直球令嬢
レティシアは、何でもすぐに聞きたがる子だった。
「どうしてお父様はあまりおうちにいないの?」
そして聞かれた者は、否応なく答えてしまう。どんなに秘密にしておきたいことでも、ついぽろっと。
「それは……別の家族がいるから、そっちに行っているんだ……」
父の顔は少々青い。しまったという顔だ。
でも一度口を突いて出た言葉は止まらない。
「私とお母さまより、そっちの家族が大事?」
「……そうだ。愛人と庶子のほうが、本妻と嫡子よりも大事だ」
父はやけくそになり、すべてを白状してしまった。幼い子供に聞かせる話ではなかった。レティシアは、母アリアナに泣きながら告げた。アリアナは、烈火のごとく怒り、レティシアの両親と伯爵家の前当主である祖父母が揃って話し合うこととなった。
話し合いの結果、レティシアとアリアナは、アリアナの実家ベルジュ侯爵家に戻ることになった。
父は、愛人を家に入れることを許されず、伯爵家本邸を出て行った。こうしてレティシアの家庭は崩壊した。
それでもレティシアは、母や母方の祖父母、伯父一家の皆に愛され、健やかに育った。父が家にいないのは元からだから、今さらいなくてもどうということもない。それよりも母が機嫌よく、祖父母にかわいがられ、伯父一家とも仲良く過ごせて、今のほうが幸せだ。
「レティシア、お前に素敵な婚約者ができたよ」
レティシアが王立学園に入学する少し前、祖父からそう告げられた。
祖父の友人から同い年の孫息子との婚約を持ち掛けられ、入学前に顔合わせをすることになった。相手は伯爵家の次男で、セドリック・オルデンという。
セドリックはいかにも貴族の子息といういでたちで現れた。銀色の髪はさらさらとして、よく手入れがされている。肌つやも良く、背丈も標準以上だ。少し線が細いが、文句なく美少年である。
対するレティシアも金髪で青い瞳、まずまずの美少女である。二人そろうと絵のように美しい。オルデン家の両親と、レティシアの母と祖父も一緒に皆でお茶を飲み、話も弾んでいた。そこでレティシアがセドリックに問うた。
「セドリック様は、どうして私と婚約しようと思ったのですか?」
セドリックは、思わず本音でしゃべってしまった。
「私は、あまり気が進まなかったけど、おじいさまがカーティス伯爵家の後継ぎはレティシア様だし、ベルジュ侯爵家とも仲良くしていたほうがいいと言ったから。会ってみて気に入らなかったら、婚約解消すればいいって言ったんだ」
オルデン家の両親は慌ててセドリックの口をふさごうとする。でも放たれてしまった言葉は元に戻らない。レティシアの祖父は、顔を真っ赤にして怒り、友人だと思っていたのにと憤慨していた。レティシアの母も、諦めたような顔で
「今回のお話はなかったことにいたしましょう」
と告げていた。こうしてレティシアの婚約は水に流れたのである。ここまできて、レティシアの家族もなにかおかしいと思い始めた。家族で試してみた結果、レティシアに質問されると、なぜだか本当のことを話してしまう。
「レティシア、何か聞きたいことがあったら、聞いてみなさい」
「お母さま、お父様と別れて後悔していない?」
「ちっとも。あんな不誠実な男と別れて、せいせいしたわ。それにしてもお父様の人を見る目は信用できないわね。あの男といい、今回のセドリック・オルデンといい……」
余計な本音まで言ってしまう。
「おじいさま、お友達とけんかになってしまって、困らない?」
「大丈夫だよ。友達だと思っていたのは、私の方だけだったようだ。残念だよ。あちらは、我が家とのつながりで得られる利益だけが目的だったようだな。確かに私には、アリアナの言うとおり人を見る目がなさそうだ……」
レティシアの祖父は、裏表のない人のようで、聞かれたことにも本音が出ている。
「伯父様は、私のような変な子がいて、ご迷惑じゃない?」
「迷惑じゃないよ。ちょっとばかり、変わったところがあるけれど、かわいい姪だよ。アリアナはもう少しおしとやかだといいと思うけど、昔から跳ね返りだからしょうがないね。それよりは、ずっといい子だよ」
「お兄様、ひどい!」
アリアナは文句を言っている。
基本的にレティシアに悪意を持つ人がいないので、あまり実証実験にはならなかったが、それでもレティシアは嬉しかった。本音を漏らす質問への答えは、皆優しいものだったから。
セドリックとは、破談になってしまったが、学園ではあまり関わりのないクラスだった。おかげで入学後も楽しく過ごせていた。レティシアは友達ができて嬉しかったが、会話には用心している。相手の本音が出てきそうな質問はしないようにしたのだ。相手が自分のことをどう思っているとか、他の人をどう思っているとか、人間関係に関することは質問しないよう気を付けている。知りたくもない本音は聞かないのが一番だ。
それでもたまには、失敗もする。
「仲良くしましょう」
と言ってきたクラスメイトに
「今度のお茶会は、参加しますか?」
と聞いただけなのに、帰ってきた答えは予想もしなかったものだった。
「嫌だけど、参加するわ。ベルジュ侯爵家とは、よい関係を保つよう言われているし、新しいドレスを自慢したいもの」
そう言ってから失言に気づいた。
「な、何を言っているのかしら、私。失礼しますわ!」
その令嬢は、顔を真っ赤にして慌てて逃げて行った。何の気もない質問でも相手によっては、予想外の答えが返ってくる。レティシアはだんだん無口になっていった。
卒業間際になって大事な友人に困ったことが起きた。レティシアと仲の良いセシリー・レーヴ嬢の婚約者が他の令嬢にうつつを抜かしているらしい。その婚約者は、ガウェイン・グランという。セシリーの家とは家格も同じくらいで、領地も近いからという理由で婚約に至ったそうだ。
ある日の昼休み、中庭でガウェインがセシリーに婚約破棄を告げていた。
「セシリー・レーヴ! お前とは婚約を破棄する! 私はこのアラベラ・ケンドリック嬢と婚約する!」
ガウェインは隣の令嬢の腰に手を回し、人目もはばからず抱き合っていた。突然こんな公衆の面前で婚約破棄を告げられたセシリーは、動揺していた。友人の危機にレティシアは、黙っていられなかった。
「ガウェイン・グラン様、なぜセシリーとの婚約を破棄するのですか! それにこんな公衆の面前で宣言せず、両家の話し合いの場で話し合うべきでしょう!」
「うっ……、それは……家族からはアラベラとの交際を止められているから、セシリーとの婚約破棄をここで強行して、アラベラと婚約させてもらおうと思ったんだ。セシリーより、アラベラの方が巨乳だし……」
まさか婚約破棄の理由が巨乳のせいだとは誰も思わなかった。馬鹿らしい理由にこの茶番を見せられていた生徒たちは失笑した。
セシリーもスンとした表情で、元婚約者をあきれた目で見ている。
「ガウェイン様、婚約破棄のお申し出、家に帰って家族に伝えます。おそらく了承されるでしょう。私もあなた様との婚約がなくなり、嬉しく思います。
それでは」
セシリーとレティシアは連れ立って、中庭を離れた。
「セシリー、大丈夫? 今日はもうお帰りになった方がよくない?」
「平気よ。かばってくれて、ありがとう。一人であの二人に対峙するのは、
嫌だったわ。あなたがいてくれてよかった」
その後、両家の話し合いにより、セシリーとガウェインの婚約は解消された。アラベラとの婚約がどうなったかは、知らないし、興味もないそうだ。
セシリーの婚約解消後、レティシアに関して妙な噂が広まった。
『レティシア・カーティスは、自白の魔法をかけている』
というものだ。どこから出てきた噂か。もしかしたらセドリック・オルデンからかもしれない。ガウェイン・グランの可能性もある。彼が自分の失言を不審に思って言ったのかもしれない。どちらにしろ、セシリー以外の人間はレティシアを敬遠するようになった。
あまりに噂がひどいため、学園長自ら聞き取りを行うことになった。
学園長の聞き取りに応じたレティシアは、
「私は、自白の魔法なんてかけていません。そもそもそんな魔法は使えませんから。ただ相手の方がなぜか本当のことを話してしまうのです」
学園長は、この国では珍しく魔法やそれに関連する物事に詳しい。
知り合いに魔術師がいて、学園にも来てもらった。その魔術師曰く
「魔術の残滓はありません。おそらくこれはギフトによるものだと思います。
お嬢さん、私に何か質問をしてみてください」
「あなたは、私が魔法を使ったと思っていましたか?」
「魔術はそう簡単に使えるものではありません。訓練をしてやっと使えるものです。だからきっと質の悪いうわさに振り回されているのだと思っていました」
「ではこれは、ギフトというものだと考えてよいのですか?」
「そうです。今も私は不思議な感覚で話をしています。自分の意志とは無関係に本当のことを話しています。それほど強力ではないので、絶対に隠しておきたいことなどは、聞き出せないかもしれません。すみません、これ以上は私にもわかりません」
魔術師の鑑定により、自白の魔法をかけていないことが確認された。この国では、ギフトのことはほとんど知られていない。他所の国には、ギフトという特殊な能力を持って生まれる人がいるという。
レティシアのギフトは、レティシアが発した質問に相手は本音を話してしまうというものらしい。魔術師の言うとおり、それほど強力なものではなく、思っていることをついぽろりとしゃべってしまうという程度のものだ。それでもレティシアは遠巻きにされている。おそらくこのままでは、新たな婚約者も見つからないだろう。現在婚約の打診はまったくない。
レティシアは、自分の将来を真剣に考えた。おそらくこのギフトを嫌がられて、婚約は無理だろう。実際、貴族としての社交がうまくできるとは思えない。いつまでも伯父の家に世話になるわけにもいかない。今までだって、出戻りの母とともに世話になっているのだ。実家のカーティス家には戻りたくない。あの家に帰れば、いつかは父と顔を合わすこともあるかもしれない。それだけは嫌だった。後継ぎは分家から養子でももらえばよいだろう。
いろいろと考えた挙句、卒業後は修道院に行くことを決心した。貴族女性が働けるのは、家庭教師や侍女といったものが多い。どれも貴族社会と深くかかわりがある。貴族たちから敬遠されているレティシアを雇ってくれる家はなさそうだ。それなら修道院で奉仕活動をした方がよい気がする。
家族は止めた。
「レティシア、世間の噂など気にしなくていい。レティシアに合った家に嫁げばいいんだから。万が一嫁ぎ先が見つからなくても、お前ひとりぐらい養えないような家ではない。修道院になんか、行かなくてよい」
伯父はそう言ってくれるが、レティシアの決心は固い。
「伯父様、本当に私のような者を迎えてくれる家があるとお思いですか?
皆が隠している秘密を暴いてしまうような女は、誰ももらってはくれないでしょう」
「そ、そういう家はないかもしれない。でも嫁ぎ先がないからといって無理に修道院に行かなくても……」
「私は、ここで伯父様たちのお世話になって生きてゆくより、自分が誰かの役に立ちたいのです。平民の子供たちに勉強を教えたり、看護施設でお手伝いをしたり、孤児院で子供たちの世話をしたり、そういう活動をしている修道院に行きたいと思っています」
レティシアの固い決心に家族も折れた。比較的ゆるやかな規律で、社会奉仕を行っている修道院に行くことに決まった。母も祖父母、伯父たちも別れの際には泣いていた。
「辛いことがあったらすぐに帰ってきていいんですよ。我慢しないで戻って来なさい」
「いつだってレティシアは帰ってきていいからね。遠慮しないで修道院でやっていけないと思ったら、戻っておいで」
皆戻ってくることを半ば期待していた。レティシアは家族に愛されている喜びをかみしめた。それでも甘えてはいけない。これから新しい道に進むのだと自分を励まし、修道院に向かう馬車に乗り込んだ。
家族の心配をよそに、レティシアはすぐに修道女の生活になじんだ。修道院の農園での農作業も若いせいか、苦にならなかったし、クッキーやジャムなどを作るのは楽しかった。子供たちの教育や世話も大変ではあるが、やりがいを感じる。
レティシアは、その修道院で生涯を過ごし、近隣の信者たちに感謝されながら亡くなった。
* * *
それから数百年後、レティシアは転生した。本人には自覚もなく、前世の記憶も戻っていない。女性の社会進出が当然のようになり、仕事を持つ女性も格段に増えた。そんな社会で、レティシアは今日も職務に邁進する。今日は、失言を釈明する大臣の記者会見場に出席し、質問する。
「大臣、昨日の発言の意図は?」
「あれは……ついね、自分が予算に影響力があるって、支持者に知らしめたかったんだ。今後の支持につながるしね……多少権力乱用したかもしれないけど、皆やってるし……」
周りの記者たちも次々に質問する。記者会見場は、質問の嵐に見舞われた。
今世のレティシアは女性記者として働いている。彼女が質問すると、された方はなぜかぽろりと本音を漏らしてしまうのだ。他の記者たちの質問の呼び水にもなっている。最近では、『インタビューの女神』なんてあだ名も付いてしまった。
先日は、人気女優とのインタビューで、思わぬエピソードを引き出し、好評を得た。やっと能力を生かした仕事につけた彼女は、これは天職ではないかと日々感謝している。




