シオリ1
シオリと名乗る少女はいつのまにかそこにいた。
それは我々が生まれる遥か昔からそうであったことなのか、それとも自分たちが気がつかぬうちに聖域に入り込んだのか。
高位の神官たちが総出でも指先程も歪ませることのできない完璧な神の空間。そこにあろうことか住居スペースをつくって眠り込んでいたのだ、かの少女は。
どちらにしてもその力は人間のもてるようなものではなかった。
彼女はララ神の愛子か。
それが、ゾーラたち神官の考えるところだった。
ただ、そこに少女がいることがわかったあとも、長らく彼女が目を覚ますことはなかった。
しかし実はこれまでにシオリは三度、世界に目を向けたことがある。
一度はこの部屋で。誰もいないこの部屋に一人。
シオリはだから、また眠ることにした。それは簡単な現実逃避だったのだけれど。眠って起きたら元の世界、というシチュエーションを半ば本気に期待していた。
二度目は壁の向こうがなにやら騒がしく、大勢の人間がこちらを見ていたと気付いたとき。
なぜだかそのときは『向こう』からこっちの姿が見えていたらしい。
急に恥ずかしくなってシャッターを閉めるように壁を急激に白濁させて身を隠した。
しかしこのときシオリの存在は大多数の神官の目にさらされ、彼女が何者であるのかという憶測が飛び交った。
神官たちの何人かは不思議な少女と接触しようと話しかけてみたが、彼女のこたえはなかった。
ただ、そのなかの一人だけ、彼女に名を問うた神官だけが小さな少女のいらえを聞いた。
しかしシオリ自身に関しては、眠っても変わらぬ現実が身に迫り、焦り、嘆いてこれまた再び現実逃避と眠りについてしまった。
三度目。
ぼんやりとした記憶のなかで、シオリは自分の名を呼ぶ声に目を覚ます。
ひそやかなその呼ばいは耳に心地よく、少女も壁を通してまるで恋人にささやくように、唇を開いた。
しかし月光が堕ちるとともに壁の中の少女は声を失い、深く眠りについてしまった。
「ねえ、神官ゾーラ」
「無理に名前の前に役職をつけなくても良いのですよ」
今、わたしは神官ゾーラに彼のマントで体をぐるぐる巻きにされ、芋虫のようになったのをごそごそからだをひねって両手をだしたところでその手を引かれ、裸足でぺたぺたとツルツルによく磨かれた広い廊下を歩いていた。
ううん、視線が痛い。人々の視線が痛いよ神官ゾーラ。
そりゃあ周りを見渡すに、マントをするのが正装らしいここで、マントのない神官ゾーラと裸にマントを巻き付けただけのわたし。怪しいことこのうえない。このうえない!!
お前ら何してたってきかれないのがなんだか不思議よ!
「ねえ、神官ゾーラ」
「・・・はい、なんでしょう」
「怒ってる?」
「・・・・・・・・・」
お、怒ってるよこの人!
沈黙はときに立派な肯定なり。
やっぱり、あの不思議な部屋に勝手に疑似胎内懐還したのが悪かったっぽい・・・。
「ごめんね?」
ね?
コテン。
可愛らしく小首をかしげてみる。
盛大な盛大なため息が降りそそいだ。