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神様からの贈り物  作者: 雷稀
残酷な贈り物
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神様からの贈り物

私は生まれたときから目が見えなかった。

だから空が何色なのかも、どんな形なのかも分からない。


一度でいいから、「色」というものを知りたかった。せめて死ぬまでに、一度だけ世界を見てみたい。

毎年、初詣と七夕のお願い事は、決まって「死ぬまでに一度、目が見えるようにしてください」だった。

きっと一度でも色を知る事が出来たのなら、どんなに楽しいだろうと、想像は広がるばかりだ。



私は光を知らない。

明かりがあってもなくても、私にとっては同じなのだ。

例え自分の一歩先が、常人は歩むのを躊躇うほどの、吸い込まれそうなほどに暗い闇に包まれていようとも、私は平気で歩いていける。



きみに出会うまで、私は心さえも闇に包まれていた。


両親に虐待を受け、愛情と言うものを知らずに育った。

家では母親のヒステリーを、父親の暴力を、そして妹の嘲笑を、その小さな体に全て受け止めていた。



きみと居る時は心が温かくて、光の無い私の世界に色が飛び込んでくる様だった。


幼い頃は自分の不幸を泣いた事もあった。

何故私の目は見えないのかと。

私が泣くたびにきみがこう言った。

「きみの目は、この世の醜いものを映さない様に見えなくなっているんだよ。だから、きみの目はとても綺麗なんだ」

そして優しく頭をなでてくれた。


目の見えない私の手を引いて、色々なところに連れて行ってくれた。

幼い頃は、近くの公園に。大人になったら、遠くの海に。

一緒に成長した私たちは、二人の思い出をたくさん作っていった。


いつだったか、私は死にかけた事がある。

階段を踏み外し、一時は心肺停止だったそうだ。

長い眠りから覚めた後の、気だるく朦朧とした意識の中で、きみの声が聞こえた。

学校であった他愛ない出来事の話を、私は耳を澄まして聞いていた。

クラスメイトが言ったくだらないギャグの話で思わず笑ってしまい、きみがびっくりしていたのを覚えている。

でもその後で、泣きながら喜んでくれたのもきみだった。


私の世界は、きみが全てだった。

いつも私の世界にはきみが居て、きみが中心で私の世界が動いていた。

恋とか友情などという言葉では表せない、不思議な関係の私たち。

私はきみが大好きだった。

だから、きみも私の事が好きだと思っていた。



私は18歳になった。

中学も高校もきみと一緒だったから、何も怖くなかった。

大学もきみと一緒。だから、やっぱり何も怖くない。


「屋上に行かない?」

卒業式が終わり、教室を出ようとすると、きみが呼びとめた。

「いいよ」

友人に挨拶を済ませ、きみと一緒に屋上を目指す。

いつもそうしてくれるように、今日も腕を支えてくれる。

目が見えない人にとって、何か掴めるものがあるのはとても心強いのだ。

きみはいつだってそれを解っていて、当たり前のようにそうしてくれた。


屋上に着くと、三月とは思えない暖かい風が頬を撫でていく。

「あったかいなぁー。今年は桜が咲くの、早いかもよ」

添えている腕の振動で、きみが伸びをしたのが分かる。

「桜かぁー。また土手のところの桜並木、連れてってね」

土手がどんなところなのかも、桜がどんな花なのかも分からない。

ただ、桜並木と言うところの、春を感じさせる甘い香りは大好きだった。



突然腹部に激痛を感じ、体から生暖かいぬるぬるとしたものが出てくる。

それは生臭く、鉄のにおいがした。

普段は閉じている目をあけてみると、目の前にはきみの顔がある。

見た事はないけど、絶対にそうだと確信した。

突然飛び込んできた世界に、私は思わず目が眩んだ。


どこまでも広がる水。これが海なのだと思った。

その上にある、広い広い空間。これが空なのだと思った。

空にある、見ると目が痛くなるもの。これが太陽なのだと思った。

無数に浮かぶ、ふわふわとしたなにか。これが雲なのだと思った。


目の前には、私の腹に刺さるナイフを握り、微笑むきみがいた。

ああ、こんな顔をしていたんだ。


「ごめんね。もう、疲れたんだ。邪魔なんだよ。いつもいつも僕に付きまとってさ」


そう言って笑った君の顔は、おかしそうに、残酷に笑っていた。

その顔はきっと、「醜く」歪んでいたというのだろう。


いつかきみが言った。

この世の醜いものを映さない様に、私の目は見えないのだと。

今まで私は、醜いものが何なのか解らなかった。

だから、どうせなら映さないまま、知らないままに死にたかった。

綺麗な世界だと信じて死ねるなら、私はどれだけ幸せだっただろう。

神様の気まぐれなのか、悪魔のいたずらなのか。

私は今、目が見えるようになったのだ。


遠のいていく意識の中で、きみの高らかな笑い声を聞いた気がした。



もう少し早く目が見えるようになっていたら、私は死ななかったかもしれない。

でも、死ぬ直前だからこそ見えるようになったのだと私は思う。

きっとそれは、目の見えない私にくれた、神様からの残酷なプレゼントだったんだ。

読んでくださり、ありがとうございます。


後書きは短編の方と同じ内容になっております。次回からは断りませんので、ご了承ください。



今回は、描写こそ残酷なものの、「ダーク」と言うほどのダークでも無い感じです。

温かいけど残酷な…灰色というところでしょうか?


名前を出さない「私」と「きみ」だけを使って書くのは大変でしたが、「私」目線で頑張りました。

いつもとは書き方を変え、一作目と同じ、ちょっとしたチャレンジです。

色々な作風が書けるように、地味に一歩ずつ頑張って行きます。

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