第二十話:竜の咆哮は恐ろしい
待っていてくれた人が意外と多くてびっくりしました。
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恐らく今後も不定期更新になりますので、その点御容赦ください。
ついに本格的なレベル上げが始まるその日の朝。
シルケ森林を目指して俺たちは、草原を突っ切って行くのではなく、迂回して森の中を進んでいた。
昨日、アルベルトから買ってもらったギルド公認のスキル図鑑は幸いなことに俺の翻訳能力のスキルが文字にも効果を発揮してくれたおかげで、特に労することなく読むことができた。
翻訳能力万歳。
そして夜遅くまで図鑑を読みふけっていせいで、あまり眠れず俺は欠伸を連発していた。
「眠そうだな」
欠伸を連発する俺が気になったのか、アルベルトが声をかけてきた。
「ああ、図鑑を買ってきてくれたおかげさまでな」
「何か収穫はあったのか?」
「まあ、それなりには。一番欲しい情報はなかったけど」
実際、スキル図鑑に載っていたのは魔術系統や戦闘術系統のスキル、それら基本スキルの派生などの情報がほとんどだった。
残念ながら俺が持つ超魔力や魔力泉転移や治癒促進、生存本能などの情報はなかった。
恐らく生存本能はユニークスキルで、ほかの三つのスキルは魔力珠に触れて獲得したスキルだから図鑑にも情報が載ってなかったのだろう。
それでも基本スキルの効果を知れたというだけでも十分に読んだ価値はあった。
「まあ、役に立ったのならよかった」
「ああ、買ってきてくれてありがとな」
「礼を言われるほどのことじゃない。貴様には強くなってもらわねばならないのだからな」
「へいへい。じゃあお礼は強くなってお返ししますよ」
相変わらず素直に礼を受け取れない奴である。
まあ、今はとりあえずこちらを奇襲しようと企む、クソ鬱陶しい奴を殴り爆破炎上させますか。
〔あんちゃん!〕
「わかってるさ」
瞬間、近くの茂みからリザードファイターが飛びかかってくる。
恐らく奴にとっては完璧な奇襲のつもりだったのだろう。
しかし、警戒のスキルを常時発動している俺にしてみれば、単なる魔素を含んだカモ同然である。
「飛んでけ!」
完璧な右のクロスカウンターを決めて、魔術を発動し、爆破する。
瞬間、リザードファイターの全身を炎が包みあげ、そのまま森の奥へと吹っ飛んでいった。
あれから火魔術のレベルも上がり、さらに俺の魔力操作技術も上手くなったことで、爆破させた後、そのまま相手を炎上させられるようになった。
これでいちいち死体を燃やしに行かなくても済むようになった。
最初は相手を炎上はさせたはいいが、その炎が周りの木々に引火して、危うく大火事になりかけたが、今はそれを考慮して、対象だけしか燃やさない炎にした。
それもひとえに魔力操作技術を磨いておいたおかげである。
自分でやっておいて何だが、魔術とはここまで融通の効くものなのかと驚いたものだ。
もっとレベルが上がれば、想像力さえあれば何でもできるようになる気がする。
まあ、それはとりあえず置いといて。
「なあ、いくら他のマスターと出会う確率を減らすためとは言え、こんな森の中を行くのは時間もかかるし、しんどくないか?」
「マスターと出会うリスクに比べたら安いものだ」
「出会っても魔力抑えてテキトーに髪と目を隠して誤魔化したら何とかなりそうだけど」
「それでも出会わないに越したことはない」
ぐうの音も出ない。
アルベルトから聞いた話では、どうやらギルドは影響力の及ぶ全域で人間の俺を探して情報を求めているらしい。
故に警戒して森の中を進むというのはわかるのだが。
〔あんちゃん、今更文句言うてもしゃあないやろ〕
「そりゃ、頭じゃ理解してるけどさ」
続発する戦闘で、ずっと籠手のままのアイアンにすら愚痴らずにはいられない。
やっぱりこんな獣道も獣道を進まなくてもいいんじゃないのかと思う。
自分たちが進んでいるのは、もはや獣道とすら言えるのかどうかわからない藪の中の道。
上を見上げれば、木々の枝葉に遮られて空は見えず、朝だと言うのに薄暗い。
おまけに回りが草木だらけで身動きも思うように取れないというのにも、御構い無しで度々襲いかかってくる、もう見慣れたリザードマンたち。
警戒のスキルで襲ってくることは事前に察知できるので、さっきみたいに襲ってきたところをカウンターで殴り返して爆破炎上させることで、一撃で戦闘不能にしているので、やられる危険はほとんどないが、それでも道ならぬ道を歩き続けてうんざりしているところに、何度返り討ちにしても襲いかかってくるのだから、俺のテンションはもはや最底辺を漂っていた。
「というか魔力抑えて気配遮断まで使ってんのに、何でこう何度も襲ってくるんだよ。こっちの位置がバレてるとしか思えないぞ」
「ここまで執拗に襲ってくることを考えると、この辺りは恐らく奴らの巣に近い場所なんだろう。巣に対する脅威を排除するために必死で襲ってきているのかもしれないな」
「別にこっちは巣を襲うつもりなんか微塵もないんだけどなあ」
「ほう。戦いが好きなんじゃなかったのか?」
「バカ言え。俺はもっと緊迫した、ギリギリの闘争が好きなんだ。断じてこんな緊張感の欠片もない羽虫をはたくような行為をしたいわけじゃない」
それにもう奴らを倒しても今の俺のレベルじゃ、大した経験ならない。
あれから無尽蔵に湧くリザードマンを爆殺し続けて、得た魔素で俺のレベルは20へと上がっていた。やはりRPGのようにレベルが上がれば上がるほど、次のレベルに上がりにくくなっており、今ではリザードマンの魔素程度では大した糧にもならなくなっていた。
例えるなら以前では豪華なディナーだったものが、今では一口サイズの綿あめになってしまったようなものである。
これでは全然腹が膨れない。
〔あんちゃん、ほんと、あっという間に強くなったもんなあ〕
「そうか。まあ、確かに今のような状態が続いても大した経験にはならないだろうからな。じゃあ警戒の範囲を広げてみろ。多くの気配が一箇所に固まっている場所があれば、そこが恐らく奴らの巣だ。そこから離れるように移動さえすれば、奴らの追手も少しは治まるだろう」
「おお、なるほど。その手があったか」
ずっとリザードマン殴っては爆殺するっていうこと繰り返していたから思考が鈍って、そんな単純なことも思いつかなかったな。
【スキル】
警戒 拳闘術Lv17 気配遮断 翻訳能力 火魔術Lv20
リザードマンを殴り続けている内に、火魔術と拳闘術のスキルはいくらか成長した。
成長するのはうれしいんだが、雑魚ばかりでは面白くない。
やはり戦いは実力が拮抗するか、自分より強い奴と闘らなければ。
そんなことを考えながら、俺は警戒の感知範囲を自分の周囲から、さらに広げていった。
スキル範囲が広がるにつれ、感じ取れる気配が増えていく。
恐らくリザードマンたちであろう何かが少し離れたところで俺たちの周りを囲むように何匹がいる気配。
そこへどこからからか現れて、次々にその包囲に加わるリザードマンの増援であろう気配。
さらに範囲が広がり、その増援の現れる場所、大量の気配が固まっている場所がスキルの感知に引っかかった。
「おっ、それっぽい場所、発見。……って、ん?」
大量の気配が固まっている場所、その中心に周りの気配とは比べものにならない、大きく強い気配があった。
「どうした? 見つかったんじゃないのか?」
「いや、奴らの巣らしきものはあったんだけど、その中心に何か他とは違うでかい気配があるんだよ。間違いなくそこらのリザードマンよりも強い。かなり強いぞ、こいつ」
〔つまり、リザードマンの巣の中に一際強い魔物がいるってことかいな〕
「そうだな。たぶん奴らのボスみたいな存在なのかも」
「……まさか。いや、だとしても何故だ。ギルドが見落とす訳が……」
途端に俯いて何事かをぶつぶつ言うアルベルト。
考え事する時は、いつもこういう行動をとる。
本人曰く意識してやっているつもりはないらしいが。
「おい、何か思い当たる節でもある……っ!??」
新たな気配。
それもただの気配ではない。
スキルの感知範囲の外から来る気配。
スキルの感知範囲の外でも分かるほど強烈な気配。
「おい、隠れろ! やばいのが来るっ!」
「何だと!」
〔い、いきなりかいな!?〕
急いで薮の中に隠れてアルベルトを伏せさせて、自分も屈む。
その気配は森の奥から猛スピードでこちらに向かって来る。
その気配に圧されるかのように森の中を風が吹き抜けていく。
そしてついに気配はスキルの感知範囲の中に突入して来た。
瞬間、息が詰まるような重圧が襲って来る。
それと同時にさらに風が強くなる。
この感覚はあの美青年の時以来だ。さすがにあの時ほどではないが、それでもキツい。
でも、これではっきりした。
相手は俺よりも間違いなく格上だ。
それともしかすると、相手は風か何かをを操っている力でもあるのかもしれない。
そうであるなら、気配がこちらに近づくにつれて、どんどん風が強くなっていることに説明がつく。
何のためにそんなことをするのかはわからないが。
もはやその気配はこちらと目と鼻の先にまで迫って来ていた。
風もこれ以上ないほど強く吹きつけている。
いくら鬱蒼とした森の中で視界が悪いとは言え、ここまで近ければ視認できる。
しかし、辺りにそれらしき影は見当たらない。
既に目の前にいるはずなのに姿がない。
────いや、違う。
森の中じゃない。空だ!
瞬時に上を見上げると、絡み合った木々の切れ間から、空を飛んで、俺たちの上を通り過ぎるその気配の主の姿が見えた。
体を覆う深緑の鱗。
森を覆うかの如く広げられた翼。
長く太い首。
力強くしなやか尾。
それら全てを備えた圧倒的な巨体。
竜、龍、ドラゴン。
紛うことなき幻想の覇者の姿がそこにあった。
そして竜は激烈に咆哮した。
吐き出される爆音は周囲一帯を薙ぎ払えるのでないかと思うほどの圧力を伴い、森に響き渡る。
木々は震え、大地は揺れ、生物は怯え竦む。
その咆哮は圧倒的強者の存在を主張するもの。
竜の咆哮だった。
そして竜は俺たちの頭上を通り過ぎるとわ、そのままどこかへと飛び去っていった。
〔いやー、焦ったわ。まさかいきなり竜を見るとわ〕
「バカな! あれは本来、丘陵の奥地に生息している上位種だぞ。間違ってもこんな森の浅いところに飛んでくるはずが……」
竜を見たアルベルトたちが何事かを騒いでいたが、俺はそれどころではなかった。
竜が放った、あの咆哮。
俺が持つ翻訳能力のスキルは、あれを、翻訳できない野生の魔物であるはずの竜の声を、何故か言葉として捉えていた。
〔何処へ、やったあああああぁぁぁっっっ!!!!!!〕
それは怒りと悲しみと怨嗟に満ちた声。
そしてその根底にある憎悪。
あの激烈な咆哮は竜の抑えきれない激情が込められたものだった。




