3 十歳 ギルバート・イシス
ああ、今日もつまらない。
分かりきっている内容を朝っぱらから聞かされ続けて、退屈で仕方がない。これが毎日続く。
いい加減、頭も痛くなってくる。
教授の話を流し聞きしながら、俺は頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
「『あの予言』を人々は忘れてはならないのです。その運命は必ず訪れます。我々はその日がいつ来てもいいように備えなければなりません。国が滅ぼされる前に、大魔女の力を受け継ぐ者を見つけ出し、倒せばいい。……って殿下! 私の話を聞いていますか!?」
そんなに大声を出すな。
俺は顔を少し顰めながら「ちゃんと聞いている」と口を開く。
正直、「あの予言」など俺は信じていない。そんな遥か昔のことにいつまでも囚われているなんて馬鹿みたいだ。
この国は数百年も安寧だ。それなのに、未だに予言に縛られている。
本当にくだらない。
俺はイフリック国の第二王子として生まれた。
三個離れた兄――エディ・イシスがいる。二人兄弟だ。俺たちは王族の兄弟にしては随分と仲が良い。だいたいどこも王位継承権で揉めるがそれはない。俺は兄が継げばいいと思っているからだ。
ただ、兄は病弱だ。医者の見立てによると、心臓が弱いらしい。
あまり長い間、動いていられない。長時間運動すると、咳き込んで倒れてしまう。幼い頃に無理して剣の稽古をして、吐血したことだってある。それ以来、兄は基本的には城の中で引きこもっている。
俺と兄の容姿の特徴はどちらも母親似だ。
柔らかな絹のような金髪に澄んだ青い瞳。性格に反して、兄は父に似た鋭い顔立ちで、俺は母に似た柔らかな顔立ちだった。
国が誇るほどの気高き美貌を持つ母は下級貴族だったのにも関わらず、父に気に入られて王妃となったのだ。
母は誰にも馬鹿にされないようにと、過酷な王妃教育を受けて、毎日必死に勉強をした。素直さと真面目なのが取り柄だった。そのおかげで、母は国民に愛される輝かしい王妃となったのだ。
その努力は凄まじいものだっただろう。
苦労を知っているからこそ、母は使用人に対しても優しい。
父はいつも厳しい人だった。「誰よりも強くあれ、誰よりも賢くあれ」と教えられたおかげで、俺は幼くして学力も剣術も誰よりも抜きんでていた。
だから、教授の話など面白くない。
窓から入ってくる眩しい陽光に目を細めてあくびをしていると、いきなり部屋の扉がノックもなしに勢いよく開いた。
その衝撃に教授は両手を上に挙げておかしなポーズを取りながら驚いている。俺はよくある出来事だから、またか、と彼女の方を見た。俺を呼ぶ甲高い声が部屋に響く。
「ギル様!」
彼女の名はリラだ。
リラ・ウィッチ。歳は十六歳。背は随分と高い。180センチ以上ある。両耳には瞳と同じ色の赤い大きな宝石のついたピアスがある。
切れ長の目に洗練された顔立ち、そして盛大にカールされたクルクルブラウンショートヘア。
彼女が、王立魔法院で働く魔女だ。もちろん、そこにいるのはリラ一人だけ。彼女のために設立された院だ。
この国にたった一人しかいない魔女――リラ・ウィッチは特別待遇されている。とても優秀な魔女で、この国のために役立っている。
薬草を調合して、素晴らしい医薬品を沢山作ってくれている。
そんな彼女は何かある度に俺に絡んでくる。俺にこんな無礼な態度を取って許されているのはリラぐらいだ。
また今回もしょうもない内容だろう。
「今度はどうした?」
俺がそう聞くと、リラは目を輝かせて近寄って来る。彼女は俺にグッと顔を押し付けるように突き出して足を止めた。
……近いな。
「イーヴィアの書」
リラは少し間を置いて、そう口にした。
…………イーヴィアの書?
俺は彼女の言葉を頭の中で繰り返した。
イーヴィアって確か「あの予言」を残した大魔女の名だ。
「イーヴィアの書があるかもしれない!」
城中に響き渡るほど大きな声をリラは発した。
「……どこに?」
俺はそんなわけないだろ、と思わず眉をひそめた。
イーヴィアの書というのは、イーヴィアが生前書き記したと言われている魔法書のことだ。
そんな超貴重な書物は、王族が管理している特別な書庫にすらない。イーヴィアに関する本ですら機密情報扱いだ。
それなのに、彼女が書いた魔法書があったなど、にわかに信じがたい。
「この本から読み解くに……、イーヴィアがかつていた場所、えっと、名前は忘れちゃった。この国の最西端!」
リラはドンッと古びた大きな書物を机の上に置く。朽ちた分厚い表紙には魔女の紋章が彫られていた。花を象った繊細な紋章だ。
これはイーヴィアに関することが記された歴史書だ。解読が難しい古代文字で書かれている。
よくこれを読み解くことができたな……。
俺は素直にリラに感心した。
「なんて名前だっけなぁ……、シュ、シュガレット? いや違う、シュ、シュマレッス? なんか違うような……、シュゴリッチ! ……いや、そんな荘厳な名じゃない。もっと素朴な名だった気が……。ん~~っと……」
「シュレス町?」
頭を抱えてよく分からない言葉を呟いているリラに、俺はイフリック国の最西端の場所を口にした。
「そう! それだ! シュレス!!」
彼女はハッとしたように声を張り上げて、俺を指さす。
俺のことを指さしても不敬罪にならないのは家族以外でリラだけだろう。
「そこにイーヴィアの書があるかもしれない」
彼女は真剣な目を俺に向けて、確かな口調でそう言った。




