第十三話:VS リザードファイター×2
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このペースを保っていきたいのが、作者の願望であり、目標。
「シャッ!」
俺がはっきりと敵意を込めて蜥蜴どもを見据えると、奴等は一声鳴いた後、俊敏な動きでこちらに突進してきた。
俊足のスキルの効果だろう。
その動きは恐ろしく早く、あっという間に俺との距離を詰めて、そのまま流れるように突き出された鉄の爪の籠手が俺を貫く―――。
「あっぶねえ」
―――はずだったが、すんでのところで体をひねり、その突き出された腕をつかむことでかわすことができた。
かなりの速度だが、見切れないことはない。
戦える――――。
そう確信した瞬間、左から強烈な殺気を感じた。
〔あんちゃん!〕
言われなくても分かってる。
片手で掴んでいた蜥蜴の腕を改めて両手で掴み、そのまま力任せに左側に投げた。
「うおりゃっ!」
「シャッ!?」
案の定、左側に迫っていたもう一匹の蜥蜴に当たり、二匹とも地面に転がる。
「行くぜっ」
追い打ちしようと素早く近づく。
しかし、魔物拳闘士のジョブは伊達じゃないらしい。
二匹とも倒れたままの体勢から起き上がると同時にバネのように後ろに飛び跳ねると、あっという間に距離を取られてしまった。
「ははっ、すげえ身体能力だな」
「リザードファイターは俊敏な動きが表すようにリザード系で一番素早い魔物だ。その代わりに一番攻撃力に欠ける魔物でもある」
アルベルトが突然、喋りだした。
どうやらあの蜥蜴のことを言っているらしい。
「ここまで言えば、対処法はわかるな?」
「……ああ。ありがたい御言葉をどうも」
攻撃力に欠けるということは一撃の威力が軽いということ。
つまり、確実に防御できるということだ。
そして素早い奴でも決して隙がないわけじゃない。
どんなに素早い奴でも攻撃したときはごくわずかだろうと必ず隙ができる。
その隙を狙えば……。
しかし正直、その対処法はもう奴等を見たときから既に思い付いてはいた。
それをすれば、たいして手こずることなく殺れるだろう。
でも、まあ―――
「面白くないよな。それじゃあ」
こういうのは真っ向から叩き潰してこそ勝ったと言えるのだ。
何より俺自身がまだまだ戦いたいと言っている。
久々に暴れられるんだ。
楽しまなきゃ損だ。
〔あんちゃん!〕
「うおっ!?」
アイアンの一声と共に粘ついたものが右腕に巻きついてきた。
振りほどく暇もなく、それはあっという間に形を変えて一丁前の円形の鉄の盾へと変わった。
〔あんちゃん! わしを使おてくれ! ご主人からの命令や!〕
盾からアイアンの声が聞こえた。
どうやらこの盾はアイアンらしい。
どんなスキルか、わからないが自分の形を変形させることができるようだ。
なるほど。
これで奴等の攻撃を防御しろってか。
アルベルトの奴にしては親切だな。
だが――――。
「シャアァッ!!」
痺れを切らしたのか、再び蜥蜴二匹がこちらに向かって猛然とダッシュしてきた。
〔あんちゃん、来るで!〕
「おい、アイアン」
〔何や、こんなときに!〕
「お前、籠手になれるか?」
〔なれるけど、それがどうし…〕
「じゃあ、今すぐなれ」
〔はあ!? ちょっ、あんちゃん…〕
俺はアイアンの答えを聞き終わる前に動き出した。
〔あーっ、もうっ……!〕
右腕についた盾が変化しているのが感触でわかった。
どうやら言う通りにしてくれたらしい。
ありがたい。
まあ、たとえ聞かなくてもやることは変わらなかったが。
蜥蜴どもは俺が動き出したことに動じることはなく、一匹はその素早さは拍車をかけるかのように加速し、もう一匹はその後ろをうねるように蛇行しながら、前の蜥蜴について走っている。
どうやら一匹が攻撃した後に続けざまにに二匹目が攻撃する、さっきと同じような二段構えの戦法をやるつもりらしい。
ワンパターンな奴等だ。
まあ、異世界での戦いはビギナーな俺としては、それの方がやりやすくて助かるけど。
前の一匹が圧倒的な速度で砂煙を巻き起こしながら、一直線に向かってくる。
―――速い。
もはやその姿を視認することすら難しい。
これでLv15だというのだから、この世界の頂点に立つ者たちの規格外さは計り知れない。
――ああ、わくわくするなあ。
雑魚ですらこの身体能力。
元の世界の奴等と比べるべくもない。
この世界はいったいどこまで俺の心を踊らせてくれるんだ!
自然と頬がゆるむのを感じながら、蜥蜴のその猛烈な突進に俺は自ら突っ込んだ。
お前らは速いよ。
今の俺なんか足元にも及ばないくらいに速い。
でもな――――
俺と蜥蜴が衝突するその寸前、その蜥蜴は爪の籠手を俺の顔面を狙って突き出した。
まさに神速。
速さと勢いの乗ったそれは間違いなく一撃必殺のもの。
当然、視認できるような速度ではなく、俺には避けれるはずもなかった。
―――なかったのだが。
「甘いんだよ」
俺は避けていた。
顔の横。
肩先をかするように。
ギリギリの紙一重で。
奴等は速い。
しかし、その速さに頼りすぎていた。
攻撃があまりに単調だったのだ。
敵を一撃で仕留めることに固執するあまり、急所を、特に顔を狙うことしかしなかった。
フェイントも技術もない素直すぎる攻撃。
そんな単調な攻撃を読むのは実に容易い。
そして攻撃を読むのが容易いということはその先読みの行動ができるということ。
俺は蜥蜴の攻撃を避ける直前に既に右腕を振りかぶっていた。
「行くぞ?」
そして避けると同時に全力で右腕を突き出した。
鈍く光る鉄の籠手が装着されている右腕を。
こちらに超高速の勢いで向かってきた蜥蜴の顔面めがけて。
それはすなわち超高速の物体を鉄の拳で打ち返すということ。
メリッと拳が肉にめり込む感触が伝わってきた。
ああ、久々だな――。
この感触――。
俺は懐かしさを感じながらそのまま拳を振り切った。
そして、その威力は――――
――――ッッ!!
形容しがたい音が森に響き渡った。
蜥蜴は悲鳴すら上げずに文字通り、吹き飛んだ。
そのまま目の前の枯れた木々をドミノ倒しのように順にへし折りながら吹き飛んでいき、最後に枯れた木々の中でも幹の太い、大木と言えるそれに激突したところでようやく止まった。
しかし、その大木も激突した時の衝撃のせいなのだろう、結局メキメキと音をたてて地面に折れ伏した。
だが、蜥蜴はそんな大木の折れる騒音にも反応せず、ピクリとも動く気配はなかった。
「……おおう」
そんな目の前の惨状を引き起こした自身の腕力に俺は唸らざるおえなかった。
『【スキル】拳闘術を獲得しました』
「うん?」
何やら新しいスキルを得たようだ。
名前からして蜥蜴どもが持っていたスキルと同一のモノだろう。
後で確認してみよう。
「それにしても生存本能使わなくて、これか……。しかし、三十メートルくらい飛んだな」
〔んな、むちゃくちゃな……〕
鉄の籠手が驚愕と呆れが入り雑じった声を漏らした。
「………」
改めて思ったが、異世界に来て、俺の体に何の変化があったのかは知らないけど、俺はいつの間にか化け物染みた力を得てしまったようだ。
これじゃマジで魔物みたいだな。
俺、人間なのに。
まあ、人間って伝説の魔物らしいけど。
―――でも、ちょうどいいか。
何にせよ魔物と闘るんだから化け物染みた力ぐらい必要だよな。
「!」
反射的に体が動いた。
振り向き様に鉄の籠手を構える。
瞬間、視界に入った蜥蜴が爪の籠手を降り下ろした。
鋭い金属音が鳴り響く。
「危ないな」
間一髪、鉄の籠手で防ぐことができた。
擦れあう度にギチギチと耳障りな音が生み出される。
ありゃりゃ、思わず防御しちまった。
真っ向から叩き潰すと言った手前、できればかわしたかったけど、命には代えられないか。
「そういやもう一匹いたっけな…。お前後ろにいたのによく巻き込まれなかったな」
「シャアアッ!!」
鉄の籠手にかかる力が強くなる。
反射的に左手でその右腕を支える。
やはり会話は成立しないようだ。
翻訳もされない。
スキルに不備があるとは思えないが……。
しかし、相手の意図が分からないわけではない。
さっきからこちらにかかる力がどんどん強くなっているところから考えると、どうやら相手はこのまま鍔迫り合いで押しきるつもりらしい。
なるほど。
確かに不意打ちから鍔迫り合いに持ち込めば、相手の両手は塞がり、両足も踏ん張るために耐えざるおえなくなるから、反撃されずにすむ。
速さだけの単細胞ではなかったようだ。
押され気味の今の体勢から押し返すのはかなり骨が折れるだろうし、両手両足どれか一つでも反撃するために動かそうとすれば、その隙に押し込まれて終わりだし、かといってこのままでは埒があかない。
さて、どうしたものかと考えを巡らせていると、不意に目の前の蜥蜴がカパッと口を開いた。
鋭利な歯がズラッと並ぶ口の奥に煌々と輝く何かが膨れ上がっているのが、否応がなしにわかった。
魔殺息――。
洞察で見たステータス欄にあったユニークスキルが思い浮かんだ。
〔あんちゃん! やばいって、ブレス溜めてるって!! わしに直撃コースやん、このブレス!!〕
「黙ってろ、鉄」
〔ちょ、あんちゃん、今何言うた!? なあ!?〕
喚きたてる鉄の籠手を完全に無視して、目の前の相手に集中する。
「そっちがスキル使うんだったら俺も遠慮なく」
即座に右腕を支えていた左手の人指し指だけを蜥蜴の開いた口に向ける。
そしてその指先にほんの少しだけ魔力を集中させるように意識する。
魔力の扱いはまだまだ慣れない。
故に今回はぶっつけ本番。
冷静に、失敗しないように……
「発射、ってね」
火魔術、発動―――。
指先からビー玉ぐらいの小さな火の玉が発射された。
それはゆっくりだが決して遅くはない速さで蜥蜴の開いた口に吸い込まれていった。
「シャッ!?」
その攻撃に蜥蜴が怯み、こちらにかかっていた力が緩む。
その一瞬を逃すことなく、俺は蜥蜴の懐に入ると、鉄の籠手を着けた右腕を蜥蜴の鼻面めがけて思いっきり振り抜いてやった。
速く重い拳が蜥蜴の顔面にめり込む。
メキャッという音と同時にその体が吹っ飛ぶ。
「ジャッ…!!」
その勢いのまま地面を跳ねながら吹っ飛ぶ蜥蜴が何か言いかけた瞬間、その頭が爆散した。
それにより弾け飛んだその肉片と血潮が周囲に飛び散る。
その光景のあまりのグロテスクさに嘔吐感がこみ上げ、思わず口を押さえる。
「うぷっ……、ミスったな……。調子乗って魔術なんか使うんじゃなかった……」
やっぱり慣れないものを使うもんじゃないと後悔した。
〔いやはや凄まじいなあ、あんちゃん。ホンマにLv8なんか疑いたくなるわ。籠手に変われと言われた時はどうなるかと思うたけど、さすがは伝説の魔物やなあ!〕
鉄の籠手が興奮しているのか、かたかたと世話しなく震えていた。
「…頼むから、黙っててくれ」
喚きたてるアイアンに辟易しながら、俺は必死にこみ上げる嘔吐感と格闘していた。
「ふう―……」
ようやく落ち着いた俺は深く息をついた。
……勝ったのか、俺は。
初陣にしては意外とあっけなかったもんだな。
イマイチ、実感が湧かない。
でも、実際勝てたのは運に依るところが大きいだろう。
奴等の思考や技術が単純でなければ、あの速さだ。
少しでもフェイントなんか混ぜられたら、攻撃をかわすのは至難の技だったにちがいない。
それに一撃で倒せたことも大きい。
たとえあんな単細胞だったとしても、戦闘が長引けば、二対一でかなり苦戦していたはずだ。
やはり腐っても魔物だ。
油断はできない。
……そういえば、俺はこれで生まれて初めて等身大の、人の形に近いの生き物を殺したことになる。
……そう。
生まれて初めてだ。
生まれて初めてのはずだ。
しかし、不思議と忌避感はなかった。
殺したことに対する葛藤があるのかと聞かれれば、そういうこともない。
奴等は俺を殺す気で襲ってきたし、何より外見が怪物のそれだったからだろうか。
素手の左手で顔を拭った。
拭った手を見ると、蜥蜴を殴り飛ばした時か、あるいは爆発した時に顔に浴びたのか。
血が、ついていた。
「…………」
戦う前にあれほど感じていた高揚感は嘘のように無くなっていて―――、
なぜか―――虚しい感じがした。
一応、闘技大会までの構想は既に固まっているので、後は書くだけなんだけど、いざ書いてみると筆が止まるこの不思議。
己の未熟ぶりを改めて痛感する今日この頃。




