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あの予言は間違っていた  作者: 大木戸です


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2 六歳 エルリィ

「エルリィ!! 早く戻ってらっしゃい!! ご飯の時間ですよ!!」

 シスターカエラの怒号が私の耳に響いた。

 晩御飯を抜きにされてしまう、という恐怖心で私は修道院へと駆け足で向かった。

 

 ここはシュレス町の山奥にあるルーヴェ修道院。緑豊かな自然に囲まれた穏やかな町の中でも、さらに辺鄙な場所にある。

 修道院から少し離れた丘に草原が広がっている。私はいつもそこで寝転んだり、……寝転んだりするのが好きだった。

 誰にも邪魔されず、開放感に浸り、柔らかな陽の光に包まれながら眠るのって最高。

 修道院にいながらも、私は一人で過ごすのが好きだった。

 私は生まれてすぐにルーヴェ修道院に捨てられたらしい。

 ある日の夜、修道院の扉がコンコンッと鳴り、この修道院の院長――マザーシスターが出てみたら扉の前に木の籠が一つ置かれていたみたい。柔らかな毛布の上に私が気持ち良さそうに眠っていたらしい。そして、その上に小さな紙が一枚入っていて、そこに「エルリィ」って書かれていたんだって。

 だから、私の名はエルリィ。ここでは姓はないから、ただのエルリィ。

 そんな孤児たちがここには沢山いる。赤子の時に捨てられた子、物心ついてから捨てられた子、あと、十代になってから、暴力的な親から逃げて来た子もいる。皆、事情はそれぞれ。

 一度ここに入ってしまえば、なかなか出られない。

 里親が見つかるのは極稀。十年に一度一人いればいいぐらいの頻度だ。

 ここにいる皆が「いつか私が」と里親が見つかることを期待している。それは私もだ。

 いつか優しくて温かい家族に迎え入れられる希望を持っている。

 その為には「賢くならないとなりません」とか「品行方正でありなさい」とか、「もう少し落ち着きを持って行動しなさい!」とか、色々とシスターに注意されるけど、なかなか性格は変えられない。

 

 私は全力疾走して、修道院の前まで戻って来た。

 扉の前には、シスターカエラが目を吊り上げて私を見ていた。息を切らしながら、私は彼女を見返す。じっと見つめるだけ。

 もう何度怒られたか分からないほど怒られている。

 学習能力がないわけではない。ただ、自由に修道院の外で過ごしていると時間を忘れてしまう。


「また裸足で! 足を今すぐ水場で洗ってきなさい!」


 シスターカエラは声を上げる。私は急いで修道院の裏にある水場へと走り出した。

 やっぱり、怒られるのは怖い。

 シスターカエラは怖いし、厳しいけど、悪い人じゃない。私が怒られることをいつもしているだけ。

 ……靴がなんか苦手。靴下はもっと苦手。

 私は泥だらけになった足を水場でゴシゴシと洗う。冷たい水が足に触れて心地いい。このまま水遊びをしたい。

 …………ダメダメ、またシスターカエラに怒られちゃう。

 私は足を洗い終えると、全く乾いていない水浸しの足のまま裏口から修道院の中へと入った。

 ペタペタと私の足跡がついていたけど、これもいつも通り。


―――


 エルリィを水場へと送ったシスターカエラは扉の前で小さくため息をついていた。

 そんな彼女に後ろから柔らかな声がかけられた。

「シスターカエラ、また眉間に皺が寄っていますよ」

 慌てた様子でシスターカエラが振り返ると、そこにはマザーシスターが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 マザーシスターの丸い眼鏡越しに見える優しい目にシスターカエラは「すみません」と眉間をぐりぐりと指で押した。

「またエルリィですか?」

「はい。……また草原に行っていたみたいで」

「本当に自由奔放な子ですね」

 マザーシスターはフフッと小さく笑う。

 その様子にシスターカエラは納得いかない様子で口を開く。

「まだ誰かと遊んでいるなら……って思うんですけど、一人ですよ?」

「……そこがエルリィの魅力でもあります。不思議な子です。何故か惹きつけられてしまうもの」

「私が怒鳴っている時も目を逸らしたりしないんです。他の子は口を尖らせたり、頬を膨らましたりするんですけど、エルリィだけは私を真っ直ぐ見つめ返すんです。……あの吸い込まれるような瞳にこっち側が怯んでしまいそうになるほど」

「エルリィはどこか特別な子のような気がしますね」

「たしかに。あの幼さであれほど完璧な美貌。まさに神に愛された造形だわ。これから成長していけば、俗にいう『傾国の美女』になっちゃったりして……」

 シスターカエラの言葉に一呼吸置いた後、落ち着いた声でマザーシスターは口を開いた。

「容姿を言っているのではありません」

 マザーシスターからの返しにシスターカエラは訝し気な表情を浮かべた。

「……あの性格のことですか!?」

「はい。あの性格のことです。さぁ、ご飯の時間ですよ。参りましょう」

 マザーシスターはフフッとまた声を出して笑い、食堂の方へと歩き始めた。シスターカエラは彼女の言葉に腑に落ちない顔を浮かべながら、足を進めた。


 エルリィの容姿は田舎町では見なれない外見をしていた。

 ウェーブのかかった鮮やかで滑らかなオレンジの髪、透き通るような淡い黄緑色の瞳を持った凛とした大きな目、美しい曲線を描いた潤った唇、高く通った上品な鼻、端正な輪郭。そのすべてがこの世のものとは思えぬ美しさを放っていた。

 優美なその外見はシュレス町でも噂になっていたが、王都までは広がらなかった。

 エルリィはほとんど修道院のある山から出ずに過ごしていたため、エルリィを見た町の者はほとんどいなかった。

 ただ、彼女を一目でも見た人々はこう口にしていた。

「見惚れるほどの美しさを持つ少女は天からの祝福を受けたのだ」と。

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