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2.上着(出会い)
アンジュに初めて会った日のことを、私は鮮明に覚えている。
ローウェル邸の玄関でコートを脱いだとき。
ふっくらと白い手が
優しく
しなるように
私の上着に触れた。
「お預かりします」
穏やかな声だった。
その瞬間、奇妙な思考が浮かんだ。
この上着が羨ましい。
生まれ変わるなら、この上着になりたい。
私は自分の精神状態を疑った。
顔を上げる。
彼女がいた。
金のライ麦畑のような豊かな髪。
少し潤んだ藍色の瞳。
整った顔立ち。
だが、驚いたのはそこではない。
表情だった。
穏やかで、やわらかく、
まるで人の心を包み込むような微笑み。
「こんにちは」
その声が、頬をなでる。
その瞬間。
私は悟った。
──ああ、終わった。
胸が潰れそうなほど鼓動が速い。
死ぬときは、こういう感覚なのかもしれない。
私は冷静な人間だ。
そう思っていた。
だが、その日、初めて理解した。
理性というものは、
意外と簡単に壊れる
自分でも意味が分からなかった。
だが後から理解した。
あれは恋だった




