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シュレス町は深い森に埋もれるような場所にあった。
面積は広いが、人口は少ない。王都とは全く違う長閑さだ。
煙突がある一軒家がまばらに並んでおり、それぞれの庭にはヤギや羊、そして鶏が飼われていた。
物資が運ばれてくる馬車以外が珍しいのか、町の人々は家の外に出て馬車を物珍しそうに見ている。
町の中心地には子供たちが集まる広場があった。賑わいが全くないが、その静けさがこの町の良さだ。
そして、これから向かう場所は、かつて王宮騎士団で働いていた老人の家だ。この町の出身で、引退後はここに戻ってきたらしい。
この町には宿屋はない。どこで寝泊まりをするかが問題になり、引退した元騎士の情報を手に入れた。元騎士なら極秘情報の扱いに慣れているはずだ。王子が突然訪問したとしても、なんとか対応してくれるだろう。
時間がなく、連絡はできていない。ましてや、生きているのかもわからない。
だが、今回の件はそれほど急ぎだということだ。
イーヴィアの書の優先順位はそれほど圧倒的である。この書物のためなら、世界の裏側まで飛んでみせる。それぐらい重要なものだ。
町の中心地から離れた場所で馬車が止まった。
御者の「着きました」という声に合わせて、俺は馬車の扉を開けた。本来はベティとベラのどちらかが開けるはずだが、今回は秘密裏にこの町に来ている。従者が扉を開けているところなど見られて、偉い人が町にやってきたという噂を立てられては困る。
馬車を降りると、目の前にあったのは人が住んでいるのか怪しいほど廃れた小さな家だった。白いペンキで塗られた家の壁はひどく剥げており、黄色かったと思われる屋根も随分と薄れている。
俺に続いて降りてきたリラが家を見て「わぉ」と声を出す。
この家だけシュレス町の外れにある。周囲には草木だけ。この静寂に包まれた自然にこの家は溶け込んでおり、穏やかな空間が流れているように思えた。
「ギル様、本当にここで寝れますか?」
リラは俺の隣に立って、そう言った。
彼女は、絢爛豪華な王宮の暮らしに慣れている俺に対して「大丈夫?」と言いたいのだろう。
「俺はどこでだって寝れる」
「……まずは、元騎士のフレッド・ミラーがここにいるか確認しましょう。様子を見てきます」
ベティがそう言って、家の方へと警戒しながら歩いて行った。ベティのすぐ後ろにベラもついていく。
ここは一旦彼女たちに任せておこう。
「案外この家にあったりして、イーヴィアの書」
「そんなことがあってたまるか」
リラの言葉にすかさず俺はつっこんだ。
「てか、ギル様。イーヴィアの書、見つけたらどうするんですか?」
「……厳重に管理する」
「子供ながらにかっこいいこと言いますね~」
この魔女はこんなことを言いながらも、別に俺のことを子ども扱いしているわけではない。
「厳重に管理して、この国が滅びないようにする」
俺の言葉にリラは少し固まったが、すぐにフフッと口角を上げた。
「もしかして『あの予言』信じてるんですか?」
「俺が生きている間に予言通りにならないことを願うだけだな。……そういうお前はどうなんだ? 信じているのか?」
「信じているわけないじゃないですか~」
リラはまた嘲るように笑う。
彼女はいつだって予言を馬鹿にするような態度を取る。出会った時からそうだった。「予言なんてデタラメですよ」や「『あの予言』に振り回されて生きるなんて嫌です」と、いつも言っていた。
だが、俺は知っている。リラは誰よりも『あの予言』を信じていることを。
そうでないと、古代文字で記された書物を解読して、必死にイーヴィアの情報を集めたり、イーヴィアの書を求めてこんな辺鄙な場所までついて来るはずがない。
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