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イーヴィアの書がシュレス町にあるというリラの言葉を聞いて、俺とリラはすぐに王都を発った。
シュレス町まで長旅だ。馬車で数日はかかる。本来ならシュレス町に連絡を入れなければならなかったが、そんな暇はなかった。
いきなり王族が訪問なんてしたら、シュレス町は大混乱になるだろう。
誰にもバレずに、お忍びで行くことになった。俺とリラ、そして従者を二人。十五歳のベティとベラ、双子だ。二人とも女だが、その身体能力と剣術は人並み外れている。王宮騎士団にもスカウトされたが断って、俺の専属従者となった。
彼女たちの独特な雰囲気にあまり誰も近寄りたがらない。
双子は身長は全く同じ、顔もそっくり、声までも似ていて、どっちがどっちか見分けがつかない。みんな彼女たちを髪型とほくろの位置で判断している。
ベティは双子の姉の方で、右目の下にほくろがある。肩まで届かない黒髪に眉にかかる重い前髪。
ベラの方は、顔にほくろはなく、胸元まである黒髪を後頭部で一つに括っている。重い前髪はベティと一緒だ。
そして、俺たちは残り数時間でシュレス町に到着する予定だ。
馬車はもちろん王家の者だとは分からないようにしているし、御者の服装も平凡なものにしている。双子は御者と反対側の馬車の後方に座り外で見張りをしている。
山々に囲まれた土道をゆるやかに進んでいく。この先に本当に町があるのかと疑ってしまうほど、辺りには何もない。見渡す限り緑だ。
……シュレス町、初めて訪れる場所だ。
「まるで王都から逃げるために用意された場所みたいだわ」
馬車の窓から外の様子を眺めると、リラは静かに口を開いた。
俺とリラは馬車の中で向かい合うように座っている。俺はリラへとゆっくりと視線を移す。彼女は続けて言葉を発した。
「ギル様はどこか遠くへ逃げ出したくなる瞬間ってないんですか?」
俺の全てを見透かすかのような目でリラはじっと俺の双眸を見つめた。
リラにそう言われてみて、初めてそんな考えが脳裏に過った。
どこか遠くへ逃げ出す、なんてことを今まで思ったことなどなかった。王子としてこの世に生まれた以上、俺の人生は立場に縛られて生きていくのだと物心ついた時から自覚していた。
「ギル様……?」
何も答えない俺にリラは俺の顔を覗き込む。
「逃げ出すって言ってもどこに?」
「それは~、シュレス町とか?」
「行ったこともないのに?」
「今から行って、めちゃくちゃ気に入るかもしれませんよ。もっといたい! って思ってちゃっかり長居することになったりして……」
「それはない。すぐに王都に戻る」
俺ははっきりとそう言った。
イーヴィアの書が無事に見つかるとは限らない。これまで数百年間も見つからなかったのだ。そう簡単に出てくるわけがない。
一週間シュレス町に滞在して、イーヴィアの書が見つからなかったら、すぐに城へと戻る。
「そんな~~、たまには身も心もゆっくりしましょうよ~~。休むこと大切ですよ」
「……王都が窮屈か?」
不服そうなリラに俺は少し間を置いてから静かにそう返した。
リラはさっきまでの柔らかな雰囲気を消して、「ええ、とても」と低い声を発した。




