、いざあいつと向かい合った時、絶対に負ける。

苦難を避け、格下相手に経験を積んで、強くなったところで、そんなぬるま湯で得たような強さじゃ、あいつには通じない。

そんな甘い奴じゃない。

だから俺にはそんなこと。


「できるわけがない」


〔あんちゃん……〕


俺が言い切ると、アルベルトは目を瞑り、両手を組んだ。

そして数秒後、目を開け、こちらを見据えた。


「強くなることに焦っているのなら……」


「焦っているわけじゃない。これはやるべきことだ。超える必要のある相手だ」


アルベルトの言葉を遮って断言する。


「貴様が勝手にそう思っているだけだ」


「だからこそだ。お前は楽な方法で俺を強くするつもりだろ。きっと格下を狩らせて魔素を稼いで、竜と戦う前に竜をほぼ確実に苦戦することなく倒せるステータスまで上げてから竜と戦わせるつもりなんだろ?」


「それは、そうだが……」


アルベルトが言い淀んだ。

どうやら図星だったようだ。


「そんなことを繰り返して強くなっても、きっとここ一番ってところで心が負ける。強敵を避けて格下の雑魚ばかりを狩ってきたんじゃ、苦難を知らず、苦難に負ける軟弱な心になっちまう」


アルベルトは静かにこちらを見据えて、俺の言葉を聞いている。


「だから、俺は逃げるわけにいかない。あいつに負けないために、逃げたくないんだ」


〔よう言うた! あんちゃん、よう言うな! それでこそ男ってもんや!〕


アイアンは騒いでいるが、俺が言い終わっても、アルベルトは黙ったままだった。

そして少し間が空いてから、口を開いた。


「どうやら貴様の事を見誤っていたらしい。どうせ戦いたいだけだろうと高を括っていた。けれど、そうじゃなかった。貴様は伝説の魔物。私と別れた先でも数多のマスターたちが貴様を求めて、行く手に立ち塞がるだろう。その時、格下ばかりが相手の甘い戦いの経験だけでは確かに致命的だ」


「じゃあ……」


しかし、俺の言葉を遮るようにアルベルトは人差し指を立てて、こちらに示した。


「一つ、条件がある」


いきなりの真剣な声色に唾をゴクリと飲み込む。


「何だ?」


「少しでも不味いと思ったら、直ぐに引き返すこと。(キング)にたどり着く前に兵隊に苦戦するようじゃ、勝てるはずないからな。貴様に死んでもらっては困るんだ」


アルベルトは仏頂面でそう言った。

随分と心配性な奴だ。

だが、正論だ。

周りのトカゲ共に手間取るようでは、ダメだろう。


「わかった、無理はしない。肝に命じておくさ」


「ならいい。じゃあ、行くぞ」


〔さあ、トカゲ退治と洒落込もうか、あんちゃん!〕


「ああ。ていうかさっきからテンション高いなお前」


警戒で感知している気配が固まっている場所を目指して、アルベルトを先導する。


トカゲ共の王がいるであろうその場所へ。


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