第十一話:異世界は不思議がいっぱいである
2ヶ月以上経ってからの更新……。
受験生とはかくも執筆時間が取りづらいものなのか……。
待っていてくれた皆様、本当に鈍亀更新でごめんなさい……。
そして見捨てず読んでくれる読者の皆様に最高の感謝を送ります。
朝が訪れていた。
にも関わらず、俺が今いるここにはおよそ生物の気配がなかった。
あるのは訓練された軍隊のようにただひたすら愚直に立ち続ける葉の一枚すらない禿げた木々。
地面も同じく花はおろか草すら見当たらなく、緑と言えるものはひとつもない。
ただ焦げ茶色の大地が枯れた木々を支えている。
そんな枯れた果てた森に朝日の光が降り注ぎ、申し訳程度の活力が森に宿る。
「うー……」
その中にぽつんとある小さく古ぼけた小屋の前で、俺は枯れ木たちと同じく降り注ぐ朝日の光を浴びながら、体に異常がないことを示すように大きく伸びをした。
「本当に三日で治っちまうとは……。異世界ここに極まれり、だな」
「おい」
「おっと、マスター様のお出ましか」
清々しい気分に水を差すように現れた蒼髪イケメン――――アルベルトが俺の背後から現れた。
改めて見ても、やはりイケメンである。
着ている服自体は上も下も布で誂えられた質素なものだが、朝日に照らされて輝いている蒼い髪と整いすぎた顔が、そんなマイナス要素をものともしないイケメンぶりを発揮している。
しかも改めて見て気づいたが、その力強い眼光を放つ目は空の色を少しだけ濃くしたような色をしていて、外見にさらなる魅力を添えている。
そして蒼い髪の中に隠れている長い耳が動く度にちらちらと見えた。
そう、実はこいつはエルフだったのだ。
まあ、何となく予想はできていたが。
美形はエルフという図式が自分の中で出来上がっている気がする。
「何をぼーっとアホ面を晒している」
「ひでえ言いようだな、クソマスター様」
ふてぶてしい仏頂面だが、それすらそのイケメン度合いを高めているというのだから、ムカつく。
「私の理路整然とした説明を一回どころか十回聞いても理解しなかった奴にアホと言って何が間違っている?」
反論しかねる。
動けなかった三日間、自分の置かれた状況がわからなかった貴様のことだからどうせ今の世界の情勢も知らないのだろうと好き勝手にほざいてくれたアルベルトがこの世界についての基本的なことを教えてくれたのだ。
確かに奴の説明は理路整然として分かりやすかったんだが。
「何故一回で理解できない? 本当にあの伝説の人間なのか?」
「うるせえ。 あんな一気に、しかも早口で言われたら誰だって一回やそこらで理解できるか!」
人間をどんだけ全能だと思ってんだ!
こちとら学校の成績はずっとドンケツだったんだぞ!!
なんて言えるわけがないので黙って必死に奴の高速早口の説明を聞いて覚えるしかなかったのだが。
必死に覚えようとしたかいがあったのか、今では余裕で内容を諳じられるぐらいだ。
復習がてらに思い出してみるかな。
この異世界はアルモニアと呼ばれる大陸とそれのオマケというかのように海を挟んですぐ隣にあるオルドル島と呼ばれる小さな島から成る、とても小さな世界だ。
大陸は西の方に巨大な山脈が向こう側へ行くのを遮るかのように連なっており、それ以外は海に囲まれた形になっている。
……ここまでなら何の変哲もない地理情報である。
しかし、この大陸の西にある巨大な山脈―――アビス山脈は違った。
この山脈を越えた者は誰一人いない。
何故なら、この山脈は年がら年中、その上空にどす黒い巨大な雲が浮かんでおり、常に異常な気候に覆われているからである。
具体的に言うなら猛吹雪とあられと落雷と竜巻が同時に発生したりするらしい。
意味不明である。
そんな過酷というのも生ぬるいぐらい環境なのだから当然、そこに生息する魔物も凄まじく強くて異常である。
具体的に言うなら、自分の体をバリアで覆って音速並みの速さで飛びながら、光線と衝撃波を撒き散らす巨鳥がいたりするらしい。
しかもそれを平気で捕食するという空飛ぶ超巨大怪植物がいるらしい。
そんな人外魔境の山脈を誰が越えられるというのだろうか。
それでも山脈の向こう側を見たいという人物が船で海を経由して、向こう側へ行こうとしたが、その海でも異常な気候と山脈の魔物に襲われ、あえなく沈没したらしい。
そんな訳で誰一人山脈を向こう側を見た者はいない。
海は特に俺がいた元の世界と変わりないらしい。
海特有の魔物がいるわけでもなく、異常な気候というわけでもない。
何か偏りすぎじゃないかと思ってしまうぐらいだった。
ちなみに他に大陸や島はないのかと質問してみたら、あるわけないだろうと返されたので、まだそんな航海技術が発達していないのだろう。
世界はもっと広いはずだぜ、なんて航海技術の知識なんぞかけらもない俺が言ったところで信用されるわけがないので大人しく黙っておいた。
これからの航海技術の発達に期待である。
閑話休題。
現在、世界には大小様々な国々が存在しているが、大国と呼べる国は二つ。
大陸に最大勢力であるドミナシオン帝国とそれに次ぐ勢力のヴィスィリオ王国である。
細かいことはよく理解できなかったが、ここ数十年の国の動きを簡単にまとめると、帝国はどうやら最近まで諸国に戦争を仕掛けては征服し、属国として支配するという形で意欲的に勢力を伸ばしていたらしい。
それを見かねた王国が周辺諸国と同盟を組み、戦争の姿勢を見せることでどうにか帝国の動きは沈静化したのだそうだ。
さすがに王国と周辺諸国の連合を相手にするのは帝国でも腰が引けたらしい。
現在も帝国に対する王国と周辺諸国の同盟は維持されており、帝国と王国を筆頭とした連合国がにらみ合いを続けることにより、大陸は仮初めの平和を保っているようだ。
まあ、大体こんなところだろうか。
まだ何かあったような気がするが、あんまり長く黙ってると、また奴が何か言うに違いない。
「さて、ようやく貴様もまともに動けるようになったのだから、具体的に貴様にやってもらうことを伝えておこう」
そう言いながらアルベルトが俺の横を通り過ぎた。
それに合わせて俺が振り向くと、奴は数歩だけ歩いて俺の前に立つと、俺に背を向けたまま、指輪―――モンスターリングを嵌めた手を掲げた。
「いでよ」
アルベルトのその一言の後、リングが輝き、それから幻想的な光の粒が放たれた。
放たれた光の粒は地面の一ヶ所に集まって奇妙な形を作ると次の瞬間、弾け飛んだ。
現れたのは何の変哲もない無骨な鉄の塊だった。
あえて特徴を挙げるとしとも表面がでこぼこしているということくらいしかないほど、ただの鉄の塊だった。
「貴様にやってもらうことは」
「待てコラ」
振り返って、意気揚々に語りだそうとするアルベルトを、俺は遮らずにはいられなかった。
「何だ?」
初っぱなから話の腰を折られたアルベルトは不機嫌な顔をしていた。
「いや、何って、それのことに決まってるだろ」
俺がビシッと鉄の塊を指差す。
「アイアンがどうかしたか?」
「アイアン?」
「私の魔物だ。見てわからないのか。まさか魔物を呼び出すのを初めて見たわけでもあるまいに」
いや、初めて見たんだが。
ま別に今さらいちいちそんなことで驚かないけどさ。
それにしてもこれが魔物?
鉄の塊のそばにしゃがんで、それをじっくりと観察する。
「どっからどう見てもただの鉄の塊にしか見えないんだが」
「これはそういう擬態をする魔物だ。昨日、教えた種族の一つ、魔鉱石族の話をもう忘れたのか?」
「魔鉱石族?」
〔あんちゃん〕
「え?」
誰かの声が聞こえたような気がして、辺りを見回してみる。
しかし、アルベルトと俺以外、誰もいない。
〔さっきからわしのことを鉄、鉄言うて馬鹿にしおって……〕
「誰だよ!」
再び聞こえた声。
やはり周囲には誰もいない。
〔わしが話しとんのに、どこ向いとんねん! こっち向けや!〕
「へ……?」
思わず鉄の塊を見る。
これが喋っているのか?
まさかホントに魔物なのか。
〔わしを侮辱した落とし前はつけてもらうでえ! 覚悟せえや!!〕
次の瞬間、鉄の塊から同じく鉄でできた手足が飛び出した。
そしてあろうことか、立ったのである。
二本足でしっかりと。
俺が呆気にとられている間に、鉄の塊はしゃがんだままの俺の下で膝を曲げて腰を低くし、そのまま数秒のタメの後、跳躍した。
〔美鉄の断罪!!〕
華美な名前の体当たりが俺のアゴを打ち抜いた。
「驚いたな。言葉がわかるのか。確かに同じ魔物同士、わかっても何らおかしくはないな」
〔どうや、あんちゃん。わしの美鉄の断罪は効いたやろ?〕
「おかげさまで」
俺はアゴをさすりながら答えた。
うん、地味に痛かった。
とはいえ、小突かれた程度の痛みだったけど。
怒るほどのものでもない。
「何が気に入らなかったんだ?」
〔決まっとるやろ。わしを鉄って言うたことや〕
「いや、だって鉄じゃん」
〔ちゃう! わしは鉄やのうてアイアンや!〕
どのみち鉄だと思うが。
〔ホンマ近頃の若いもんはあかんなあ。なんでわしのパーフェクトボティをただの鉄と間違えるんやろか。この滲み出る気品はどう見てもただの鉄と違うのに!〕
どう見てもただの鉄である。
違うのは手足が生えて、しゃべることくらいものだ。
「ふむ、話の後で貴様に紹介しようとは思っていたが、もう紹介しておこう。私の魔物のアイアンだ。種族は見ての通り、魔鉱石族だ」
〔何か知らんけどよろしくな、あんちゃん! また鉄言うたらしばくからな!〕
鉄の手足が生えた鉄の塊、アイアンが威勢よく、ぴょんと跳ねた。
「あ、ああ」
鉄でいいじゃんと思うのは俺の心がひねくれているからだろうか。
「ところで、魔物の種族については理解しているだろうな?」
「あ、当たり前だ。何回聞かされたと思ってんだ」
実は今さっき、思い出したのは秘密だ。
魔物には七つの種族があり、種族ごとにそれぞれ特徴を持っている。
魔鉱石族は鉱石そっくりな姿形をしているのが特徴で、それ故に非常に擬態がうまく、見つけるのが難しい種族である。
なかなかお目にかかれないので種族自体が珍しいレア魔物扱いらしい。
「そうか。貴様のことだから、どうせ忘れてしまっているだろうと思っていたが、意外とそうでもなかったらしいな。少し見直したぞ」
「ば、馬鹿にすんじゃねえよ」
見事に忘れてました。
〔相変わらずひねくれた物言いやなご主人〕
「え?」
手を組んで、やれやれとで言う様に頭、というか体を左右に振るアイアン。
〔あんちゃん、あんまり気にせんとってな。これはご主人にとって照れ隠し様なもんやから〕
「アイアン……?」
凄みを帯びたアルベルトの声がアイアンの言葉を遮った。
〔知らん知らん! わし何も言ってへんよ!〕
あわててごまかすアイアン。
何も言ってませんよと鉄の体をぷるぷる震わせて弁解の態度を示している。
「てか、言葉わかるのか?」
「貴様の顔を見れば、不穏なことを話していることぐらいわかる」
それって何だかんだで結構、すごくないか。
〔本当にご主人って素直やないよなあ。ま、そういうとこが放っておけないんやけど〕
「ふーん」
アイアンの言葉を聞いて、アルベルトを見る。
「何だ、その目は」
「別に」
「気持ち悪いからやめろ」
「へいへい」
あんなに偉そうな態度が照れ隠しねえ。
面倒くさい奴だな。
「そういや気になったんだが、話の後で紹介するんだったら先に鉄……じゃないな。アイアンを呼び出す必要はなかったんじゃないのか? 話の後で呼び出せばいいのに」
俺の言葉にアルベルトはやれやれと首を左右に振った。
「貴様は非力な私に丸腰で魔物が蠢くこの場所に立っていろと言うのか?」
「ああ、そりゃそうだな」
また一つ思い出した。
この世界の亜人たち、ヒトと呼ばれる種族は基本的に非力だ。
たとえ最弱クラスの魔物が相手でもまともに戦えず、簡単にやられてしまうほど弱い。
とはいえ例外もいるらしいが。
その弱さの主な要因として挙げられるのはスキルの保持数である。
彼らとて、さすがにスキルの一つは持っている。
ただし、本当に一つだけなのだ。
彼らヒトが持つスキルは生まれつき備わっている先天的のものだけで、魔物と違って後天的にスキルを習得することは不可能とされている。
しかし、これにもやはりというか、例外がある。
王族や貴族たちの持つ継承スキルがそれである。
継承スキルは、何故か先天的に得る一つのスキルとは別のスキルとして発現するので、結果的に二つのスキルを保持することになる。
単純にスキルとしても強力なものが多いらしく、非力なヒトの中で魔物に勝ちうる例外となる者もいるらしい。
継承スキルは古来から受け継がれてきた由緒あるスキルとされており、王族や貴族にとっては血筋の正当性を証明する重大なスキルである。
当然、この継承スキルが王位継承や貴族の家の跡継ぎに一石を投じないわけがないので、それを巡って起きた様々な事件が歴史に残っていたりする。
とはいえ、そんな継承スキルも王侯貴族のごく一部の限られた者しか持ち得ないし、仮にそれがあったとしても戦闘や便利さという点では数々のスキルを習得できる魔物とはその価値は比べるべくもない。
故に彼らは魔物を使役するのだ。
自分達より優れる魔物たちの力を生きるために利用する。
最初は襲い来る魔物に対抗するためだったが、次第に日常生活にも魔物の力は利用され始め、今では生活をするためには必要不可欠な存在へと魔物はなった。
つまり魔物は道具なのだ。
武器であり生活必需品であり、様々な用途を兼ねる便利な道具。
彼らヒトは、そんな道具として扱っているはずの魔物を、この世界の宗教による影響で友や相棒、家族などと呼んでいる。
魔物を無理矢理従わせている罪悪感からの正当化。
――――友や相棒として扱っているのだから、これは決して非道な行いではない――――
この世界の多くのヒトビトはそんな思いを無意識に免罪符にしているんだろう。
まあ、それ以前に魔物は従えるものという認識が染み付いているのだろうが。
それがわかったからと言って、別に彼らを恨もうとは思わない。
それがこの世界の常識なのだから、恨んだところでどうしようもないし、俺の立場がたまたま魔物だったというだけで、もし俺が彼らの立場になっていたとしたら、俺も同じような考えを持っていたに違いない。
色々と話が逸れたが、結論はヒトにとって魔物は武器も兼ねる道具だということ。
外で魔物を出さないというのは武器を出さない丸腰の状態を意味するのだ。
「思い出したか」
「へいへい、思い出しましたよ御主人様~」
ちょっとした反抗心で猫なで声で御主人様と呼んでやる。
「やめろ気持ち悪い」
全く尊大な態度で動じない。
ホントにこいつの態度は照れ隠しなのか?
普通に素にしか見えねえ。
〔いやいや、ホンマやって。今もかなり〕
「アイアン?」
〔わし知らーん!〕
今度は即座に反応するアルベルト。
しかし、随分と雑な誤魔化しだな。
まあ、それはそれとして。
「なあ、さっきから気になってたんだけど、何で関西弁?」
〔ん? なんや関西弁って? 食いモンか?〕
「いや、知らないならいいんだ」
知らないということは、つまり、原因はスキルの翻訳能力なのか?
だとすれば、何でわざわざ関西弁なんだ?
意味が分からない。
しかし、正直、どういう原理で言葉が翻訳されているのか、分からないからどうしようもない。
まあ、別に困るわけでもないし、そこまで気にするほどのものでもないか。
「おい、そろそろ本題に入るぞ」
「ああ」
アルベルトの鋭い瞳が俺を射抜く様に見る。
「さて、では改めて貴様に具体的にやってもらうことを言おうか」
アルベルトは一つ、咳払いをした後、それを言った。
「貴様には今から約三ヶ月後に行われるドミナシオン帝国軍隊入隊志願者魔物闘技大会に優勝してもらう」
次の更新は恐らく色々と受験が終わった三月ぐらいになるかと……。
センター試験まで一ヶ月を切ったので勉強に専念せねばなりません。
後に控えている私大の一般入試も……。
見捨てずに待っていてくれる方々がいるとうれしいです。
では皆様、よいお年を!
※アルベルトの意地っ張り度を低下させました。
あまりに皆様に不評だったので……。
本当はもうちょって先だったけどフライングでネタバレさせました。




