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人間って伝説の魔物らしい  作者: PAPA
~第一章~人間、頑張る
10/34

第十話:人間関係はまず打算から

受験が本格的に迫ってきて、まるで執筆する余裕がない……。


こんな作品を待ってくれている読者様に感謝です!

「取引だと……?」


目の前の蒼髪の美貌を持つ男から発された言葉に俺は自分の耳を疑った。

さすがに何か言ってくるとは思っていたが、これは予想外だった。

魔物である自分にわざわざ御丁寧に取引だと?

命令や強制などではなくて?

目の前の男が何を考えているのかまるで分からない。

そもそも何で魔物の自分を助けたのか、最後に俺にあの指輪を向けたのはお前なのか、などの様々な疑問が先程まで俺の頭に渦巻いていたが、その放たれた衝撃的な一言がそれらを全て消し飛ばしてしまった。

今、頭にあるのはその言葉の真意に対する疑問のみである。


「何のつもりだ」


「何がだ?」


俺が息を凝らしながら訊ねると男は軽く首を傾げた。

その気の抜けた動作が俺を苛つかせる。


「だから、たぶん俺はお前らで言うところの魔物なんだろう? なぜ魔物に取引なんざ持ち掛ける?」


俺の問いに男は軽く一息つくと、その理由を述べた。


「私にはどうやっても果たさねばならない()()がある。その目的を前にして、そんなものは些細なことに過ぎない」


それにあまり時間も残されていないからな、と男は最後に小さく呟いた一瞬、顔をしかめたが、すぐに余裕のある表情に戻った。

詳しい理由はわからないが、どうやらこの男は切羽詰まった状況にあるらしい。

故に常識や倫理観など、この際気にしてなどいられないという所か。

まあ、全ては推測に過ぎないが。

とはいえ、はっきり言ってそんな取引なんぞに応じる気はない。

助けてくれた事には感謝するが、初対面の奴にいきなり取引を持ちかけられて、恩返しの意味も含めて受けましょう、みたいな事が当然にできるほど俺は幸せな人間じゃない。

ましてやここは人間が魔物扱いな異世界。

当然だが、そんな取引は全く信用できない。

だから断る。

──と、言えたらいいんだが、そういう訳にもいかない。

いかんせん今の俺は怪我のせいで身動きがとれない。

もし断ろうものなら、取引という形ではなく脅迫、拷問というようなものに変わらないとも言えない。

それを考えると断る事はまずできない。

まあ、何にせよ決断は話を聞いてからでも遅くはない。

初めてまともに話ができる相手だ。

できるだけここでこの世界の情報を得ねばならない。


「……話を続けてくれ」


俺の言葉に男は軽く頷いた。


「そしてその目的を果たすために私が求めるのは伝説の魔物である貴様の、人間の()だ。それに対する貴様への見返りは所有魔物の()()だ」


「所有魔物の身分、だと?」


随分と不穏な気配がする言葉だ。


「貴様等魔物にとっては、なじみのないものだろうな。具体的に言うと貴様が既に捕獲されて、私の魔物になっているということにするのさ」


イマイチよく分からない。

だから何だと言うのだろう。


「それが俺に何のメリットがある?」


「何だと?」


俺の言葉に男は疑問の表情を浮かべた。


「その大怪我から察するに貴様は大方、魔物使い(マスター)どもに追われていたんだろう?」


「マスター?」


「魔物使いの俗称だ」


「ああ、なるほどね。お前の言うマスターかどうかは知らんが、追われていたのは認める。それが何だってんだ?」


「何故追われたのか、分からないのか?」


男がありえないという顔で問いかけてきた。

何なんだ、いったい。


「魔物で危険だから討伐しにきたとかじゃないのか?」


俺の言葉に男は己の額に手を当て、小屋の天井を仰いだ。

何だ、この反応は。

これは、呆れているのか?

しばらくすると、男は再び俺を見据える。

その顔は最初と比べて、軽い疲労があるのが窺えた。


「魔物だから仕方ないとしか言い様がないか。まあ、魔物の立場を鑑みれば、そんな認識であるのも頷けなくはないな……」


一人で勝手にぶつぶつ言って頷く男。

持ち前の美貌でそんな姿すら様になっている。


「どうやら貴様には基礎的な知識が足りていないようだな」


それは当然だ。

つい最近、この世界に降り立った俺に、ここの基礎的な知識などあるはずもない。


「しょ、しょうがないだろ。魔物の俺がお前らで言う所の基礎的な知識なんて持ってるはずないだろ」


しかし、馬鹿正直にその事を言うと余計に話が拗れそうなので、適当に誤魔化しておく。


「ふむ、魔物という立場とその環境に置かれていては、仕方のない事なのか」


男は少々落胆気味ではあったが、 俺の言い分に疑問を挟む事なく、そのまま納得してくれた。


「とはいえ些か拍子抜けだな。これが、あの古代魔具(アーツ)を生み出した伝説の魔物だとは」


また蒼髪イケメンは一人ぶつぶつと言い始める。


「……しかし、超古代に生きて……伝説の魔物がここまで……知らない……なのだろうか……。レベルの低さと……関係して……のか…?」


恐らく思考に没頭しているんだろうが、その内容がちょこちょこ口に出ている。

俺が言うのも何だが、こいつは交渉事に向いていない気がする。


「なあ、さっきから気になってたんだが、その伝説の魔物ってのは何なんだ?」


口に出ている内容を聞いていれば、さっきからこの言葉が耳について仕方がない。

そういえば、あのエルフの女もそんなようなことを言ってた気がする。

その言葉に男はやれやれといった風に首を振った。


「やはり自分がどういう認識をされている存在かもわかっていないようだな」


「あ? どういうことだよ?」


「貴様は、人間はただの魔物ではない。遥か昔、超古代にこの世界に君臨した伝説の魔物だ」


「………ん?」


何だがえらく壮大なスケールのように聞こえたが、恐らく聞き間違いだろう。

聴力検査には引っ掛かったことはないんだが、やれやれ。


「よく聞こえなかった。もう一度頼む」


「貴様は超古代に、この世界に君臨した伝説の魔物だ」


聞き間違いではなかったらしい。


「おいおい、いくら俺が何も知らないからって嘘を教えるのは取引以前の問題だぞ」


俺は大きく溜息をついた。


「貴様の名前を決めた。今から貴様は阿呆だ」


「はあ!?」


何の脈絡もなく、不名誉な名前を与えられた。


「よく考えろ。そんな嘘ついてなんになる。そもそも私は貴様が伝説の魔物だから、その力を欲して取引しようとしたのだぞ」


言われてみればそうである。

こいつの行動はどれもこれもが俺が伝説の魔物だからという説明がつく。

そうでなければ、誰が好んで魔物の治療や取引などするだろうか。

なるほど、その下心があったなら納得がいく。

しかし──。


「なあ。本当に本気で言ってんのか?」


「貴様は本当に阿呆なのか? 私が嘘をつく理由がどこにある。何度も言わせるな」


どうやら掛け値なしで本当らしい。


「貴様等が作った道具、私たちヒトは古代魔具(アーツ)と呼んでいるが、それが今のヒトの生活を支えているのと、今の世界を滅ぼせるだろう圧倒的な強さ。そして何より魔物の始祖であるのが、貴様等人間が伝説と呼ばれる由縁だ」


何かよくわからないが、とにかくこの世界の人間は凄まじかったようだ。

魔物の始祖とか。

驚きを通り越して呆れる。

でも一つ、わかったことがある。


──この男は俺をその伝説の人間だと思っている。


実際は俺はその伝説の人間ではない。

つい先日、異世界からやってきた人間である。

とはいえ種族的には何も変わらないから、必ずしも違う存在とは言えないのだが。

恐らく何か関連があるのは間違いないだろうが。

何にせよ俺が異世界から来たということは黙っておいた方が得策だろう。

もし勘違いがバレたら何されるかわからない。

俺をこちらの世界へ引きずり込んだ、あの黒い手について何か知らないか一応聞いてみたかったのだが、仕方がない。

別に元の世界へ帰りたいから知りたいというわけではない。

あの世界で俺を心から心配してくれる奴なんて存在しない。

更生しようとも心を入れ換えようとも、たとえ暴力を振るわないで()()()であろうとしても所詮、外れ者は外れ者だったというだけの話。

そんな世界に未練などない。

それにこの世界でなら俺は一般人であろうとする必要はない。

何せ魔物扱いっていうふざけた世界だ。

力を振るうことに関しては何も問題はない。

むしろ久々に暴れられると考えると嬉しくさえある。

何か胸のつかえが取れたようで清々しい気分だ。

何で俺はあんなに頑なに一般人であることにこだわっていたんだろうか。


まあ、どうでもいいか。


それはさておき、俺が懸念しているのは俺をこちらの世界に喚んだ何者かの存在だ。

何せ黒い()が俺をこちらの世界に引きずり込んだんだ。

そこに誰かの意思があると考えるのが自然だろう。

問題はその誰かが何のために俺を喚んだのかだ。

それについての手がかりを得たいから話を聞きたかったんだが。

さっきも述べたように俺が伝説の人間だと勘違いさせておくためにも聞くわけにいかない。

後、それとは別にもう一つ、気になることがある。


「さっき超古代に君臨したって言ったよな? つまり人間はもう……」


「存在しないとされているな。詳細は知らないが、絶滅したとされている」


伝説になってるんだから滅びてて当たり前か。

となると現状、この世界に俺の味方になりうるような奴はいないということだな。

何だ、別にあの世界にいた頃と何も変わらないじゃないか。

いつだって俺は一人だったんだ。

これからもそれが続いていくだけの話だ。


「だが貴様がいたんだ。人間は完全に死滅したというわけじゃないという事だ。まあ、もっとも何故そんな事になったかについては貴様の方が詳しいと思うがな」


俺が黙り込んでいると男が励ますようなことを言ってきた。

いや、俺は異世界の人間だからこの世界の人間が滅んだ理由なんぞ全く知らない。

──なんて正直に言える訳がない。


「まあ、詮索はしない。貴様の生い立ちに興味がないと言えば嘘になるが、私が欲するのは貴様の力のみだ。必要のない面倒なことに首を突っ込んでいる暇はないからな」


俺がどう答えたものかと思案している間に男は話を終わらせてしまった。

詮索はしない、か。

俺にとってはありがたいことなので何も言うことはない。


「さて、ここまで言えば大体分かるはずだな? 何故貴様が魔物使い(マスター)どもに追いかけられていたのか」


「ああ」


奴等の言動。

奴等が魔物を従えていたこと。

俺が伝説の魔物であること。

そして極めつけはあの忌まわしい言葉。


(なんじ)、我に従え』


「つまり、奴等は伝説の魔物である俺を捕獲しようとしてたってことだな」


「その通りだ」


俺が重々しく回答を告げると男は頷いた。


「何せ様々な意味で凄まじい伝説の魔物だ。しかも絶滅したとされていたのだから珍しいどころの話ではない。誰であろうと名誉、富、力を欲する魔物使い(マスター)ならば是が非でも手に入れようとするだろうな」


「だろうな、じゃねえよ。現に手に入れようとしてきたよ。むちゃくちゃやってくれたぜ、まったく」


俺が愚痴るように言うと、男はほんの少し顔を緩めて軽く笑った。


「貴様の傷を見れば分かる。かなり手酷くやられたようだな。よく逃げ切れたものだ」


「誉め言葉として受け取っておく。まあ、それはそれとしてようやくお前の言う取引のメリットがわかったよ」


「ほう、阿呆にしては頭の回転が早いな」


「うるせえ。つまるところお前が既に俺を捕獲したことにして周りの奴等に手を出させないようにするってことだろ?」


俺の言葉に男はにやりと笑う。


「そうだ。まあ、厳密には手が出せないと周りに認識させるんだがな」


「手が出せない、ね。あの指輪が関係しているんだろ?」


「ご名答」


男がぱちぱちと拍手する。


「補助系魔具、魔物使役指輪(モンスターリング)。ヒトはこれを使って魔物を捕獲し、従える。一度、これによって捕獲された魔物はその所持者がにがさない限り、モンスターリングによる捕獲を受けつけない。つまり、他人は魔物は奪えないということだ」


あの忌まわしい指輪の正体は捕獲道具だったか。

まあ、伝説の魔物云々の辺りで大体の予想はついていたけど。


「ふーん。で、それを一体どうやって誤魔化して俺がお前の魔物だと証明するんだ?」


「それは簡単なことだ。ただ貴様が私に従順であればいい。余計な小細工は必要ない」


「バレないのか?」


「普通、魔物はリングなしでは従わん。普通はな……」


何故か男は一旦、そこで言葉を切った。

そして何かを吹っ切るように咳払いをする。


「そこでその認識を逆手に取る」


「なるほど、つまり大人しく従っている魔物が野生なわけがないと思わせるわけだ」


「その通りだ」


なるほど。

意外だな。

思ったよりまともな取引じゃないか。

魔物だからって足元見たような条件だと思っていたんだが。

もし奴の言う通り、俺が伝説の魔物ならば、これから先もあんなエルフの女みたいな奴に襲われるのは間違いない。

そうなれば、前みたいに逃げきれるということはまずない。

あれは本当に運が良かったとしか言えない。

何しろ俺のレベルが低すぎるのが一番の問題だ。

毎回、あの生存本能(トランス)や魔力解放などのスキルに頼るわけにもいかないだろう。

ならばこの取引を利用してレベルを上げるしかない。

この取引内容なら、俺が狙われることはなくなるだろうから比較的安全にレベルを上げることが可能なはずだ。

とはいえ、これは奴の話が全て真実であることを前提にしたものだが。

さすがに今の話を全て真実だとは信用できない。

何より話がうますぎる。

魔物の扱いは元の世界の認識に合わせるなら、ペットのそれが一番近い。

そう考えると比較対象がないから分からないが、魔物に対する扱いとしては破格の条件ではないだろうか。

胡散臭いどころか怪しさ爆発である。

しかし、ここまで考察したところで今の動けない状態の俺にはどうしたって取引を受ける道しかないのだろうが。

それでも何も考えずに簡単に受けるわけにはいかない。

気になるところは徹底的に突っついておくべきだ。


「そろそろ返事を聞きたいんだが」


「ちょっと待て。一つ、聞きたいことがある」


俺は男の言葉を遮るために声の音量を上げた。


「何だ?」


「最後に俺にあの指輪を、モンスターリングとやらを向けたのはお前か?」


「そうだ。ま、リングが破壊されたりして惨憺たる結果に終わったがな。さすがは伝説の魔物だ」


なるほど、ね。

確信はしていたが、念の為と思って聞いたんだが。


「あんな仕打ちをしたお前に俺が従うとでも?」


「いいや。思わないな」


「何だと?」


「だからこそのこの取引だ。私は貴様の力を借りる。その対価として貴様は魔物としての安全を得る。お互いの利益がはっきりしていて、これ以上ないほどに平等な取引だ」


「っ! 俺を捕まえようとしたくせに何が平等だ! もし俺が断れば今、俺が動けないのをいいことに脅迫やら拷問なんざして、どのみち受けさせるつもりのくせに!!」


気付いた時には、もう声に出してしまっていた。

あまりの勝手な理屈につい本音が漏れてしまった。


「やれやれ」


何を思ったのか、男は肩をすくめて、溜息をついた。


「まあ、その非難は甘んじて受けよう。しかし、これは完全に純粋な取引だ。もし嫌なら、断ってくれても一向に構わない。その場合、私はここから去る。怪我も既に処置も終えているから後、二日もしたら動けるようになるだろう。数日分の食糧も置いていくし、この辺りは魔力泉に近いから安全だ。安心するといい」


何の気もなしの男の返答に俺は困惑した。

分からない。

こいつの考えが全然わからない。

何でそこまでする。

断っていいなんて本気で言っているのか。


「お前、手段を選んでられないんじゃないのか? それに何で俺にそこまで」


「私の事などどうでもいい。貴様のことを詮索しないでやるんだから貴様も私に対して余計な詮索はするな」


男は鋭い声で言う。


「それに私は手段を選ばないなど言ったおぼえはないし、第一、無理矢理貴様に言うことを聞かせたところで裏切られるのは目に見えている。リングが効くのなら話は別だが、そんな無駄なリスクを背負うつもりはない」


俺を真っ直ぐに見据えて言い放つ男の目に嘘は見えなかった。

恐らく俺が断れば本気でここから何もせず去るのだろう。

合理的なのか、そうでないのかよく分からない奴だ。

本当に、よく分からない奴だ。

だが──。


「言っとくけど、俺はお前のことを全面的には信用しねえぞ」


「構わん。取引さえしっかりやってくれれば何も言うことはない」


「今の俺は弱いけど、レベルが上がって強くなったら裏切るかもしれねえぞ?」


「確かに今の貴様のままでは弱いから、どのみちレベルは上げてもらうつもりだが、その時は仕方がないな。代わりに貴様にそれ相応の報いを与えることになるが」


悪くはないか。

確かに奴等から身を守れるってのは価値がある。

それにこいつ自身はあまり信用できないが、こいつの合理的っぽいところはまだ信用できるかもしれない。

取り敢えず大体の筋は通っているし。

でも何か言いくるめられた感があるのが、気に入らないが。

とにかく、俺は俺の目的ために、強くなるためにこの取引を利用する。

それさえ忘れなければ、何も問題はない。


「受けてやる」


「ん?」


「受けてやるって言ったんだよ!」


途端、男が爽やかな笑みを浮かべた。


「それはよかった。こっちも断られると、目的のために最終手段に手を出さざるおえなくなるところだったからな。助かったよ」


何か本当によくわかんない奴だな。


「じゃあ、改めて」


男は居住まいを正す。


「私は貴様の力を借りる。貴様は私による安全を得る。対価は平等。受けるか?」


そう言って蒼髪イケメンは手を差し出した。


「仰々しいな。ここの取引はそういう作法なのか?」


「いいや、別に。作法なんかない。ただはっきりとさせておきたいだけだ」


「ふーん。俺は魔物らしいが、握手していいのか?」


「そんなことを気にするぐらいなら、最初から取引など持ちかけん」


「そりゃそうだ」


差し出された手を握る。


「じゃ、よろしく頼む」


「よし。取引成立だ」


仰々しいそれはあっさりと終わった。


「そういや名前聞いてなかったな。何て言うんだ?」


途端に男は黙り込んだ。

先程まで晴々としていた顔も、曇ってしまっている。


「何で黙るんだよ? てか普通に不便だろ。名前知らないと」


「アルベルト」


「は?」


「名前。アルベルトだ」


「おお、そうか。アルベルトね。ふーん」


姿がファンタジーなら名前もファンタジーだな。


「もういいだろう。時間は有限なんだ。貴様に具体的に何をしてもらうかを言うから、よく聞け。阿呆」


「って、待てコラ! まだ続いてるのかその名前!?」


「何だ、不満なのか」


「当たり前だ!」


「仕方ないな。ならアホでどうだ」


「言い方ちょっと変えただけじゃねえか!? てか、俺には神崎直人って言う名前がちゃんとあんだよ!」


「知っている。人間族の神崎直人という種なんだろう? ならちゃんと固有の名前をつけねば」


「違うわ!」


先が思いやられそうだった。










直人とアルベルトが口論している頃。


モンスターギルド、ギルタ支部。


その業務室で一人の老人、ギルドマスターが大量の書類に埋まって、嘆いていた。

そのすぐ横のソファーには孫娘のエカテリーナが寝転がって、それを眺めている。


「ハァ……。なぜわしがこんな」


「おじいちゃん、がんばれー」


暢気な声援を送ってくる孫娘にギルドマスターは拳骨を落とした。


「痛っ! 何するのよ、おじいちゃん」


「やかましい! おぬしがむちゃくちゃするから、わしは報告書の他に大量の始末書を書かねばならんくなったんじゃろうが! ただでさえ報告書も山積みだというのに」


「んふふ~、にしてもあの人間くん凄かったなー♪ まさか逃がしちゃうとは。ますます欲しくなっちゃったなー」


「へらへら笑ってないで反省せんか!」


再び拳骨。


「痛っ! ひどいな、おじいちゃん」


「ひどいのはおぬしの方じゃ! 森の木々をなぎ倒した上に森を両断する谷を作るとは何じゃ! 挙げ句の果てに森の半分が全焼って本当に何なんじゃ! どれだけ地形変えたら気が済むんじゃ!」


「おじいちゃん、ちょっと落ち着いてよー。他の人だって暴れてたよ。それに最初に森を燃やしたのはあたしじゃなくて人間くんだよ」


「地形を変えるほど暴れたのはおぬしだけじゃ! それに結局、おぬしの魔物が最後に放ったあの一撃(シャドウ・レイ)の余波で本来ならまだマシじゃったのに全焼という結果なったんじゃろうが!」


「あれ~、そだっけ?」


「そうじゃ! てか目を逸らすな!」


頭の上にヤカンを置いたらすぐにでも沸騰しそうなぐらい顔を真っ赤にして怒鳴るギルドマスター。

対する孫娘のエカテリーナはそんな祖父の態度にぶすっとした顔をしている。


「大体、おじいちゃんが捕まえられるなら戦ってもいいみたいなこと言ったからだよ」


「加減というもんがあるじゃろうが、馬鹿もん! それ以前に人のせいにするんじゃない!」


「おじいちゃん、キライ」


「子供か、おぬしは!」


とうとうエカテリーナは不貞腐れて、ソファにうつ向けに寝転がってしまった。

その様子を見て、ギルドマスターは深いため息をついた。


「まったく。いつまで経っても成長せんのう、おぬしは」


何も反応を返さない孫娘を見て、ギルドマスターはまたため息をついた。

そして一旦、ペンを置くと近くにあったギルタの森の被害報告がまとめられた書類を手に取り、改めて見た。


「しかし、本当にひどいのう」


──魔王ルシファーによって作られた谷で森は二つに分断。

その片方は人間との戦闘により、木々は全焼。

もはや森とは言える状態でなくなっていた。

もう片方は被害がほとんどなく、森の状態をしっかり保っていた。

結果的に森は半分になった形である。

こんな惨状で魔物の生態系に害が及ばないわけがない。

最悪、絶滅する可能性もある。

駆け出しの魔物使いたちを訓練する貴重な場所を失うわけにはいかない。

至急、何らかの対策を打つ必要がある──。


要約すると、書類にはこんな事が書かれていた。


「対策のう。やはりあのSランカーの『全樹の(オール)庭師(ガーデナー)』に頼むしかないのう」


「ええっ!? あのおばさん呼ぶの!?」


エカテリーナがギルドマスターの声に跳ね起きる。


「嫌だよ! あのおばさんいっつも私のこと目の仇にするだもん!」


「それはおぬしがいつも出会うたびに何かしらの自然破壊をしてるからじゃろう?」


「あのおばさんの『魔王』は私のルシファーとはちょっと相性悪いしなー」


「聞いておらんな……」


「よし! ルシファー!」


エカテリーナの掲げた手に嵌められた指輪が輝き、光が放たれる。

放たれた光はやがて形を取り、魔王ルシファーへと変貌を遂げた。


エカテリーナはすぐさまルシファーにしがみつく。


「というわけでおじいちゃん。おばさんに会いたくないから、あたし行くね」


瞬時、ルシファーの足元に魔方陣が展開される。


「あっ、こら……!」


「またねー!」


孫娘は手を振りながら、ルシファーと共にこの場から消失した。


「ハァ……。まったく、あの孫娘は」


ギルドマスターは今日何回目かになる深いため息をつきながら、椅子の背にもたれた。

そして何を思ったのか、宙を見つめて、思考に耽る。


「『全樹の(オール)庭師(ガーデナー)』は連絡さえつけば、あの自然愛好家のことじゃ。話を聞けばすぐにでも飛んで来るじゃろ。問題は……」


大量の書類の中から一枚を抜き取る。

それは今回の魔物、人間に関することがまとめられた報告書だった。


「魔力泉に浸かり、あまつさえ魔力珠に触れて、転移する……。まさしく人間と魔力泉の関係の証明じゃな。学者どもが騒ぎ出すのう」


これから起こるであろう波乱にギルドマスターはまたまたため息をつかざるおえなかった。




次の更新はいつだろうか……。

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